エレスト国王
「もう‼心配したよ‼」
「だ、大丈夫ですか?」
「服もこんなにボロボロに……」
「だから気にすんなって。」
「もう傷は治ったからね。」
王城から南側にある住宅街の中、裏路地に隠れて、快斗一行は合流を果たしていた。
「いきなり襲われたんだよ。こっちから仕掛けた訳じゃねぇ。」
「だからってあんなに激しく戦わなくていいでしょ⁉もう快斗君がいるってバレちゃったじゃない‼」
「激しく戦ってたのは高谷だからな?」
「じゃあ許す‼」
「なんでだよ……。」
高谷には甘々な原野に快斗が呆れる。ぷっと吹き出した高谷は笑いを堪えて、快斗に尋ねる。
「快斗。あの時の幻影って?」
「あぁ。『魔技・偽りの真影』。対象者に幻影を見させる技さ。兵士に囲われたあのとき、俺と高谷の見た目を交換してたんだよ。」
「だからみんな俺にたかってきたのか。渡辺達がなんで俺ばっか攻撃してんのか分かんなかったんだよね。」
「まぁ、そういうこったな。」
快斗は、顔につけられた傷を魔力で治して、足を組む。
「そういえば、妖艶魔は何処にいるのか分かったのか?」
「はい。メサイアの教会の中から僕の魔力が感じられました。だからおそらくは……」
「メサイアの教会の中にねぇ。何してやがんだメサイア。」
快斗は暗くなりつつある空を見つめて、なんとなくヒバリを思い出す。鋭めの目つきに黒髪。日本人風の顔立ち……
「うーん……」
「どうした快斗。」
「いやな。ヒバリの事を考えてんだけどよ。」
「姉さん……そういえば姉さんは……」
「生きてるよ。あと、殺人は自分がやったって言ってたぞ。」
「そ、そんな……」
「もっとも、あれは嘘だったけどな。あいつは何かしら脅されてるみてぇだ。」
「そ、そうですか…。」
一瞬絶望に浸った表情のライトがすぐにパァァと明るくなる。
シスコンっぷりに苦笑しながら、快斗はライトに言う。
「お前の姉、美人だったな。あれならシスコンになってもしょうがない。」
「ですよね‼姉さんは凄く綺麗です‼」
「お、おう。」
快斗の言葉に反応して、ライトが勢いよく食らいつく。
ライトは思い浮かべる。小さい頃、ずっと自分から離れずに居てくれた、強くて優しくて美人な姉。
そんな姉と一緒に遊んでいるところを微笑ましげに見つめてくれていた父……?
と、急にライトが頭を押さえる。下を俯きながら「あれ?あれ?」と言い続けている。
「ど、どうしたの?」
原野が心配そうにライトに問いかける。すると、ライトは顔を上げて、震えながら、
「な、何故か……父さんの顔が……思い出せません……」
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エレスト王国の王は温厚で人見知り、という事で広く親しまれている。
そのため、王は昔から国民に何かを伝える時は必ず使いや政治家に宣言をさせていた。
だが、誰もその顔を知らないという訳でなく、たまに街を子供と歩いている姿が目撃される事があった。
大人びた雰囲気の少女と手を繋ぎ、静かに寝息を立てる金髪の少年を抱きかかえて街を歩く王の事を、国民は優しく見ていた。
そして、それがある時パッタリとなくなった。
それは長女、ヒバリに『剣聖』の固有能力が出現した時だ。王は泣き崩れ、横暴の場について行けなかった自分を責め、ひっそりと自室にこもるようになってしまった。
それでも、王としての役目を放棄するわけでもなく、自室でこもりながら、政治や物価や治安やらを考え、国を良くしようと努力していた。
そんな王の声を国民に届け始めたのは、メサイア最高司令官のギドラだ。ギドラは王とは古きの友で、変わりに言葉を伝えるとギドラに言われても、王は彼を信じて異論を唱えなかった。
そして、いつしか王は、この世すべての魔物を憎むようになった。たまに会いに来るヒバリには、傷こそないものの、やはり小さな傷跡がいくつかついており、それが『剣聖』に目覚めさせた自身を責める原因になってしまった。
そして、考えたのだ。この世の魔物すべてを消してしまえば、ヒバリは傷つかずに済む。
王は力を求め、ギドラに協力を求めた。ギドラは断ることなく、王の頼みを快く受け入れた。
王はギドラに月の天使について聞かされた。天使の名はサリエル。いわば堕天使である。
かつて、この世界は6人の神によって作られた。そのうちの一人に、聖神という神がいた。
その神には数々の天使が使えており、サリエルもそのうちの一人だった。だが彼女は聖神のあまりの暴虐な態度に呆れ、聖神に敵対心を抱くようになった。
それは、聖神にはすぐに伝わった。聖神は抵抗するサリエルを力ずくで抑え、月を作ってサリエルを封印した。そして、聖神は地上に現れ始めた人間達、その中にごく少数だった聖人たちと、サリエルの封印の契約を交わした。
その契約を交わした血筋こそ、エレストの王族なのだ。そして、サリエルは今は深く反省し、地上に生み出された魔物達の力を抑えるべく、日々神聖魔力を降り注がさせている。
王はこの話を聞いて少し不思議に思ったが、ギドラが話した意思を、王は感じ取った。
サリエルは魔物に対して敵対心を抱き、膨大な神聖魔力を操る天使。つまり、その封印を解けば、天使が魔物を残滅してくれる。
だが、封印を解くには、1つ大きな問題があった。それは、封印を解くための条件だ。
その条件は今って簡単。王族の一人を、贄として捧げること。その贄は世界中の人々から存在自体を忘れられ、消え去ってしまう。
ギドラからそれを聞かされた王は、怯むことなくそれを受け入れた。娘が傷つかなくなるのなら、自身の存在など、その記憶などどうだっていいと。
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「もう少しだ……もう少しで……。」
メサイアの教会の地下。大きな魔法陣の前に立って嬉しそうに呟いているのは、メサイア最高司令官のギドラである。
「あら。やけに嬉しそうじゃないギドラ?」
「当たり前だ。もう少しで……我らの悲願が叶うのだ。」
「ふぅーん。まぁ、私には興味ないけど。」
その後ろで腕を組んでつまらなさそうに欠伸をする女性は、
「お前には感謝している。無事に叶えば、世界中の人々の魂をお前のものとしよう。」
「へぇ?それはあなたのもって事?」
「あぁ。ここまで来れたのは、お前の尽力あってのものだ。」
「やだ、照れるじゃない。」
「全て本心だ。妖艶魔、ネロテスラ。」
ネロテスラは体を抱いてくねくねと動いたあと、思い出したとばかりに懐から試験管を取り出す。
「あの子が帰ってきたみたいだわ。魂が反応してる。」
「ふむ。もう来たのか……まぁいい。もう間に合うまい。」
「そうねぇ。邪魔にならなければいいのだけど。」
ネロテスラは試験管を机に置いて、魔法陣の真ん中に座り込んでいる老人を見つめる。
「随分と時間がかかるのねぇ?」
「仮にも異星の封印を解くのだ。この我でも、そう簡単に解けるわけがあるものか。」
「そんなにゆっくりやってると……現れた悪魔が邪魔をしてくるわよ?」
「心配するな。その為に彼らを呼んだのだ。」
「あら。そういう事だったのね。」
「念には念をだ。」
ネロテスラは、呼び寄せられた2人のメサイア隊員を思い出して口を押さえて笑う。そんなネロテスラを見て、ギドラが訝しんで振り返る。
「何がおかしい?」
「いえ。なんでもないわ。」
ネロテスラは少し黙ってニヤリと笑うと、
「美味しそうだなって思ってたの。」
「……やはりお前は悪魔だな。」
「妖艶魔は悪魔に似て非なる者よ。一緒にしないで。」
「そうか。まぁいい。魔術の邪魔になる。お前は何処かで休んでいろ。」
「あら。せっかく来たのに追い出すなんて酷いじゃない。」
「早くいけ。」
「はいはい。分かったわよ。」
ネロテスラは手を振りながら、ゆっくりと地下室を出ていった。
「あ……あ………ギド……ラ……?」
と、魔法陣の真ん中の老人がゆっくりと起き上がり、弱々しくギドラを見つめる。ギドラは笑って、
「気にするな。ただの風の音だ。」
「そう……か……」
そう言って、老人は再び座り込んで黙り込んだ。
ギドラは笑顔を嫌らしいものへと変え、
「心配するな。お前が死んだあとに、しっかりとお前の子供を殺しておいてやる。
エレスト国王、リドル・シン・エレスト。」
邪悪な笑い声が、静かな地下室に大きく響き渡った。