ルージュとルーネス
ライトがルシファーに取り憑かれたのと同時刻。
ルーネスは原野と共にメサイアの教会の中に入っていた。
「ねぇルーネスさん?高谷君達と合流しなくていいの?」
「………分かりません。ですが、快斗様方なら大丈夫なはずです。」
「そうかなぁ。」
「原野様は心配症なのですよ。高谷様は『不死』なのですから、あなたより先に死ぬことなんてありません。」
「そうだよね………て、何その言い方夫婦みたい‼」
夫婦となった自身と高谷の事を思い浮かべ、原野が頬を赤く染める。
「ここに来たのは、私の意思です。原野様は高谷様方と合流しては?」
「え?でも、ルーネスさんは?」
「私は……」
にっこり笑って原野をルーネスが送り出そうとした瞬間、不意に背後から低い声が響いた。
「誰かと思えば……逃げ出した臆病者ではないか。」
「ッ………。」
振り向くとそこには、白装束を纏った老人と、銀色の槍を背負った女性が立っていた。
「だ、誰?」
「ふむ、悪魔に寄り付いた元メサイア隊員か。貴様がメサイアだった頃に、最高司令官の名を教わらなかったのか。」
「え……嘘……。」
「ここはメサイアの本部。俺がいても不自然な事はなかろう?」
老人、ギドラ・サンネルフは、その口元を嫌らしく歪めて、
「まぁ、そんな事はどうでもいい。問題は貴様らがここにいる事。そして何より……」
「…………。」
視線をゆっくりとルーネスへと向けた。ルーネスは柔かい目つきを鋭くし、ギドラを睨み返した。
「ルーネスよ。何故戻ってきた?貴様は我らメサイアから逃げ出したというのに。」
「………私は、けじめをつけに参りました。」
「ほう?」
金色槍を構え、ルーネスははっきりとした声音で答えた。槍の矛先は真っ直ぐギドラに向けられている。
「俺に槍を向けるか。」
「あなた以外、槍を向ける相手は、ここにはおりません。」
殺気とも感じ取れる鬼気が溢れ出し、原野が少し怯えるが、ギドラともう一人の女性は怯むことなく立っている。
「俺以外にはいないと?ルージュは違うと?」
「ええ。違います。彼女には何ら関係ありません。そして、悪いのはすべて、あなたです‼」
「る、ルーネスさん⁉」
ルーネスが鬼気を放ったまま、ギドラへと金色槍を突き出した。それはギドラを貫こうと真っ直ぐ迫る。が、原野からは全く見えない速度で突き出された刃は、同じく全く見えない速度で割り込んだ銀色の刃が受け止めた。
「邪魔をしないでください。ルージュ。」
「よくやったルージュよ。そのまま、その女を打ちのめせ。俺は少し準備が必要だ。」
「………私は、父上に従います。」
ルージュは、手に持つ槍、銀色槍を振り回し、勢いよくルーネスを突き飛ばす。
「く……ルージュ‼そこをどいて下さい‼あなたはそれでいいのですか‼」
「………私は構いません。私の生まれた意味は、父上に従い、眷属と化すこと。あなたのように逃げ出したりはしません。」
「ッ‼」
銀色の流星の如く、ルージュが槍を連続で突き出す。金色槍を振り回して全ての攻撃を弾き返し、ルーネスが魔力を高める。
「『緑結晶の氷雨』‼」
金色槍を上に突き出し、空間に大量の鋭く尖った緑結晶が出現し、ルージュ目掛けて降り注いだ。ルージュは慌てる様子もなくルーネスを突き飛ばし、
「『桃色結晶の竜巻』。」
静かに呟いた。瞬間、ルージュを中心に桃色の小さな結晶の粒子が渦を巻き、緑結晶を正面から吹き飛ばした。
「く……。」
「諦めてください。あなたごときでは、私には勝てません。」
「『緑結晶のさざれ波』‼」
緑色の粒子で出来た波が、ルージュを飲み込もうと迫る。ルージュは銀色槍を振り回して、地面に突き刺す。
「『桃色結晶のさざれ波』。」
桃色の粒子で出来た波が、ルーネスが放った技と正面からぶつかり合う。互いに魔力を魔術に注ぎ込み、威力を高めていく。その力量は互角。と見られたが、
「ぐぅ……?」
徐々にルーネスが押され始め、ゆっくりと足が地面を抉り始める。
「な……あなたに……この量の魔力があるわけが……。」
「言ったでしょう。あなたが私に勝つことなんて不可能だと。ハァア‼」
「ぐうぅう……‼」
ルージュが威勢よく声を挙げて右手を突き出すと、波が肥大し、威力と質量が跳ね上がる。ルーネスは押され、押し返せないと判断すると、技を捨てて横へと飛び退った。
「冷静な判断です。あのまま張り合っていたら、あなたは死んでいました。」
「ハァ……ハァ……何故、あなたにここまでの魔力が……あなたは生まれつき魔力が少なかったはず……‼」
「簡単な話です。私は、人の魂を喰らう事で、魔力の限界を解除し、大量の魔力を得ました。それもこれも、あの妖艶魔のお陰です。」
「ッ……人の、魂を……⁉」
平然と告げたルージュに、ルーネスが驚愕に目を見開いた。それは原野も同じで、驚いた表情でルージュを見つめている。
「驚きましたか?メサイア幹部『二番』の私が、悪魔の手を借りていた事に。」
ゆっくりと原野に視線を向け、ルージュが微笑みながら言い放つ。
途轍もない狂気を感じて、原野の体が無意識に震える。
「ハァア‼」
ルーネスが真横から勢いよく金色槍を振るう。銀色槍に受け止められ、高速で回転した銀色槍に金色槍が引かれ、地面へと叩きつけられる。
「ぐ……。」
「昔に比べて、槍の精度が落ちています。一体何があなたをここまで弱くしたのでしょうか?」
「く……『金色炎華』‼」
「『銀色水華』。」
至近距離で放たれた金色に輝く炎が、銀色に光る水で掻き消され、余波でルーネスにダメージが入ってしまう。
ルーネスは力ずくで金色槍を引き抜き、超回転させ、ルージュに連撃を叩き込む。上、下、右左、様々な方位から規則性なしに迫る斬撃を全て完璧に防ぎきり、ルージュは反撃として下から銀色槍を振り上げた。
空中に錆びた水が飛び散り、ルーネスが右腕を抑えて距離を取る。抑えている部位から、赤い液体が流れ出し、透ける服が赤く染まる。
「ルーネスさん‼」
「下がって‼原野様は快斗様方の所へ‼これは私の戦いなのです‼」
「そ、そんな……」
「ハァア‼」
原野の心配の音を押し切って、ルーネスが怒号の声を上げてルージュに斬りかかる。
金色と銀色の閃光がぶつかり合い、鋭い衝撃波が吹き荒れる。
「あぁ………」
「遅いです。」
が、閃光の嵐が過ぎ去ったあとには、頬に小さな傷がついたルージュと、足を突き刺されたルーネスの姿があった。
「ルーネスさん‼『絶手』‼」
原野が魔術を発動。ルージュの周りにゲートがいくつか出現し、そこから白い腕が生え、ルージュを握りつぶそうと迫ったが、
「そんな技、当たるわけがないでしょう?」
ルーネスの足から引き抜かれた銀色槍を振り回し、すべての腕を一瞬で斬り裂いた。小さな白い粒子となって、腕が散っていく。
「ええい‼」
「弱いです。」
その粒子をかき集め、原野がルージュの真上に大腕を出現させて、それを叩きつける。
だが、その大腕を、ルージュは片手で受け止め、振り抜かれた銀色槍によって消え去った。
「うう……。」
自身の力不足に悔しさを感じながら、原野がさらに攻撃を仕掛けようとした時、
「あ………」
「『桃色結晶の暴風』。」
いつの間にか目の前に迫っていたルージュが、銀色槍を振り抜いた。そして、桃色の風が原野を包み込み、
「きゃあ‼」
「原野様‼」
抵抗も虚しく、原野は壁を突き破って遠くへと吹き飛ばされた。
「………。」
「あの者は後で始末致しましょう。さて」
「く………。」
「今更抵抗ですか?あなたの負けは確定ですが?」
「あの方は何も悪くありませんでした‼私ならまだしも、原野様方を攻撃することは、私が許しません‼」
足の傷の痛みを無視して、ルーネスがルージュに金色槍を向ける。ルージュはため息混じりで、ルーネスとぶつかりあった。
その光景を、遠くから悠々と眺めるギドラは口元を歪めて、
「さぁ、どうするルーネス。お前は死ぬのか救うのか。まぁ、俺にはどうでもいい事だがな。」
そう言って、魔術を行使。新たな能力を開放した。
そしてこの時、原野が快斗達と合流し、快斗が壁を突き破ってルーネスと合流するのだった。