災いの始まり
「よぉ。」
「あぁ。」
セシンドグロス王国王都にて、快斗がヒバリの夢に潜入した夜、2人の男が静かに酒を飲んでいた。
「怪我は治ったのか?」
「あぁ。この国の治癒術師は優秀だ。」
黒服の男は、自身の脇腹を抑えて見せる。傷は塞がったものの、大きな傷跡をつけられた脇腹。
『血獣化』した高谷の本気の一撃を受けたときの傷だ。
「ゼルギア。お前は攻撃に当たることはないんじゃなかったのか?」
「周りを1m範囲で閉ざされれば、俺はただの剣士になる。それを狙ったかは知らないが、奴は俺を拘束した。」
「そうか。負け惜しみの言い訳と。」
黒服の男、ゼルギアはもう一人の男の鋭い言葉にバツの悪そうな顔をする。
高谷との戦闘の時、ばら撒かれた血液の中から赤い腕が大量に生えてきて、1m範囲を埋め尽くしたことにより、ゼルギアは瞬間移動が使えなくなったのだ。
その隙に、肥大化した腕で抉られた脇腹は、それはそれは痛々しい大傷だったらしい。が、意識されたのかはゼルギアも知らないが、高谷が気絶する瞬間、ゼルギアの傷口に血を流し、少なからず癒やしたことにより、ゼルギアは今も生きている。
敵の慈悲で生き残るなど、ゼルギアにとっては人生で一番の恥だ。
その事を悔いながらも、ゼルギアは話を反らす。
「貴様の店はどうなのだ。」
「あぁ。繁盛とまでは行かないが、それなりに気に入ってくれている奴らが居てな。生活には困っていない。」
モジャ髪のやる気の無さそうな顔の男は少し笑って、自身の現状報告を果たす。そんな男を羨ましげに見つめて、ゼルギアは酒をグイと飲み干す。
「貴様は楽でいいよな。」
「武器作って売ったり、仕入れたものに魔力付与をして売ったり……まぁ、お前に比べればだいぶ楽だな。」
鍛冶屋を営む男は、大分ニヤつきながら、常連やたまに来る客の事を話し始めた。
アホ四人組の冒険者達に、新人メサイア隊員が武器を作ってほしいだのと言い出したりと、その男の話はキリがなかった。
だが、ゼルギアは話を遮ることなく、最後の最後まで話を聞き続けた。
「銀貨1枚と銅貨20枚です。」
「はい。」
会計を終え、ゼルギアと男は外に出る。
「ハァ……少し、飲みすぎたかもしれないな。」
ヨロヨロと揺れながら歩く男に呆れて、ゼルギアが体を支える。
「済まない。家まで送ってくれるか?」
「図々しい。だが、いいだろう。」
面倒くさげに顔をしかめて、ゼルギアは男を男の自宅まで連れて行く。
「なぁ、ゼルギア。」
「なんだ。」
今までのヘラヘラした声ではなく、しっかりとした意思を帯びた声が、ゼルギアの意識を向けさせる。
「お前は、あの悪魔共が狙っていたのは剣だって知ってたんだろ?なのに、なんでそれを国王に言わなかったんだよ。」
「…………。」
以前の悪魔の襲来。ゼルギアと騎士隊長メシルは、その目的を予想し、鍛冶師に保管庫へメシルを送るように頼んだ。もっとも、エレジアには気付かれてしまったが。
その事を、ゼルギアは国王に伝えなかった。面倒だった。と言う事もある。だが、それ以上に大きな物が、そのことの理由になった。
「お前。俺を庇う為に、そのことを国王に伝えなかったのか?」
「………そういう事だと思え。」
ゼルギアは俯きながら、自身が思っていたことを暴露する。
「草薙剣。あれを作ったのは……貴様だろ。」
「………。」
「狙いが剣と分かれば、王国側は素直に剣を渡したもしれん。が、その後には必ず貴様を処刑していたはずだ。」
「だがら、知ってて言わなかったのか。」
「あぁ。街は破壊され、復興に金も溶けたが、それのお陰で貴様への咎めはなくなった。」
「…………。」
男は黙って髪をいじり、先程とは段違いにしっかりとした足取りで歩いている。
「歩けるのなら一人で歩け。我は酒臭い奴は嫌いだ。」
「相変わらずの悪口癖だな。」
「フン。」
そうこう話しているうちに、2人は男の自宅に着いた。
「ありがとな。」
「酒一杯で許す。」
「強欲だなぁ。お前はまったく。」
「話は済んだか?我は帰る。」
そう言って、ゼルギアは踵を返してスタスタと帰っていく。
「ゼルギア‼」
「なんだ?」
その後ろから、大きな声で男が呼んだ。ゼルギアが忌々しげに振り返る。その表情に苦笑ながらも、男は頭をさぜて言った。
「ありがとう。お前のおかげで助かった。」
「……フン。酒20杯追加だ。」
「金が溜まったらな‼」
大きな笑い声を背負い、ゼルギアは城にある自室へと歩いていく。
ふと、空を見上げると、疎らに広がる星々が輝いている。なんとなく目を逸らして、ゼルギアは小さく呟いた。
「世界最高峰。神聖鍛冶職人、ヴィレス・ルーラ。」
先程の友人の名を口にして、ゼルギアは街の影に消えていった。
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「ん………あぁ……?」
エレスト王国にて、貧民街の中で、快斗は目を覚ました。心臓がバクンバクンと跳ねている。
「ハァ……ハァ……あいつ……何なんだよ。」
夢の中で遭遇したもう一人の自分を思い出して、快斗は大きなため息をつく。
「俺になるって……もしかして俺って二重人格?」
ヨロヨロと立ち上がり、地平線から上がってきた朝日を見て目を擦る。
「ここに来て2日目。そんですぐ野宿って……俺、運命にも嫌われてんのかな。」
頭を掻いて、快斗は『○に嫌われている』を歌いながら、携帯食料を取り出す。と、
「………気配。」
神聖魔力を感知して、快斗はボロ崩れた家々の合間を走り抜ける。
影に隠れて様子をうかがうと、先程まで快斗がいた場所に、メサイアの白装束を来た人間が3人、剣を片手に歩いていった。
「貧民街まで来てやがんのかよ……。別々に分かれて正解だったぜ。」
快斗達は現在、1人1人が別々の場所にいる。一箇所に寝ては、見つかった時に対処ができないと言う事で、分かれて寝ることにしたのだ。
「さっさと集合場所まで行ったほうがいいかもな。」
快斗は小さな携帯食料を噛み砕いて飲み込み、水を飲んでから駆け始める。崩れた家を越え、乱雑に置かれたゴミ置き場を越え、瓦礫の山を越え。そうして、エレスト王国の壁にまで辿り着いた。
「確か……俺は右に向かえばいいんだな。」
快斗は壁に反って、ゆっくりと右へあるき出す。真っ平らな壁に手を当て、昔ながらの暇つぶしで木の枝を突き刺しながら進んでいく。
「キュ、キュイ?」
「おぉ。キュー。起きたのか。」
フードが揺れ、その中から可愛らしげにキューが顔を出す。
昨夜、別れ間際に原野がキューを連れて行くと言って聞かなかったのだが、キュー自身は快斗といる事を選択し、そして現在に至るというわけだ。
その時の原野の反応は笑いものだった。
「ぷ……」
思い出し笑いをして、快斗は不思議そうな顔のキューを頭の上に乗せて、モフモフの体をモフりまくった。
そうして歩いて5分歩いた頃、
「ん?何だあれ?」
「キュイ?」
快斗は貧民街の中に、木でできた掲示板を発見した。
「んあ?貧民街にこんな小奇麗な看板が?」
なんとなく走り寄って、貼られている貼り紙を見てみると、上から2番目に、
『極悪で卑劣で最低な悪魔、天野快斗が出現。出来るだけ外出を避け、警戒すること。
メサイア最高司令官』
と書かれていた。
「極悪で卑劣で最低って……なんつー悪いイメージだ。」
「キュイ……」
人々からの悪魔のイメージを知ってガッカリしながらも、自身の器を悪魔にした魔神エレメロを心の中で責める。と、思い浮かべたエレメロが振り向き、快斗と目が合うと、煽るように口に手を当てて笑った。
「………ハァア‼」
「キュイ⁉」
苛つきが頂点に達して、快斗は掲示板を蹴り飛ばす。木の破片と、貼られていた貼り紙を撒き散らして、掲示板が砕けた。
「まったく……あいつはぁ……願い事を聞かれたら、あいつを消してやろうか……。」
「キュ、キュイ……」
拳を握りしめて怒りマークを複数頭に作り出す。快斗に、キューが苦笑したように鳴く。
そんなキューを快斗が強めに撫でていると、視界に落ちた貼り紙が映り込んだ。
「これは……俺についてのじゃねぇな。なんだこれ?」
「キュイ?」
快斗が貼り紙を拾い上げて、裏になっている貼り紙を表にして内容に目を通した。と、快斗の顔色がどんどん悪くなる。
「………クソ‼」
快斗は貼り紙を握りつぶして走り出す。冷や汗が大量に流れ出し、焦りが足を遅くする。
「ハァ……なんだって、今‼」
自分を責めながら、快斗は全力で合流場所まで走っていった。
放り出された貼り紙は、握られたことにより形が歪み、風に吹かれることなくそのまま落ちた。
「んん?今、何か通ったか?」
と、先程から貧民街を徘徊しているメサイア隊員が、転がってきた紙を拾い上げた。そして、その歪んだ紙をゆっくりと開く。書かれた内容はこうだ。
『『剣聖』、処刑日決定。日程は明後日の夜。国民達よ。悪が消える瞬間を見たくば、処刑場へと参るがいい。
メサイア最高司令官』