『剣聖』、『拳聖』
「エレストの次期王様ねぇ。」
川市の中をゆっくりと進むのは、変装済みの高谷と快斗、そしてローブを纏ったライトである。
川市は先程の魔物との戦いによって生じた爆発音や津波、魔力波により、一時は混乱状態になり、今は店の大半が閉まっている。魔力波の発源地まで、川市の兵士が調査に行っている。
快斗達は今、ルーネス達の魔力を追っている所だ。
「にしても、お前男なんだな。女に見えたわ。」
「ね。男の娘ってやつ。」
「よ、よく言われます。」
快斗がフードに隠れるライトに顔を近づけて呟いた。赤面しながらライトが下がり、尻もちをつく。
「これがホントに王になる器の人間か?」
「こういう王様がいてもいいと思うけど?」
「う、が、頑張っているのですが……」
ライトがゆっくりと立ち上がり、尻についた土を払う。
快斗はじっとライトを見つめて、赤い左目を光らせる。同じく赤い目を持つライトは不思議に思って、
「な、なんですか?」
「いや、エレスト王国の王の子供って、両方実力者って聞いてよ。その割には魔力とか体力とか少すぎる気がしたんだよ。」
「あ、えっと、それは……えっと……」
ライトが口に手を当てておずおずと考える。答えづらそうと悟った高谷は、「取り敢えず、先にルーネスさん達に合流しよう。」と切り出し、快斗が納得して歩き出す。
それから10分後、
「キュイキュイ‼」
「おおーキュー。いきなり飛びついてきてどうした?」
「どうしたも何も、ここまであんなに大きな音と魔力波が飛んできたら、心配するでしょ⁉」
「しかし、ご無事で何よりです。」
川市の外へ出て、ずっと広がる荒野の隅で、快斗達は合流。調達した少量をつまみ食いしながら、快斗と高谷は、一緒についてきたライトを紹介する。
「エレスト王国の次期王だと。」
「ライト・シン・エレストだって。」
「え、えっと、ライトで、す。」
羽織っていたローブを脱いで、ライトが小さく挨拶をする。
誰だか理解した原野とルーネスが、同時に目を見開いた。
「ええぇ……。なんて人を拾ってきてんのよ快斗君。」
「どっちかって言うと、拾ったのは高谷だけどな。」
「じゃあ、許す。」
「なんでだよ。」
「ふむ。大物に会いましたね。次期王……ましてやエレスト王国の……。」
原野が呆れて快斗に物申し、ルーネスが顎に手を当てて考え込む。
「まぁ、取り敢えず、キュー?」
「キュイ‼キュ、キュ、キュ、キューイー‼」
キューが固有能力、『異空間』を発動。世界が揺らぎ、やがて景色が店の中へと変わる。
「こ、これは……」
ライトは快斗達からキューの話は聞いていたが、実際に体験するとやはり新鮮らしく、目を見開いてキョロキョロ首を動かしている。
「ルーネスさん。新酒できたって話。」
「そうでしたね。取ってまいりますので、少々お待ちを。」
「酒のためならいつまでも待つぜ。」
「その前に、ライト君の話聞くべきじゃないの?」
「まぁ、一旦休憩してもいいじゃないか。」
「ライトも、何飲むか知らないけど、こっちおいでよ。」
「は、はい。」
カウンターに座って、快斗がルーネスに酒を頼む。グラスに酒が注がれていき、一気に快斗が飲み干す。原野が呆れながら座って、高谷がライトを呼んで隣に座らせる。
快斗が酒を飲みながら、高谷の隣のライトを見たあと、自身の隣に座る原野を見て、
「いいのか?」
「何が?」
「あれ。」
快斗が顎で指す方には、高谷に密着して、出されたオレンジジュースを飲んで少し笑っているライトの姿が。見た目が『男の娘』なこともあって、それっぽい雰囲気が見える。
途端、快斗の背後から少し殺気が。
「安心しろよ。ライトは男だぞ。」
「分かってる。分かってるよ。」
「分かってねぇ顔してるけどな。」
拳を握りしめながら、原野が真顔で言い切る。「何なんだ。」と呟きながら、快斗は空になったグラスをカウンターにゆっくりと置く。
「さてさて、じゃあ、ライトの話聞いてこうか。何故、エレストの王子様がここに居るんでしょうかねぇ?」
「あ、はい。ええっと……」
快斗が話の切っ掛けを作り、ライトがここまでの経緯を話し出した。
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11歳になったライトは、戦闘力は一般兵士を10人相手しても余裕勝ちの強さだった。
雷を操り、硬い拳を認知できない速度で叩き込む。二つ名は『雷獣』である。
「ライト様には敵いませんねぇ。」
「い、いえいえ、ぼ、僕はそんなに強いわけじゃ……」
コミュニケーションは苦手なものの、謙虚な性格に、物事をはっきりと見極められる洞察力に見た目がいいと言うことで、ライトを嫌う者は、誰も居なかった。
数多の貴族女性が、ライトを狙った。次期王で、男としてもかなりの優良物件。
身分、実力、容姿、人間性、全てが完璧に見えるライトは、日々、貴族嬢に求婚されていた。
しかし、ライトはどの女性を見てもときめく者はいなかった。
ライトが一番愛している女性はただ一人。
「………姉さん。」
「なんですか?」
黒髪で日本人風の顔立ち。ライトと同じで、これまた美人で、実力も高い。
礼儀正しく、頭もキレる。そして、何より
「また、魔物退治に行くの?」
「ああ。私は『剣聖』だからな。」
ライトの姉、ヒバリは『剣聖』なのである。
故に、度々魔物退治に出掛けることがある。毎回少なからず傷を追って帰ってくる姉を見て、ライトは心が痛む。
「今回は僕も……。」
「駄目だ。ライトはまだ13歳だろう?」
「で、でも、戦える。」
「確かにライトは高い戦闘力を持っている。だが、次期王のライトは易々傷を追ってはいけないのだ。」
「だから、毎日鍛えて…」
「まだ不十分だ。私にだって勝てないじゃないか。」
「そ、それは普通だと思うけど……。」
「大手を振って外へ出られるのは、先ず私を超えてからだ。」
「先ずが高すぎるよ……。」
こんな感じで、いつも連れて行ってはくれなかった。
たまに、ライトは『勇者』にも説得してくれる様に頼むこともあった。しかし、
「ごめんね。僕にはどうしようも出来ないかな。君の姉さんは厳しいから、君がもっと強くなって、僕を倒せるくらいまでなったら許してくれると思うけど……。」
「む、無理ですよ……」
結果は乏しかった。『勇者』は優しくライトに対応して、何回かヒバリを説得した事もあったが、
「駄目だ。まだ早い。少なくとも私を倒せるようになってからだ。」
「君に勝てる人間なんて限られてるけどね……。」
と、意味はなかった。それでも、魔物退治の見送りでは、必ずライトの頭を撫でて、
「心配するな。私は簡単には死なない。伊達に『剣聖』の名を持っているわけではない。」
と、優しい表情で言ってくる。その時は必ずライトはヒバリに抱きついて、
「け、怪我しないで……。」
「あぁ。分かっている。」
身を案じた言葉を交わして、送り届けるのだった。これを見ている周りの人々は、いつも感動の涙で目の縁を濡らしている。
これを『泣き別れの雷獣と剣聖』と呼ぶ者もいたとかいないとか。
そうして、日々鍛錬に鍛錬を重ね、13歳になった頃は、『拳聖』と呼ばれるほどに強くなり、ヒバリを負かす寸前まで追い詰めるほど成長していた。
そんな日々が続いたある日、いつも通り、ライトはヒバリと模擬戦をしていた。
「ハァ……ハァ……」
「強くなったなライト。」
地面に大の字に倒れ込むライトにヒバリが手を貸して起き上がらせる。
「ね、姉さんには……勝てないや……。」
「何を言っている。もう少しで私を打ち負かすことが出来そうではないか。自身を持て。」
「う、うん。」
ヒバリはライトに優しく言うが、ライトは手加減されていることに気が付いている。
実際、ヒバリが少し本気になれば、ライトは一瞬でバラバラになってしまう。たとえそれが木刀だったとしても、腕の一本や二本は確実に落とされている。
「気を病むな。十分、ライトは強い。」
「じゃ、じゃあ、魔物退治……」
「それは駄目だ。私に勝ってからだ。」
「わ、分かったよ……。」
そこらの木の枝でつけられた傷口を拭いて、ライトは椅子に座って疲れを癒やす。
「回復薬ならあるが?」
「回復薬より、自分の体で治したほうが、肉体が鍛えられるって、聞いたから。」
「ほう。誰からだ?」
「えっと、『勇者』の……」
「あいつか。確かにその方法はいいとも言えるが、いざという時に手負いで戦うという状況を強いられる事もある。たまには薬を使うといい。」
「う、うん。」
そう言って、ライトに回復薬の入ったビンを投げ、ヒバリは腰の剣を引き抜いて素振りを始める。
振るわれる緑色の宝剣、風龍剣は、風を切る音さえも出さずに、空間に真空刃を作り出し、前方の石に少しずつ亀裂が入っていく。
異常すぎる身体能力に、ライトはため息をついて、回復薬を傷にかける。
「いつになったら、僕は姉さんを越せるのかな……。」
そんなことを空に向かって呟いた時、
「ヒバリ様。」
「む。ゲイル殿。何用か?」
中庭にゆっくりと入ってきた、貴族服を纏った20代前半の男性、ゲイル・レストンが微笑みながらヒバリを呼んだ。
「少々、お時間を頂きたいのですが……」
「悪いが、婚姻の話なら、私は立ち会わん。私は誰とも生涯を共にする気はないぞ。」
「ぐ………。」
話の目論見を先読みされ、ゲイルが悔しそうに表情を歪める。
その一瞬、ライトには邪気が見えたような気がしたが、あまりに少なすぎた為、ないと判断する。
「それだけなら、早々に立ち去ってはくれないか。剣技が鈍る。ライトならまだしも、素人がいると、気を配らないといけないからな。」
「う、わ、分かりました。ですが……気が変わるような事がございましたら、どうか、声をお掛けください。」
「ありえんな。」
ゲイルはヒバリの言葉に、渋々といった感じで去っていった。後ろを向く瞬間、つまりヒバリからは見えない角度で、ゲイルは顔を邪悪なものに染めていた。
ライトからははっきりと見えた。それこそ、『刃界』に入り込めるからこそ、その表情を捉えることができた。
「だ、大丈夫……かな?」
大きく感じる不安は胸の中で膨らむが、
「安心しろ。万が一襲われたとして、私は負けん。」
その言葉に安堵して、ライトは中庭を出て自室に戻っていった。
その日に、ライトはヒバリがいる中庭から離れたことを一生後悔することになる。