嫌な予感
「チッ、逃したか。」
「流石は快斗様ですね。」
メサイアの教会で、逃した快斗を忌々しく見つめるギドラ。ルーネスは3人の幹部の攻撃を捌き切り、反撃を入れる。
「過去の天才児のルーネスに戻ったというわけか。」
「あんな黒歴史を掘り返すのはご勘弁を。もう思い出したくない過去です。……あなたを、まだ父だと認知していた愚かな時期です。」
「ッ………言うようになったではないかルーネス。」
「気安く呼ばないで下さい。私はあなたが嫌いです。」
今も尚降り注ぐ攻撃の雨を防ぎつつ、その声には疲労の気配がなく、ギドラとも簡単に会話することができている。
「底なしの体力とはこれのことか。凄いね。」
「ふわぁ……これだけ長いと……飽きちゃうよ……。」
「ん〜〜。強くておしとやかな女性‼参考にしなくちゃね‼」
幹部達は諦め始めたのか、剣閃が少しずつ鈍くなっていく。
「面倒な……。だがまぁいい。時刻は間もなく午後6時。その時は近づいている。」
ギドラは腕を組み、悠然とその場を離れて行こうとするが、
「『緑結晶の壁。」
「ぬ。」
その進行方向に緑色の結晶の壁が出来上がり、その先を塞ぐ。
「何をする気かは存じ上げませんが、あなたがすることと言えばろくでもない事です。全力で阻止します。」
金色槍を向け、大声で言い放つルーネス。ギドラはルーネスを睨み返し、『念話』で妖艶魔のネロテスラに話しかける。
『聞こえるか。ネロテスラ。』
『ええ。聞こえるわよギドラ。」
『済まないがこちらに来てくれないか。』
『幹部の3人は?』
『あまり役に立ちそうにない。お前の力が必要だ。』
『そう。そう言ってくれるのは嬉しいのだけれど、今はそっちに行けないわ。』
『何?』
返された言葉に疑問を抱いていると、視界の橋に槍の刃が写り込んだ。
「ふ……」
瞬時に判断して、ギドラは体を後ろに倒すようにして刃を躱す。
『どういう事だ?』
『それがね。私はさっきあのライトって子を見つけてね。ちょっと可愛がってあげようとしたら、なんだかムカつく奴が乗り移っててね。斬り殺してあげようとしたら覚醒しちゃってね。今結構手こずってるのよ。』
『………何をしているんたお前は。』
ネロテスラの見事な舐めプの所業に呆れて、ギドラは頭を抱える。
『そういえば、そろそろよね。』
『あぁ。一旦その相手をほうってこっちに来い』
『できるだけそうしたいけど、相手の速度は馬鹿にならなくてね。でも戦いながら術式は作り上げたから、これを渡せばいいわね。』
『早くもってこい。この機会は逃すことはできん。』
『了解したわ。国王のところでいいわね?』
『ああ。そこで会うとしよう。』
『念話』での会話が終了し、ギドラは目の前に迫る刃を躱すことを優先する。
「ハァア‼」
「チ……」
ルーネスが横凪に振るう槍の速度は格段に上がっており、動く度に溢れる魔力に体が反応して鳥肌が立つ。
「ッ……この魔力は……」
「グルァッ‼」
「く………しぶといですよ‼」
ルージュがその魔力の正体に気がついて槍を握りしめるが、血の池から這いずりだした高谷の剣が振り下ろされて動けない。
「く……ユリメル‼手伝ってください‼」
「えぇ……ふわぁ……面倒くさいなぁ……まぁ、しょうがないかぁ……。」
ユリメルはそう言って欠伸をすると、ユリメルを中心に霧が発生し、小さな体が霧に隠れて消え去っていく。そして、
「はい。」
「グァ⁉」
ギチギチと震える剣を握りしめていた高谷の首を、後ろから美しい弧を描いて手刀で斬り飛ばした。
「ふわぁ……これで片付いたよ。ルージュさんは……なんでこんな弱い……人に手こずってる……のさぁ……。」
「気をつけて下さい‼」
「えぇ…………え?」
「ガァア‼」
欠伸をして顔についた血を拭き取るユリメルの肩に、強い力で押し潰されるような痛みが走った。振り向くと、それは刎ねたはずの高谷の首だった。
「いづっ⁉………『罰霧』‼」
驚いたユリメルは高谷の首の前に霧を収縮させ、爆発させた。顔の大部分が抉れた高谷の顔が飛んでいく。
「な……なに、あれ……。」
「あれがあの男の能力です‼」
「『不死』ってことかぁ……確かにこれは面倒くさいねぇ……。」
首がくっつき、完全に回復した高谷を睨みつけて、魔力を高める。自我を失っていた高谷は、首を吹き飛ばされた事により、意識を取り戻した。
「う……まだ、使いこなせないな……。」
「使いこなす必要はありません。あなたは、意味がない。」
「全否定か。傷つくなぁ……。」
「ふわぁ……キミに傷はつかないだろう?」
「ぶ……。」
ルージュの言葉に苦笑した高谷の心臓を、ユリメルが後ろから突き刺した。高谷が盛大に吐血し、後ろを振り返って口元を歪める。
嫌な予感にユリメルが手を引き抜いて距離を取る。瞬間、高谷を中心に出来上がった血の池が炎の海へと化す。
「自爆型の攻撃でも読めちゃうのか。」
「凄いねキミ……痛みを感じないわけじゃないのに……あえて自分から刺されたね……?」
「そう。これだけ至近距離なら攻撃も当たるだろうと思ってね。」
「でも……ボクのスピードには付いてこれないよ……。」
「ん、残念。あんたは既に俺の術中だよ。」
「………えぇ?」
ユリメルが疑問に首を傾げる。と、高谷を貫いた右手にこびり付いた血から数本の腕が生え、その手には刃物を握られていた。
「なに、これぇ……‼」
ユリメルは血のついた服を破いて捨て、血がついた指先は霧で洗い落とした。
「判断が早いね。」
「メサイア幹部の名は……伊達じゃないよ……ふわぁ………。」
そう言って、ユリメルは霧に紛れて消える。どこに居るのかと高谷が探ろうとした瞬間、霧を掻き分けで銀色槍が突き出され、高谷の心臓が潰れる。
「ごぼぉ……。」
「はい。」
「ぶ………。」
それに追加で、後ろからの手刀で首を刎ね飛ばされるが、
「わぁ……」
「む、難しい……客観視しろとはよく言ったものだよね。」
首を亡くした高谷の体はひとりでに動きだし、ユリメルに鋭い体術を放つ。
「気持ち悪いねぇ……」
「く……どれだけ斬り裂いても……復活してしまう‼」
「俺だってこうなろうと思ったわけじゃないさ。でもまぁ、快斗の為だからね‼」
飛来した頭が首の切り口にゆっくりと繋がる。首を切るのが無意味と理解したユリメルは、霧を纏い闇に消える。
「『銀閃白虎』‼」
「『崩御の剣』‼」
銀色の魔力を纏った銀色槍が、高谷の背後から弧を描いて迫る。高谷は咄嗟に引き向いた剣に魔力を流し、青黒い炎が銀色槍を弾き飛ばす。
「わざわざ防ぐ必要も無いというのに……。」
「いいでしょ別に。痛いのは嫌いなんだよ。」
あらゆる方向から迫りくる銀の刃を、メサイアでので培った剣技を駆使して防ぎ、流し、弾く。
「はい。はい。はい。はい。」
「ぐぉ……」
あたりを包み込む霧の中から、鋭い斬撃が放たれ、手刀が高谷の体に吸い込まれる様に斬り裂き、両足両手首の機能を奪う。
「あグッ⁉」
「再生する前に……ふわぁ……潰す。」
藍色の髪をかき分け、ユリメルが小さな針を取り出す。
「『幾千針』」
「うぅ……ぐ……」
その針を弾いて飛ばし、魔力を流して『分身』の様に数を増やし、一斉に高谷の体中を突き刺して、地面に固定する。
「いっ……づ……」
「ふぅ……ルージュさん……あとは任せて……いい?……ふわぁ……」
「………いえ。私一人では無理です‼」
「えぇ……?何を言って……ぶ……」
「オオォォオオォオ‼‼」
固定した高谷を眠そうに見つめるユリメルは、あとの事をルージュに任せてルーネスの戦いの加勢に向かおうとした瞬間、背後の壁が突き破られ、ユリメルが頭を壁の破片に強打する。
「しゃああ‼天野快斗舞い戻ったぜぇ‼て、高谷⁉どったのこんなに針刺さって。」
「そう言ってないで助けてくれよ……」
「おお。悪ぃ悪ぃ。」
針の山と化した高谷を見て驚愕し、抜くと言いながら面倒くさくて高谷ごと吹き飛ばしたのは快斗だ。
「ぐほ……ごほ……」
「おお?大丈夫か?」
「だい、丈夫だと思いたい……。」
体内に入り込んだ針と血を吐き出しながら、高谷が地面にしゃがみ込む。その背中を快斗がさすってやるその絵は、居酒屋のトイレのようだ。
「もう戻ってきたのですか……ユリメル‼」
「うん。本気で行く。」
流石はメサイア幹部といったところか、ユリメルとルージュは即座に冷静になり、相手を見定めて力を制御する。
「『幾千針』」
「『銀の流星』」
「『連撃死歿刀』」
生み出された千を超える数の針と、流星の如く降り注ぐ槍の連撃。それら全てを、凌ぐ速度で振るわれるのは、獄炎を纏う草薙剣。
「く……」
「強いねぇ……。」
「だろ?て、ンなことどうでもいいんだよ。高谷‼」
「了解。」
快斗が振り向いたと思うと、同時に草薙剣を投げ飛ばす。高谷は快斗にしがみついた。瞬間、その姿が消え去る。
と、ギドラとノストルとセシルマが吹き上がった煙と共に吹き飛んできた。
「ノストル⁉セシルマ⁉」
「父上‼」
ユリメルとルージュは全員を受け止める。吹き飛んできた方向には、消えた高谷と快斗とルーネスがいた。
「さて、ルーネスさんの意見を聞こうか。」
「私のですか?」
「そそ。俺はもうヒバリを開放したし、一応目的は終わったろ?ここに居る理由はもうねぇけど、ルーネスさんはどうする?」
その質問に、ルーネスは顎に手を当てて悩み、数秒たったあとに顔を上げて、
「快斗様はどう思いますか?」
「俺?んー?別に何もねぇけど……キューの中から聞いてた話を思い返すと……あのギドラって野郎はぶち殺してぇ。」
憎悪のこもった眼差しで、快斗はギドラを睨見つける。ルーネスさんはフッと微笑んで、
「快斗様がそう思うのなら、私はそれに従います。」
「んあ?」
「ギドラを倒したいのでしょう?では、倒しましょう。」
「んー?なんでそんなに素直なんだ?」
「ふふ。何故でしょう?」
「……高谷、分かるか?」
「いや、それぐらい分かれよ。」
ルーネスの思った通りの返答に気分の上がっていることを理解できない快斗に苦笑して返す高谷。快斗は未だに理解ができていない。
「まぁいいや。取り敢えず、まだ戦闘って事で。」
「うん。」
「はい。」
3人で魔力を高め、それぞれ各々の武器を構える。その矛先を向けられた当のギドラは、
「ふむ。盛り上がっ混ているところ悪いが、俺にお前らと戦う理由はない。」
「アァ?」
「父上。ここは我々が全力で止めます。」
「最高司令官様は、我々の悲願を叶えるための儀式へ。」
「足止めは得意なので〜任せてくださ〜い。」
「ふわぁ………できるだけ早くしてくださいね。」
「頼むぞ。」
「え、ちょ、待て‼」
何故だかギドラは後ろを向き、腕輪に魔力を流して消え去った。
「なんなんだ……?」
「何か逃げているような?」
「飲み会を断る人が行きたい奴と入れ違いになる時みてぇだな。」
「それよりどう致しますか?あの4人は敵意をむき出しています。」
ルーネスが指さすメサイア幹部の4人は、殺気をこれでもかと快斗達にむけている。
「足止めがどうとか言ってたけど……」
「父上の邪魔はさせません。天野快斗、ここであなたを斬る。」
「んー……快斗どうする?」
「ギドラは逃げちまったしなぁ、俺たちも逃げるっていう手をあるけど……な〜んか嫌な予感がするんだよな。」
引くにも引けない快斗は、自分の中に引っかかる嫌な予感を優先する。
「なんとなく追ったほうがいい気がする。」
「快斗様が言うなら間違いないですね。」 「なんでだよ。」
「快斗、間違えてたら責任とってよね。」
「テストカンニングするやつみたいなこと言ってんなよ。」
たあいない会話をしていると、メサイア幹部達の殺気が増したので、これは駄目だと思った快斗は、
「面倒くせぇけど、なんとなく嫌な予感がするから、あいつら突破してギドラを追うぜ‼」
「了解しました。」
「分かった。」
その殺気に答えるべく、快斗達も殺気をぶつけた。ルージュは口元を歪め、魔力を急激に高めて、ルーネスを見つめる。
「あなたと本気でやり会える日を、待ち望んでいました。今日こそあなたに勝ちます。」
「………お手柔らかに。」
そのルーネスの声で、戦闘の火蓋が切って開かれた。刃と刃が勢いよくぶつかり合い、波動が建物を弱めていく。
そんな戦いの中で、快斗の中から、1つの声が聞こえた。
『…………止めて。』
「?」
澄んだ女性の声。悲しそうな掠れた声。その声の正体を知らぬまま、快斗はただ刃を振るい続けた。