囚われのライト
貧民街の中で、比較的しっかりとした作りの家の中で、一行は快斗の報告により、少なからず焦りを抱いていた。
「姉さん……。」
「ど、どうしよう?」
「どうもこうも、忍び込むっていう手は通じねぇだろ。いっそ処刑場ぶっ壊してヒバリを盗むしかねぇ。」
原野の質問に、やや苛つき気味に快斗が答える。掴んでいる石材が、ひび割れてどんどん破壊されていく。
「どうしたら……どうしたら、いいんですか……」
ライトが快斗の服の裾を掴んで縋る。快斗は奥歯を噛み締めて、立ち上がる。
「なんも作戦が思いつかねぇ。この俺が、だ。」
「な、何もないの?何か思いつかないの⁉あんなに頭がいいのに‼」
「頭がいいのと、作戦を建てられる頭脳は別だ。俺はまだ1回しか作戦建ててねぇし。」
快斗が悔しげに言って、手に握る石材を握り砕く。原野が絶句したように目を見開く。ライトは下を向いて動かない。
「どうする?」
「………実質、出来るとしたら……正面突破。ヒバリが処刑場へと連れ出される時に突っ込むぐらいしか、俺は思いつかねぇ。でも……」
「今回はエレストという世界で一番の大国。しかも、メサイアの本拠地を構え、兵士達の実力も高く、快斗様の生前のお知り合い達も……セシンドグロス王国のようには行きませんね。」
ルーネスが言ったことは事実。今回は四大剣将はいないが、その代わりに兵士達の能力が1段と高い。それに、
「エレスト王国には、メサイア幹部の『二番』がいます。正直、私達が全員でかかっても、『剣聖』様を助け出せる可能性は低いです。」
「このことに国王は反対してねぇのか。ヒバリはここの王の娘なんだろ。」
ルーネスの憶測を聞いて更に苛つきが増した快斗は、石の壁を思いっきり殴り飛ばして破壊した。ガラガラと瓦礫が崩れ、土埃が舞う。
「………あ……?」
ライトは国王という言葉を聞いて、自身の父を思い出す。が、その記憶には父の姿が現れず、ボンヤリとしたイメージの様なものしか思い浮かばない。
「なん……で……。」
涙を流しながら、ライトは無意識に魔力を雷に変化させる。快斗を掴む腕の力が強くなり、ビリビリと黄色い雷が起こる。
「父さん……姉さん……なに、してるのさ……。」
雷をバチバチと散らす中、ライトは上からの重圧を感じて目を開く。それは、快斗から溢れた黒い魔力。
「……結構日は明後日か明日のどちらかだ。それまでに戦闘準備を整えるぞ。」
「分かった。」
快斗の声音に怯えることなく、高谷がすんなりと賛成する。原野は体を震わしながらも、立ち上がって頷く。ルーネスは少し黄昏れたあと、決心したように頷いた。
「おい。ライト。」
「は……はい。」
快斗の魔力の重圧に負けて、ライトが立ち上がる。
「ヒバリは助ける。お前は今日は街に回復薬でも買ってきてくれ。俺達はもう存在がバレてるからな。」
快斗とた方にが見つかれば、間接的にルーネスと原野の存在を知らせているようなものである。既にバレているものと考えたほうがいいだろう。
「頼んだぜ。金貨20枚渡す。出来るだけ使えそうな物を買ってきてくれ。集合場所はここ。待ってるぜ。」
「は……はい。」
「念の為、俺の使い魔も渡しておくよ」
快斗と高谷がそう言って、ライトの手のひらに金貨を20枚と使い魔を落とす。
余裕そうに振る舞っている快斗だったが、金貨を渡すときの震える手を見て、ライトは快斗が激しく動揺しているのが分かった。
「い、行ってきます……。」
「おう。」
快斗が見送って、ライトが商店街へと出かける。皆の為に動揺を隠そうとしている快斗を見て、ライトは畏怖と同時に悲しみの念を覚え、街へと走っていった。
ライトが捕らえられたという知らせが届いたのは、それから30分ほど後のことだった。
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「う……ううん?」
息苦しさを感じて、ライトがゆっくりと目を覚ます。視界はボンヤリとした物からしっかりとした物へ。
そして、見えるのは黒い鉄格子。
「ッ⁉」
気付くと、ライトは小さな折の中で手足に枷をつけられていた。
「な、なにこれ……。」
自分は確か薬を買いに……そこまで考えて思い出した。
ライトがローブを被って薬屋に入って、安い回復薬を出来るだけ買おうとしていた時、
「あら。久しぶりね♡」
「え……。」
聞き覚えのある声が聞こえて振り返った瞬間、ライトは気絶したのだった。
「ぼ、僕は……捕まっちゃったのか……。」
鉄格子を掴んで、なけなしの力で開けようとするが、ビクともしない。
「あ、起きたんだ。」
「…………。」
黒い長い髪をポニーテールにした少女、黒本が現れた。快斗からクラスメイト達の特徴を聞かされていたライトは、すぐに黒本を警戒した。
「ここは……どこ、ですか……?」
だが、やはりコミュ障故、うまく喋れない。
「ここは、メサイアの本部。最高司令官があなたをここに連れてきて、私に監視を任したの。」
ライトは絶句した。最悪の展開だ。よりによってメサイアの本部に。
「ねぇ。あなたって男、女どっち?ぱっと見だと女の人に見えるけど……。」
「ぼ、僕は……男、です……。」
「え?本当?声も高いし女の人だと思った。名前、なんていうの?」
思った以上に黒本が優しく話しかけてくるので、ライトは混乱しながらも、質問に答える。
「ラ……光、です。」
「光?こっちの世界の人の名前みたい。私は黒本。よろしくね。」
「は、はい。」
ライトは成り行きで話を続ける。話し方を見るに、黒本はライトの事を知らないようだ。つまり、快斗たちと繋がっているという事も知らない。
「光は何歳なの?」
「じゅ、14です……。」
「ふーん。じゃあ、私が1つ上だね。光は非戦闘員?」
「い、いえ。僕も、戦おうと思えば……」
「ふーん。何を使うの?」
「僕は……拳闘士なので、なにも……。」
「そうなんだ。魔術は?」
「つかえ、ます……。」
「何魔術?」
「か、雷です。」
「雷?私と一緒じゃん。」
「そ、そうですか……。」
ライトは話を続けながら、無意識に黒本から距離を取る。それに気づいた黒本が鉄格子の隙間から手を伸ばして、ライトの手を掴む。
「ねぇなんで離れるの?」
「えぇと……あの、あまり……人と話すの…得意じゃなくて……。」
「そうなの?話してる時楽しそうだったけど?」
「そうですか…?」
黒本が不思議そうに顔を傾げて笑う。自然と、その表情がヒバリと重なって、ふと、自身の鼓動の高鳴りを感じた。
不思議な感覚。黒本を見ると、何故だが胸がドキドキとした。
「何?私の顔に何かついてる?」
「い、いえ。そういう訳では……なくて。」
「そう?ていうか、光はなんでここに連れてこられたの?」
「わ、分かりません……。」
「そうなんだ。てっきり犯罪者なのかと思ってたけど、違うんだ。」
ライトが無意識に掴まれたままの腕を眺める。不思議と高揚感が生まれ、鼓動が早くなり、
「あ、ごめん。ずっと掴んじゃったね。」
「あ、はい……。」
黒本が話していく手を、少し寂しそうに見つめるライト。その視線に気がついて、黒本はもう一度ライトの手を握る。
「つ、繋いでたほうが、いい?」
「え、えっと…………はい。おね、がいしま、す。」
互いに赤面しながら、鉄格子越しに手を繋いだ。そうして微妙な空気が流れ始める。ライトは、繋ぐことによって生じる感情が何かを理解しようと頭を回していた。
それが続いて、30分後、黒本とライトが話している頃、
「ッ‼何⁉」
「わぁ……」
突然、強い地響きと轟音が鳴り響き、外が急に騒がしくなった。
何事かと黒本が腰の剣に手をかけた。瞬間、
ドンッという大きな音と共に、天井が崩れてそこから血を流しながら蛯原が落ちてきた。
「ぐ、はぁ……」
「蛯原⁉大丈夫⁉」
瓦礫と一緒に倒れ伏す蛯原に、黒本が駆け寄る。
「ヤバい。天野が来やがった。前よりもクソ強くなってやがる。」
「え……なんで?」
「分かんねぇ。黒本は取り敢えず、あの女子を守ってろ。俺は戻る。」
「え?う、うん。頑張って。」
蛯原はそう言って、鎖も持って戻っていった。黒本は女子という言葉に疑問を抱いたが、すぐにライトの事だと気づいた。
「蛯原、光の事を女子だと思ったみたい。」
「そ、そうですか……。」
ライトは、メサイア本部内に突撃した魔力の主を思い出して焦りだす。
快斗がここまで来たのだ。きっとライトが捕らえられたという事は伝わっているようだ。
「あの……」
「何?」
「えぇと……あなたは逃げないんですか?」
ライトが黒本にそう言うと、黒本は不思議そうに首を傾げた。
「聞いてたでしょう?私はあなたを守るの。だから逃げちゃ駄目なの。」
「で、でも……今、……」
「うん。天野っていうクズが来てる。でも、私達は強くなってるから、絶対に勝てるはず。だから、安心して?」
優しい黒本の声音に、ライトまたしても困惑する。『安心して』?自分の仲間が戦っているのに?そんなことできるはずが無い。
「あの、ぼ、僕をここから出してくれませんか?」
「え?なんで?」
「いや、あの……快斗さんは、僕の為に来ていると思うので……。」
「………え?」
ライトがそう黒本に告げた瞬間、轟音が響き渡って、天井が更に砕けた。そして、その煙の中から、
「ライト‼何処だぁ‼て、いたわ。」
周りを見渡しながら叫ぶ、快斗が現れた。