馬鹿メシル・ヴィラルシル
「ハァ……ハァ……ここ……のはず……、ルーネスさん……‼」
鍛冶場の中、乳白色の壁や柱で支えられた空間の端、その物陰で息を切らしているのは原野だ。
現在は深夜ということもあり、明かりはあれど人は居ない。それでも息が切れている理由はというと、
「遠すぎ‼もう8kmも走ったのに……まだ付かないなんて‼」
転移場所から、保管庫までの転移装置まで、距離がえげつなかったのだ。しかも、鍛冶場と言うこともあり、鍛冶に使う道具や装置がそこら中に散らばっており、移動の障害となる。
また、今もなお燃え続ける焼却炉やマグマのようにどろどろになった鉄のせいで空気が熱されて、この中の温度はゆうに36度を超えている。
「そんなの……人間の……体温じゃない……。」
悪態をつきながら、ダラダラ流れる汗を拭き取り、再び走り出す。自分の今の姿を客観的に見て、原野は『走れメ○ス』を思い出す。
それから、教室の中で音読するクラスメイトに、いい間違えを笑い合っている平和な学生生活。幸福だった、この世界に来る前の教室を想像して、少し感情がこみ上げる。
「………そんな事考えてる場合じゃないよね。高谷君と快斗君が頑張ってる。ルーネスさんだって、戦ってくれてる。だから、私は私の場所で、戦う‼」
そう意気込んで、更に速度を上げようとしたところで、
「わっ⁉」
何かが足に引っかかり、原野は盛大にずっこけてしまった。
「いったーい‼もう、カッコつかないじゃない……。あれ?ここって……。」
原野がうんざりしながら起き上がると、その地面には、緑色に描かれた大きな魔法陣があり、その真ん中には、涼し気な雰囲気を醸し出す噴水が位置していた。
そして、その噴水からあふれる水の中に、ぽつんと一つ、石版が建っていた。
「ここに、私の左腕を……。」
原野は、エレメンタルストーンを翳して描かれた左手の紋章を石版にかざした。すると、噴水から出る水の量が上がり、その青緑色に輝いて、生き物のように動いて原野を飲み込んだ。
不思議と恐怖を覚えなかった原野は、強い水流に流されるのも感じながら、その水に身を任せた。そしてしばらくして水の量が徐々に減り始め、体が地面でつっかえるようになり、やがて、完全に水が消え去った。
そこは金銀財宝で満たされ、あらゆる貴重品で溢れかえった、黄金の部屋だった。
眩しさに目を細めながら、原野はゆっくりと歩みだし、草薙剣と探し始める。
「こんなに金貨が……それに金色の小さな銅像。錆びたお皿に、これは……魔物の彫刻?指輪に杖、ナイフもある。金の延べ棒に、ダイヤ。エメラルドにルビー……。なによここ。庶民にはキツイ。この輝き。」
どこかで聞いたことのあるようなセリフを言いながら、原野は金技財宝をかき分けて草薙剣を探す。聞いていた特徴は、黒紫色の刀で、刀身に草薙剣と文字が掘られていると言うもの。
これだけ金の山があれば、黒紫色の刀なんてすぐに見つかる。そう原野は思っていたが……
「………こんなに同色の刀が多いなんて……」
保管庫の最奥、その壁に吊るされている刀が14本ほど。その中で、黒紫色の刀は11本。吊るされている場所は何故か高い場所なので、刀身に掘られた草薙剣の文字も見えない。
「うーん。普通に登ればいいよね。『死者の怨念』」
原野は、自身の足元に白身がかった巨大な腕を出現させ、その怨念をコントロールしながら、今度を上げていく。
「ふーん。これじゃない。これでもない。」
右端から順に刀身を見つめ、掘られている文字を見ていく。そして、全ての刀を見え終えたが、
「草薙剣、ないけど………。」
草薙剣と掘られた刀を見つける事はできなかった。
「おかしいな。違う場所にあるのかな。」
地面に降り立ってから、原野が別の場所を探しに行こうと思ったその時、
「お前が探しているのは、この刀か‼」
「わっ‼な、なに?」
突如、青年の大きな声が保管庫に響き、それに驚いた原野は肩を持ち上げて振り返る。
そこには、黒紫色の刀を握りしめ、長い青竹色の髪を、ポニーテールのように一つ結びした、中性的な見た目の青年が、険しい顔立ちで、原野を睨んでいた。
「俺の名はメシル・ヴィラルシル。この国のメサイア、もとい騎士団の騎士団長だ‼『侵略者』、ここでお前を討つ‼」
「き、騎士団長⁉」
思わぬ強敵の登場に驚いて、原野の肩がビクッと跳ね上がる。
「お前がここに来ることは予想済みだった。この刀を探しているのもなぁ‼だが、この刀は渡さん‼我ら魔人の実力のさらなる向上、また、厄災を防ぐため、この刀は渡すことは出来ん‼」
メシルが草薙剣を高々と掲げ、大きく宣言する。その言葉を聞いて、原野が盛大にため息をついたあと、
「取り敢えず……奪うしかないのね……。」
「どうしてもこの刀が欲しければ、この俺から奪い取ってみせろ‼そうすれば、お前のことは見逃し、この刀をお前らにかえす‼騎士団長として、ここに誓う‼」
中性的な美形の顔とは真逆の性格のメシルを見て、原野が更にため息をついた。そのため息に「なんだ?」と聞いたメシルの方を見て、原野がうんざりしながら言い放った。
「あんまり好きじゃないな。そういう暑苦しい性格。」
「なぁっ⁉」
その言葉が刃となり、メシルのメンタルに深々と突き刺さり、過去最大ダメージを負わせる。片膝をついて、メシルが胸を抑えて唸る。
「まさか……この鋼の精神をことごとく打ち破るとは。お前、なかなかの手練のようだ。全力で行くぞ‼」
「だから、そういうのが面倒くさいって言ってるの。顔と合ってないよ性格ブ男。」
「ぐはぁっ⁉」
今までブ男なんて言葉言われたことのないメシルは、原野の言葉で更にメンタルが切り刻まれ、何故か鼻血を出しながら項垂れる。
「く……話しただけでこのダメージ。やはり只者ではないな‼」
「………『絶手』。」
「今度は魔術攻撃か‼いいだろう。受けて立つ‼」
メシルは草薙剣を持っているのにも関わらず、腰の剣を引き抜いて、目にも止まらぬ速さで全ての『絶手』を斬り裂いた。
それからも何度も何度も原野は言葉の刃と『死者の怨念』を使ってメシルに攻撃していたが、騎士団長というだけあって、その実力は本物で、その場から一歩も動かずに、全ての『死者の怨念』を斬り裂いてしまった。
「どうした‼言葉とは裏腹に、実力は大したことがないようだなぁ‼」
「うるさいわね‼一言一言ムカつくのよブス‼」
「ぐおっ⁉や、やるではないか……。ならば、それに答えるべく、俺も全力を出すのみ‼」
メシルが全身に力を入れ、魔力を練る。そして、先程の二倍ほどに魔力がました。
「さぁ、行くぞ『侵略者』‼」
メシルは剣を両手掴んで構え、原野に宣戦布告をする。それをまたため息で対応した原野は呆れ顔で言い放った。
「私があなたと戦う必要がないわ。」
「な……、何故だ⁉」
「だって………『棺』。」
原野がつぶやくと、白い棺が出現し、原野はその中に飛び込んだ。メシルが首を傾げていると、もう聞き慣れた暴言とともに、嫌な呟きをされる。
「ほら、草薙剣、放り捨ててるじゃない。馬鹿男。」
「………あ。ああああああ‼しまったあああ‼」
「本気で気づいてなかったの⁉馬鹿なの⁉あまりに無造作に置くものだから、罠だって警戒したじゃない‼」
メシルがやらかしたと頭を抱え、原野がそれが本気であることを罵倒する。罠かもしれないと警戒していた徒労を無かったことにして、原野は草薙剣を掴み上げ、
「それじゃあ……金貸百枚と、この珍しそうな小さな彫刻。それと草薙剣。頂いていきます‼」
「なっ⁉待て‼『侵略者』‼」
「私の名前は『侵略者』じゃなくて原野です‼」
「待て‼原野ぉぉ‼」
「捕まるとわかってて待つ馬鹿がいるわけ無いでしょう‼」
原野は全速力で財宝の合間を走り抜け、金貨を百枚前後盗んでから、石版に左手を翳す。
「待て‼待ってくれ‼原野‼」
「もうさっきから何よ‼私を捕まえようったってそうはいかないわよ‼」
「違う‼そうじゃなくて‼」
メシルはあまり息切れしていない様子で、必死になりながら原野を引き止めて、本気の表情で訴えかける。
「俺はその紋章を持っていないから、ここから出られないんだ‼だから‼頼むから一緒に出させてくれ‼じゃないと、あと三日間はこの部屋で過ごさなきゃならないんだ‼頼む‼」
「………はい?」
土下座しながら謎の言葉を放つメシルを、原野は蔑んだ視線で見下ろしながら、どうするべきか考える。
「追いかけるのは、出てからにする‼今は危害を加えないから‼頼む‼」
必死に懇願しているメシルを見て、出してもいいかなと思い始めていた頃、メシルが言い放ったこの言葉で、その考えを全力否定する。
「いいわけ無いでしょう‼そこで三日間おとなしくしてなさい‼」
「待て‼待ってくれ原野‼原野ぉぉ‼」
メシルの願いも虚しく、原野はその声を無視して保管庫を去っていった。