苦しんだ結末
鉄格子に閉じ込められて、動けなかった。何も出来なかった。止められなかった。
言い訳を並べた。意味が無いこととわかった。嫌なものから目を背けた。嫌なものは瞼の裏にあった。聞こえないふりをした。音はしっかりと心に響いていた。
苦しくて苦しくて苦しくて、耐えられなかった。
込み上げてくる激情と、それを上回る悲しみが、全身に駆け巡るように広がって、それが気持ち悪くて、もう何度も死のうとしたのに、それすらしたかどうかも怪しいほどに記憶が混濁していた。
「…………。」
また、鉄格子に手をかける。必死に引っ張ったり押したりして折ってみようと試みるが、失敗に終わる。やる気がなくなって、直ぐに止める。
『無駄だよ、快斗君。』
体育座りをしながら膝に顔を埋める快斗にそういったのは、リアンだ。
『君がどれほど苦しんだって、僕は君を可哀想だとは思わない。運が悪かった。君はそう言う運命があった人間だったんだよ。だから………諦めて、ね。』
リアンの声がだんだん小さくなる。これは快斗に対して話しかけるのをやめる合図。、
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「………天野。」
ヒバリは快斗の真正面に立つ。快斗は無言でヒバリを見つめ、それから直ぐに草薙剣を構えた。
向けられた刃の少し上から見える赤い目からは、完全な敵意、殺意を感じ取れた。
肌がピリピリと痺れるような感覚を味わい、ヒバリは口を強く噤む。
悲しかった。皆を殺してきたのが、目の前の最愛の男であると言う事実が確定してしまった。
「まぁ、疑っていたわけでもないがな。」
ヒバリも剣を構える。2人の構えは全く同じ。睨みつけるように鋭い視線が交差する。世界を滅ぼした者と、世界最後の剣士が、綺麗な花畑の真ん中で剣の切っ先を向け合った。
快斗の足が少し下がって力が込められる。その動作で、快斗が飛び出そうとしていることが分かった。
ヒバリの瞳が赤色に染まり、髪から色が抜けて白く薄く変化する。溢れ出る魔力に髪が揺れ、花が揺れる波紋が円状に広がっていく。
そしてヒバリは剣を握りしめ、快斗と同じように踏ん張った。
「「……………ッ!!」」
互いに同タイミングで地面を蹴りあげた。ヒバリは快斗の速度に合わせるために全力で走り出した。地面がえぐれて、花畑が2人の駆け出しの余波だけで荒れた。
快斗が草薙剣を少し引く。ヒバリはその動作を見て、快斗が突きでヒバリの心臓を貫こうとしているのだと理解する。
時間は走馬灯のように遅くすぎていく。2人がぶつかり合うまでの間、ヒバリの思考は加速する。
受けるか、流すか、無視して攻めるか。どの部位に攻めるか、どのような軌道で斬撃を返すか。『剣聖』として、この瞬間、剣の動きを誰よりも精確に考え込んだ。
しかしそれに混じって、様々な記憶が割り込んできた。
『俺はお前を助ける。』
快斗との地下牢の鉄格子越しの会話。第一印象は決して良くなかったが、それでも話していて嫌になるような人ではなかった。
ライトとも仲良くなって、国民も助けて、共に修行して、世界を救って………1年しかいなかったのに、何年も時を共にしてきたような気がしていた。
神のお告げが来た時は世界もおかしくなったと頭を抱えたが、今では快斗と出会えたので良かったのかもしれないと思ってしまったりもしている。
忘れもしないのが、快斗が身を呈してヒバリを起こしてくれた時のこと。
もう何度感謝したか分からない。散々謝罪と感謝の言葉を快斗に投げかけたが、快斗は感謝だけを受け取って謝罪は一切聞かなかった。
快斗が教えてくれたこと。快斗と一緒にいて感じたこと。快斗に対して抱いた感情。全てが愛おしくて、美しくて、忘れたくも穢されたくもない。
出来れば快斗と出会うなら、神のデスゲームなんかではなくて、もっと普通に、普通に出会って恋に落ちていれれば良かったのにと思った。
そんなことを考えてしまったものだから、快斗と居たから得たものよりも、快斗自身が1番愛おしく感じた。
感じてしまった。
「私は、お前に溺れているのかもしれないな。」
地面を強く踏む。快斗も地面を踏む。2人の重心が低く下がり、それと同時に空気が重くなったような感覚を得た。
互いの刃が相手に迫る。
愛おしかった人に刃を向ける快斗。
愛おしい人に刃を向けられるヒバリ。
2人の殺意が交差し、そして死との境目がどんどんと近づいて…………
「ふ………」
ヒバリが微笑んだ。
直後、大量の血が2人を取り囲むように舞った。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
落ちていく。落ちていく。落ちていく。落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちていく落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちていく落ちて落ちていく落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて落ちて……………
「…………は、え?」
目が覚めた時に見た景色は、真っ赤に染る恋人だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
蘇る。大切な人達を失う衝撃を。失った理由を。
脳内を支配する。悲鳴と血飛沫で全てが真っ赤に染った惨状を。誰かに支配されていた恐怖を。
そして、目の前で血を流している恋人を指している自分の手が、今までの惨劇を見過ごした自分自身が………許せなかった。
「………なん、で………?」
訳が分からず混乱する頭。急にねじ込まれた記憶の衝撃に耐えきれずに血の涙を流し始めた少年、快斗は目の前というより、視界全てを支配する愛おしい恋人、ヒバリに彼女の行動の真意を問うた。
ヒバリは手に持っていた剣を捨てて、快斗を受け入れるかのように優しく抱きしめていた。
その胸を草薙剣が貫通し、鮮やかで美しい赤い血が、草薙剣について滴り落ちていた。
ヒバリは口端から血を流し、されど辛そうな顔を快斗に見せることは無かった。
ヒバリは快斗に対して、小さく呟く。
「愛おしい者を、斬れる、と、思うか?」
ヒバリが膝から崩れ落ちる。快斗はヒバリを支えようと一緒に倒れ込む。
「ヒバリ!!ヒバリ!!」
久々に会った恋人。血を吐き血に伏せるヒバリを見て、快斗は発作を起こしたように彼女の名前を連呼する。
表情は悲しみに支配され、焦りが見て取れ、ヒバリをなんとかして助けようと奮闘していた。
「………あま、の………」
ヒバリはてをゆっくりと上げて、快斗の頬に添えた。快斗は涙を大量に流しながら、されどヒバリのその手を退けることをせずに受け入れた。
ヒバリはそれに安心したように深く息を着く。
「すま、ない………」
「何で………何がどうなって………ッ!!何でヒバリが死にかけてんだよ!!何で……俺の剣がぶっ刺さってんだよ!!」
ヒバリの肢体を貫くのは草薙剣。快斗は剣を抜きたかったが、抜けばそれこそ傷口が開いて大量出血でヒバリが死ぬ。
他人を回復させる術を持っていない快斗は、記憶の混濁に脳内を掻き乱されながらも必死にヒバリに呼びかける。
「死ぬな!!ヒバリ!!誰か、誰かを………ぁ………」
快斗が振り返ると、すぐ側に炎が迫っていた。それを見てハッとする。今世界は炎に包まれていて、今こうして2人がいるところが最後の場所なのだと。
いつもなら胸を貫かれたくらい、誰かの回復術でどうにかなっていた。誰かが助けてくれた。助けることが出来た。
それなのに、その術を自ら捨て去って、そしてこのザマだ。笑うことすら出来ないほどに滑稽だ。
「うぅ…………」
「無理すんなヒバリ!!今なんか……なんか思いつかねぇか………クソッ!!」
荒ぶる快斗。必死に探す。目の前の瀕死の恋人を助ける方法を。
しかしそんなものはない。先程自分で全部壊してしまったんだから。
「あまの………」
「ッ、口開けんじゃねぇ!!全部出てっちまうだろ!!」
涙を流しながら強く言う快斗。大事な人を失ったことを急に理解した頭はどうしていいか分からず、快斗を泣かせ続ける。なので、正常な判断など、出来るはずがない。
「聞いて、くれ………」
「………ぁ…………」
ヒバリが震える手のひらを快斗の頬に添える。快斗はそれを上に自分の手を重ねて抑える。ヒバリは安心したように目を細め、口を開いた。
「わた、しは、お前と、過ごしてきた日々を………決して忘れない………」
「は………ぁ………」
「ライトと、仲良くしてくれて……ありが、とう……国を、救ってくれて………ありがとう………世界、を守って、くれて………あり、ぁとう………私を好きになってくれて………ありがとう…………」
「ぁ、ぁぁあぁ………」
手から力が抜けていく。止めたいのに止められない。全部全部、勝手に流れ落ちていく。
口元を血で染めたヒバリは、強く手を握ってくれている快斗と目を合わせる。それから、ゆっくりと、穏やかに微笑んで、
「世界で1番…………愛してる…………」
最期の言葉を口から零した直後、ヒバリはゆっくりと、息を引き取った。
握りしめていた手が重くなる。入っていた力がなくなって重さが全部かかる。
目の前の人が、ただの死体に成り下がっていく様を、快斗は見ていることしか出来なかった。
「ぁ……あ……………」
ヒバリの美しい髪の毛に火が燃え移る。髪を通じて体に引火し、ヒバリの死体は原型をとどめることも無く、炎に巻かれて焼け消えていく。
何もすることが出来ず、ただ聞くことしか出来ず、答えを求めても教えてくれる者もいない。
たった独りだ。
こんな状況で、行き場のない感情が渦巻く快斗が耐えられるはずもなかった。
「あああぁぁぁあぁぁぁぁあああぁぁぁあぁぁぁぁあああぁぁぁあぁぁぁぁあああぁぁぁあぁぁぁぁあああぁぁぁあぁぁぁぁあああぁぁぁぁあああッッ!!!!!!」
黒い魔力が稲妻のように快斗を中心に拡がっていく。紫炎が黒に塗りつぶされる。魔力に世界が押しつぶされて、完全にその形を、存在自体を失っていく。
時空がひび割れて、少年の悲痛の叫びが響き渡る。
血涙が流れて瞳が裂けて爆発して、あまりに叫び声の勢いが強すぎて、体内の内臓が声に引っ張られて口からぶちまけられる。
それでも悲鳴は止まらない。皆を殺した記憶がありありと鮮明に思い出され、快斗の自分に対する怨念が膨れ上がり、闇へと変換されて世界を荒らす。
爪で目を貫き、脳を掻き毟る。吐き出された内臓を両手で何度も叩き潰し、その動作のせいでエレストが完全に崩壊する。
精神も身体も崩れ落ちてぐちゃぐちゃになっているかのように錯覚して、否、実際そうなった快斗は自分が死んだのかどうかすら意識する間もなく自分を恨み続け、永遠に終わることないであろう自責の念が、彼の魂を崩していく。
壊れて壊れて壊れて壊れて、なんにも見えなくなって、なんにも聞こえなくなって、なんにも感じなくなった快斗の精神に、ふと、1つの声が響いた。
『キュイ』
小さな可愛げのある鳴き声が聞こえた時には、世界そのものは、快斗の暴走によって、完全に崩壊してしまった。
バリンと弾けて1つの世界が、またこの世から消えてしまった。
それを、見ている3柱は、それぞれの反応を見せていた。
1柱の聖なる神は嘲笑い、1柱の破壊神は嘆き悲しみ、誰も知らない場所で1人全てを見通す少女は、表情を変えることは無かったという。
『全く、滑稽な事だよ。』
そう言って聖なる神リアンは、死にゆく前に、『天野快斗』を拾い上げたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「………う、うぅん………?」
「あ、目覚めた!!先生!!黒本さん起きました!!」
黒い髪を持つ、顔のいい少女、黒本は知らない天井を見て困惑した。
最後に見た景色は確か、クラスメイトに刺された場面だったはず。
不思議に思って起き上がろうとすると、体全身に激痛が走って動けなかった。しかし首だけは動くので、左右に動かして見てみると、そこには見知った顔がいくつもあった。
「いやーガチで焦った。あれって夢なんかな?」
「こんなに大人数で同じ夢を見るって、それもそれで異世界転生と同じくらいすげーな。」
遠くから聞こえる男子の声。聞いたことのある声だったので、黒本は落ち着いて息をする。
「お前らー。安静にしとけよー。寝ている奴らもいるんだから騒ぐんじゃないぞー。」
気だるげな担任の声が聞こえてきた。そちらの方向を見ると、担任は見えなかったが、いくつもの医療機器と、自分の手に繋がっている点滴を見つけた。
そして黒本は察した。自分が、あのバスの転落事故から助かったことを。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ある中学校の3年生の1クラスが、クラスの男子の1人の暴走により、崖からバスごと転落するという大事故が起こった。
しかし奇跡的に、クラスメイトの大半が生き残ったらしい。後方を走る別クラスの教師が適切な対応を取り、駆けつけた救急隊によって生徒達は助かったのだ。
かなり危ない状態の子や、死と生の狭間を彷徨った子も居たが、2ヶ月後には皆意識を取り戻し、順調に元の生活に戻って言った。
その助かったクラスメイト達が口を揃えて言ったらしい。
『私達は異世界へと転生して、あるクラスメイトと戦った。結果は惨敗だったが、こうして生き残っていられたので良かった。』
それを聞いた世間の人々は冗談かと思っていたが、バスガイドや担任までそう言うものだから、ネットの掲示板ではこの話題で2年ほど持ち切りになった。
何故かって?それが随分と筋が通っている話だったからだ。
特に驚くべき部分は1つ。
生き残っていない生徒3名が、皆が敵だったと口にする生徒達であったということだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「大変気の毒でしたね。」
そんな気のない声掛けに、黒本は嘆息する。
「気の毒になんて言うんじゃないわ。私が凹んでるみたいじゃない。」
「大切なお友達だったでしょう?」
「今となっては敵よ。二度と会いたくないわ。」
「そうですか。」
豪華な椅子に座る黒本の目の前に、上品な香りを放つブラックコーヒーが置かれた。それを淹れた、燕尾服をきた男性はふっと微笑んで、台所の食器を片付け始める。
「あなたが死んだかもしれないと、私は心底心配しましたよ。」
「そう、お疲れ様。」
黒本はコーヒーを速攻で飲み干して席を立つ。飲み干したティーカップをそのままに、黒本は玄関へと向かう。
それから靴を履き、高校の制服を身にまとった彼女は、最後に鏡で寝癖がついてないかを確認してからドアを開ける。
「行ってらっしゃいませ。」
後ろから先程の男性がそういった。黒本は一瞬だけ振り返ると、少しだけ口角を上げて、
「処理の準備しといてね。今日は5人殺るつもりだから。」
そう言い残し、ドアから手を離して通学路へと向かうのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「不思議だね………君はこれほど壊れているというのに、何故死なない?何故君はその体にそんなにまで粘着しているんだ。」
リアンはほぼ死体のような、重体の快斗を見下ろしてそういった。リアンが座る椅子の横には檻があり、その中ではピンク色の髪をした破壊神ネガが、傷だらけの状態で眠っている。
「憎たらしいね……その体は、君が待っていていいものではない。そのはずだ。間違ってない。なのに、なんでその体は君をそこまで受け入れるんだ……。」
呆れたように頭を抱えるリアン。ため息が何度も吐き出され、疲れが見て取れる。
そんな彼に、快斗が小さく口を開いた。
「………して、…………」
「ん?なんだって?」
小さすぎて聞こえなかったので、リアンが聞き返すと、快斗は文字通りぐちゃぐちゃになった顔を向けて、
「殺して、くれ………」
と、醜く懇願した。
「……ふ、あは、あはははははははは!!!!」
リアンは抑える様子もなく、快斗を全面的に馬鹿にしたような笑い声をあげる。
「あぁ、そうかそうか。君はもう生きる意味を見いだせなくなったのか。はは、傑作傑作だ。僕は君ほど醜い人間を見た事がない。まぁ、殺ったのは君とはいえ、殺らせたのは僕だけどね。」
悲しみに暮れて世界を壊した大罪人。リアンは快斗の前に立つ。そしてくしゃくしゃになった髪を引っ掴んで持ち上げると、その顔を覗き込んで言い放つ。
「いいよ。最初からそのつもりだったし、君が望むならそれでいい。」
リアンの手が輝き出す。それは聖神ゆえの能力。魂に直接干渉する力。
「僕の神力は『傷害』。あらゆるものを傷つける。それが君の思考であっても、精神であっても、魂であっても、僕の攻撃は必ず傷をつける。」
エネルギーが手に集まっていく。リアンは歪めた口元を元に戻して、真顔で快斗に向き合った。
「哀れな悪魔に魂の救済を。君の魂が完全に傷ついて壊れ果てるまで、僕は手を緩めない。」
快斗を空中に放り投げる。光り輝く手のひらが、落ちてくる快斗の心臓部に近づいていく。
「それじゃあ、消えてなくなるまで傷つくんだね。」
リアンが力なく落ちてくる快斗の心臓部に手を滑り込ませようとした。それは魂を外側から容赦なく、いたぶるように削り取っていく攻撃。
それが、当たらなかった。
「ん?」
当たらなかったのではなく、避けられたが正しい。
「………君、それは………?」
いや、避けられたのではない。避けさせられたのだ。
避けるべくして避けたのかもしれない。それは、快斗がリアンの攻撃を避けられた理由による結論だ。
リアンは快斗の状態を見て、不敵に口角を上げる。
それは、快斗に対する嘲笑ではなく、同情を含んでいる笑みだった。
「面白い面白い!!運命は君を見放さないようだ!!ここで終わらせてくれないのか。運命はなんて残酷なんだろうか。」
リアンがそう語る理由は、快斗の足に巻きついた緑色の細い鎖。その鎖は見た目に反して頑丈で、足に強く巻きついて離さない。それは地面、下界から伸びているもので、快斗をまた下界へと召喚しようとしてようだ。
ずるずると快斗が引きずられ、快斗は召喚に彼の意志関係なく応じる。
「ぁ………あぁあ………」
快斗が求めたのは『死』という救済。しかし、それは叶わぬ望みのようだ。リアンの『傷害』が快斗の魂を破壊するのに間に合わない。
だから、
「下界を使うとしよう。」
引きずり下ろされていく快斗を見下ろし、リアンは微笑んだ。それから快斗の頭を掴んで、
「ただ降ろすだけじゃつまらないから、2つのものを、僕が預かるとしよう。」
そう言ってさっと手を離す。地面にズブズブと埋もれていく快斗は何本か指を失った左手を伸ばして救済を最後まで求め続けた。
しかし、誰もそれには答えてくれなくて。
そして快斗は、意図ありか意図せずか、定められた運命に縛られ、また地の底へと落ちていった。
「頑張って、快斗君。」
リアンはそう呟いて、また座るために、横に檻が置いてある椅子の場所へと向かうのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
雲の上の木の下で真っ白な少女は下を見る。壮絶な破壊と絶望が繰り広げられ、1人の少年がまた最悪な運命に巻き込まれている。
その少女が決めた運命を、少年、『天野快斗』はどう受け入れるのか。
そこから得るであろうものを、少女は楽しみにしていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
緑色の暖かい光に包まれて、『天野快斗』は世界に顕現する。
鎖で繋がれていた足は解放され、体は妙に軽かった。
「…………。」
見放された恐怖と悲しみに、快斗は涙を流す。頬を伝う涙が、地面に落ちた時、快斗の真上から声が響く。
「…………大丈夫?」
それは、快斗の鼓膜を細かく揺らす小さな女の子の声。薄くか細い声の主は、顔を上げた快斗の目の前にいた。
傷だらけの肌。汚い服と水色の髪。そして、唯一綺麗な緑色の瞳を快斗に向け、その少女は心配そうに快斗の流す涙を拭って、
「………泣かない、で……。」
優しく快斗の腰まで伸びた白い髪の生えた頭を撫でた。それが暖かくて、嬉しくて、救われたような気がして、一瞬だけ許されたような気がして口を開いた。
「ッ………。」
そして、快斗は声が出なくなった、喉仏のない喉を抑えて。