愛します。
「『天照の雷』」
「く………」
快斗達が逃げたギドラを追うためにメサイア幹部と教会で奮闘している頃、本部では光の交戦が繰り広げられていた。
「ハァ……ハァ……」
ボロボロのクリリナイフを握りしめ、体中血だらけの女性はネロテスラだ。そして、そんなネロテスラの前を悠然と歩く少年は、『雷神』を覚醒させたライトだ。
「まだくたばらないのですか。しぶといですね。」
「妖艶魔は……タフってことで知られてるのよ……。」
いつもの様に軽口を叩くことさえ出来なくなっているネロテスラ。強力な能力とはいえ、戦いに関してはベテランの自分が少年に負けることは屈辱だった。
生まれたときから全てが脅威で、全てが凶器で、そんな場所から力ずくで這いずり出てきた化物。それがネロテスラだ。実力には自信があった。だというのに……
「でも……今はそれどころじゃ……無いわよね……。」
跪いていたネロテスラは立ち上がり、クリリナイフを構え、卑しい目でライトを見つめる。
「流石は上級の固有能力者ね。私の『快楽に惹く者』の能力も無効化されたわ。」
「抗うのは大変でしたよ。かなり強い誘惑でしたし。」
「ふーん。『強制絶頂』でも、『強制高揚』でも動じなかったのに、そんな言葉で表せるほど余裕だったのね……なら、やっぱりあの能力でしか、あなたは倒せないわね。」
手に滴る血を舐め取り、またもや卑しい笑みを浮かべてクリリナイフを咥える。少し増した殺気と鬼気に、ライトが即座に警戒態勢へと移る。
「警戒なんてしなくていいわよ?まだこの能力は使わないわ。」
「…………。」
「私にはまだ、やる事があるの。」
そう言って、ネロテスラは背中の翼で浮き上がり、自身の胸元を探る。その中から出てきたのは白い光玉。
「光って。卑しき眼を焼き潰せ‼」
「う……」
ネロテスラはその光玉を掲げ、魔力を流す。すると、真っ白の光が辺りを包み、光を視認したライトの目が焼けるような痛みに襲われる。
そして、数秒してパリンと言う音と共に、光が一瞬で消え去った。
「うぅ……いない……」
目をこすりながら視線を前に戻すと、そこにネロテスラの姿はなかった。
「でも、もう魔力は覚えました。探せばすぐに………見つけました。」
両腕を後ろで組んで、ライトは壁を破壊しながら、ネロテスラが逃げていった場所へと向かっていった。
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爆音が響くメサイア本部からかけ離れた避難所で、いきなり現れた快斗と、逃げ出していった『剣聖』を見た人々は、騒ぐでも無く逃げるでもなく、ただ呆然としていた。
「お人形さん。今の人達って何?すごく足速かった‼」
そんな人々の真ん中で大声で喋るのは、丹野と長谷部が見つけて連れてきた少女だ。その少女は丹野の人形、白身の上に乗ってキャッキャとはしゃいでいる。その可愛らしい姿を見て、避難所の人々が徐々にリラックス状態になっていく。
「ガキは呑気だね〜。」
「そんな事言うなよ丹野。まぁ確かに、意外とアイツラが強いってことはあるけどさ。」
白身の頭をポンポンと叩いて戯れる少女を見て、丹野がため息混じりにそう言って、白身を連れて歩いていく。
「ほら、親を探そう。」
「うん‼」
この避難所には少女の親がいないことが分かった2人は、別の避難所へと歩いていく。
避難所にいた全ての人々が、その少女のことを最後まで微笑ましく見つめていた。
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「『ヘルズファイア』‼」
「『ベノムショット』‼」
「『斬り裂くそよ風』‼」
「『猛血』‼」
「『赤熱霧』‼」
快斗と高谷が放つ炎を、幹部の3人の魔術か相殺する。
「シィッ‼」
「ふ………‼」
その横で、火花を散らしてぶつかり合うルージュとルーネス。金色の魔力と銀色の魔力はバチバチと音を立てて共鳴とも反抗とも言えるように反応する。
「く……『桃色結晶の雷光』‼」
「『緑結晶の雷光』。」
桃色の雷と緑色の雷がぶつかり、余波が瓦礫を吹き飛ばし、快斗達の魔術の軌道すらもずらしてしまう。
「あぐっ⁉」
押し負けたルージュが緑色の雷に撃たれて煙を上げる。その隙を見逃さず、ルーネスは金色槍の柄を腹にねじ込み、苦しげに俯くルージュの顎を蹴り飛ばした。
「何故……これほどまでに強く‼」
「………原野様に手伝っていただきました。」
銀色槍を握りしめて、ルージュが歯を噛み締めて立ち上がって叫ぶ。ルーネスは静かにその問いに答えた。
「私は、知らぬ間に自身に封印をかけていたようです。あなたよりも、弱くなるために。」
「ッ………何を……‼」
「決してルージュが弱いと言っている訳ではございません。ただ、私は……私を目指すあなたが怖かったのです。」
胸に手を当て、ルーネスはゆっくりとルージュに近づいていく。ルージュは銀色槍を構え、魔力を高める。
「私は、強さを求めたあなたが怖くて堪らなかったのです。強さを求めているあなたは、狂っているように見えたのです。」
銀色の魔力がルーネスを包み、その白い肌を少しずつ焦がしていく。ルーネスはなお止まらない。
「あなたは強さを求めるあまり、人としての感情を捨ててしまっていました。」
「ッ………。」
「あなたもそれを自覚しているでしょう?母上が死んで、誰よりも悲しんだのは、私ではなくあなただったはずです。」
「黙ってください‼」
ルージュが現実逃避のように魔力を高め、ルーネスの肩に刃を振り下ろす。風よりも早く振り下ろされたそれは、ルーネスの左手で簡単に掴み取られた。
「な………。」
「私は知っています。私よりもあなたの方が、母上に会いに行っている回数は多かったのを。母上が死んだあと、ギドラに隠れて1人泣いていたのを。」
「ッ⁉」
驚愕に手が震えるが、ルージュは縋るように銀色槍を握りしめ、回転してルーネスの首を狙う。が、地面から生えた緑結晶に受け止められ、続けて生えた緑結晶に体を拘束される。
「く………」
「もう、自分を追い詰めるのは辞めてください。あなたは普通に生きていく権利があるはずです。苦しむのは、私だけで十分。」
「何を……‼」
「ずっと後悔しているのでしょう?あの男に付いていったことで、自分の大切な物がどんどん壊れて行ってしまうことに。」
「わ、私は……‼」
「メーリル。母上。私。皆、あなたを恨んでいると、そうお思いでしょう?」
「ぐ………。」
「安心してください。誰もそんな事は思っていませんよ。メーリルも、母上も、ただ、あなたを愛していただけなのですよ。」
「そんな訳が……愛などというくだらない感情で……‼」
「あなたが下らないと思うのは、愛を受けて来なかったという事実があるからです。本当は求めていたんでしょう?皆に愛されるという状況が。その感情が。あなたは何よりも欲しがったものはそれでしょう?」
ルーネスが金色の魔力で銀色の魔力を吹き飛ばし、ルージュの頬をそっと撫でる。そして美しく微笑んで、
「あなたは気が付いていないようですが、誰も彼も、あなたを愛していたのですよ?それこそ、私よりも。」
「な………。」
「昔の私は戦いしか知りませんでした。ギドラに教わったことが普通だと思っていましたよ。そんな私を、母上は心配で心配でしょうが無かったのです。だからこそ、ルージュにはもっと女の子らしく生きて欲しいと思っていたのです。実質、私よりも愛を注がれていたのです。ただ、あなたはその愛を知らなかっただけのこと。」
「う、嘘を……。」
「ついていませんよ。あなたには、実力を上げれば上げるほど褒められる私と自分の差を実感し、実力が高いほど愛されると思ったのでしょう?」
ルーネスがルージュの唇を抑える。既に闘志が消えかけているルージュの瞳を真っ直ぐ見つめ、ルーネスは話を続ける。
「私は申し訳無いと思っているのです。そんなあなたに気付かず、無理しているあなたを歓迎してしまった。そして、『金閣』という魔力を授かってしまった。それがあなたを苦しめるとも知らずに。」
「んん……。」
「恨まれるべきなのは私です。あなたは悪くありません。」
ルーネスの魔力がルージュに浸透し、不純物を取り除いていく。邪気が浄化され、ルージュから追い出され、見事に分散していく。
「もっと早く気付いてあげるべきだった。私も、普通の女の子でいられれば良かったのです。なのに私はそんな事もできず、ただただ実力だより。情けないにも限度がありますね。」
「ん………。」
「いつだってあなたの事を考えていました。どうすれば幸せになってくれるか。どうすれば傷つかないでいてくれるか。そんなことを考えていた自分が恥ずかしいです。あなたが何故、私を越えようとしているのかさえ知らなかったというのに。」
もう既にルージュの中の不純物は消え去った。銀色の魔力も、今はすっかり収まっている。
「今まで、すみませんでした。私のせいで、あなたには重すぎる感情を渡してしまった。」
「ッ………」
「あなたが私を殺したいのならば、私は喜んでそれを受け入れましょう。そう思えるほどに、私は大きな罪を犯してしまった。」
ルージュの手から銀色槍が落ちる。ルーネスは、いつの間にか自分の頬をつたるものを拭き取って、
「私は、あなたが大好きです。」
「ッ………」
「あなたが愛を求めたのだというのなら、私はあなたを誰よりも………か、快斗様と……同じくらい愛してみせます‼ですので、あなたはもう戦う理由はありません。」
珍しく赤面しながらも、ルーネスは抑えていた唇を離して、手を差し出す。
「ルージュ。もう、無理をしないで下さい。自分を傷つけないでください。もっと、普通の女性らしく、私達と生きましょう。あなたがそれを認めてくれるなら。」
ルージュは差し出された手を見つめる。本当にあんな怪力を発揮できるのかと疑うほど、その手は白く美しかった。傷一つついておらず、それはまさに今までの人生を物語っているようだった。
拘束が解け、ルージュは自分の手を見つめる。それは傷だらけで、あの力を出すに納得できる手をしていた。自分の心は、こんな感じなのだろうかと、ルージュは思ってしまった。
「………私は……」
真っ直ぐルーネスを見つめた。ルーネスは微笑んでいる。そして本人は気付かないが、その瞳からは涙が溢れている。
「ふ………」
「?なんでしょうか?」
そのおかしな顔を見て、ルージュは口を抑えて笑ってしまう。そして、
「ッ………」
「いいでしょう。私は出来るだけ、普通に生きてみることにしましょう。私が求めた世界を、姉上が造ってくださるのなら。」
諦めたように肩をすくめて、ルージュがルーネスの手を取る。ルーネスは目を見開いたあと、堪えきれずに笑い泣きをしてしまう。
長年の自身の罪は、ここで消え去った。
「なんとかあっちは収まった見てぇだなぁ。それに合わせて、こっちも終わりにしねぇか?」
「ん〜いいかもねぇ〜。アタシも戦う気が失せたわ。」
「いいのかな?ギドラ様に怒られない?」
「ふわぁ………元々、僕はあの人が好きじゃなかったよ………自分の娘を傷付ける親なんて……最低だからねぇ……。」
「はぁ、同感。」
2人の様子を見ていた快斗達は完全に闘志が消え去り、手に持つ武器を握る力は弱かった。
「じゃあ停戦っつー事で。」
「悪魔に従うのは癪だけど、しょうがないね。」
「ハァ……疲れたよ。」
血を流しすぎた高谷が、『血獣化』で肥大化した腕をもとに戻して倒れる。
「ふわぁ………僕も、眠いやぁ……。」
そんな高谷につられて、ユリメルも地面に座り込み、瓦礫に寄りかかって静かな寝息を立て始める。
「呑気だなぁ。お前ら俺らの事見逃していいのかよ。」
「あんな感動のストーリーを見て、まだ戦おうとするなんて人間じゃないわ〜。アタシは人間だから、もう戦わない。」
「ん。僕も飽きたからいいや。怒られるって言っても、最悪勝てるし。」
「暴力頼みかよ。メサイア大丈夫かよ本当に。」
セシルマの答えに呆れて、快斗はわざとらしく倒れ込んだ高谷の上に勢いよく倒れる。
「ぐふっ⁉」
「あー疲れたー。」
「ちょ……おい……快斗ォ……重いぃ。」
「おいおい。重いとは失礼な。」
そんなこんなで、快斗と高谷がじゃれ始める。その様子を微笑ましく見つめるルーネスを見てルージュは、
「姉上。先程、『快斗様くらい愛す』と言っていましたが……」
「………なんのことでしょう?」
「ズルいですよ。はっきりと言ってください。」
「なんの事だかさっぱりです。私は快斗様を愛しているなどと言っていませんよ。」
「それがもう答えになっているじゃないですか……。」
「あら。」
ルーネスは口を抑えて上品に笑って、金色槍を背負って快斗達の所へ歩いていった。ルージュは歓迎される姉を見て羨ましく思ったが、ルーネスと約束したことを思い出して、ルージュも戻っていった。
「肌焦げてんじゃんか。大丈夫か?」
「ええ。少々痛みますが、耐えられないわけではありません。」
「つっても、美人にこんな傷をつけておくわけにゃあ行かねぇよな。えーっと……これ。渡辺から奪っておいた回復薬。」
「ありがとうございます。」
「あ、ルージュさんもほら。これ使いなよ。もう敵じゃないんでしょ?」
「は、はい。」
意外と普通に接してくる高谷に少し驚きながら、ルージュは回復薬を受け取った。不思議と笑ってしまうルージュを見て、ルーネスは微笑んだ。
「快斗様も傷だらけじゃないですか。」
「こんぐらいだったら自然に戻るから気にすんな。」
「あの、その……」
「ん?あぁ、さっきまで殺し合ってたことは気にしないでいいよ。普通に話そう?」
「は、はい。」
ルーネスが自然に快斗に密着し、ルージュが気まずそうに高谷の隣に座る。
「う〜ん。ああいうのを見るのもいいわね〜。」
「どこがさ。」
「だってほら、姉妹それぞれで想い人の隣にいるみたいじゃな〜い?」
「僕にはそういうのよく分からないよ。」
「も〜駄目なやつね〜セシルマは。」
「何が言いたいんだか。」
場が和やかに収まった。快斗はなんとなく疲れを感じて、ルーネスに体を預けてみる。すると、ルーネスは柔らかい体で快斗を包み込んだ。
「ん………柔らか。」
「お好みですか?」
「お好みって言うか、大体の人は柔らかいのは好きなんじゃねぇ?なぁ、高谷。」
「わかんねぇよ。」
「お前まさか貧乳派?」
「どっちだっていいでしょそんなの。」
温もりを感じながら、快斗は少し眠気を感じた。瞼が重い。
「うぅ……」
「少し休みますか?」
「んー。そうしようか…な?」
「膝枕しましょうか?」
「そんなカップルみたいな……いや、この際いいか。頼むわ。」
「はい。喜んで。」
柔らかい太腿に頭を乗せ、快斗が真上を見上げルーネスの顔は……アレに遮られて見えない。
「うむ。眼福である。」
「快斗………ハァ……。」
高谷が呆れて苦笑する。ルーネスは、それはもう嬉しそうに笑って快斗の頭を撫でる。ルージュはそんなルーネスを見て、楽しそうだ。と笑った。
そして、快斗が眠りに落ちかけた時、
「ッ⁉」
「な、なんだ?」
「これは……?」
「む………。」
4人が一斉に背筋を震わせ、跳ね起きた。その原因はいきなり出現した魔力を感知したためである。
「………眠っている暇はねぇな。」
「そのようですね。」
「行くかぁ。セシルマとノストルは?」
「ん〜アタシ達は住民達の安全確保に向かおうかしら。」
「うん。なんとなくだけど、嫌な予感がするからね。あと、痛いのは嫌いだから。」
「ただ楽したいってことか。まぁいいけどよ。」
「それじゃあ。」
ノストルとセシルマは、寝コケているユリメルを引きずって、メサイアの本部を飛び出していった。
「んじゃ、行きまっか。」
「了解。」
「了解しました。ルージュ、あなたはどうしますか。」
「…………。私は、住民達を守ろうと思います。それに、この槍はもう、私を見限ったようですから。」
ルーネスはルージュを見て聞くが、ルージュは首を横に振って銀色槍をルーネスに差し出す。
「金色槍と銀色槍は、2つで1つの槍になると伝説で言われております。姉上なら、その槍を作り出し、操ることも可能でしょう。」
「そうなのですか。出来るだけ奮闘してみましょう。」
「頑張ってください。ご武運を。」
ルージュは礼儀正しくお辞儀をして、踵を返して走っていった。
「いいのかよ。」
「ええ。あれはルージュが決めたことですから。」
「そっか。じゃあ、俺らは俺らがやることやろうか。」
「そうだね。魔力から察するに、あっちではライトが1人で戦ってるみたいだからね。急ごう。」
「了解です。」
快斗がその声を聞いてから、思いっきり壁をぶち破る。
「よぉし‼今行くぜライトォ‼」
「ちょっ‼快斗速い速い‼」
「ふふ。元気がよろしいことで。」
3人は意気込んで、急に現れた魔力を確かめに、メサイア本部の中を走っていった。