ルーネスの過去
「ん……ここは……?」
「ルーネスさん‼大丈夫⁉」
ゆっくりと目が覚め始め、意識が覚醒したルーネスの視界に原野が映り込んだと思うと、いきなり抱きしめられた。
「痛くない?大丈夫?気分は?貧血とか、脱水症状とか……」
「だ、大丈夫です。そんなに心配なさらないで下さい。」
「そう?良かった……。」
よく見ると、原野の目尻が赤く、頬には何かが滴った跡がある。その手に持っているのは、回復薬と包帯だ。
「原野様……」
「まだ起きないで‼さっき傷が塞がったばっかりだから‼」
起き上がって礼を言おうとするルーネスを制して、原野がホッと一息ついた。
「私が気絶している間に何かが……」
「えっとね。ルーネスさんが気絶仕掛けた瞬間に、快斗君が投げたキューちゃんが、『異空間』にルーネスさんを飛ばして、もともと中にいた私がルーネスさんの治療をしたって訳。」
気絶する前の記憶を探って、ルーネスは飛びついたキューを思い出した。
「では、今は誰が……」
「今高谷君と快斗君が戦ってるよ。」
「そんな……いけません……私が、戦はなくては……」
「ッ⁉ルーネスさん‼立っちゃ駄目‼」
痛む足を抑え、ルーネスは金色槍を掴んで立ち上がるが、やはり原野がそれを制して寝かせる。
「どうしてそんなに戦おうとするの?快斗君達なら絶対に負けないよ。」
「………そうではないのです。敵は……ギドラは……私の母の仇なのです……。」
「え………。」
原野の腕を掴んで、ルーネスが悲しげな声と共に涙目を原野に向ける。
「………詳しく聞かせて。私に全部話したら、多少は苦しくなくなるよ。」
「ですが……原野様方には何も関係ないというのに……」
「そういうのいいから。私は関係がどうとか言うより、ルーネスさんを助けたいの……。」
「………分かりました。」
ルーネスは静かに、そっぽを向いて話し始めた。昔の自身の事を。
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「ルーネス。お前はいつか、メサイアの幹部にまで登りつめるだろう。」
ルーネスは、生まれた頃からの天才だった。魔力量は同年代の子供の3倍ほどで、どんな事でも完璧にこなす事ができていた。
学力、体力は大人と同等。その知識の深さと底なしの体力に、いつかは賢者にでもなるのでは無いかと言われたほどだ。
ルーネスは、父ギドラから武術を学び、侍女のメーリルから計算などを学んだ。
ギドラは、ルーネスに様々な武器を使わせた。鎌に剣、盾、弓、鉤爪、ナタ、鎖、鉄球。その中でルーネスが気に入ったのは、昔からサンネルフ家で重宝されていた金色槍だった。
初代のサンネルフの姉妹に使われていたと言われている金色槍を、ギドラは反対する周りの者達を押し切って、ルーネスに与えた。
ルーネスは完璧に金色槍の力を引き出し、固有能力の『金閣』を授かった。戦闘力を高く引き上げるその能力を、ギドラは大いに喜んで、更にルーネスを鍛えていった。それは同時に、妹を苦しめることになった。
『金閣』には、発現すると、その能力者と繋がりを持つ親しい者へと、強制的に『銀閣』という能力を与えるのだ。それが、ルーネスの妹、ルージュだった。
この事に、ギドラは更に喜んで、嫌がるルージュを鍛え始めた。ルージュは父に従うものの、何処かルーネスと比べているような態度が嫌いで、鍛錬が嫌で嫌でしょうがなかった。
だが、その気持ちを理解しているものは少なかった。分かってくれるのは、ルーネスと侍女、そして母、ローザだけだった。
ローザはギドラに何度もルージュの鍛錬を辞めさせるように抗議したが、ギドラはそんなローザを跳ね飛ばして鍛錬を続けた。
「…………。」
「ルージュ。ここ、間違っていますよ。」
「……はい。姉上。」
そんな生活が続いて3年。ルーネスが10歳。ルージュが9歳の頃。ルージュからはすっかり感情が消え、常に父親に怯えるようになっていた。
今は午前9時。メーリルから勉強を教わる時間だ。この時間はギドラがいない為、ルージュは少し気を休めているのだが、同時に午後への憂鬱がのしかかり、気分を害している。
「ルージュ様大丈夫ですか?なにか飲み物でも持ってきましょうか?」
「………いえ、メーリル。私は大丈夫です。それよりも、この問題を教えてください。」
「………はい。」
メーリルはルージュを癒やそうと、このような提案を何度かするのだが、その時はいつも、ルージュは自身の向上の為、身を削っていた。
「ルージュ。あなたは頑張りすぎです。少し体を休めなさい。」
「睡眠はしっかりととっています。」
「睡眠だけでなく、たまにはだらけて見てはどうですか。」
「私は、早く姉上に追い付かなければならないので、睡眠を取るだけで十分です。」
「………そうです。今度一緒に買い物に行きましょう。ルージュが欲しいものを、私が買って差し上げますよ。」
「………ッ。いけません。姉上と母上で行ってください。私はここで勉強しています。」
ルーネスの提案も、何度か頷きかけるものの、私は勉強していると言って聞かなかった。それでもルーネスはめげず、
「では、この王国の外の大河にでも行ってみませんか。あそこなら運動できますし、父上もそれには反対しないでしょう。勉強は移動中すればいいのです。」
「………父上は許してくださるでしょうか?」
「ええ。きっと許してくれます。そう思うでしょう?メーリル。」
「はい。ルーネス様。」
ルーネスの妹思いに感動しつつ、メーリルはルーネスの提案をいいものと評する。
「ですが……父上にどう説明すれば……。」
「では、私がお伝えしましょう。ギドラ様から許可を得てきます。」
不安がるルージュにメーリルが言って微笑む。
「それならルージュ様が怒られてしまう心配もありません。」
「ですが、メーリルは?」
「私なら心配なさらないで下さい。私はただ、ルージュ様のためにやっている事……怒られようが傷つけられようが構いません。」
「メーリルもこう言っていますし。ルージュ?」
「……はい。メーリル、お願いします。」
「承知いたしました。」
その日は自習となり、メーリルは部屋を出てギドラへと話をしに行った。
それから数時間。メーリルは帰ってくることがなく、ルージュとルーネスは不思議がりながら鍛錬場へと向かった。
鍛錬場に入ると、いつもの様に軽い昼食が置かれており、2人は黙ってそれを食べた。すると、ドアが勢いよく開かれ、ギドラが苛ついたような顔で入ってきた。
「ルーネス。ルージュ。昼食は取り終わったか。では、鍛錬を始めるぞ。槍を取れ。」
「あ、あの、父上。」
「なんだルーネス。」
ルーネスがギドラの元に向かったはずのメーリルの事を、ギドラに聞いた。
「あ?あの侍女か。奴なら解雇した。」
「………へ?」
「解雇したと言ったんだ。お前らを甘やかそうとする人間など、メサイアには必要ない。首を占めて気絶させ、窓から放り投げてやったわ。」
「…………そんな。」
ルーネスは絶句した。それを認めないにしても、そこまですることは無いではないか。それにそれでは、ルージュは……
「あ………」
「父上。相手をして下さりますか。」
「いいだろう。全力でかかってこい。」
振り向くと、ルージュが銀色槍を握りしめて、ギドラに模擬戦を申し込んだ。唖然とするルーネスをおいて、ギドラとルージュは模擬戦を始める。
ルーネスには、槍を握りしめるルージュの手が震えているのが見えた。
それはメーリルを捨てた事による怒りなのか。それともそれを躊躇なくやり遂げる父へと恐怖か。ルーネスには両方に見えた。
「槍の制度が上がっている。が、まだルーネスには追いつけん。もっと本気を出せ‼」
「はい‼」
「いい返事だ。やる気がある我が娘を無理に甘やかそうとしたあの侍女を殺して正解だったな。」
「「ッ⁉」」
ギドラが一言言った途端、飛びかかったルージュの瞳に動揺の色が浮かび、槍が空を切る。
「どうした‼槍の精度が落ちているぞ‼ルージュ‼」
「う……はい‼」
「そんな……メーリル……。」
ルージュは、溢れそうになる感情を必死に抑え、槍を強く振るう。ルーネスはそのルージュの苦しみを耐える姿を見て、父ギドラへと、敵対心を持ったのだった。
時は経過し、ルーネスが14歳になった頃、ルーネスは、自身を追い詰め続けるルージュを見ることが出来なくなっていた。
「ルージュ。」
「要件はなんですか。姉上。」
「……いえ。何でもありません。」
気を楽にしてやろうと話しかけるも、強い目線と声音で返され、いつしか2人は会話をしなくなっていた。
「よくやったぞルージュ。」
「いえ、まだ父上には及びません。それに、姉上にも……」
「…………。」
ルーネスを目指し続けて身を削るルージュを見て、ルーネスはいつしかこう思うようになった。自身が弱くなれば、ルージュは簡単に自身に追いついてくれるだろう。
そうだ。ルージュが傷つきながら強くなる必要ない。ルーネスが弱くなればいい。
そう思ってから、ルーネスは鍛錬を真面目にやらなくなっていた。それでも強さは変わらなかったので、ある程度はギドラも変わりなく考えていたが、それでもルージュが上達してくると、ルーネスに伸びしろがないことに気づき始めた。
「ルーネスよ。最近伸びが悪いようだが?」
「申し訳ございまさん。体調が優れなくて。」
「そうか。ルージュも着々と実力を上げている。いつかはルーネスを超えてしまうだろう。お前は『金閣』を所持しているんだ。弱くては駄目だ。」
「………はい。」
「…………。」
だがそんなルーネスの考えも虚しく、ルージュはずっと鍛錬を続け、本当の自分を殺していた。
「そう。ごめんね。私に持って力があればね……。」
「……母上……。」
ルーネスはこの事を、何度も母に相談していた。そのたびに母はギドラに抗議したが、やはりギドラは向き合ってくれず、無視し続けていた。
「ごめんね。ルーネスに思い荷を担がせちゃって。」
「いえ。私はいいのです。それよりも、ルージュが……。」
「あなたは妹思いね。何も出来ない私を許してね。」
「…………。」
次第に母にも根気がなくなり、体は弱っていった。それでも、ルーネスが現れると弱さを隠し、一生懸命に励ますのだった。
そして、ルーネスが16際になった頃、
「ハァ………ハア………ぐふっ……。」
「姉上?その程度ですか?まだあなたの中の魔力が全く消費されていないのですが。」
「ハァ……すいません。」
ルージュは底なしの体力を手に入れ、その心配をするルーネスは、ストレスと手抜きのせいで、戦闘のセンスが格段に下がっていった。
だが、それでも、
「『緑結晶の暴風』。」
「ぐぅっ⁉」
魔力量は圧倒的にルーネスが上で、魔術戦となると、一方的にルージュが押されるのだった。
「く……魔力量は姉上が上ですね。ですが、負けませんよ。いつかは魔力量でも、姉上に勝ってみせます。」
「………ルージュ、少し休んでください。そんなに急いだ所で、何も良いことはありませんよ。」
「私は、父上のお力となれれば、それでいいのです。」
「………私は良くないのですよ……。」
ルージュは、食事と風呂以外を全て鍛錬と勉強に尽くし、体力を増やして魔力量を広げようとした。が、その努力は報われず、ルージュはどんどん鍛錬に縋っていった。
そのことに、ギドラが喜んでしまうのだ。悪循環とかこのことを言うのだろうか。
「そう……。」
「もう、ルージュは女性としての考えを持っていません。」
「普通の子として、生きていて欲しかったのだけれど……あの人と結婚したときから、それは無理だと悟っていたわ。でも、ここまでとはね……。」
「…………。」
ローザは頬に手を当てて、悩んでいた。顔からは色が抜け、体はやせ細り、それでも瞳からは娘を助けようとする意思が籠もっていた。
「もう一度抗議してみるわ。うまくいかないかもしれないけど、それでも諦めちゃだめよね。」
「母上……。」
身を削るルージュを助けようと、またを身を削るローザを見て、ルーネスは自身の無力さを痛感した。
「母上、私も行きます。」
「ん……ルーネスは休んでて?これは私達親の務めよ。娘のあなたは、もう十分頑張ってくれたわ。ありがとうね……。」
「ですが……」
「大丈夫よ。ここの治癒魔術師は優秀だし、少し傷付けられたぐらいじゃ死なないわ。」
「………分かりました。お休みなさい、母上。」
「ええ。おやすみ、ルーネス。」
ゆっくりと自信満々に歩いていくローザの背中を見つめ、ルーネスは自室のベッドへとダイブした。
そして、ルーネスはこの時にローザについていかなかった事を、一生後悔するのである。
その夜、突如として出現した巨大な魔力に、ルーネスは跳ね起きた。
「な、何かが……」
起きているのか。そう口にしようとした瞬間、強い地響きと轟音が響き渡った。窓の外を見てみると、
「あ、あれは……」
その窓からは、宙に浮く巨大な龍、リスフレアがはっきりと見えた。すぐさま金色槍を掴み上げ、体の弱いローザの元へと向かう。が、
「母上……?」
ローザの部屋にその姿なく、何処かと思っているうちに、リスフレアの魔力片がその部屋に突撃。豪快に部屋を破壊して、ルーネスを吹き飛ばした。
「くぅっ⁉」
脊髄反射に近い速さで槍で防ぎ、最小限のダメージで済ませたが、それでもそのダメージは絶大で、ルーネスは吐血した。
「く……母上、一体どこに……。」
ルーネスは無意識にギドラのことを思い出し、抗議しに行ったなら、と思ってギドラの方へと向かった。
メサイアの本部の大広間にて、ギドラとルージュが、破壊された穴からリスフレアを見上げていた。
「父上‼ルージュ‼」
そこへ、瓦礫を吹き飛ばしながらルーネスが合流。
「遅かったではないか。何をしていたルーネス。」
「申し訳ございません。母上を探しておりました。父上、母上は今何処に……?」
腕を組んでぶっきらぼうに聞くギドラに謝罪しながら、ルーネスはローザの居場所を聞く。ギドラは、面倒くさそうに口を開いた。その口から帰ってきた言葉は、ルーネスを絶望へと叩き落とすのに十分だった。
「ローザか?あそこに居るだろう。」
「………へ?」
ギドラが指さしたのは、今も破壊行為を続けるリスフレアだった。ルーネスは一瞬意味を理解できず、口をパクパクと動かすだけだった。
「どういう事ですか……。」
「どうもこうもない。最近、ルーネスの戦闘力が格段に落ちている気がしてな。そこで1つ考えたのだ。圧倒的な強者の戦い方を見学させてやろうとな。」
ギドラは笑いながら、この大災害の元凶であると高らかに宣言した。
「で、ですが……リスフレアを呼び出すには、生贄が必要なはず……‼」
「?贄ならいたであろう。」
ギドラは何を言っているといった反応で、ルーネスを見下ろした。ルーネスは、その態度を見て、何故だが血の気が引いた。
「まさか……」
「分かったか?ローザという贄がいた事が。」
ルーネスは膝をついた。それほど簡単に愛する人を放り出せるのか。妻ではなかったのか。何故物のように扱える?何故簡単に殺せる?理解し難い疑問が、ルーネスの脳内を支配していた。と、
「……始まったな。」
「あれが……『剣聖』……。」
「さぁ、この戦いを、しっかりと目に焼き付けるのだ。」
ルージュはただ、『剣聖』の戦いに魅入っていた。それはギドラも同じで、度々「素晴らしい」と言葉を零していた。
ルーネスはずっと地面に突っ伏して、静かに泣いていた。
そうして、『勇者』などの参戦により、リスフレアは討たれ、王国はパレードとなった。
「どうだルージュよ。」
「素晴らしい物でした。参考になる物ばかりです。」
「それは良かった。ルーネスよ。お前どう……ルーネス?」
ギドラは討たれたリスフレアの死骸を眺め、笑いながらルーネスに感想を求めたが、振り返った所にはもう、ルーネスはいなかった。
そこにあったのは、強く握りしめたと思われる、数本の地面につけられた線だった。
「姉上……。」
「逃げたか。弱者め。ルージュよ。今日は盛大なパレードとなろう。我々も出席するぞ。」
「はい。父上。」
ギドラとルージュの2人は、ルーネスの失踪をものともせず、元気よくパレードに出席したのだった。
ルーネスは彷徨い続け、酒に見惚れ、バーを開き、弟子を育て、いつしかギドラとルージュのことを忘れ始めて行った。そして、セルス街でバーを開いていたところに、快斗が、現れたのだった。