『ヒト』
「………アァ?」
風で髪が揺れる感覚で、快斗は目を覚ました。視界に飛び込んでくるのは茶色い地面。
吹き込んでくるのは澄んだ夜風。辺りを照らすのは月の光。そして、先に見える横になって寝ている高谷達。
「俺は何を……あ……。」
頭に手を当てて、意識を手放す前の出来事を思い返す。が、漠然とした不安とは裏腹に、何が起こっていたかは、はっきりと思い出せない。ただ、一つ思い出せるのは、『ルシファー』という名前。
「クソ……何だってんだよ。」
快斗は愚痴を吐きながら、立ち上がり、服についた土を払い落とす。
「今は……まだ交換時じゃねぇのか。」
月の位置と手に持つ時計を眺め、おおよその時刻を予想する。
「頭痛が……少し休むか……。」
快斗はそう呟いて、最初に寄りかかって座っていた木に背を預け、「フゥ……」と、息をつく。
「妙な感覚だな。なんだか……無性に苛つくのは何故だ……。」
左手を開いて閉じる。その動作を何回か続けて、快斗は後ろにある木に手を付ける。
「こんな辺鄙なところによく生えたもんだな。」
なんとなく、快斗がそう呟いた時だった。
目の前の木に違和感を感じた。
「…………生命反応?」
快斗は、悪魔の体であるため、体に宿っている魂も見る事ができる。そのため、快斗は生命体の場所をある程度特定することが可能だ。
石に擬態した魔物なんかも見分ける事ができる。そして、その魂が、この木に宿っているのだ。しかし、その魂には違和感を覚えた。
木に宿っている魂は、他の生命体の魂とは違い、所々が欠けている、欠陥品だったのだ。
快斗が目を近づけてよく観察していると、
「ッ⁉」
「ォォォ……‼」
木が一人でに動き出し、奇妙なうめき声を上げて、勢いよく快斗を突き飛ばした。草薙剣を引き抜いて、快斗はじっと動き出した木を見つめる。
その木は、徐々に色を失い始め、茶色かった幹は真っ白になり、付いていた葉はパラパラと落ち、枝の付け根には口が多数出現し、地面からは根と思われる部分が飛び出し、幹には、大きく縦に避けた真っ赤な目が出来上がった。
そして、
「ォォォォォォ‼」
「クソ‼なんだお前‼」
自由自在に動くようになった枝の先が刃となり、快斗を襲う。刃の隙間を、身を捻って潜り抜け、大きな瞳が除く下まで一気に接近。
草薙剣を下から振り上げた。瞳には斜めに大きな傷が出来上がり、その傷からは血は流れない。
「ォォォ……‼」
白い『何か』は、鋭く尖った脚を、快斗目掛けて高速で突き出す。身を翻して躱し、すれ違いざまに撫で斬る。大きく広い傷口は真っ赤で、しかし血が流れない。
不思議に思いながらも、快斗はすべての枝を斬り落とし、数本の根を斬り裂いて動きを封じる。
「ォォォォォォ‼」
「オラァ‼」
ドシンと音を立てて地面に座る『何か』の目を、先程とは逆方向から斜めに斬り裂く。バツ印の傷ができ、『何か』はそれを無視して、残りの根を這わせて快斗を狙う。
難なくそれを躱し、地面に刃を突き立てて、自分から突っ込んできた根を斬る。
動きが落ち着いた『何か』をじっと眺めて、快斗はその姿によく似た生物を思い出した。
「…………『ヒト』?」
前世で都市伝説にハマっていた頃、南極付近で真っ白な人形の生物が発見されたという情報を、ネットで見たことがある。その時の画像には、あらゆる形態をした真っ白な生物が写っていた。
目の前の何かは、それに酷似していた。
「なんなんだ……。お前は……。」
「…………ォォォ。」
快斗は顔を近づけ、『ヒト』を眺めた。すると、傷口の中に、怪しく光る紫色の玉が見えた。同時に、そこに籠められた魔力が、急激に増えつつある事にも気がついた。
「ッ⁉」
「ォォォォオオオ‼」
「やべ……‼」
直ぐに離れようとしたが、一歩遅かった。『ヒト』は雄叫びを上げながら、白光を上げて大爆発した。
全身を焼かれながら、快斗は宙を舞い、頭から地面に落下した。盛大な地響きと、快斗の落下音で、近くで寝ていた高谷が跳ね起きる。
「な、なんだ?て、快斗⁉どうしたんだよ⁉こんな傷だらけで。」
「済まねえ。ちょっちミスった。」
全身から白い煙を上げる快斗に、高谷が止らいなしに自分の手首を斬り裂いて、快斗の口の中に血を流す。
血を飲み込んで少しすると、全身のやけどは跡形もなく消え去り、元の快斗に戻った。
「ハァ……ハァ……助かったぜ。」
「一体何が……。あのクレーターは……隕石にでも打たれたか?」
「隕石だったら死んでるっつーの。」
「ん……な、何?凄い音がしたけど……。」
「あの、窪みは……。快斗様、何があったのですか?」
「キュイ?」
高谷に続いて、全員が目を覚ました。快斗は、先程襲ってきた『ヒト』の事をすべて話した。
「なるほど。『ヒト』、ですか……。」
「そ、そんな気持ち悪い生き物が……?」
「しかも快斗がこんなに火傷を負うなんて。」
「あれは多分、神聖魔力だ。じゃねーとあんな爆撃で、俺が火傷を負う訳がねぇ。」
「あの爆撃で火傷を負わない自信があるんだ……。」
あぐらをかきながら笑って話す快斗を見て、原野と高谷が苦笑する。キューが左肩に飛び乗って快斗を心配するが、快斗は「大丈夫だ。」と言って笑った。と、顎に手を当てて考えていたルーネスが口を開く。
「快斗様が『ヒト』と呼ぶものは、恐らくメサイアが作り出した生物兵器でしょう。」
「メサイアが?」
「ええ。快斗様を襲ったのは、秘密裏で作られた、実験体と思われます。この生物は、20年ほど前に、エレスト王国の地下にある迷宮で発見された物です。睡眠、食事、排泄を必要とせず、魔力だけで動き回る白い生物。メサイアは、この生物を改良し、メサイアに足りない戦闘力として加えようとしました。しかし、この生物には知能がなく、制御を不可能だっため、魔物討伐に駆り出されたこの生物は、隊員諸共魔物を蹴散らし、その大自然を破壊し尽くしました。そのため、この生物の導入は永遠破棄となったのですが、現在でも、その研究は裏手続けられているとかいないとか。」
「なんちゅうもん作ってくれてんだよ。」
「全くです。」
ルーネスの説明を受け、快斗はため息を付きながら悪態をつく。すると、高谷が立ち上がって、
「取り敢えず、周りに他の『ヒト』がいないか探してくる。俺なら、爆撃受けても死なないしな。」
「すぐ再生するもんな。じゃあ、行ってこい。そのままここらの見回り交代な。」
「了解。」
快斗の言い方に苦笑しながら、高谷は静かに歩いていった。その背中をじっと原野が見つめている。
「そんなに心配なら一緒に行けよ。」
「し、心配なんかしてないよ‼」
「じゃあなんでそんなに潤んだ目で高谷を見てんだ?」
「み、見てないよ‼」
「その嘘は無理があんだろ。あんなにガン見してたのに。」
地面に寝そべりながら、快斗はニヤニヤと笑いながら原野を冷やかす。赤面しながら支離滅裂な事を言い放つ原野が可笑しくて、快斗とルーネスが吹き出し、その事に原野が怒り出し、快斗がキューを差し出すと静かになった。
それから10分程して、原野とルーネスは眠りに付き、その速さに驚愕しながら、快斗は夜空を見上げて考える。
思い出さなくてはならないのに、思い出してはいけないような記憶。湧き上がる謎の焦燥感を抑えながら、快斗は関係ないと、その記憶を切り離す。
いつかは思い出さなくてはいけない、重大な記憶を。