穏やかな一日
楽園に移ってから、約一ヶ月。
快斗達の助力もあって、森の中にはひっそりと、小さな村が出来上がっていた。
石でできた塀で囲まれ、その近くには門番が何人か配置されている。
村の家の数は15戸ほど。一つ一つが大きな家というわけではなく、いわば小屋のようなものである。
そんな物の中で、一つだけ、一軒家と呼ぶにふさわしい家があった。茶色い塗料で色を塗られ、扉の前には石の階段があり、その扉の斜め上には、金属でかたどられた文字が吊るされている。その文字はこう書かれていた。
『怒羅』。
「大分しっかりとした村になったな。」
「ええ。快斗様のお陰でございます。」
「店はここだけしかねぇけど、満足してるみたいで何よりだな。戦闘教育場に、ご丁寧に混浴露天風呂なんて作りやがって………それ作ったのって、ルーネスさんだよな?」
「なんの事でしょう?」
微笑みのまま、ルーネスは快斗考案のスムージーを作っている。
「最初は混浴って聞いて驚いたけど、やっぱりタオル付きなんだな。」
「あら。ない方がお好きなのですか?」
「そういう訳じゃねぇけど、タオルなんて、どっから仕入れて来たのかと思ってよ。ヒナが意外に使えて良かったぜ。」
「そうですねぇ。」
タオルなど、衣類、材料を調達してきたのはヒナである。ポンコツそうな見た目をしていながらも、セルス街で定期的に布が手に入るように出来たのだとか。
どちらかと言うと、布を売っていた店の店主が、ヒナの見た目を好んだからという理由のほうが大きいが、当の本人はそんなことは知らない。
「確かに見た目は良い方だから、幼女好きからしたら格好の的ってか。」
「…………快斗様は、年下が好みなのですか?」
「いや、どっちかって言うと、俺は年上派だな。」
「…………ふふ。」
「ルーネスさん、何でそんなに嬉しそうなんだ?」
ワインの入ったグラスを傾けながら、ルーネスに呆れ顔を向けていると、不意に扉が開かれた。
「快斗ー。変異した魔物が出たんだけど……」
「アァ?高谷が殺って来ればいいじゃねぇか。」
「いや、それがなぁ……。」
『怒羅』に入ってきた少年、高谷が、快斗に討伐を依頼しに来た。
「それが、なんだよ。」
「いやぁ、快斗。俺さ、ヒナに新品の『侵略者』の制服もらったからよ。汚したくないんだよ。」
「脱げばいいじゃねぇか。」
「なんか、今着ていたい気分なんだよね。」
「なんだよそりゃ。」
頭を書きながら、高谷が笑う。それを呆れ顔で流して快斗は立ち上がり、高谷に案内を頼んで店を出た。
それから数時間後、
「快斗お兄ちゃん。ありがとう。」
「あいよ。にしてもうめぇな。熊肉って豚みたいな味すんな。まさか食えるものとは思わなんだ。」
「快斗君、針殺熊斬るときに、食べやすいような形に斬ってたけどね。」
「最初から食べるつもりだったんですか⁉」
「なんの事だかさっぱり分からん。」
大きな焚き火を囲んで、全員で頬張っているのは、5mはありそうな針殺熊の肉である。
村の近くに急に現れ、それを快斗が首を落として瞬殺した。そのまま持って帰ってきたら、リンが食べたいと騒ぎ出したので、呆れる原野とヒナが調理をし、今に至るというわけだ。
「なんだかなぁ。最近穏やかすぎて不思議だな。」
「快斗君はここでだらけてていいの?仲間探しに行かないとじゃない?」
「そうなんだけどよ。行く宛がねぇんだよ。」
原野は、快斗の今の目標を話題にする。快斗は分かっていると言いつつも、何故だがネガのことを思い出してやる気が失せる。
「そういえば、エレスト王国での事件。皆さんは知っていますか?」
「エレストでの事件?」
料理を持って歩んできたルーネスが、快斗の隣に座って話し出す。
「皆さん、エレスト王国には『剣聖』がおられることはご存知ですね?」
「はい。」
「その『剣聖』が、エレスト王国で、上から3番目に大きな立場の貴族、ゲイル・レストンを斬り殺す、という事件が、数ヶ月前に起きました。」
「『剣聖』が貴族を……苛ついたのかな?」
「快斗。普通は苛つきで人を殺しちゃ駄目だぞ。」
「噂では、ゲイル・レストンに仕えていた執事の陰謀、と言われているようですが、当の本人、『剣聖』は自身の罪であると宣言しているようです。」
「ふーん。本人が言ってるならそうなんじゃない?」
「いや、脅されてるって事もあるんだろ?」 「そっか。」
原野の疑問に高谷が答える。快斗は頬杖を付きながら、その事を考える。
「………前科ありの『剣聖』か……。いいかもな。」
誰にも聞こえない声でそう呟いた。
そして、それから数時間後、
「ハァ…久々だな。一人で風呂に入るなんて、」
湯気が立つ大きな露天風呂の中で、ゆっくりとくつろぐ快斗。今までは、必ず、他の人が居たり、高谷達が居たり、リンが抱きついて来たりと、なかなか一人で入る機会がなかった。
「やっぱ風呂は一人に限るな……ん?」
快斗が夜空を見上げて呟くと、不意に後ろから近づく1つの気配に気が付いた。
「誰だ?」
振り向くとそこには、
「あら、すみません。この時間はいつもは空いていますので、快斗様がいるとは思わず。」
「…………やっぱわざとでやってるよな、ルーネスさん。」
「ふふ。」
白くしなやかな体をタオルを巻いて隠しているルーネスが、快斗の隣へゆっくりと座る。
タオルから除く神秘の果実が、快斗を引き込む。
「そんなにじっと見て、どうかしましたか?」
「なんもねぇよ。なんとなく、綺麗だなって思った。」
「あらあら、そうですか。」
ルーネスは口に手を当てて、にっこりと微笑んだ。
その笑顔が眩しくて、快斗は何故だか、目を逸らした。
「『剣聖』様の件。どうするのですか?」
「…………正直、そういうのは興味があってな。行く宛もねぇし、エレスト王国には、近々向かおうと思う。」
「そうですか。……お一人で?」
「いや、高谷は連れて行く。一応、あいつは料理もできるし、魔神因子も持ってる。現時点では、ちゃんとした仲間はあいつだけだ。その事はもう話したし、あいつも納得してるから、それでいいかと思う。」
「…………私はついていっては駄目でしょうか?」
「別にいいぜ?ルーネスさんは戦力になるし、頭も回るから交渉とかは出来るだろ?魔神因子無しで俺たちと同等なのはルーネスさんだけだからな。」
「では、ご一緒させて頂きます。」
そう言って、ルーネスさんはゆっくりと体を傾け、快斗を支えに、ゆっくりと目を閉じた。そして、すべすべの腕を快斗の後ろに回し、抱きつく。
「前から思ってたけど、ルーネスさんって何でそんなに俺にくっついてくるんだ?」
「それは内緒ですよ。ふふ。」
「んー?まぁ、悪かないな。」
肩に押し付けられる柔らかい感覚を満喫しながら、それから数分、快斗とルーネスは、雑談を交えながらくつろいだのだった。