吉夢?悪夢?
最近長いのばっかですみません。
夢を見た。久しぶりの夢だった。
牢屋に入って数ヶ月。何度も現実逃避で眠りについていた。だが、夢を見る事は無かった。
ヒバリは、夢は善人にだけ与えられる休憩場だと考えている。
苦労した善人が安らぎに身を任せられる瞬間。神が作り出した幸福の世界。
ヒバリは夢を見れた事が嬉しかった。それは悪夢でも、吉夢でもない。
「あ………。」
夢の中、涼し気な風が髪を揺らす。地面には黄色い小さな花が沢山咲いており、その真ん中で、ヒバリはドレス姿で座っている。
「む………。」
真っ青な空を見上げて、ヒバリはここが城の中庭である事を理解する。
「これは……夢、か……。」
明晰夢だ。ヒバリは、自身が夢の中である事を理解している。ヒバリにとっては、初めての経験。
「……あれは……」
ふと、ヒバリが中庭の入り口を見ると、そこには2つの大きな穴が空いていた。
地面に空いていたわけではなく、空間に空いていた。その穴からは、2つの情景が映し出されていた。
どちらとも、ギロチンにかけられる自身の姿が映されている。
その横に、処刑人らしき人物がおり、ヒバリが穴の中の情景を見つめているのに気づくと同時にニヤリと嫌らしく笑って、
「処刑、開始‼」
手に持つ鞭で地面を叩いて合図をする。瞬間、座らせられているヒバリの真上から、ギロチンの刃が勢いよく迫った。
斬れる。ヒバリはそう感じて、反射的に自身の首を抑えて目を閉じた。そして、数秒して目を開けると……
「やは、り……」
左の穴に映るヒバリは、綺麗な首の断面を晒しながら、血を流して死んでいた。落とされた首が転がり、目からは涙を流していた。
そして、続けて右の穴を見ると……
「………何?」
処刑人がバラバラになって死んでいた。そして、ギロチンの刃が何かに歯止めされていて、
「あ………」
それは、美しい紫色の刀身を持つ、1本の刀だった。よく見えないが、何か文字が刻まれている美しい刀が、ギロチンの刃の通り道に突き刺さって受け止めていた。
情景内のヒバリは驚いた様子で顔を上げると、目の前に現れた人物を見て何故だか笑った。
反り返った白髪。赤と青の瞳。黒と灰色の服。長めの牙と爪に、背中には刀をしまうための鞘が背負われている。
「来て、しまったんだな……。私なんかのために、貴様は……。」
情景内のヒバリは寂しげな表情で、その人物に話しかける。その人物は、笑い声を上げ、ヒバリの頬に優しく触れて、
「言ったろ。絶対助けるってよ。」
その声は、その情景を見ているヒバリにまではっきりと聞こえた。途端、胸の奥で暖かい何かが湧き上がった。
「ッ………。」
瞬間、2つの穴が砂のように崩れ落ちた。左の穴は黒い灰に、右の穴は白い霧に。
すると、それぞれが1本の腕を形成し、ヒバリの両腕を掴んだ。引っ張られる力は強くない。若干、黒い灰で出来た腕のほうが強い。
ヒバリはそれに従うように、立ち上がって黒い灰で出来た腕に引かれていく。
そして、腕の根本に出来た暗い穴の中に入ろうとした瞬間、
『言ったろ。絶対助けるってよ。』
「ッ……⁉」
白い腕の方から、先程の人物の声が響いた。
ヒバリは思い出す。いきなり現れて、いきなり助けるとほざいて、いきなり帰っていった、あの大悪党を。
ヒバリを仲間にすると言っていた。ライトが心配していると言っていた。
余計な世話だ。他人が何を言い出すのか。これは自分らの問題だ。人殺しが口出しするな。あの後何度もそう思った。
が、同時に嬉しさもあった。誰を気が付いてくれない自身の冤罪を、家族以外でも信じてくれる者がいた。
それが悪魔でも、人殺しでも、ヒバリは嬉しく思ってしまった。
それでいいのか。沢山の人々を不幸にした悪魔に、こんな感情を抱いていいのか。
『お前が俺をどう思うかはどうでもいいんだよ。俺はただ、お前を救いたいだけだ。』
白い腕の方から、また声が響く。ヒバリは頭を振って、その言葉を跳ね飛ばす。
『本当は生きてぇんだろ?だったら生きればいい。お前は何もやってねぇんだから。弟だってそれを望んでるぜ?』
語りかける声は止まらない。うっとりするような美声で、ヒバリの心をくすぐる。優しさに胸の奥が焼かれる。嬉しさに頬がこわばる。
「私は……救われてもいいのだろうか?」
ヒバリは見る方向を変えず、静かに白い腕に問う。
『別にいいんじゃねぇか?誰だって救われるもんだろ?お前は悪いことしてねぇんだし、むしろめっちゃいいことしてやがる。』
「ッ………。」
軽く、当たり前だと言うように言われ、ヒバリは少し呆れる。
「だが、私が罰を捨てれば……私の家族が…」
『死ぬ。とか言うのかよ。』
「………。」
自身の言葉を先取りされ、ヒバリはゆっくりと頷く。
『んじゃ、ライトは俺の仲間に任せることにすっか。』
「ッ………。」
またしても軽く流された。何故そんなに軽く流せるのか。もっと危機感を持って……
『こんなん考えればすぐに分かることだぜ。因数分解と同じだな。1つの公式が違うのなら別の公式を試せばいい。』
「何を言っている?」
『まぁ、この世界の人は理解できねぇだろうよ。要するに、両方駄目なら、それ以外を選べってこと。』
それ以外。ヒバリが死ぬ事と、ライトと父が死ぬ事以外。
「そんな事、あるのだろうか。」
『あるさ。処刑される寸前に全員で逃げ出す。とかな。』
「それは……」
『分かってる。お前の立場的にそれは難しい。なら別の方法だ。』
「別の……。」
『そう。俺がお前を助けて連れて行く。ライトも父親も。そしたら、俺が誘拐したってことで、お前らは罪を問われない。外に行ったら開放して、あとは自由だ。どうだ?』
「………人殺しの貴様を信用するほど馬鹿ではない。」
『うーん。そうなるのか……。』
声が掠れて苦笑する。ヒバリは未だ強い黒い腕を見つめて、自身の首がとれる瞬間を想像する。
『いいのかよ。それで。』
「構わん。私は家族が助かれば、それで……」
そう言って、穴に入ろうとした瞬間、急に白い腕の力が強まった。
「む……。」
『お前はそれで良くてもな。それじゃ駄目な奴がいるんだよ。分かんねぇのか。』
「………ライトか。」
『それ以外にも沢山いるんだよ。お前が貴族野郎を殺したって思ってるやつはすくねぇんだぞ。』
ヒバリは思い出す。『剣聖』となってからの人々の交流。道行く人々。助けた人々。共に戦った人々。
『勇者』リアンに、『鬼闘士』エリメア。
「………私の生を、彼らは望んでいるだろうか。」
ヒバリは振り向かずに話を続ける。声の主は『うーん……』と声を上げて、
『んな事知らねぇよ。自分で考えろ。俺に聞くな。いくら俺が天才でイケメンでモテるとしてもわかんねぇよ。』
「ふ……そうか。」
声の主の言いように、珍しくヒバリが吹き出した。そして、ヒバリは振り返る。
「生きる、理由ができたな。私はまだ……生きていたい。」
力強く言って、ヒバリは晴れやかに笑う。白く発光する声の主は、その様子を見て笑った。
『そう。それでいいさ。』
「うむ………感謝する。」
ヒバリはすっかり力が弱まった黒い腕を振り払い、白い腕に引かれて声の主の目の前に立つ。
身長が180cmほどあるヒバリは、声の主を見下ろす。
『女性に見下されるって、なんかやだな。』
「何をいうか。なら、私を女と思わなければいい。」
『ごめん。お前みたいな美人を女として見ないなんて無理。』
ヒバリの手は、白い腕ではなく、声の主の細い腕に繋がれていた。
『やっべ。めっちゃスベスベしてる。惚れる。』
「手が綺麗なだけ、そなたは惚れるのか。」
クスクスとヒバリが笑う。さっきから笑いっぱなしで、声の主も微笑む。
『んじゃ、お前は助けられる道を選ぶんだな?』
「あぁ……。私を、助けてくれ。」
ヒバリが言った瞬間、頭に暖かい感覚が。と、直ぐに撫でられていると気づいた。
『良くできましたと。最初からそう言えばいいのによ。』
「む……。済まない。」
ヒバリは頭を下げて、声の主はヒバリの手を引く。
『さ〜て、起きる時間だぜ。俺がどうにかすっから、お前は安心してな。』
「ふ……あぁ。頼んだぞ。」
ヒバリは最後まで、声の主の手を握っていた。
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『フゥ………なんとか説得はできたな。』
まだ存在している夢の世界で、快斗は座り込んでため息をつく。
ここは精神世界。快斗の『魔技・幻夢の冥眠』によって作られた、現実とは似て非なる世界。快斗は、ヒバリにに手を握られたときに怨力を付与させ、この世界へと連れ出せるようにしたのだ。
『しっかし。あいつの心の中は澄んでるの一言だな。綺麗な街に綺麗な花に綺麗な空。あと、美人と。なにこれデート?』
言ってて悲しくなってきた快斗は立ち上がり、自身も夢の世界から消え去ろうとした時、
『貴様ぁ……。』
『ハァ……ンだよ?』
快斗とは反対側の、黒い腕が生えていた場所に、快斗と瓜二つの見た目の人物が立っていた。
『また、俺の邪魔をするか。』
『知ったこったねぇよ。俺はお前が誰だか知らねぇし。』
快斗が軽く流すと、その人物は顔を歪めて怒りを顕にする。
『いずれ、お前の魂を、俺の魂と……』
『悪いな。俺は男とヤる趣味はねぇぜ。』
快斗は手を振って、精神世界から抜け出そうとする。と、
『そうか……ならば、贈り物だ。』
『アァ?ぐおっ⁉』
快斗に瓜二つの人物は、快斗の胸に触れて魔力を流した。瞬間、快斗の心臓がギュッと縮んだ。
『ぐ……お……』
『生意気なやつよ。だがまぁいい。』
そう言って、その人物は快斗の胸に手を当てたまま、鍵を開けるように手を回した。
心臓がバクンと膨らみ、とんでもない痛みが快斗を襲う。と、
『あぁガ……アァ?』
体中に魔力が行き渡り、それと同時に何かが頭に流れ込んでくる。
『これ、は……』
『お前はまだまだただの悪魔に過ぎん。いつか俺ほどに強くなるため、魔力の開放術の記憶をお前に埋め込む。』
項垂れて頭を抑える快斗を見下ろしながら、その人物は、
『覚えておけ、弱小悪魔よ。俺はいつでもお前を見ている。』
そう言って、その人物は粉となって消え去った。
消えゆく精神世界の中、快斗は頭を抑えながら、
『男のストーカー?冗談キツイぜ……』
なんて軽口を叩きながら、現実へと引き戻されていった。