到着
「はぁ〜あ。クッソ眠いわ……。」
「9時間も寝てた癖に?」
「俺ぁ過眠症なんだよ。」
「都合よく病名を使うなよ。」
「か、過眠症って、なんですか?」
「快斗様の世界の病気らしいです。なんでも、明確な治療法がないとか。」
「ええ⁉不治の病なんですか⁉」
「いや、別に死ぬわけじゃねぇからな?てかこれ冗談だから。真に受けんなよ。」
快斗一行は、移動を続けるキューの『無垢無心』の中で朝食片手に世間話をしている所だ。
「ヒナがいねぇから、朝食はパンばっかだな。」
「あら、お気に召しませんでしたか?」
「いや、そういう訳じゃねぇけどよ。たまには白米も食いてぇなって。」
「では、明日は米にします。」
「頼むぜ。」
カウンターでスライスされた肉と香辛料が乗った食パンを頬張りながら、快斗は遠い目で米の味を思い出す。
この世界の調味料は、不思議と地球の物とほぼ同じだ。食材も殆ど同じで、似た料理も多数ある。唯一無いのが、
「久々に、蕎麦とかラーメンとか、麺類が食いてぇな。」
「あーわかりみー。」
そう、この世界には麺類がない。そもそも、麺という概念がないため、未だ誰一人として、麺料理を作り出していないのだ。
「今私達が売り始めたら流行るかな?」
「流行るかも知んねぇけど、そもそも麺ってどう作るんだよ?」
「なんか米とか片栗粉とか、いろいろ捏ねたら出来るんじゃない?」
曖昧な原野の発言を聞いて、快斗は「ホントかよ」と笑って流す。割と本気で呟いた原野は頬を膨らませる。
快斗は食べ終わった朝食の食器を片付け、肩に乗るキューと戯れながら、なんとなく歌を口ずさむ。
「〜〜♪〜〜♪〜〜♪」
「凄いですね。王都でもこんなに美声の人は居ませんよ。」
ライトが目を輝かせながら、快斗の歌を聞き入る。歌っているのはバラードなのだが、それに合わず、ライトはピョンピョン跳ねている。
「昔、僕も歌の鑑賞会に連れて行かれたことがありましたが、その時の歌手よりも声が美しいです。」
「そんなに褒められると、歌う気が失せちまうな。」
頬を掻いて、快斗は「あんがとよ」とライトの頭を撫でる。その感覚に、ライトは一瞬目を閉じたあと、落ち着いた様に身を任せた。
「撫でられんの好きなのか。」
「はい。………よく、姉さんが撫でてくれたので。」
「へぇ。完全なるシスコンだな。」
ライトの姉に対する愛を大きく感じ、快斗は呆れたように手を離した。
「快斗さんは手付きが上手ですよ。姉さんと同じくらいです。」
「おぉお?それ、どう反応したらいいんだ?」
微妙な称賛に、快斗はうまく反応できない。それでも、ライトが普通の調子で笑って話してくれるようになったことを、隠れて嬉しく思った。
「お前は笑ってるほうがいい。」
「そ、そうですか?」
「綺麗な顔してんだから、笑顔の方が似合うだろうよ。」
「は、はい。」
「そら、原野。ライトの笑顔を見習え。じゃねぇと、笑顔好きの高谷がライトに取られるぞ。」
「笑顔好きって何だよ。」
「え、笑顔、笑顔、笑顔ってどうやるの⁉」
「そこからかよ。」
言われたことに動揺して、原野が自身の顔をペタペタと触って快斗に聞き返す。その反応と、『高谷が取られる』という言葉を否定しなくなってきた事が面白くて、快斗はケラケラと笑う。
相変わらず、高谷はその感情に気が付いてはいないが。
そんな和やかな時間を過ごしていると、
「キュイ。キュイキュイ。」
「なんて?」
「キュイキュイキュイ。」
「魔物が居るって。」
「今日から原野は翻訳係ってことで決定。そんじゃ今日の運動がてら、行きますか。」
「分かった。」
「うん。」
「ご武運を。」
「そんな強い魔物じゃねぇだろうから心配すんなよ。」
外に居る魔物の気配を感じて、快斗達は、キューに頼んで外へと飛び出した。
「さーて‼いったいどんな魔物が……」
快斗が地面に着地して、顔を上げた瞬間、視界に、今まさに快斗に直撃しそうな巨大な甲羅が写りこんだ。。
「ハァア‼」
『剛力』が無意識に発動し、甲羅が押し負けて跳ね返される。視界が開けた所で、何かと魔物を見てみると、
「ロッククラブだ。甲羅は石よりも硬い。」
岩のような巨体の大蟹を見て、生態を見極めた高谷が特徴を口にする。メサイアで培った知識である。
「蟹かぁ。久々に、今夜は蟹鍋でもするか?」
「やったー‼私蟹大好き‼」
「2人共、ロッククラブは肉まで石の硬さだから、茹でたところで食べられないよ。」
「マジ?蟹で喰えねぇとか生きてる価値ねぇだろ。」
涎を流して蟹鍋を想像した快斗と原野に、高谷が呆れた様子で真実を口にする。
快斗は、相手が食材にならないと分かると、
「ほい。」
「ッ⁉」
再び振り上げられたロッククラブの右腕の関節に草薙剣の刃を滑り込ませ、石のように硬い筋肉を力ずくで斬り裂いて、腕を根本から斬り飛ばした。
ロッククラブは六本の足を忙しなく動かして、着地した快斗を残った左腕のハサミで挟もうとした。が、
「『絶手』」
地面から生えてきた『絶手』に腕、足を掴まれ、最後に出現した大きな2本の腕に、体を上から押さえつけられた。
「よぉし‼次は高谷、シクヨロ。」
「分かった。よっ‼と。」
高谷が空中へと跳び、ある程度の高さまで上がったところで、右腕を部分的に『血獣化』。肥大化して甲羅を纏った大腕が、
「るるルあぁァァァーー‼‼」
ロッククラブの硬くて広い背中に叩きつけられた。バキバキと音を出しながら、ロッククラブの外骨格が崩れて散る。
殴った衝撃が肩を突き抜け、その反動で後ろへと飛び退った高谷は、
「快斗‼」
「言われなくとも。」
とどめを刺す人物の声を力強く呼んだ。快斗は威勢よく答え、ヒビ割れて筋肉むき出しのロッククラブの背中に、草薙剣を突き刺した。
そして、刃に魔力を流し、ロッククラブの体内で発火させる。
「ッーー‼」
伝わる異様な感覚に、ロッククラブが暴れようとするが、
「動いちゃ駄目‼」
原野の『絶手』で動くことが出来ない。そして、内臓、筋肉、心の臓まで焼き尽くされ、遂に脳に達した時、
「追加でーす。」
快斗が草薙剣を引き抜いて、その中に水を流し込んだ。そして、一気に蒸発した水の体積が膨れ上がり、
「離れろ‼高谷以外‼」
「確かに生き残れるけど、その言い方なんか嫌だな。」
「わぁあ‼」
ロッククラブが内側から爆発した。
「これぞ科学の真髄、水蒸気爆発だ‼」
飛び散る甲羅の破片を背景に、快斗がカッコつけてポーズを取る。
銀行強盗が済んだ犯罪者みたいな光景を見て、原野が吹き出す。
「さてさて、高谷ー。生きてるかー?」
「まぁ、痛かったけど、生きてるよ。」
顔の右半分を失って、血を垂れ流す高谷が、余裕といった様子でこちらに歩いてきた。そして、少し俯いて顔を上げると、右側は元通りになっていた。
「その再生力羨ましいな。」
「死にはしないけど、普通に痛いから辞めたほうがいいよ。」
「痛みになれた高谷だからこそ耐えられるということだな。」
「そうゆうこと。」
羨ましげに見つめた原野に、高谷が忠告する。なった時の様子を想像して鼻で笑った快斗は、あくびしながらロッククラブの体を踏みつけ、
「さて、見えたぜ。」
海賊船の先端に立つようなポーズをとって、大河が途切れる先を指さし、それを見た高谷と原野が息を呑む。
「いい景色だな。デートとか出来たら盛り上がりそう……俺、彼女今まで1回しかいたことないけど。」
「1回あれば十分でしょ。」
「そんな事言ってないで、みんなを呼ぶよ。」
高谷が振り返って、『無垢無心』のキューに話しかける。
「みんなに伝えて。やっと、エレスト王国に着いたって。」
そう呟く声を聞きながら、快斗は生まれて初めて、景色というものに心を奪われた事に驚きながら、じっと、エレスト王国を見つめていた。
王城と思えし、中央の大きな建物から、強く、邪気を感じたから。
「………待ってろ『剣聖』。俺らの敵から、守ってやる。」
その声は、何故だが、隣にいた原野も聞くことができなかった。
響いたのは、快晴の青天井の下を飛び回る雲雀の鳴き声だけだった。