川の魔物
「でけぇな。こんなに川幅広かったのか。」
変装で赤くなった髪を風で揺らして、快斗は真下を流れる大河を眺める。
現在、快斗は魔物の気配がする場所へと空を飛んで移動中である。陸地を走っても良かったのだが、店やら人やらで混雑していたため、人々から見えない距離まで移動してから、魔力の翼で浮いているのだ。
「こんなでけぇ川の癖に、魚は1匹もいねぇんだな。そこらの池に入るっつうのに。」
水面間際まで近づいて、水中の中の様子を見てみるが、そこに魚と思われる影は一切映らない。そもそもこの川に生命反応が一つもない。
「不思議なもんだなぁ。」
なんとなく呟いて、快斗は水中に手を突っ込む。速度が早いため、ただ手を突き出すだけで水面を斬っていく。
水飛沫が舞い、快斗の服が濡れ、髪が湿る。
「やべ、汚しちまったら駄目だよな。つい遊び心が出たぜ。」
癖になった独り言を呟きながら、快斗は濡れた服を叩き、湿った髪を掴んで絞る。強い過ぎた力のせいで、水と共に少量の血が混じる。
そんな事は気にせずに、快斗は前からぐんぐん近づいてくる気配に意識を向ける。
「さぁて、そろそろ……」
快斗は草薙剣を鞘から抜いて、空中で水面に向かって構える。
すると、徐々に遠くの方から、大きな魚影が見えた。体をゆらゆらと横に振り、周りには、触手と思われる紐のようなものが覗いている。
その魔物は、空中で殺意を込めた闘志を感じ取り、快斗の存在に気が付く。そして、ゆったりと泳ぎながら、快斗の真下まで移動してきた。
そして、快斗が攻撃をはなとうとした瞬間、魔物の魔力が急激に高まり、大きかった魚影がさらに膨張する。そしてそれは、
「あれ?デカくね?」
快斗の想像している以上に大きかった。
「ヴォォアアアアアア‼‼」
「おわっ⁉」
水中からいきなり飛び出したそれは、右が黒、左が白と言うように、体の色がくっきりと別れていた。真っ赤な目玉は4つ。口は大きく縦に裂け、奥まで生え揃った牙が覗く。
首には12本程の触手がついており、その下の胴体には、腕が6本ほど生えていた。
その魔物は、首についている12本の触手を自由自在に操り、空中にいる快斗を斬り裂こうと、先端の刃を振るう。
高速で飛び回りながら、その刃をいなして躱し、相殺する。ぶつかり合う刃と刃の間には火花が散り、一つの刃を跳ね飛ばすと、すぐに次の刃が視界に飛び込み、考える暇もない。
「シッ‼ハッ‼ラァ‼」
気合の咆哮をあげ、快斗が刃を弾きながら頭部へと迫る。その前に、3本の刃が割り込む。
「りゃあ‼」
『瞬身』を発動し、全く見えない速度で刃を斬り飛ばし、別れざまに断ち切る。紫色の血が吹き出し、魔物が痛みに叫びだす。
「ハァア‼」
進む勢いに加え、快斗は『剛力』を発動した右手を突き出し、目の目の間の眉間を狙う。が、ガキンと音がして、草薙剣が受け止められ、頭部にかすり傷を作るに留まる。
「クソ‼硬すぎだろ、この石頭‼」
「ヴォォアア‼」
魔物は、快斗が弾かれた勢いで体勢を崩した一瞬を見逃さず、大きな体を振り回して、快斗を突き飛ばす。
強い衝撃に目を回しながら快斗は魔力の翼を解体し、水面に降り立つ。足裏に魔力を集め、水との反発力を調整して沈まないようにする。
「『ヘルズファイア』‼」
左手に発動させた獄炎を、魔物に真上から叩き込む。赤黒い炎が水面を満たし、魔物は威力に押されて水中へと押し戻される。
しかし、それでもダメージは入っていないようで、水面に立つ快斗を狙って高速で触手を動かし、刃が殺到する。
全ての刃を弾き、『風華』で吹き飛ばす。
すると、目の前の景色がいきなり真っ黒な壁に覆われ、そこには生え揃った牙が見えた。
瞬時に喰われたと判断した快斗は、草薙剣を横に持ち、噛み砕かれる瞬間に草薙剣をストッパーにして口を止める。
その隙に逃げ出し、微妙に空いた口に『ヘルズファイア』を叩き込む。
構内で獄炎が破裂し、爆炎を撒き散らしながら魔物が水中に潜る。そして、縦に回転して、太く頑丈な尾を真上から水面の快斗に叩きつけた。
「ラァア‼」
『剛力』を発動した左腕を振り抜き、威力を相殺する。ぶつかり合う腕と尾の間の衝撃波が広がり、水面の揺れが強制的に正される。
快斗はその尾を引っ掴み、体ごと回して水中から引き釣り出す。
抵抗する暇もなく魔物は引き釣り出され、
「ぶっ飛べ‼」
空中へと投げ出される。宙を舞うという初体験に瞠目し、魔物が回転しながら落下して行く。
「ハァア‼『極怒の顕現』‼『魔技・絶望の一閃』‼」
真下の快斗は、『極怒の顕現』を発動。髪が黒く染まり、右目を中心に十字架が描かれ、爪と牙は鋭くなり、能力値が3倍に跳ね上がる。
そして、快斗の技十八番、『魔技・絶望の一閃』が草薙剣の刃から、一直線に落下してくる魔物に直撃し、爆風を上げて悲鳴が響いた。
「ざまぁ‼」
快斗は草薙剣を空に突き上げた姿勢のまま、爆撃を受けた魔物に対して煽りを口にする。
完全に勝ち誇った顔の快斗だったが、
「さーて、戻るか……んあ?」
真上に急に出現した魔力の塊を感知して、反射的に視線を上に向けた。そして、視界には顔面近くまで迫っていた、紫色の光線が写った。
「ふ………。」
快斗は、瞬時に手に持っていた草薙剣を、できるだけ遠くへ投げた。しかし、一瞬の判断で投げたため、手首だけしか動かす暇がなく、草薙剣の柄が1mほど離れただけだった。
だが、それで十分だ。
「ハッ‼」
固有能力発動。『転移』。快斗の姿がブレ、草薙剣の柄まで移動。更に草薙剣を投げて遠くへと離れる。
紫色の光線は、水中を突き抜け川底に到達。大爆発を起こして水が盛り上がる。津波のように水が押し寄せ、快斗が流される。
紫色の光線を放った魔物は、空中で回転して、水面を勢いよく尾で叩いた。盛り上がっていた水が押し出され、巨大な津波となって川市へと迫る。
「やべぇ‼」
快斗は津波を止めようとするが、それを魔物が止める。快斗の前に立ちはだかり、傷だらけの体を畝って叩く。
「クソが‼無駄に知能つけやがって‼」
振り下ろされた尾を『剛力』発動中の足で蹴り上げる。ほぼ同格の力のため、互いに押し切られ、後ろへと飛ばされる。
「チィッ‼」
快斗が苛ついて顔を上げると、魔物が口を大きく開けて紫色の光弾を作り出していた。
その後ろには、進めば進むほど力を増す津波が見えた。
快斗が水面を殴って地団駄を踏む。そんな快斗を無視して、魔物は光弾を放つ。
快斗は草薙剣を真っ直ぐ振り下ろして、光弾を真っ二つに斬り裂く。後ろへと飛んでいった2つの魔力の塊が勢いよく爆発する。
快斗がもう一度津波を確認すると、既に快斗と魔物からの距離はだいぶ離れており、追い付くのは不可能である。
「クソ‼面倒な‼」
快斗が悔しがって、水面ごと魔物の尾を斬り裂く。しかし、硬い鱗に覆われた尾は簡単には斬れず、刃が跳ね返される。
宙を舞いながら、快斗は想像する。急に現れた大津波に戸惑いながら飲み込まれていく川市を。
そうしたらキューや、ルーネスなどが危険になる。どうしたらいいのだろうか。
快斗がそう考えているとき、
「るるルああァァァーー‼‼」
大きな雄たけびと共に轟音が響き渡り、何事かと音の発生源を見ると、大津波に大きな穴を開けて無力化させた、腕が肥大化した高谷が、拳を突き出した姿勢で飛んでいた。
「ナイス‼」
快斗は津波の心配がなくなったことを悟ると、すぐさま意識を魔物へ向け、『空段』で作り足した足場を蹴り飛ばして勢いよく下へ。
魔物が突き出した触手の刃を体を捻って躱し、そのまま回転して、触手をことごとく斬り裂いていく。
魔物が大口を開けて、水面に着地した快斗を喰い潰そうと迫るが、
「死ねやぁァ‼」
赤黒い甲羅に包まれた大拳を、高谷が魔物の横っ面に叩きつける。魔物の意識が一瞬飛ぶ。
すぐに意識が戻り、4つの目玉をギョロギョロと動かして高谷と快斗の姿を探すが、見当たらない。
魔物が必死に探していると、左の上の目玉に温かい液体がかかった。何かと思って魔物がその液体を確認しようとした時、
「ギギィ‼」
その液体の中から、小さなうめき声を出しながら、真っ赤な刃を持った生物が出現し、左の下の目玉を、斬り裂いた。
「ヴォォアアアアアア‼」
痛みに悶絶しながら、魔物は、水中へと潜り、地面に左の目玉を、擦り付ける。大きな圧力により、小さな生物は押し潰されてきてた。そして水中に赤い血がただより、
「ヴォア⁉」
その液体が全て爆発した。衝撃に吹き飛ばされ、魔物が強制的に水中から追い出される。
そして、瞠目しながら、強大な殺気と魔力を感じ取って真上を見上げた。すると、
「「「『魔技・乱雑な殺戮』‼」」」
分身した快斗が、魔物の顔全体を覆うように『魔技』を放った。超高温の攻撃に包まれ、鱗は溶け、肌は焼け、目玉は潰れ、脳まで衝撃が貫く。
「ヴォォォ‼」
魔物は必死に身体を畝って抵抗し、顔についた快斗を振り落とす。
そして、水中に潜ろうと、頭を下げた瞬間、
「ハァァアアアア‼‼」
水中から高谷が飛び出し、魔物の顎に強烈なアッパーを食らわす。口が強制的に閉ざされ、舌が噛みちぎれ、歯茎が損傷して歯が抜ける。
「ォォォーーーー‼」
声が出なくなり、意味の無いうめき声が響き渡り、その大口からは大量の紫色の血が流れ出る。
「快斗‼」
「あいよ‼オラァ‼」
大口を開けて痛みをこらえる魔物は前で高谷は上空にいる快斗に合図を送る。
快斗は頷いて、『剛力』を全身に発動。落下の勢いに載せて、魔物の頭を再度殴る。そうして落ちて来た魔物の頭を高谷が蹴り上げる。
あまりの勢いに、体全体が浮き上がり、水面に着地した快斗が草薙剣を魔物の横へ投擲。
『転移』して、横っ腹に獄炎を纏った拳をねじ込んで突き飛ばす。
その先には踵を振り上げた高谷が待ち受けており、魔物が近づくなり、踵落としを繰り出し、魔物を突き落とす。
真下の水面には草薙剣があり、魔物が来た瞬間に快斗が『転移』して、獄炎を纏った足で魔物を蹴り上げる。
大量の血と、内臓を吐き出しながら、魔物が翼の生えた高谷の前に数秒間止まる。
高谷は左腕を突き出して、
「快斗‼来い‼」
「あいよ‼」
快斗が高谷目掛けて草薙剣を投げ飛ばし、『転移』して、突き出された左腕を斬り裂く。
二の腕から斬れた左腕を掴み上げ、高谷が魔物の大口の中へ腕を投じる。それは魔物の残った歯に引っかかり、それ以上は進まない。
が、高谷の後ろから草薙剣が投じられ、魔物の大口の前に来たところで快斗が『転移』。
勢いに乗った渾身のケリを、高谷の腕を押し切る様にして放つ。
バキバキと音を立てながらすべての歯が半ばから折れ、高谷の腕は強制的に体内へ。
それから快斗は魔物の上顎を掴み、そこを軸として縦に回転。その反動を利用して脳天に踵を突き落とす。
頭蓋が割れ、血を吹き出しながら魔物が着水。川の水がドス黒くなる。
「ッーーーー‼」
掠れた雄叫びを上げて、魔物が自身の近くにいる高谷を飲み込もうと、歯がなくなった大口を開けて、真下から迫る。
そして、
「『断罪紅血』‼」
「ッ⁉⁉」
高谷が再生した左腕を掲げて叫んだ瞬間、魔物の体中から赤い刃が突き出した。
これは、先程体内に入り込んだ、高谷の左腕の血から出来たもので、魔物の血を侵食し、そのすべてを操って刃とし、体内から斬り殺したのだ。
「……………。」
魔物は水中から顔を出した姿勢で止まり、少し立ってから静かに水面へと落ちた。体中の傷から血を流し、澄んだ水を汚しながら、魔物は川底へと沈んでいった。
「高谷ナイスぅ‼」
「いてっ⁉あんまり強く叩くなよ快斗。」
「お前なら再生できるだろ?」
「だからって、意図的に傷つけんなよな。」
「すまんすまん。」
沈んでいく魔物の死骸を眺めていた高谷の背中を、快斗が勢いよく叩いて称賛する。
「にしても、快斗の草薙剣、切れ味が半端ないな。俺の『血獣化』状態の腕を簡単に斬り飛ばすなんて。」
「だろ?やっぱ持ち主と似て切れ味抜群だよな‼」
「そうだね。切れ味抜群すぎて怖いね。」
快斗の軽口を軽く流して、高谷は再生した左腕を摩りながら、
「じゃあ戻ろうぜ。原野達も心配してるだろうし。」
「だな。意外と強くて苦労したけど、まぁいいか。」
高谷が帰還を促し、快斗が賛成して、腕を頭の後ろで組みながら、水面を歩いていく。
高谷が「いつの間に水面を歩けるような技を?」なんて言いながら、快斗の隣で翼で飛びながら進んでいく。
快斗は(『ヒト』みたいに爆発しなかったな。)と考えながら、川岸に上がった。その時、
「………高谷。」
「ん?なんだ快……と…?」
快斗に呼ばれて、高谷が振り返ると、その心臓部に草薙剣が突き刺された。勢いよく高谷が吐血をする。
「なに……して……」
「高谷、聞け。俺は今……操られてる。」
そう言って快斗は目だけ動かして、先程の魔物の死骸の方を見ろと暗示する。高谷がそれに従って、そちらに目を向けると、
両腕を紫色に輝かせた、人型の『ヒト』が、水面に立っていた。