少年の正体は……?
川市の中を、灰色のローブで姿を隠して歩いている少年がいる。年齢は14歳。ローブのしたの服は、メサイアの白装束。
その端々が千切れ、痛々しい傷が露出しているが、少年はローブでそれを隠して歩く。
「銅貨20枚だ。」
「はい。有難うございます。」
薬屋の中で少年はなけなしの金を使って回復薬を3つと、魔力増幅剤を一つ購入。商店街を外れて川へ。影に隠れて傷に回復役をかけた。
「づ……。」
傷にしみる痛み。それを耐えて、買った回復薬をすべて使う。左腕の二の腕に出来た深い傷が、ゆっくりと塞がる。
「ハァ……」
少年は商店街に戻り、また歩き出す。
「もう少し安くなりませんか。」
「すまんが兄ちゃん。これ以上は流石にな。」
「せめて4割引き……」
「いや無理だ。11割ならいいだろう。」
「増えてるじゃないですか‼だったら7割‼」
「いいや、9割以下には絶対にできねぇ‼これは希少なものなんだ‼」
「そこをなんとか‼」
「無理だ‼」
先程いた薬屋から、値引き交渉の壮絶な言い争いが聞こえてくる。
少年は頬をかいて苦笑しながら、町中をゆっくりと進む。が、不意に少年の足が止まった。
「魔物の……気配?」
魔物が急接近してくる。そのことに気が付いて、振り返る。
「川の方から……もう追いついちゃったのか……」
少年は唇を噛み締めて、早歩きで商店街を外れ、川に沿って歩いていく。川市を出て、魔物の大きな気配がぐんぐんと近づいてくる。
「僕が……戦わないと……人々が……」
少年は意を決して、川沿いを走り出す。常人に終える速度ではなく、文字通りの俊足。
そして、ついに魔物を発見。水中を悠然と泳ぐ、大きな黒い魚影。発せられる魔力に固唾を飲み込みながら、少年は腕に甲冑を取り付け……ふと、もう一つの魔力に気が付いた。
「こ、この膨大な魔力は……⁉」
あまりに大きな暗黒魔力に驚いて、少年は魔物に戦いを挑むタイミングを逃す。そんな少年には目もくれず、魔物は膨大な魔力に釣られて泳いでいく。
少年は混乱しながら、ゆっくりと魔物の後をつけていった。すると、
「あ、あれは……‼」
川の上を高速で飛び回る少年。白髪に灰色と黒の服。背中の鞘から抜かれたのは黒紫色の刀。間違いない。あれは噂に聞いた……
「悪魔……天野快斗……。」
ポツリと少年が呟いたのと同時に、魔物が水中から飛び出して快斗を狙う。快斗は振り回される刃をいなして追撃を放つ。
想像以上の強さの魔物と悪魔の戦いに、少年は目を丸くして見守っていた。
快斗が獄炎を放つ。その強烈すぎる力に驚くが、それを耐えきる魔物にも瞠目する。次々と起こる事に少年は目を回して混乱する。
そして、一番に驚いたのは、快斗の怪力だった。
「ぶっ飛べ‼」
快斗がそう叫んで、魔物を空中へと投げ飛ばす。そして、瞬時に覚醒。『極怒の顕現』により、力が上がる。そして、繰り出した必殺の技。
そのすべてを目撃して、少年は裂けてしまうのではないかと思うほど目を見開いた。
噂に聞いた悪魔の力を遥かに上回る力。なされるがままの魔物を見て、少年は快斗に畏怖の念を抱いた。
「あんなに戦えて……あんなに強くて……羨ましい……。」
木の影に隠れながら、少年は人々を殺めた快斗に憧れる。
快斗が水面で草薙剣を担ぎ、その場をさろうとした瞬間、
「ッ⁉」
反射神経には自身がある少年だが、煙の中から放たれた紫光線には反応することが出来なかった。
だというのに、快斗は致命的な隙から、それを躱して反撃できる程にまで、一瞬で体勢を整えた。
絶句した。あれは強いという言葉では表せない。それだけに留まらない。彼は、勇者をも超える力があるのではないかと、少年は目を見開いて、興奮する。
そして、川市まで向かって進んでいく大津波を見て、我に返る。
「まずい……‼」
少年は津波を止めようと、少しだけ使える魔力を最大限の攻撃へと変換するため、津波を追い抜こうと走り出す。後ろから、
「やべぇ‼」
と声が聞こえた。それが果たして自身の危機に対する声なのか、はたまた川市に向かう大津波を見て発した声なのか。
少年は後者だと思った。直感だったが、確信を持ってそう考えた。そして、聞いていた話とは随分と違う性格だなと思った。
何故だが、快斗に対する評価が曖昧になった。人殺しとして敵対視するか、人助けの悪魔と見直すか。
少年は頭を振って、その考えを一旦放棄する。そんなことは後でいい。今は取り敢えず、先程追い越した津波を止めなければ……
そう考えて、魔力を雷に変換して、津波を消し去ろうとした瞬間、
「るるルああァァァーー‼‼」
「わっ⁉」
大きな雄たけびと共に、水を殴ったとは思えない轟音を轟かせて、先程、薬屋で値引き交渉をしていた少年が、津波を一瞬で消し去った。
「え⁉」
予想外すぎる事に、またもや少年が目を回す。だが、すぐに気付いた。あの少年はきっと、
「異世界からの訪問者……『侵略者』を名乗る元メサイア隊員、高谷……。」
能力は知っている。この世で最も珍しい固有能力の一つ、『不死』を手に入れ、快斗と共に、世界を逃げ回っている人間。
「あの腕は……?」
肥大化している高谷の腕を見つめてから、少年は自分の拳を見つめた。
「あんなに、強く殴れたらなぁ……。」
自分の武器の劣等性を恥じながら、少年はまた気に隠れて様子を窺う。高谷と快斗が協力し、結果として、数分で魔物を葬った。
血を操る、とは聞いていたが、まさかあそこまで自虐技を放つとは思っていなかった少年は、その戦い方を見て、自分を犠牲に人々を救った、自身の姉を思い出す。
「姉さん……。」
少年は俯いて、笑いかけてくれた姉を思い出して、頭を振る。
「僕が、必ず……‼」
少年は、快斗達に背を向けて歩き出す。
途端、背後から新たな魔力反応が、
驚いて振り得ると、快斗が高谷を突き刺していた。そして、両腕と思われる部位を突き出している『何か』の姿も見えた。
「あれが本体か‼」
少年は反射的に魔力を練る。が、そんな事は必要ないと、現実が教えてくれた。
「『炎玉』」
快斗の刃から逃れた高谷が、『何か』に向かって、『炎玉』を放つ。
「ジャマ、スルナァ……」
『何か』が呟く。高谷と快斗がゆっくりと構え、『何か』が快斗を見つめて叫ぶ。
「アカイ、メェ、オマエ、ライトダァ‼」
「ッ⁉」
「んあ?」
自身の名を大きく叫ばれ、少年はビクリと肩を跳ね上げる。が、快斗と高谷が、すぐさま応戦して、たちまち、『何か』が斬り裂かれていった。
このまま、自身を追ってきた『何か』を、快斗達に倒させていいのかという罪悪感を感じていると、『何か』の頭が裂け、一回り小さな『何か』が出てきた。
そして、なんと少年が隠れている方向へと飛んできたのだ。
「うわ……」
どうしようと、少年は少し怯えた。
快斗達は、どうやって倒すのだろう。どんな技で倒すのだろう。そう考えた。
そう考えた自分が酷く恥ずかしくなった。
本来なら、自分が応戦するべき相手を、快斗のが始めたと言っても、押し付けたことに変わりはない。そして、いざ自身の番になると、逃げ出そうとした。
おかしい。おかしくて笑ってしまう。弱すぎる自分が情けない。
『何か』か巨大な紫光弾を放つ。それを、快斗と高谷が技をぶつけて斬り裂こうとするが、押し合いが続いてなかなか斬り裂くことが出来ない。
それを見て、『何か』が飛来して逃げようとした。
少年は、自身を叩きのめしてケジメをつけ、練った魔力を雷へと変換。手にバチバチと黄色い閃光が走り、やがて、小さな刃へと化す。
少年が上を見ると、ちょうど『何か』が通り過ぎる瞬間だった。
刺すだけだ。簡単だろう?反応できるだろう?だって、少年のもち味は反射神経なのだから。
「『雷獣の閃華』‼」
手のひらから放たれた閃光が『何か』を捕らえ、ダメージを与えながら拘束する。
「オマエハ……オマエハァ‼‼」
『何か』が少年を見つめて、苛ついた様に叫んだ。そして、最後の魔力でとどめを刺そうとした瞬間、
「ぶち殺してやる‼」
大きな声と共に、強烈な殺気と魔力が急接近。一瞬で『何か』を斬り裂いてしまった。
バラバラになって崩れる『何か』。そして、体中から血を流して力なく落ちる快斗。
その体を受け止めて、少年はズタボロの快斗の姿に驚いて、
「おおっと‼な、何なんだ君は⁉」
綺麗な赤い瞳で真っ直ぐ快斗を見つめながら、大声で聞いた。快斗は虚ろな目で少年の顔を見て、ガクンと首を曲げて気絶してしまった。
出血がひどく、体中が腫れていて、とてもない痛みを伴っているのを察した。回復薬をかけようとしたが、すべて自分に使ったのを思い出して、奥歯を力強く噛みしめる。
「と、取り敢えず川市へ……。」
「……君、誰?」
後ろから不意にかけられた声に、少年が振り返る。その先には、体中から蒸気を上げて、傷を治療しつつ、少年を警戒している高谷がいた。
「え、えっと……」
「まぁ、いいや。取り敢えず快斗を回復しないと‼」
高谷は躊躇いなく手首を斬り裂き、その血を快斗の口の中に流し込む。快斗の体の傷が直ぐに治癒され、腫れが治まり、摩力が安定する。
「全く、戦いの後すぐ気絶すんの、これで何回目だよ。」
自虐しまくる高谷に絶句しながら、それが今回だけでないことを察して、少年が更に驚く。そんな少年を無視して、高谷が気絶した快斗を背負って、
「誰だかわからないけど、快斗を助けようとしてくれてありがとうね。それじゃ、俺らはこれで。」
「ま、待って‼」
少年は、手を突き出して、無自覚に高谷を引き止めていた。高谷は不思議そうに少年を見たあと、少し笑って、
「ついてきたいならついてきていいよ。多分、俺らの正体、分かってるでしょ?」
「は、はい……」
「頼むから通報しないでくれよ?言っちゃなんだけど、これでもお忍びだからさ。」
見ず知らずの少年に、冗談混じりで優しく語りかける高谷。ズレまくるイメージに混乱しながら、少年は立ち上がって
「つ、通報はしません。絶対に。」
「そっか。じゃあおいでよ。まぁ、来てもないもないけどさ。」
快斗を背負い直して、高谷が歩き出す。その後におずおずと、少年は歩いてついていく。
「あとさ、1回だけでいいからそのローブとってみてくれない?」
「え?」
「いや、メサイアのスパイっていうこともあるだろうから。」
少年は言われるがまま、羽織っていたローブを脱いだ。メサイアの白装束と、傷だらけの体が顕になる。
「メサイアの装束だけど……その傷は……。」
「き、気にしないで下さい。これは……その……逃げるときについた傷で……」
「逃げる?魔物かなんかに襲われたの?」
「いや、そういう訳じゃないんですけど……」
コミュ障全発揮で、うまく喋れない少年を見て、高谷はまた笑って
「まぁ、メサイアじゃないのは分かったよ。じゃあ行こう。」
「は、はい。」
また、高谷が歩き出す。足取りは普通で、とても左腕を斬り飛ばされた人とは思えない。
「そう言えば、名前聞いてなかったな。君、名前なんていうの?」
「え?」
高谷が何気なく振り返った少年に聞いてきた。少年は少し迷ったが、意を決して答えた。
「ぼ、僕は、ライト・シン・エレスト。エレスト王国の王後継者だった者で……す。」
「………マジ?」
背負っていた快斗を盛大に落として、高谷が振り返る。
「え?マジ?マジで言ってんの?」
高谷が首を傾げながら、少年をじっと見つめて問い詰める。少年は焦りながらも、ゆっくりと質問に答え始めた。
地面に顔を埋めている快斗が、息苦しさに目を覚ましたのは、それと同時だった。