エレジア、敗北。ゼルギア、拘束。セルティア、論外
「君、私を突き飛ばしてから凄い怖い笑顔してるよ。」
「………ハァ?」
快斗はエレジアの言ったことの意味が分からず、反射的に顔に手を当てる。むき出しの犬歯。釣り上がっている口角。無意識にあふれる殺意。それに気づいて快斗は、
「だから、どうした?」
なんの不思議も感じず、ただただ目の前の敵に集中する。
「………それで、何も感じないんだね。」
「無意識に笑うなんてよくあるだろ。これほど気付かずに笑ってるのは初めてだけどよ。」
「君の笑顔は……絶対に、消さなくちゃいけない。君は、いずれ……皆を不幸にする。」
「ひでぇいいようだな。俺今高谷たちの為に時間稼ぎしているんだぜ?不幸になんか…」
「する。君は絶対に、信頼してくれる人。好いてくれる人。尊敬してくれる人。………君に関わる人々を……不幸にする。」
「………何を根拠に言ってるかは知らねぇけどよ。好き勝手言ってくれんじゃねぇか。いいぜ。そんなに殺したいなら来いよ。全力で耐えてやるぜ。」
鞘に収まった草薙剣を引き抜き、構える。黒紫色の刃が月明かりを反射させ、幻想的で美しい。エレジアは少し快斗を睨みつけたあと、大剣を構えて、
「気を付けたほうがいい。気付かないうちに、君の周りの人が居なくなっちゃうかもしれない。」
「………あいよ。行くぜッ‼」
「ふ………。」
紫閃と白閃がぶつかり合い、視界の端で火花を散らす。初めて使うはずの快斗だが、何故だがその剣技は初心者の物とは思えず、大剣を弾いて隙間を縫い、エレジアの思わぬ所から刃が飛び出して迫る。
「く……。」
「ハァア‼しぃっ‼ふっ‼りゃあ‼」
ブレイクダンスと剣技を組み合わせ、草薙剣を振るう。刃を体に被せて隠したり、刃を振るうと見せかけて蹴りを入れたり。そんな戦いが数十分間続いた。
「動きが、良くなってる……。何故。」
「知るかよ‼」
独り言を呟いたエレジアに言い放って、快斗は唐竹割りのように一直線に刃を振り下ろす。受け止めたエレジアの足が地面に埋まり、大きな石の破片を撒き散らして、地面が崩れる。
(おかしい……。こんなにすぐに動きが予想外になって……。何故……。)
内心で不思議に思いながら、エレジアは地面に手を当て、快斗目掛けて鋭い槍を出現させる。その全てを目にも止まらぬ速さで斬り裂き、エレジアに力強い蹴りを入れて突き飛ばす。
「ハァ……ハァ……」
「ハァ……ハァ……戦闘続きで疲れたかよ。まぁ、それもしょうがねぇよな。俺も連戦で疲れてんだよ。魔力もほぼねぇし。」
大剣を地面に突きつけて、疲れた体を奮い立たせるエレジアを見て、快斗が苦笑いをする。実際、快斗の体は限界を迎えており、体中が悲鳴を上げている状態なのだ。
「でも、なんでかな。草薙剣持ってると、どんどん強くなれる気がする。」
快斗がニヤつきながらそう言って、草薙剣を構える。エレジアも起き上がって大剣を構える。顔には疲労の色が濃く出でおり、高谷に刺された傷口の痛みを耐えているのが伺える。
「剣の練習はここまでだ。こっからは、魔術なしの剣勝負。時間稼ぎがてら楽しく戦闘でもして……、あ?」
「ッ……。」
快斗が威勢よく踏み込み、斬りかかろうとしたとき、後方のはるか上空で、魔力の反応を感知した。振り返ると、爆炎が出現したあとのような煙が、風に煽られて動いていた。
「もう振り切ったみたいだな。悪ぃがここまでだ。俺は逃げる。」
「………逃さない。」
「ぜってぇ逃げてやる。」
二人はそう言って、少しの間睨み合ったあと、
「ッ‼」
「ッ‼」
『剛力』と『瞬身』を全開で発動し、地面をえぐる勢いで街内を駆け抜け、エレジアもそれと同等の速度で快斗を追い掛ける。
駆けて駆けて駆け回るが、快斗とエレジアの距離は縮まらず、引き離せないでいた。
(ハァ……どうすれば引き離せるかね………)
快斗が、今まで訪れた王都の場所を思い出す。採掘場、鍛冶場、『怒羅』の店。そして、少ない魔力で行える大きな攻撃。そして、それができるであろう場所を思いつく。
(これで行くか。)
快斗は一瞬で作戦を思いつき、それを実行する。草薙剣を背中の鞘から引き抜く。
エレジアが(何を……)と考えていると、
「ふっ‼」
「ッ⁉」
快斗が跳び上がって、魔力で翼を作り上げ、上空へと浮かんでいく。
「空に行こうとしても、無駄‼」
エレジアは屋根に跳び上がり、もう一度跳び上がる。そして、『空段』で足場を作り上げ、上空の快斗を追い掛ける。夜の街は静かで暗く、ところどころに戦場の面影がある。そんな景色を見下ろしながら、快斗がため息をつく。
「一回、やってみたかったんだよなこの技‼」
草薙剣を振りかぶり、迫るエレジアを睨む。エレジアも構え、カウンター体勢で、快斗へと突っ込む。そして、いざ振りかぶると見たとき、
「ハァア‼」
「ッ⁉」
あろうことか、快斗は草薙剣を勢いよく地面へと投げた。草薙剣はヒュゥという音を出して、空気を突き抜けながら勢いよく地面に深々と突き刺さった。
エレジアは戸惑いながらも大剣を振るい、快斗を叩き落とそうとするが、鋭い爪でその斬撃を受け流し、その衝撃を活かして後ろへと快斗が飛んでいく。そして、
「やべ……。」
快斗の魔力が、いよいよ尽きた。翼がボロボロと崩れ、空中へ留まることができなくなり、重力に従って、快斗がただただ落ちていく。
(好機‼)
エレジアはそう思い、『空段』でを駆使して快斗を追う。快斗は地面に落ちかけた瞬間、
「ほっ‼」
両手をついて、力強く跳び上がり、回転しながら、王都での最初の戦闘場、採掘場に跳んでいく。エレジアもそれを追い、採掘場へと入り込む。
奥へ奥へと、入り組んだ道を適当に走り回りながら、快斗とエレジアは進んでいく。
「……む。」
エレジアは、快斗をずっと追っていたのだが、途中で快斗が壁を殴って崩したため、まんまと撒かれてしまった。
「フゥ………。」
エレジアは呼吸を整え、採掘場全体へと自分の魔力を流し、快斗の位置を探る。奥へ奥へと範囲を広げていくと、最奥にある部屋の中で、魔力を練っている気配を発見した。
「そこ。」
エレジアは壁を砕きながら、強引に奥へと進んでいく。途中、何匹かの魔物にあったが、壁と共に粉砕され、悲鳴も挙げられずに絶命した。
「着いた。」
そして、エレジアは部屋の前にたどり着き、ドアをぶち破って中へと入る。その中では快斗が座って魔力をねっていた。
「くそ……もう追いついたかよ。」
「気配も何も隠さずにここにいたら誰だってわかる。」
エレジアはゆっくりと近づき、『土壁』を発動して出口を塞ぐ。
「これで終わり。言ったでしょ。私を君を逃さない。」
「……………。」
大剣を振り上げ、エレジアは目を瞑って祈るようにしてから、鋭い眼光で快斗を睨む。そして、
「憎まないでね。」
そう快斗に言い放って、大剣を振り下ろした。
「くぅ……‼」
最後の抵抗とばかりに、快斗が爪で大剣をを打て止めるが、耐えきれるわけがなく、吹き飛ばされて、煙草の煤や、おがくずなどが、部屋の中に充満する。
「かは……。」
「抵抗しても無駄。理解して。」
冷血に言い放ち、もう一度、エレジアが大剣を振り上げる。それを見た快斗は……笑っていた。
「何が、可笑しい?」
訝しみながらエレジアが快斗に尋ねる。今も充満している煤やおがくずで顔を汚しながら、快斗が答える。
「お前は、俺の術中にいることに気づいていないんだな。まぁ、この世界の人間なら気づくなんて無理だろうけどよ。」
「何を、言っている?」
言われたことの意味がわからず、エレジアは困惑する。魔力の反応はなく、快斗の体力は残っていない。
「密閉された部屋。その中に粉となった燃えるものが充満している。そんな中で、火をつけたらどうなると思う?」
「………知らない。」
「答えは、あのときと同様。」
快斗はフラフラになりながら立ち上がり、なけなしの魔力で手のひらに一瞬、炎を灯す。そして、
「爆発だ。」
「………え。」
炎の近くに舞っていた煤に火が燃え移り、それが隣へ、隣へ、と続いていき、連鎖が起こって、大きな爆発となる。現代で言うところの、『粉塵爆発』である。
「ぐ‼ああぁ……。」
かつてない体の限界を迎え、エレジアが悲鳴を上げる。だが、快斗も同じ空間にいるため、巻き添えは免れないとエレジアは考え、快斗がいる場所を見た。
そこに快斗はいなかった。
「え……。」
大きな爆発がおき、採掘場が震え、ひび割れた壁が次々と崩れる。エレジアは生き埋め状態となり、火傷を追った体で、のしかかる岩を振り払いつつも、限界が近いため、一気に吹き飛ばすことができず、脱出ができない状態となってしまった。
そして、快斗はというと、
「げほ……げほ……。すまねぇお前ら。なんとか、帰ってきたぜ。」
「大丈夫か快斗⁉」
「なんでそんなに汚れてるの⁉すごい爆発音がしたけど。」
「とにかく、その飛翔馬から降ろさないと、体を洗えませんね。」
「こんなに傷ついて……本当に大丈夫なんですか快斗さん。」
「キュイキュイ‼」
十二支幻獣『午』と対になる魔物。白い毛並みをした美しい羽が生えた午。飛翔馬が快斗を乗せて、『怒羅』の店の前に降り立った。
爆発する瞬間、本当は快斗が自力で脱出しようとしたのだ。快斗は、『偽善の虐殺者』の能力、『転移』を使うつもりだった。『転移』は、草薙剣がある場所へ、瞬間移動をすることができるという能力である。
上空で草薙剣を投げたのは、それをするためだった。しかし、爆発が発動するのが予想以上に早かったため、それを発動できなかったのだが、そこに壁を突き破って何かが快斗を咥え、採掘場から脱出したのだ。それが、この飛翔馬である。
「マジで……サンキューな。飛翔馬。」
「ブルルル。」
飛翔馬は鼻を鳴らすと、少々乱暴に快斗を下ろし、空へと飛んで、彼方へと消えてしまった。
「げほ……高谷たちも、なんか勝ったみたいだな。」
「ああ。俺の体中の血を使って拘束してきたよ。」
高谷は、自分が拘束してきたゼルギアのことを思い出す。高谷はゼルギアの速度についていけず、ただただ斬り裂かれてばかりだったのだが、そのときに散った血を使って、赤い腕を大量に地面から生やし、ゼルギアを拘束した。
その時に魔力を使い果たした高谷は気絶し、暫く倒れていたのだが、戻ってきた原野によって、『怒羅』の店の中に連れ込まれた。
「そんなのいいから‼早くキューちゃんの中に‼」
「そうですね。キュー様。お願いします。」
「え?キューちゃん。何かできるんですか?」
「キュイキュイ‼キュゥーイー‼」
キューが天に向かって大きく叫び、前足を上げる。すると、快斗たちの周りの空間が歪み、そして景色が変わる。
年季の入った木造の室内。傷だらけの家具に、戸棚に置かれた高級そうな酒。キューの中の『怒羅』の店である。
「え⁉なんですかこれ⁉ええ⁉なにが⁉一体何が起こって……え⁉」
初体験のヒナが目を回しながら驚いている。
「あぁ……キュー、脱出頼むぜ。」
「キュイキュイ。」
キューが頷くと、前足を交差させて3回ほど上下に降る。すると、キューのもう一つの精神、『無垢無心』が動き出し、街の合間を縫って外に歩き出す。
それを確認した快斗は、
「…………。」
無表情になって、勢いよく地面に倒れ、気絶した。
「え⁉快斗⁉」
「快斗君⁉」
「まぁ……疲労が溜まってらしたんですね。」
「い、今回復薬を‼」
「俺の血で……」
「高谷君も休んでて‼ここは、私がやるから。」
そんなこんなで、結局最後は大騒ぎになるのだった。