アシメル
「フゥ………やっと、元に戻ったね。」
広いベランダから見える町並みをゆっくりと見渡すのは、メサイア幹部、アシメルである。
セルス街は、快斗が開けた大きなクレーターを埋める作業、家を建てる作業、そして、死んでいった人々の墓造り作業を行っていた。
今のセルス街は、前ほどではないものの、活気は徐々に戻りつつあり、住民達の顔にも笑顔が現れるようになった。
街の子供たちは「メサイアになる‼」なんて言い出して、修行に明け暮れる姿がたびたび目撃される。
破壊された家は殆ど元通りになり、2ヶ月程の月日を経て、セルス街の復興は終了した。
メサイアの教会の前の噴水があった場所は、今は慰霊碑となっており、死んでしまった人々の名前がズラリと書かれていた。
そして、その一番上には、メサイア幹部のクレイムの名前も。
「全く、一番弱いからってすぐに死ぬなんて……ね。」
頬杖を付きながら、既に居なくなったクレイムに向かって軽口を叩くアシメル。持ち前の元気さで人々を励ましつつも、クレイムの死は、アシメルの心を少なからず傷つけた。
「そんな事言ってる場合じゃ無いけどね。」
伸びをして、アシメルは街の西側の森、『楽園』が出来ている方角をじっと見つめた。
アシメルの目に魔力が流れ、視力が通常の5倍程に強化される。
その目には、簡易的に作られた家や露天風呂、そして笑いながら走り回る子供達、木でできた人形を斬りつける大人達、壁の周りを歩き回る見張り、そして、
「『怒羅』の店。」
大量殺戮者の悪魔、天野快斗と共に消え去った酒場のオーナー。そのオーナーが営んでいた店と全く同じ名の店が、森の中にできた村の真ん中に存在していた。
「………チッ。」
珍しく、アシメルは表情を怒りに染めて、大きく舌打ちをした。
セシンドグロス王国王都から、貧民達が忽然と姿を消したということは聞いていた。そして、王都に快斗達と『怒羅』のオーナーがいたという話も。
アシメルは、人殺しの快斗に従い、今、笑顔で生活している貧民達に怒りを隠せない。
そんなやつに与えられた幸福など、すぐに壊れる。壊されてしまう。それでも良いのか。お前らは呑気すぎる。考えなしすぎる。それに気付けないなら、自分達が壊しに行くのみ。
「あたしは……あんたらを絶対……。」
アシメルが掴んでいる手すりにヒビが入る。バキバキと音をたてながら、破片が飛び散り、そして……
「アシメル様。」
「ッ……」
不意にかけられた声に驚いて、アシメルが肩を上げる。振り返ると、白装束を纏い、背中に長剣を背負った美青年が、跪いていた。
「あぁ。スティンか。気が付かなかったよ。」
いつも通りの笑みを浮かべて、アシメルは元気に笑いかける。それが作り笑いである事に気づいた美青年、スティンは綺麗な顔を歪めて、悔しさに唇を噛むが、すぐに落ち着いて
「例の悪魔の件でお話が。」
「あぁ。すぐに行くよ。」
アシメルはゆっくりと、スティンについて行った。
「にしても、やっぱりスティンはイケメンさんだね〜。惚れちゃいそうだよ。」
「………自分はアシメル様に心を寄せております。」
「ほーほー。嬉しぃこと言ってくれるねぇ。元気づけられるよ。ありがと‼」
アシメルが力強くスティンの背中を叩く。メサイア『四番』の力は並ではなく、スティンは背骨が折れそうなほどの痛みを耐えて押し黙る。
「さて、凹んでる場合じゃないね‼あたしはあたしのやる事やんないといけないもんね‼」
赤茶色の髪を揺らして、アシメルが会議室まで走っていく。その小さな背中を見つめながら、スティンは、
「………いつかあなたを、私の物に……」
誰にも聞こえないように呟きながら、拳を握りしめた。