みんな死んでく。
大きな椅子に寄りかかって、老人は目の前の3人を見下ろす。
左から順に、酒井、柳沢、加賀が跪いている。
「あの、私達を呼んだ理由は、何でしょうか?」
柳沢が恐る恐る顔を上げて、老人に疑問をぶつける。老人は目を瞑ったあと、立ち上がって、
「貴様らは……もう、いらん。」
と、告げた。一瞬静かになって、呆けていた3人がようやく言われた言葉を理解する。
「い、いらん……とは?」
「そのままの意味である。貴様らは用無しだ。」
「ハァ?意味がわからねぇ。説明しやがれ‼」
ゴミを見るような目で見られたことに腹を立て、酒井が立ち上がる。
「貴様らは、もうこれ以上強くならない様だ。」
「アァ?」
「少年少女らは、成長期と言うことで、これからも伸びていくだろうが……貴様らはもう伸びん。ここらでご退職願おう。」
「な……」
自身ではどうにもできない『歳』を理由に捨てられたことに、3人は腹を立て、
「ふざけんじゃねぇぞ……てめぇは俺達よりも弱えくせに何ほざいてやがる‼」
酒井の堪忍袋が切れ、腕を鋼鉄と化して、老人、メサイア最高司令官のギドラに殴りかかる。が、
「ハッ‼」
「なぐっ⁉」
ギドラと酒井の間に一瞬で人影が割り込み、その細い腕で、大男の酒井を一発で突き飛ばした。
「流石だ。ルージュ。」
「いえ。」
ギドラは立ち上がって、左手につけている腕輪に魔力を流す。腕輪に埋め込まれた緑色の宝石が輝き、ギドラを包む。
「精々、抵抗するがよい。」
そう言って、ギドラは光に包まれて消え去った。そして、
「では、あなた方にはここで、死んでいただきましょう。」
ルージュは銀色の槍を回して、3人に矛先を向けて構える。
「なんだとぉ……殺ってやろうじゃねぇかクソアマァ‼」
「私達を馬鹿にしたこと……許さないからね‼」
「ハァアア‼『怪光線』‼」
放たれる魔力攻撃を全て躱して、ルージュは確実に酒井達にダメージを与えていく。
高速で迫る光線を躱し、下から突き出す石槍を避け、正面から放たれる拳撃を相殺し、鋼鉄の体を、それ以上の硬度の槍が斬り裂いていく。
悲鳴と爆発音、血が吹き出す音が立て続けに聞こえ、部屋の中は、戦場から惨劇の場に変わっていた。
立ち上がる煙の中で立っていたのはただ一人。
「任務完了。では、死体を持っていくとしましょう。」
銀の槍を背負ったルージュだった。ルージュが言い終わると同時に、部屋に何人かのメサイア隊員が入ってきて、3人の死体を丁寧に持ち上げて、地下へと持って行く。
ルージュは、『結界』がはられて、傷がつかなかった部屋を少し眺めたあと、
「………フゥ。」
一息ついて、隊員達の後について行った。
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「………ん?」
汗を拭きながら、渡辺は急に感じた違和感に声を漏らした。
「どうしたの?渡辺。」
隣から聞いてくるのは、不思議そうな顔した西野である。渡辺は微笑んで、
「いや、なんか……強い魔力派が来たような気がしただけだ。」
何もないと言って、渡辺は汗を吹いたタオルを桶に入れて洗う。
「そう?ならいいけど。」
西野はその話を忘れて、違う話をし始めた。仲良く二人で話していると、急にドアが開かれた。
「渡辺ー‼」
「あ?」
入ってきたのは黒本である。腰につけた剣の柄を掴んだまま、慌てた様子である。
「どうした?」
「さ、酒井先生と、バスの人達が…ハァ……死んだって‼」
「………ハァ?」
黒本から放たれた言葉に、渡辺は耳を疑った。今は誰とも戦闘しているときではない。それに、大人の3人はそれほど修練に出向いていた訳でもない。なのに、何故死んだのか。
「り、理由は分からないけど、今日、急に死んだって……最高司令官の人が……」
「マジで?いくらなんでも怪しすぎるだろ。」
「そう言ったんだけど、貴様らには関係ないって、突き放されて……」
「………俺達は取り敢えず、強くなってこう。それは忘れて。」
「どうして?」
「だってさ……。」
渡辺は頭を掻いて、面倒臭そうに答えた。
「別に、あいつら居なくなったって、悪い事何一つないじゃんか。」
欠落した感覚が、どんどん渡辺の精神を捻じ曲げている。狂い始めた渡辺を見て、黒本は少し怯えたあと、
「………そうだね。」
何故だが納得できてしまった。欠落し始めたのは渡辺だけではない。クラスメイト全員が、何かの『死』に対しての恐怖が無くなりつつある。
死んだからなんだ?殺されたら死ぬのは当然の事じゃないか。
そう言った考え方が、いつの間にか渡辺達に芽生えていた。理由は簡単。メサイアによる洗脳術である。
部活でいい結果を出せば出すほど、部活が好きになるのと同じで、戦いで、殺せば殺すほど、その者は称えられ、尊敬される。
この世界の説理に、渡辺達は適応しつつあった。
それがいい方向に向くか、悪い方向へ向くかは、本人達次第だが………既に一人、悪い方向へと進んでしまったクラスメイトがいる。
しかし、それが誰だかは、誰一人として分からなかったのだった。
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とある洞窟の中で。
「ここは……どこなの……私は、どこに逃げてきたの………?」
やせ細って白い体を必死に動かして、滲みた水が滴る洞窟内を歩くのは、逃げ出したクラスメイト、矢澤である。
クレイムと長、宮澤の死を目の当たりにした矢澤は、戦うことに嫌悪感を覚え、エレストにつく直前に逃げ出した。それからずっと走り続け、しばらくして雨が降り出し、手当たり次第雨を凌げる場所を探していたら、洞窟があった。
中に入ると、更に奥に続いているようで、行く宛もない矢澤は奥へ奥へと歩いていった。
奥に進むに連れ、どこからか漂っていた魔力が濃くなっていく。魔物か何かは分からない。だが、自分の現状に頭が痛くなるほど悩んでいる矢澤には、それを考える余地がない。
「もう、やだ……。最悪……‼何で私がこんな目に……‼そもそも、あんなクズが存在しなければ‼」
今までの事を思い返して、矢澤は自身を殺した快斗を思い出す。
「クソっ‼クソっ‼もう、どうすればいいのよ‼」
ヤケクソになって、どこにぶつければ良いかもわからない怒りを、矢澤は走って解消する。
不自然に平らに整えられた道を走り続け、息が続かなくなった所で止まる。
「ハァ……ハァ……、もう……帰りたいよ……。」
泣きじゃくりながら、矢澤はまたトボトボとあるき出す。突き出した石を越え、虚ろな目から涙を流し、乱暴に拭き取る。
腹の虫が盛大に鳴り、収まることのない飢餓感を抑えながら、自身の死を悟る。
とその時、
「なに?」
壁に寄りかかって座り込んだ矢澤の前に、何かが立っている。いつの間にか目の前に現れた何かは、逆光で何も見えない。だが、影の形は、人間だった。
「だ、誰ですか……?た、助けてくださいませんかぁ……?」
掠れた声で、矢澤は目の前の人型の何かに右手を伸ばす。
その何かは少し止まったあと、手と思われる部分で矢澤の手に触れた。微熱が伝わり、矢澤には、手を掴まれた感覚があった。
(引っ張り起こしてくれるのかな?)
そう思って、救われたと涙を流す矢澤。すると、手に加わる圧力が少し強くなり、矢澤の事を引っ張ってきた。
「ありがとう。」
矢澤は、自身の体重をかけて、立ち上がろうとした。
途端、手から引っ張られる感覚が消えた。
「え?」
支えてくれる軸がなくなって、矢澤が勢いよく壁にぶつかって倒れる。
「ちょ……何すんのよ……。」
疲れた顔で、矢澤が起き上がろうとしたその時、不意に強い違和感を感じた。
……………右手の感覚がない。
咄嗟に右手を見てしまった。
血が滴る、綺麗な断面をさらけ出した、自身の手首から上をなくした右手を。
「い、いやあああああああああ‼‼」
遅れてのしかかってくるのは、右手をなくしたことにより生じた肉体の悲鳴。
右手を抑えて、大粒の涙を流しながら、矢澤は人型の何かを見上げる。
それは、人ではなかった。
腕と思われる部位は、大きな牙が生え揃った口がついており、背中からは鋭い鉤爪のようなものが3本ついていて、自由自在に動いていた。
人型の何かはゆっくりと矢澤に視線を向けると、
「……バいばぁイ。」
「へ?」
奇妙な声を上げ、それを理解する前に、矢澤は、いつの間にか開けられた背中の大きな大穴から、脳以外の全ての内臓を吸い取られて閉まった。
「ッーーーー‼‼‼」
壮絶な痛みがこみ上げ、死ぬまでの一秒が、その時の矢澤には、何時間もの長い時間に感じた。
そして、矢澤はここで死亡した。
その事は、ここにいた『何か』しか知らない。だが、安心するがいい。この『何か』はきっと、
誰が葬ってくれるだろう。