魂の在り処
「……姉さん。」
月明かりが差し込む窓を見つめて、ライトが心配そうに呟く。
「やっぱり心配?」
「ッ……はい。」
いきなり話し掛けられてライトが肩を上げるが、声の主が誰だか分かった瞬間、落ち着きを取り戻して頷く。
ライトの隣に座った人物、高谷がニッコリ微笑んで、
「明日は何するか分かるかい?」
「はい。僕とルーネスさんと原野さんは僕を襲った女性、妖艶魔を探します。快斗さんと高谷さんは僕の姉さんにあって冤罪かどうかを聞いてから、メサイアへ。ですよね?」
「そう。よく覚えてたね。俺は自分のやつ以外は覚えてなかったよ。」
「ハハ。」
高谷の冗談にライトが小さく笑って、また窓を眺める。
「姉さんが大事なんだね。」
「はい。僕の命よりも大事です。」
「シスコンも極まると狂気だから気をつけてね。」
「?」
高谷の行った意味が分からず、ライトが首を傾げる。「何でもないよ」と高谷は笑って手を振る。
「俺にもね。姉がいたんだよ。」
「そうなんですか。」
「うん。あまり良い人ではなかったよ。俺は大嫌いだった。」
「ッ…大嫌いだったんですか。」
「うん。あの人は俺が6歳の頃に死んだからね。」
「え?」
「その時の俺はよく分からなかったけど、後々考えてわかったよ。俺の姉はその時高校生だったんだけどね。彼氏と色々やって妊娠したんだってさ。それで、それを処理するのは金がかかるし、学校では立場なくなったみたいだし、うちは処理できる金もなかったから、迷惑かけたくないとかほざいて、首吊りしたのさ。最後に『ごめんね』って言われたけど……いきなり死んで馬鹿らしいよね。」
「そう……ですか……。」
自分の姉とは違う姉の存在を知って、ライトは少し考える。姉とは強くて偉大な存在と信じてきたライトには、今の高谷の話がかなりズレた話に聞こえた。
それも、この世界の価値観と言えるだろう。妊娠したからって、何故死ぬ必要があったのだろう?と、別に子供が生まれるだけではないか。と、ライトは考えた。
「言っちゃ悪いけど、この世界ほど、俺らの世界は生きるが楽じゃないんだ。力を証明したら金がもらえるわけでも、冒険者っていう職があるわけでもない。俺らの国で他人殴ったら罰を下されるし、王様っていう独裁者はいなくて、国民が政治を動かすんだ。魔物とかは居ないし、戦闘職はない。仕事はもっぱら計算とか制作とか、そういうものさ。」
「魔物がいないんですか?」
「そう。動物はいるけどね。魔術もないよ。」
「ええ⁉魔術がないんですか?どうやって生活するんですか?」
「俺らの世界には機械っていうものがあってね。魔術程ではないけど、俺らの生活を大分楽にしてくれるんだよ。」
「興味深いです。機械って想像できませんが。」
「まぁ、この世界の人達には想像できないと思うよ。」
そのまま、高谷とライトは一時間ほど話していた。ライトの姉に対する心配は少しずつ薄れていき、高谷の話に聞き入っていた。
面白い。面白くてしょうがない。知らないことを知るのはこんなに楽しいのかと、ライトは新たな発見をした。
そして時は経ち、気づけば夜の1時半になっていた。
「話しすぎたね。もう寝ようか。」
「はい。」
自分のベッドに戻り、高谷が寝っ転がって目を閉じる。ライトも同じ様に寝っ転がって目を閉じた。
だが、ライトは寝付く前に、1つだけ言いたいことを高谷に言った。
「高谷さん。」
「ん?」
「高谷さんの姉さんは……あなたをきっと……」
「もう寝なよ。寝てろ。」
「……はい。」
言いかけた言葉の真意を察して、高谷は睡眠を促す。ライトはそれに従って目を閉じ、すぐに夢の中に落ちていった。
高谷は頭の後ろで腕を組んで、天井に姉の顔を思い出す。
常にクマができていた顔、自分が会うと嫌そうな顔をして部屋に戻る。
一度、間違えて姉の部屋に入ったことがあった。その部屋には、机とベッド、1つの椅子と、大量の血のついたティッシュとカッター。包帯に太い縄、藁でできた人形に、釘が刺さっていた。
その後、藁人形をとって遊んでいると、姉が帰ってきた。そして見つかった。怒られるかと目を閉じた。しかし、怒声は訪れず、優しく頭を撫でられた。
ゆっくりと顔を上げたら、姉は優しく笑って、
「あなたもきっと、呪われるよ。狂うよ。イカれるよ。死ぬよ。何もかも壊すようになるよ。私よりも酷く惨く。良かったね。」
と言っていた。その時、高谷は笑っていた。姉に釣られて笑っていた。意味は知っていた。狂うも、死ぬも。だが、姉と初めて笑った瞬間が楽しくて笑っていた。
その後日、姉は朝、高谷が寝ている部屋に入ってきて、額にキスをして、
「ごめんね……。」
と悲しげに呟いて部屋を出ていった。高谷はどうゆう事だろう?と不思議に思いながら、その日は学校に向かった。そして帰ると、
姉は首を吊るして死んでいた。両手にはカッターでつけられた傷が大量についており、血が滴っていた。
それを見て、高谷は笑った。だって、面白かったから。あんなに昨日笑ってくれたのに、今度はいきなり死んでしまった。
可笑しかった。可笑しすぎて、可笑しすぎて、可笑しすぎて、可笑しすぎて、可笑しすぎて、高谷はカッターを拾って、姉の腹を斬り裂いた。
「笑ってよ。笑ってよ。笑ってよ。笑ってよ。笑ってよ。笑ってよ。」
うわ言のように呟きながら、高谷はひたすらに冷え切った姉の内臓を傷つけ続けた。
その後、仕事から帰ってきた母が腹を斬り裂かれ、首を吊って死んでいる姉と、その下で藁人形で遊んでいた高谷を見て泣き崩れた。
高谷を抱きしめて、「ごめんね。」と繰り返していた。そして、姉の死体も抱きしめ、実家の庭に埋めた。祖父母も泣き崩れ、高谷を抱きしめた。
不思議でしょうが無かった。なんで泣くのか。面白いじゃないか。昨日笑ってた人が、急に死んだんだ。
あんなに正気に満ちていた人がぽっくり逝ったのだ。それの何処が悲しいのか。道化としての人生を全うしたではないか。
全く泣かない高谷に対して、親戚達はまだ小さいからしょうがないと流していた。だが、それからと言うもの、高谷はニュースで殺人の話を聞くたびに笑うようになっていた。
時には微笑。時には爆笑。そのツボを誰も理解することが出来なかった。
平気で自身を傷つけるようにもなった。手首を斬り裂き、二の腕に傷を付け、唇を噛み切り、眼球に指を突っ込んだ。
楽しかったのだ。その事を、帰ってきた両親に話した。笑いながら。その後、高谷は精神病院につれていかれた。
結果は異状なし。両親は唖然とした。これだけ狂っている高谷が異状なしと言われたのだ。何度も再検査したが、結果は変わらず。
何故なのか、簡単な事だ。高谷には『常識』がある。自分が『常識』からズレていることを知っている。
だからあくまで高谷は、自分の知っている『常識』を答えただけだ。両親は疑いながらも、異状なしを信じて帰った。
高谷は、その時から『常識』でいることの大切さを知った。自身を隠した。何の目的も、隠して行うようになった。
自身の感情を隠して、常識人を振る舞っていた。それもそれで楽しかったから。
意識は闇へ。高谷は眠りに落ちた。
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「さーて‼行きますか‼」
「張り切ってるね。」
「なんたって、ライトの姉は美人らしいからな。舞い上がるってことよ。」
「これだけ美人に囲まれてまだ美人を求めるのか……」
「これだけっつったって、原野とルーネスさんだけじゃねぇか。あ、ライトもか?」
「え?」
「ライトは違うよ。男だろ?」
朝の食堂の中で、快斗一行は今日の予定で盛り上がっている。
出された卵かけご飯に醤油に似た調味料をたっぷりかけ、一気に口の中に流し込んだ快斗は、器を片付けて、
「さっさと行こうぜ高谷。」
「分かったよ。せめて朝食くらいは食べさせてくれよ。」
「ライトの話聞いてるとさ。その姉さんが俺のタイプでさ。早く会いたいんだよ。」
「分かったって。……ご馳走様でした。よし、行こう。」
「しゃあ‼」
快斗はいつになくハイテンションで、食堂を飛び出し、それに高谷が付いていった。
「では、私達も。」
「そうね。」
「はい。」
ライト達もそれぞれ食器を片付け、食堂を去った。
「ラ……光様は妖艶魔の居場所に心当たりがお有りで?」
「ええ。なんとなく分かります。多分、妖艶魔は僕の魂の大部分を持っているので。どこにいるかは感覚でわかります。」
「へー。凄い。」
ライトはそう言って、真っ直ぐあるき出す。その後ろを、昨日とは違う色の髪と瞳の色をしたルーネスと原野が続いていく。
街の大通りを抜け、裏道へと入り、近道を何度も通って歩いていく。
ふと、大通りに出ている出店を眺めていた原野が止まった。
「ねぇ、あの人。」
「?あの方がどうかされましたか?」
「なんか、あの人の魂が、凄いズタボロで……」
『死者の怨念』を操る原野は、快斗程ではないが、魂をある程度覗くことができる。
原野が見ているのは、大通りをゆっくりと歩いている大きな人間だ。大きなローブを被っており、顔は見る事ができないが、原野から見えるその者の魂は、所々が欠けた欠陥魂だった。
「なんだろう?あんなんじゃ、もう死んじゃうはずなのに。」
「そうなんですか?」
「追いかけます?」
ライトとルーネスが、その人間の背中を見つめる。原野は少し考えて頭を振って、
「いえ。それよりも妖艶魔の所に行きましょう。」
「分かりました。」
今はそんな事はどうでもいい。と考えて、原野はライトの手を引いて先へ向かう。
ライトは微笑みながら、道を教えながら進んでいった。そして、着いたのは、
「ここは……。」
「はい。エレスト王国のメサイアの教会。
メサイアの本部です。」
大きな城の隣に位置するメサイアの教会の前に立って、その神聖さに、3人は暫く見惚れていた。
「本当にこの中から?」
「はい。なんとなくですが、この中から僕の魂を感じます。」
一瞬疑問に思った原野だったが、ライトが強く宣言したので、その言葉を信じた。
「でも、妖艶魔って悪魔なんでしょう?」
「メサイアがその侵入を許すとは思えませんね。」
「ならば……」
メサイアは神聖魔力の魔力を操る者達が多い。その為、闇黒魔力を操る悪魔の存在は、逐一で分かるはずなのだ。だが、ライトの魂が教会の中にあるのなら、それを持ち去った妖艶魔は、メサイアの中に侵入した。あるいは、
「誰か、妖艶魔ではない者が持ち込んだ?」
「光。魂の位置が教会のどこにあるか分かる?」
「はい。正確には教会ではなく、その後ろの建物の中です。そして……それは地下のようです。」
「地下?」
ライトは教会の後ろの建物を指差したあと、少し黙ってその下を指さした。
「地下……なんとも駄目な実験を行いそうな場所ね。」
「地下で何かが行われているのでしょうか?」
「僕の魂が減った様子は無いですけど……」
ライトが感知する魂の量は、取られたときから変わっていない。つまり、ライトの魂をとった理由は、ただライトの力を弱める為だったのだろうか?はたまた、ライトをおびき寄せる為……?
そうライトが考え込んでいたその時、
「な、なに?」
「王城の方からですね。」
「あれは……」
突然、王都内に大きな爆音が響いたかと思うと、王城が勢いよく爆破され、そこから2つの大きな魔力が飛び出した。
「あ、アニタ?とグニスだっけ?が出てきた‼」
「呼び名が違うと話しづらいですね。」
「な、何があったんでしょうか。」
3人は、飛び出した魔力の持ち主を感知して、不安げな顔立ちで走っていった。