召喚魔術
メサイア本部の地下にて、ライトはとてつもなく邪悪な気配を感じて駆け付けた。
そこには、両手を上げて何かを唱えるギドラと、その後ろで先程とは比べ物にならない程魔力が高まったネロテスラがいた。
「何をしているんですか?」
「ふふ。なんだと思う?」
「見たところ、召喚儀式でしょうか?」
「うーん。半分正解で、半分不正解ね。」
新品のクリリナイフを顔の前で構え、ネロテスラは卑しく笑う。ライトは、ネロテスラから発せられる邪気が増したことを感知して警戒する。
「ネロテスラ。」
「ええ。分かってるわ。幹部の3人は処刑ね。悪魔達がこっちに向かってるわ。」
快斗達の接近を感知したネロテスラが忌々しいと言わんばかりに顔を歪める。
「1人でいけるか。」
「私の命、全部使って消してあげるわ。」
「時間稼ぎだけでいいのだが?」
「快斗って悪魔は相当強そうだし、あの槍士も実力は高い。もう1人のコは力は弱いけど『不死』だからしぶとい。そしてライトちゃん。『雷神』と『鬼人化』で格段に力が上がってるわ。私の命で足りるのかが心配よ。」
と、急に巨大な魔力の塊が天井の上にぶつかったと思うと、極熱を放ちながら、天井を黒い炎が突き破る。
「よいしょぉ‼」
「うわぁ⁉」
「ふ………。」
その大穴から、快斗、高谷、ルーネスが飛び込んできた。空中を体勢を崩した高谷が、思いっきり地面に顔をぶつけ、その上にルーネスと快斗が追撃とばかりに墜落し、高谷が血を吹き出す。
「うーし。ライト、今助けに来たぜってお前誰⁉」
「え⁉ライト⁉ライトなの⁉」
「凄まじい魔力です。それが本来の魔力なのですね。」
快斗が目を丸くして驚き、血まみれ顔の高谷がバッと顔を上げ、ルーネスが口を抑える。各々の反応が違いすぎて、ライトは思わず吹き出してしまう。
「はい。ライトです。」
「あれ?なんか口調も変わったか?」
「はい。なんとなくこの姿になると自信がつくんです。」
「あの状態だけ人見知りが解除されるんだな。」
ビリビリの魔力を放つ存在感の強いライトを見て、快斗が頭を掻きながら立ち上がる。
「まぁいいや。んで?あいつらは何をしてやがんだぁ?」
「多分召喚魔術の一種だと思いますが……。」
「とてつもない邪気を感じますね。何を召喚する気なのでしょうか。」
「ゲホ……ゲホ……ハァ……あれ?あの真ん中に居る人は?」
血の池から顔を上げて、高谷が術式の真ん中に跪く老人を見て声を上げる。
「かなり衰弱してる様だけど………。」
「………あれは?」
高谷達にはただ衰弱している老人に見えるが、快斗にははっきりと見えていた。それは、空から伸びてくる透明な鎖が、老人の魂を捕らえているのを。
「んん?あの鎖はどっから?」
快斗は何を無い天井を見上げる。鎖は天井をすり抜けて、どこかから伸びている。
「………『魔技・穿つ闇柱』。」
快斗が草薙剣を突き出し、そこから黒い魔力の柱が発射され、術式の真上の天井を破壊した。
そしてもうもうと吹き上がる煙の中から見えるものは、
「………なるほど、月か。」
「え?」
老人の魂を掴んで離さない鎖は、空に浮かぶ真っ黒な月から伸びていた。
「高谷。あの老人に伸びる鎖が見えるか?」
「え?鎖なんてなくない?」
「あー。やっぱあれは魂関係のことなのかぁ……。」
やはり自分にしか見えていないと言うことを理解して、快斗はどうするか考える。
「まぁ、よく分かんねぇけど、斬ってやる。」
快斗は鎖目掛けて草薙剣を投げつけ、『転移』する。そのまま鎖を斬り裂こうとするが、
「駄目よ。」
「くっそ退けよ巨乳美人‼」
寸前で割り込んだクリリナイフで防がれ、快斗が弾かれて吹き飛んでいく。
「この鎖が見えるのね?」
「てめぇにも見えんのか。」
「ええ。なんたって、誇り高き妖艶魔だもの。」
「男を誑かす変態野郎どもが誇り高いって?ハッ‼笑わせるなよ。」
「ふーん。あなたは、さっきの悪魔と同じで嫌いだわ。」
「安心しろよ。俺もてめぇがなんか嫌いだ。」
快斗が言い終わった直後、いつの間にか目の前に迫ったネロテスラがクリリナイフを頭上から振り下ろしていた。
「おおっと‼」
「チッ‼忌々しいわね‼」
「お互い様だろうが‼」
ネロテスラが凄まじい剣幕で快斗を突き飛ばしてクリリナイフを振り回す。連続で迫る斬撃の隙間をくぐり抜けて、快斗が草薙剣を真下から思いっきり振り上げ、ネロテスラを斬ろうと迫るが、防がれる。
そして動きが止まった快斗の手をクリリナイフが斬り裂き、快斗は草薙剣を離してしまう。そして力なく突き飛ばされて舞う草薙剣。ネロテスラは体勢を崩した快斗の首を狙う。
そして、もう少しで首を斬り裂くと言うところで、快斗が『転移』を発動。ネロテスラの真上の草薙剣に移動し、『空段』で足場を生成。ネロテスラの右腕を斬り裂いた。
「く……忌々しい……。」
「だから、お互い様だっての‼」
快斗が回転してネロテスラの首に凄まじい速度で草薙剣を叩きつけるが、クリリナイフで防がれ、ネロテスラが体を傾けて草薙剣を突き飛ばし、快斗の懐で回転して心臓を狙う。
が、快斗はクリリナイフの刃が上向きなのを確認し、真下からクリリナイフを膝で蹴り飛ばして軌道を反らし、顔を傾けて刃を躱す。
隙を晒したネロテスラの腹を蹴り飛ばし、突き飛ばされた草薙剣を手の中に『転移』させ、くの字に曲がったネロテスラの肩口を深く斬り裂く。
「く……『強制絶頂』‼」
「ぐぅ⁉」
ネロテスラが快斗の額に手を当てて魔力を流す。瞬間、快斗の下腹部に異変が起きる。
「ハァ……ハァ……」
「ふふ。あの雷のコと違って、あなたは抵抗力がないわね。そこでじっとしててね。後で遊んであげるk……」
「快斗様に卑しい術をかけないでください‼」
「あがっ⁉」
「ハァ……ナイスルーネスさん。」
絶頂かけた快斗と、術をかけたネロテスラを、ルーネスが金色槍と銀色槍を投げつけて起こす。
金色槍は快斗が斬り裂いたネロテスラの肩口に。銀色槍は快斗の頬を浅く斬り裂く。
「っぶねぇ‼こんな所で俺の初体験使うわけには行かねぇ‼マジでありがとうルーネスさん‼」
「いえ。快斗様の為ならば。」
「く………この悪魔にこの仲間ありね。」
「そうですね。」
「ッ⁉」
慌てて下腹部を抑えて逃げ出す快斗を睨むながらネロテスラが呟く。その背後から、高速で雷を纏った手刀が振るわれ、背中を横に真一文字に斬り裂く。
「もう……集団で虐めるなんて……」
「この際虐めでいいからお前をぶち殺す‼」
体を抑えて痛がるネロテスラに、全員で殺到する。ルーネスは地面に転がった金色槍を拾って突き出し、快斗は思いっきり草薙剣を振り下ろし、ライトは『斬雷』で心臓を狙う。
「ネロテスラ‼」
「心配無用よ………ここで使うわ。」
ギドラが心配の声を上げ、ネロテスラが決意したように目を閉じた瞬間、強い邪気がネロテスラを包み込み、快斗達を吹き飛ばした。
「なっ⁉なんだぁ⁉」
「この邪気は……⁉」
「わぁ⁉つ、強い……。」
全員が強く吹き飛ばされ、壁にめり込んだ。
「かはっ……」
「くふ………」
「ゔぅ……」
内臓に傷が付き、全員が吐血する。が、
「全員口を開けて‼」
すかさず高谷が手首を斬り裂いて飛び出た血を一寸の違いなく、全員の口の中に入れる。瞬間、傷が全て癒やされる。
「ナイス‼」
「感謝いたします‼高谷様‼」
「有難うございます‼」
壁から飛び出して、高谷のところへと舞い戻る。
「快斗。感じる?」
「あぁ。な〜んか嫌な予感がしてたけどよ。アレのことだったのかもな。」
快斗と高谷の視線の先、ネロテスラが苦しげに呻きながら作り出した魔法陣から取り出した邪気の塊を、2人は睨みつける。
あれは、
「邪神因子。」
「ッ…………。」
「じゃ、邪神因子………。」
「あの強烈な邪気の香りは、あれが根源なのですね。」
吹き飛んできた銀色槍を掴み、ルーネスが魔力を高めて魔力派を放つが、溢れ出る邪気に掻き消される。
「ハァ………ハァ………」
「ネロテスラ……。」
術式を作り続けるギドラが振り返らずにネロテスラを心配する。ネロテスラは笑って、
「心配しないで。多分私死ぬけど、あなたは傷つけないわ。」
「………あぁ。世話になった。」
「そういうなら、人間全員の魂が欲しかったのだけど?」
「済まない。お前にこんな決断をさせてしまって。」
「そんな事言わないで。決意が揺らいじゃうじゃない。」
ネロテスラは軽く喋ったあと、邪神因子を自分の胸に押し込んだ。因子が根をはり、ネロテスラの心臓を捕える。そして、その魂を、邪気で怪我していく。
「ぐ、ぎぁ、ががが……ぁぁあ、やぁぁ……ぐぅ…、ふ、ぐぐぐ……‼」
無理に取り込んだ因子が拒絶反応を示し、ネロテスラに強烈な痛みが襲いかかり、意識が飛びかけるが、それでもなんとか意識を保ち、因子を抑え込む。
「あぁぁああぁぁあぁぁあぁあ‼‼」
そして、最後に大きな叫び声を上げ、ネロテスラが因子を完全に取り込んだ。
「ハァ……ハァ……いいわ。いいわねこの力。ハァ……ハァ……ハハハ‼ハハハハハ‼漲る‼漲るわ‼あなた達を滅ぼす為の力が‼」
血とともにネロテスラの口から笑い声が飛び出し、狂ったように口元を歪めて邪気をクリリナイフに纏わせて、魔力がぐんと高まる。
「行くわ。死んじゃってぇ〜‼」
「やべぇ‼本気で行け‼『極怒の顕現』‼『赤』‼」
「了解‼『血獣化』‼グルァ‼」
「行きます‼『雷鳴の斬光』‼」
笑いながら向かってくるネロテスラを快斗、高谷、ライトが迎え撃つ。巨大な邪気に、3人で魔術を叩き込む。が、押されて突き飛ばされる。
「んなぁっ⁉」
「グルァ⁉」
「ぼ、僕らを押し返すなんて……」
「ハハハ‼弱いわ弱い‼『強制絶頂』‼」
「ぐおっ⁉」
「か、快斗‼」
「快斗さん‼」
力が強まったネロテスラが、『強制絶頂』を放つ。突撃した快斗が術中にはまり、下腹部に異変が。ライトと高谷も必死で抵抗する。
「くっそぉぉ……こんな所で初体験を使いたくねぇ‼」
「抵抗するのね‼でも無駄だわ‼すぐにあなたも気持ちよくなって……」
「快斗様に卑しい術をかけないでくださいと、言ったでしょう?」
快斗の目の前に立って、ネロテスラが快斗を踏みつけようとした瞬間、快斗の背後から金と銀の魔力がネロテスラを突き飛ばした。
「今ここに神の力を顕現させよ。金と銀の決別の魔力にて、そなたらの深淵を斬り裂いて進ぜよう‼ここに光り宿れ‼『金ノ神』‼『銀ノ神』‼」
ルーネスが力強く空に叫ぶ。すると、金色と銀色の巨大な光が出現し、それぞれがそれぞれの色の槍に宿る。
「集え‼寄え‼逢え‼金なる聖槍と銀なる聖槍よ‼その力を持って、最後の聖を呼び寄せろ‼」
金色槍と銀色槍が宙に浮かび、互いに刃を向け合いぶつかる。まばゆい光があたりを支配し、快斗達は思わず目を閉じる。
そして光が消え、ルーネスの手に握られていたのは、
「あなたを倒します。この『聖槍・ロンギヌス』に誓って。」
金と銀の色が混ざりあった、デュアルヘッドウォースピアのような形状の槍だった。
「やっべぇ……ルーネスさんが輝いて見えるの俺だけ?」
「あれは物理的に光ってるからね。」
「凄い神聖魔力です。快斗さん大丈夫ですか?」
「別に俺にゃぁ影響はねぇよ?でもやっぱり……」
心配して聞いてきたライトに軽く答えて、快斗はネロテスラに目を向ける。当のネロテスラは、
「ぐ……ぐぅぅ………。」
強い神聖魔力に晒され、心臓を抑え、肌が焼けていく。
「ライトは一応ルーネスさんと共闘してくれ。俺と高谷でギドラを止める‼」
「分かりました‼」
「行くぞ高谷‼」
「了解‼」
ライトが雷を纏って苦しむネロテスラに突っ込んでいく。それと同時に、ルーネスが神速で槍を突き出す。
快斗は草薙剣をギドラの真上に投げつけ、高谷と共に『転移』する。
「オラァ‼」
「チッ……悪魔がぁ‼邪魔するなぁ‼」
術式を作るギドラは魔力を縫い合わせ、即席で結界を創り出す。草薙剣が受け止められ、結界が歪む。
「く……オオオオオ‼‼」
「ハァアアアア‼高谷‼」
「うん‼助力する‼」
結界に突き刺さる草薙剣を、肥大化した右腕で高谷が殴り飛ばす。
「オオオオオオギガっ⁉」
「しゃあ‼破れたぁ‼」
力に耐えきれずに結界が割れ、勢いのまま、草薙剣がギドラの肩に突き刺さる。
「何してんのかしらねーが、その術式をつくんじゃねぇ‼」
「くそぉぉ‼来い‼貴様らぁ‼」
「ッ⁉快斗‼」
快斗が草薙剣でそのまま斬り裂こうとしたとき、壁を突き破って3つの魔力が快斗を突き飛ばした。
「いっつ……て、なんでお前らここに来てんだよ‼」
「違うの〜。これはアタシ達の意思じゃないのよ〜。」
その現れた3つの魔力の正体は、先程別れたノストル、セシルマ、ユリメルだった。
「意思じゃねぇってのはどういう?」
「これは最高司令官の固有能力、『従え、支配する者』っていうもののせいだよ。いつの間にか僕らの体に術式が描かれていたみたいだ。」
「ふわぁ………ごめんねぇ………本当は寝ていたかったんだけど……」
セシルマが忌々しげに顔をしかめて服をめくる。そこには、黒い小さな魔法陣が描かれていた。
「それのせいってか。」
「そうなのよ〜。これ、アタシ達じゃ解けないから大変なの〜‼」
ノストルが双剣を構えて嘆く。シュールな光景に苦笑いしながら、快斗は3人の隙間に草薙剣を投げ込み、ギドラのすぐ横に『転移』する。が、
「ごめん……避けて……。」
「うおっ⁉」
ユリメルがサッと振り向き、細い肘を快斗の脇腹めがけて穿つ。ギリギリで快斗が草薙剣では防いだ。
「ごめんね……ふわぁ………これは不可抗力だよぉ……」
「く……ガチみてぇだな‼」
快斗が高谷の言葉に慌てて草薙剣でギドラを斬り裂こうと迫るが、操られたノストルが双剣で受け止める。
「どけぇ‼」
「退きたくても退けないのよ〜‼」
「高谷‼突っ切れ‼」
「了解‼」
高谷が無防備に走り出す。それをユリメルとセシルマが操られて遮る。
「オオオ‼」
「んん⁉」
「わぁ……」
だが高谷は止まることはなく、ユリメルの手刀とセシルマの短剣に斬り裂かれるが、即座に再生して、無理やり突っ切ってギドラを狙う。
「『怪光線』‼」
「ぐぅ……」
ギドラは振り向かず、『怪光線』で高谷の心臓を撃ち抜く。
そして、高谷のうめき声につられて振りむいた瞬間、顔の横を何かが通り過ぎ、
「ハァア‼」
「ぐぅ⁉」
『転移』した快斗が、ギドラの上半身を斬り裂いた。
「辞めなさぁい‼」
「うおっ⁉」
返し刃で更に斬り裂こうとした快斗を、ネロテスラが突き飛ばした。
「いいぞネロテスラ‼あと少しだ‼」
「早く作ってぇ‼」
「なんかヤバそうだな……さっさと斬り裂いてやらァ‼」
「『猛血』‼」
「逃してすみません‼『雷獣拳』‼」
「快斗様‼『黄金閃華』‼」
全員の攻撃が一斉にギドラへと向けられたが、
「駄目ぇ‼」
「わぁ‼」
「あれ⁉」
「ああ‼」
割り込んだネロテスラ、そして操られて引き寄せられた幹部の3人が盾となった。
「やべぇ‼」
「くぅ……手出しできませんね‼」
「マズイです‼邪気がどんどん高まって……」
「オオオオオオオオオオオオ‼‼」
魔術が防がれた瞬間、術式から強い邪気が溢れ出した。そして、
「行け。解呪の鎖よ。その力を持って……月の天使を呼び寄せろ‼」
「なぁっ⁉」
快斗の視線では、術式の真ん中の老人に繋がる鎖の縛る力が強まり、
「ああ‼」
その体から魂を引き抜いた。魂が上へ引きずられ、月に向かって天高く登っていった。
「…………。」
「な、なんだ?」
瞬間、真っ黒の新月が、凄まじい邪気を纏った光を、術式の真ん中に突き落とした。老人が押しつぶされる。
「な………。」
「何ですか⁉」
「これは……ッ‼」
「ハハハ‼来たわ来たわ‼私達の悲願が叶うとき‼」
老人の血肉を消し飛ばし、墜落と共に生じた強い光が消えていく。そして現れたのは、
「な、なんだぁ?」
不可思議な色をした、巨大な卵だった。