濡れ衣
振るう。ただ、剣を振るう。水をも切り飛ばし、岩をも切り砕き、空気さえも切り裂く。
すべてのものを斬れるようになりたいと考え始めたのはいつだろう?
小さき頃、一人歩いていた町中で、暴動が起きていた。男が2人、ナイフを持って女性を脅している。人質がいるため、周りの人々は、迂闊に手を出せない。
そんな中、当時9歳だったヒバリは、無意識に考えた。どの角度が死角だろう?どの角度から打ち込めば、奴らは沈むだろう?
ヒバリはこの年まで、全くと言っていいほど、戦闘には関わってこなかった。強いて言えば、父が読んだおとぎ話や神話くらいだ。
特に剣に憧れていたわけでも、兵士になりたいと思っていた訳ではない。
だが、この時にヒバリは、全身の血が騒ぐような錯覚を感じた。華奢な体を自分で抱きしめて、ざわざわと騒ぎ回る自分の中の物を抑えようとした。
そんな事をしているうちに、兵士達が駆けつけ、男2人に剣を構える。四方八方を塞がれ、男達は逃げ場がなくなった。
その時、1人の男は兵士が来て焦ったのか、手に持つナイフを掲げて、人質の女性の首筋に、ナイフを突き刺した。
悲鳴が上がり、血が舞い散り、尚、斬り裂かれた女性の首が宙を舞う。
狂気的な光景に、兵士達も止まってしまった。刺した方とは別の男が、遅く気づいて尻もちをついた。刺した男は、顔を歪めて笑い、ナイフを振り回して兵士達を威嚇する。
怒りが湧いた。殺意が湧いた。戦いとは無縁の、綺麗な華奢な少女の心は、殺意で満たされた。
隠れていた魔力が開放され、力が漲り、そして、無意識に足元の石ころを拾った。
ヒバリはゆっくりと歩いて行き、兵士の間を抜けていく。それに気が付いた兵士が止めようとしたが、振り向いたヒバリの魔力の威圧に負けて押し黙ってしまう。
そのヒバリに気が付いた男はナイフを逆手に持って、真上からヒバリに叩きつけた。兵士が身を呈して守ろうと、自身の体を投げ出そうとした時、その光景に絶句した。
振り下ろされたナイフは、ヒバリが拾った石ころで防がれていた。
恐ろしいのは、その反射神経と身体能力。
形がぎこちない上に、小さな手にも収まるような小さな石ころで、ナイフを受け止めた。
それでは終わらない。ヒバリは石とナイフの刃を掴み、自身の右横に振り下ろす。体勢を崩した男が、引っ張られてふらつく。その横っ腹に、高速で回転したヒバリの右腕がねじ込まれる。
開放された固有能力、『風神』の効果で風をまとった拳は、その見た目に反して、まるで刃のように体に突き刺さる。
男が吹き飛び、壁を一枚突き破って気絶する。
ヒバリは未だに風が消えない右拳を見つめたあと、ゆっくりと振り返って、尻もちをついている男の方へと歩む。
男は悲鳴を上げながら、やけくそといったように刃を振るう。しかし、どこから教わったのか、ヒバリは兵士が惚れ惚れするような動きで刃を躱し、来ていたドレスに汚れ一つつけずに、その男を気絶させた。
この時に覚醒した。初めて刃を向けられて、しかしそれに対して恐れを感じなかったヒバリ。そんな少女に与えられた固有能力は、
『剣聖』。
このことを知ったヒバリの父は泣き崩れ、意味がわかっていないライトはメイドの後ろに隠れ、兵士達は恐れを抱いていた。
そんな光景を見て、ヒバリは不思議でならなかった。何故泣くのか。喜ぶのではないのか。
唐突に現れた固有能力は、ヒバリをお嬢様から戦闘狂へと変えていくのだった。
今なら理解ができる。何故父が泣いたのか。それは、『剣聖』となってしまえば、人々はその力を求め、戦場へと送り出そうとしてしまう。
そうして傷ついて帰ってくる娘の姿を想像すれば、泣いてしまうのは当然と言えるだろう。
実際、ヒバリの母は、固有能力故に、戦場へと送り出され、やがて、死体となって帰ってきた。父は体が弱く、戦うことも叶わない。
だからこそ、自分がまだ守ることができる娘と息子を、精一杯育ててきた。
だと言うのに、神は彼らを見逃さず、再び悲しみへと引きずり込もうとする。
だが、ヒバリは簡単な結論を得ていた。死んでしまうのが嫌ならば、死なないほどに強くなれば良かろうと。
それからという者、ヒバリは剣の道をひたすら極め続けた。兵士を相手取り、剣を初めて1ヶ月で、20の兵士をも圧倒する力を得た。
普段の服装は、ドレスから男装服へと変わり、暇があれば、腰に下げた剣を振るう。
ヒバリは、剣を振れば振るほど、剣に魅了されていった。
そうして、ヒバリが15歳になった頃、王都が風龍、リスフレアが襲来した。
防風が吹き荒れ、王都は竜巻の餌食となり、兵士達は、力なく吹き飛ばされるはずだったのだが、
「しぃっ‼」
絶大な魔力と剣技を持ったヒバリは、その力を全開に発揮して、同系魔力を操るリスフレアに立ち向かった。少しずつ魔力が使えるようになったライトと、王都の神級魔術師の助力もあって、リスフレアを追い詰めていった。
しかし、ヒバリの体力は尽き始め、ライトは震えて逃げ出し、神級魔術師は魔力が底をつき始める。
厄災が迫り、遂に王都に崩壊が訪れるというところで、
「聖剣、グランドリスタ。解放。」
「ハァアア‼『鬼人化』‼」
突如現れた2人の男女。1人は魔人で、もう一人は鬼人である。
その2人は、倒れ伏したヒバリを連れて、戦場から抜け出してから、
「大丈夫かい?」
「あとは俺らに任せな‼」
ヒバリに優しく語りかけたあと、身を翻してリスフレアに挑んでいった。
男の聖剣が輝き、女の拳が唸る。大きな魔力がぶつかり合い、そして、リスフレアが押し負けた。体中を斬り裂かれ、殴られ、血を流して尚、リスフレアは戦いを続ける。
圧倒的な力の持ち主達の戦いを見て、ヒバリは感動した。涙を流して、剣を地面に突き立てて立ち上がる。
口内に溜まった血を吐き出し、半ば折れた剣を握りしめ、ヒバリは風となって走り回る。
「ハァアア‼」
「お‼さっきの奴だ‼」
「うわ。凄いね。僕らも負けてられないよ‼」
連続で放たれる剣閃が風を斬り裂き、魔力を全く使わずに、ヒバリはリスフレアの頭上に降り立つ。
風本ついていた手足は既に斬り裂いた。吹き荒れる魔力暴風は、男と女が消し飛ばした。いまは雲の上。快晴の青天井の下で、リスフレアとヒバリを睨み合い、そして、
「『秘奥義・風乱輪輪廻』」
剣が緑色に輝き、ヒバリが横に1回転。それで終了だ。
1振りの剣閃は、圧倒的な数となって、一瞬にして、リスフレアの頭蓋を粉々に斬り裂いた。血が舞い、それと同時に、維持出来なくなった巨体が地面へと落下していく。
ヒバリは体力と魔力が尽き、逆さまになってゆっくりと落ちていく。雲を裂いて落ちてきたヒバリは、聖剣を使う男に優しく受け止められた。
「凄い剣技だったよ。あんなの僕じゃ躱せないや。」
頬をかきながら、血だらけのヒバリに、完全回復剤を惜しげもなく振りかけた。体中の傷が塞がり、健全なヒバリが見参する。
「感謝する。」
「いやいや、当然のことだよ。」
優しく笑いかけてくれる男に笑い返して、リスフレアの死体に目を向けると、頭蓋の中から、光っている物を見つける。
「あれは……」
ヒバリはゆっくりとそれを引き抜いた。緑色の剣身に、刻まれた文字は『風龍剣』。長剣だ。
「それは君が貰うべきものだね。風の魔力と相まって、相性バッチリだよ。」
腰に下げた聖剣を揺らしながら、男はそう言った。ヒバリは風龍剣を眺めたあと、折れた剣を納めていた鞘に風龍剣をしまう。
魔力が結びつき、ヒバリと風龍剣は、1つの鋼へと化した。
「あなたのお陰だ。」
「僕だけじゃないでしょ?」
「おい‼リアン⁉リアンどこにいやがんだぁ⁉」
「エリメアが探してるね。彼女にもお礼を言ったら?」
男、リアンにそそのかれて、ヒバリはエリメアと呼ばれた女のもとへと歩いていく。途中で振り返った。
「あなたはもしや……」
「ん?あぁ。僕ね。リアンって名前でピンと来たかな?僕は、リアン・テレアシア。聖剣グランドリスタを使う、『勇者』だよ。」
あぐらを相手座る男は『勇者』を名乗る。その男は、手を軽く振って、
「それは後でいいだろう?君は先に、エリメアを連れてきてくれよ。」
「……あぁ。そうする。」
ヒバリは風龍剣を握りしめながら、リアンの前を去った。
その後、『勇者』リアンと、『拳豪』エリメアの帰還のパレードが開かれた。
「やぁ、君。またあったね。」
「ああ。リアン殿か。この前は世話になった。」
「あれは僕の善意でやった事だよ。気にする事はないさ。」
「そうか。」
兵士の表彰会で、ヒバリとリアンはオレンジジュースを飲み合った。
「この前は聞きそびれたけど、君は『剣聖』だろう?」
「そうだが?」
「僕より剣が美味い人なんてなかなかいないからさ。あの時の剣技を見て驚いてさ。ずっと君の事が気になっているよ。」
「そうか。」
「今度1回、お手合わせをお願いしても?」
「いいだろう。受けて立つ。」
「そう来ないとね。それじゃあね。僕は王に呼ばれているから。」
リアンは手を振って、ヒバリの前を去った。
「手合わせか……。」
いつにしようかと考えながら、ヒバリはグラスの中のオレンジジュースを飲み干して、周りを見渡す。
すると、視界の端に、
「何だお前。強くなりたいのか?」
「そ、そうです……‼あの、…えっと……拳技を教えてください……‼」
オレンジジュース片手に椅子に座るエリメアに、ライトが修行を願っているところだった。
「何で強くなりたいんだ?」
「え、えっと…ね、姉さんが傷つかないようにしたいから……」
「なるほどなぁ、姉を守りたいってか‼いいねいいねぇ‼俺もそういう弟や妹が欲しいってもんよ。いいぜ。明日から鍛えてやる。鍛錬場に朝7時だ。遅れんなよ。」
「は、はい‼」
ライトが喜んで跳ねている所を見て、ヒバリは微笑んだ。そして、席を外して部屋に戻り、ベッドに座る。
「私を守りたい、か……。ライトも言うようになったものだ。」
弟の成長を喜び、その夜はすぐに眠りについた。
その後、ヒバリは『剣聖』として、『勇者』リアンと、『拳豪』エリメアと一緒に、魔物退治へと出かけるようになって行ったのだった。
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「む。なんだ?ここは。」
生温いなぜに撫でられて、ヒバリは目を覚ます。周りは真っ暗で、何も見えない。
「……何?」
ヒバリは動こうとしたが、身動きが取れないため、自身の体を見ると、椅子に鎖で結び付けられていた。
「私は確か……」
中庭で剣を振っていたはず、そう考えたところで、
「ようやく目を覚ましましたか。」
「む。あなたは……ゲイル殿。ではないな。」
目の前から歩いてきた男性を見つめて、ヒバリが正体を暴く。ゲイルの姿をした者は、ゲイルではない。
「なんと。お目にかかった瞬間に見破られるとは、ヒバリ様の観察力は凄まじいものですな。」
「建前はいい。なんのつもりだ。」
「ふむ。まずは私の正体を見せましょう。」
ゲイルの姿をした者は、ゆっくりと姿を変え、やがて、白い『何か』へと変わった。
「さて、これが本性でございます。ヒバリ様。」
「………見せられたところで、私には何を言えばいいのか分からん。」
「そうでございますよね。」
「時間稼ぎのつもりか?なんのつもりなのだ。さっさと答えろ。」
「手厳しいですなぁ。では、率直に言いましょう。……あなたは邪魔なんですよ。」
「ほう?」
「と言うことで、あなたには濡れ衣を着てもらいます。」
「どういう事だ。」
「ご覧ください。」
『何か』はそう言って、自身の腹を裂いて中身を見せた。そこからは、バラバラになったゲイルの死体が転がり落ちた。
「………これは貴様が…」
「ええ。私と私の同士たちで殺しました。」
「私には、これを殺したという濡れ衣を着せるつもりか。」
「左様でございます。」
「………そうか。」
そう言って、ヒバリは力ずくで鎖を引き千切る。破片が飛び散り、『何か』が後ろへと飛び退る。
「そんな事を黙って引き受けるとでも?」
「いえいえ。私達はちゃんと、あなたが従うような下準備を済ませてあります。」
「………下準備だと?」
「ええ。今、あなたのお父上と弟様は、いつでも、私達が殺せる状況下にあります。」
「ッ……。」
『何か』の言葉に、ヒバリが止まる。それを見て、『何か』は顔と思われる部位を歪めたあと、
「私達の同士のどれを殺しても、お2人は死にます。」
「………。」
「私達に従ってください。ヒバリ様。」
「…………分かった。」
「物分りが良いですなぁ。」
『何か』は、腹の中から手錠を取り出し、ヒバリの両腕につける。そして、
「あなたをこれから、貴族殺しとして、公表いたします。」
「………あぁ。」
こうして、ヒバリは濡れ衣を着せられることとなった。