悲しみに暮れた世界
「ッ!?」
城壁が破壊される轟音に、ヒバリは即座に振り向いた。綺麗な黒緑色の髪が乱暴に揺れて、整えられた髪型が一気に崩れた。
既に紫の炎を退けたあと。今から帰還しようとしていたのだが、そんな矢先、だ。
自分の中にもある魔力の反応がして、何が来たのか察した。世界最後の安置が侵される。巨大な炎の斬撃が戦う『侵略者』達を飲み込んで跡形もなく焼き尽くす。
馬を走らせず、家の屋根を走りながらヒバリは炎の動きをじっと見つめていた。轟轟と、遠くにいるヒバリにすら熱が届きそうな程に大きく自由な炎は、一直線に王城に向かっている。
「ッ………!!」
ヒバリは歯を食いしばって、内側に秘めた魔力を解放しようとする。蠢く黒いものがヒバリを侵食し、代わりに髪から黒を奪う。
瞳は真っ赤に染って、全身に滾る力が爆増した。
そして風になり、その場に急いで駆けつけようとして、
「なっ!?」
突如、巨大な氷が炎を突き破って天へと高く伸びた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
城壁を突き破って入ってきた快斗。草薙剣を強く握りしめながら、1歩1歩歩みながら鋭い目で城を睨みつけている。
その怒りは何に対してのものでもなく、単に自分へと向けた怒り。だが、それは誰が自分に向けて怒っているかも、何故怒っているのかも、今の快斗には分からない。
「ねぇ、こっち見て。」
城を睨みつけている快斗に、前から無愛想な声がかけられた。快斗がその声に視線を下げると、そこには大剣を背負った1人の女性がいた。
ぶっきらぼうな顔を快斗に向け、敵意を剥き出しにしたその女性は大剣を背中の鞘から抜き取ると、地面に突き立てる。
「敵を前に、いい度胸。」
「……………。」
「でも、今の貴方なら、私も敵じゃない。」
その褐色の肌を持った女性、エレジアは大剣を肩に担いでため息をついた。
快斗は何も言わずに、草薙剣を構える。その強い殺気に気圧されかけるが、エレジアはなんとか持ちこたえて大剣を構える。
一瞬後ろを振り返る。そこには残った沢山の冒険者などの実力者と、城から見下ろす隻腕のベリランダがいる。
安心までは出来ないが、それでも同じ敵を持つ仲間はいる。
それを確認してからエレジアは快斗に向き直り、目を細めてこう言った。
「やっぱり君は、人を不幸にする。」
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「はぁ………無理ッ………」
快斗の襲撃に、ベリランダは肩で息をしながら呟いた。
頬や足にかすり傷がいくつも出来ている。血が吹き出して肌を滴り、肌が全て真っ赤に染っているように見える。
痛みに歯を食いしばっていると、遠くから炎が猛攻を仕掛けてきた。
「『牙狼氷城』!!」
氷の壁が出来上がり、炎を正面から受け止めて爆発する。高熱に氷が一瞬にして蒸発してベリランダは爆風に吹き飛んでいく。
「あぐっ!!」
地面に受け身すら取れずに落ちて背中に激痛が走る。背骨に強い衝撃が伝わり、ヒビが入ったか、折れてしまったようだ。
「はぁ………最悪………。」
地面に大の字で寝転がり、氷の塔や燃え広がる炎。死んだ人間達が次々とベリランダのいる場所に落ちてくる。
爆発音が響き渡り、強い波動が地面を伝わってベリランダが跳ねる。
「ああああああああぁぁぁッ!!!!」
遠くで叫ぶ女性の声が聞こえてくる。それは快斗に向けて大剣を振り下ろすエレジアの声で、ベリランダが援護するはずの四大剣将は今も悪魔に挑んでいるようだ。
「早く………向かわないと……ねっ。」
痛みを耐えながら、残った片腕で何とか体を起こし、『サイコキネシス』で飛び上がって行こうとした時、
「んぐッ!!」
氷を突き破ってエレジアが吹き飛んで来て、城門にぶつかって勢いが消え、ゆっくりと落ちてきた。
「『サイコキネシス』!!」
地面に頭から落ちる前に、ベリランダがエレジアを受け止める。
「あふぅ………」
「はぁ、災難ね………」
大量の血を流すエレジアは、気の抜けた声を出し、四肢をだらんと下げていた。右手に握られていた大剣は刃半ばからへし折れて、もうほとんど使い物にならなくなったことが見てとれる。
城の上から氷を操って快斗の攻撃の余波を防ごうと奮闘していたのだが、簡単にその壁を蹴り飛ばされてしまい、壁が城に寄りかかる形で倒れ込んでしまった。
今は何人もの兵士や戦士が快斗に挑んでいるだろうが、ここにいる人間で一番強いエレジアがこのザマなら期待は出来ないだろう。
ヒバリが戻ってくることを願いつつ、快斗がここにいるということは、前衛に配置されていたライトが死亡したことを意味しているので、それを知って欲しくないという気持ちが入り交じっている。
と、爆音が響いて氷と瓦礫の壁が突き破られた。
「は………」
大量の血と臓腑が飛び散り、人だったものが沢山降り注いだ。
胃液と排泄物の匂いが充満し、しかしベリランダは吐き気を覚える前に恐怖を覚えた。
こちらを見すえる瞳に映るのは、震えて動けない獲物。快斗から見ればベリランダなどただの羽虫に過ぎない。
「はぁ…………私も遂にここまでかなぁ…………」
快斗が向かってくる。ベリランダは天を仰ぎ、かつての師匠を思い浮かべて大きくため息をついた。
それから残った片腕を快斗の方に向けて、
「素直に死んでなんてやらないんだからぁーーッ!!」
そう叫んで氷結魔術を放った瞬間、
「あれ?」
ベリランダが想定していたよりも3倍ほどの規模の氷が瞬時に出来上がり、快斗の胴体にもろに突き刺さって天高く突き上がっていった。
「へ?なんで?………なんでこんな威力………」
「それは、僕のおかげだよ。」
「ッ!!」
後ろからカラカラと車輪が回る音と柔らかな声がして、ベリランダは即座に振り返った。そこにいた人物は、細い剣を持って車椅子に乗っている青年だった。
「リーヌ!!」
「と、ユリメル君ね。」
「ふわぁ………眠い。」
車椅子を押してきたのは、手刀使いのユリメル。そしてその車椅子の上に座っているのは他でもない。死んだと判断されていた四大剣将、リーヌだった。
「どこ行ってたのよ………!!」
「ごめんね、逃げながらここに向かってくるのは結構辛かったんだ。ユリメル君に頑張ってもらったんだよ。」
「途中に会った魔獣とか、全部僕が片付けたからね………大変だった。」
一応実力はあるユリメルは、リーヌのバフを受けながらここまでなんとか逃げ凌いできたらしい。ユリメルの手は既にボロボロになっていた。
「こんな世界になっちゃって………最悪だね。」
「あの悪魔……いつまで暴れるの?」
「知らないわ。私達が死ぬまででしょ。」
命の恩人であると言っても、世界の敵となれば流石に擁護もできない。ベリランダにもし快斗を凌駕する実力があるのならば容赦なく殺す。
だが残念ながらそんな力はなく、現に叩きのめされているのはこっち側だ。
「僕も援護する。」
「ありがたいけど…………いいの?」
「あっはは。戦える四大剣将の最後の子も、こんなになっちゃったし………世界の敵とくれば、四大剣将がのこのこ逃げる訳には行かないでしょ?」
「今まで逃げてたくせに?」
「痛いところを突くなぁ。まぁいいでしょ。死に際くらいかっこつけさせて。」
車椅子を自分で進めて、リーヌはベリランダの隣に並んで快斗を突き飛ばした先を見上げる。氷の城のように高いその頂点には、戦士達が放つ大量の魔術が雨のように降り注いでいるだろう。
そして、それをものともしない快斗が戦士達を一瞬で皆殺しにするだろう。
今はどこら辺だろうか。ベリランダはまだ魔術を受けてくれていればいいなと思ったが、
「………はぁ?」
また新たな死体を突き飛ばしながら、快斗が戻ってきた。返り血で白髪が真っ赤に染まり、一瞬誰だか分からない。
「あんた、本当にぶっ壊れてるわね。」
「行くかい?」
「当たり前よ。亡くした片腕、その落とし前はつけるわ。」
「私、も………」
折れた大剣を突き立てて立ち上がるエレジア。出血多量で貧血。水分不足で脱水症状。あらゆる関節がねじ曲がって、動く度に激痛が走るが、
「私も、四大剣将、だから………」
回復魔術さえ受けることを考えず、エレジアは死に対する恐怖を投げ捨てて快斗に挑むことを望む。
ベリランダは強く頷くと、細い足で1歩を踏み出して叫ぶ。
「行くわよ!!」
多種多様な魔術が展開され、世界で最も優れた魔術師の本気が快斗に降り注ぐ。一撃で村ひとつを壊滅させるほどの威力の魔術。それら全て、1発たりとも快斗には当たらない。
代わりに、
「ぶっ」
背後にいたユリメルの首が飛び、不快な音が聞こえた途端に血が吹き出して体が力を失う。
「ッ………『猛れ』!!」
「『千壊波動』ッ!!」
快斗が吹き飛ばされる。
「見てなさい!!魔術師の最骨頂をッ!!『混濁嵐』!!」
風、雷、炎、水、氷、土、時、空、光、闇。思いつく全ての属性を含んだ竜巻が、快斗を挟み込むように展開。城門を吹き飛ばし、その中心地はこの世界で最も生きるのが困難な場所であるだろう。
その魔術は、フーリエが最後に行き着いた、全属性を操る神業。
しかしそれは、ベリランダにとってはあやとりのようなもの。全世界の魔術師がどれほど願っても使えないような超高等魔術も、ここでは足止めに過ぎなかった。
「『千雷槌』!!」
青い雷が嵐を穿つ。千の雷が嵐を飲み込み、神業を神業が超えてしまった。
まだまだ。
「『万空』!!」
空が歪んで捻れる。空間がねじ曲がったことで重力がイカれ、上向きの超重力に快斗が跳ね上がる。まだ残る千の雷に打たれながら、更なる追撃を受ける。
「『隕石』!!」
空が割れ、ひび割れて裏側が覗く。そこから巨大な岩が堕ちてきて、快斗を押しつぶすように地面に落下する。
「『悲願』!!」
地面に大量の赤い花が咲き乱れ、隕石に押されて落ちてきた快斗が花に触れた途端、隕石ごと動きが止まる。
花が生えた地面がめくれ上がり、快斗と隕石を包み込む。それがどんどん小さくなり、遂にはポンと音がしてその場から消え失せる。
「はぁあ!!『超破裂』!!」
ベリランダが何も無い虚空に向かって叫ぶ。すると、割れていた空のヒビの中から、色鮮やかな爆炎が空に向かって吹き出した。
『悲願』は、花に触れた物体を質量や法則を無視してベリランダの異空間へと連れていく魔術。フーリエが開発した、他者を無理やり異空間へと連れ込む『道連れ』をベリランダ風に改良した新魔術だ。
「閉じ………」
ベリランダが両手を合わせて、そのまま異空間を閉じようとした時、バリンと大きな音がしてひび割れが一気に広がった。
それに伴って、ベリランダの頭に激痛が走り、魔術を維持できなくなった。
「あぐぐ………」
痛みに跪くベリランダ。それをリーヌが心配して駆けつける前に、ひび割れから黒い影が墜落してきた。
強い殺気に、リーヌが振り返る前にエレジアがかけ出す。
「『土天壊明』!!」
折れた大剣が地面に叩きつけられる。その瞬間、リーヌに一直線で向かってきた黒い影、快斗の動きが鈍くなった。
「『万空』!!」
刃を振り下ろす前に、快斗が後ろに引き戻される。
重力魔術の応用魔術、『万空』。ブラックホールが超重力を発する惑星であるように、ある特定の空間に重力を与え、それを凝縮することで擬似的なブラックホールを作り出す。
最も、作る場所や意識が少しでもズレるととてつもないエネルギーが発せられ大変危険なのだが、ベリランダには屁でもない。
が、『万空』の持続時間は一瞬。直ぐに快斗がこちらに駆けだす。
エレジアが地面を強く踏み締めて言う。
「リーヌッ!!あれをッ!!」
「そんなことしなら君はッ!!」
「どうせ変わんない!!早く!!」
リーヌは腰の細い剣を抜いてエレジアに向ける。剣が輝き、リーヌの細い腕から自然と離れてエレジアの体に深々と突き刺さった。
「その身を投げ打ち、眼前の敵を討ち果たせ。
『壊身超我』!!」
エレジアから発せられる魔力が飛躍的に上昇し、物理的な力も魔力的な力も同時に限界を超えて強化される。剣は体から抜け、リーヌの手元に戻る。
いわゆる限界突破。エレジアは命を引き換えに、快斗と戦う土俵を得た。
「ぁぁぁああああッ!!」
「…………。」
1発振り下ろした大剣。躱された斬撃が地面をつたわり、遠くの城の壁を大きくヒビ割らせるほど強い衝撃が伝わる。
「『地震』」
地面が1段跳ねたように錯覚するほどの揺れが一瞬だけ起こった。快斗が地面に片足を着いたタイミングだったため、バランスを崩してくれた。
「せぇえあ!!」
血で鈍色になった刃が快斗の首に向かう。それほど速くはないが、快斗の体勢から対処は難しい。
はずだったが、
「ッ!?」
どん、と音がして快斗がありえない速度で動く。
凹むほど強く地面を踏み締め、エレジアの振られた大剣を右手の親指と人差し指で挟んで受け止めた。
エレジアは快斗の顔を見て歯噛みする。殺すまでは行かぬとも、ダメージは与えたかったと思った。
今は開かない右目を中心に、十字架が描かれ、左目の赤色の瞳は細くなり縦目になっていた。
エレジアが最後に見た景色は、快斗の憎たらしくも恐ろしいその顔だった。
「エレジ………!!」
リーヌが彼女の名を呼び着る前に、その胸には草薙剣が深々と突き立てられていた。鼓動していた心臓が異物の乱入によって機能停止。
全身に流すはずだった血液が体外へと流れ出てしまい、命の源を失っていく。
視界の端で、上半身を亡くしたエレジアの体がパタリと地面に落ちた。リーヌは胸に刺さった草薙剣を握って呟いた。
「く………これで、終わるなんて………」
剣を振るように鍛えられた腕ではない。故に強い快斗の手を押し返すのは不可能。
しかし、体を引き戻すのは出来る。
「逃げても勝てればそれでよしってね!!」
血反吐を吐きながらリーヌが後ろに飛ぶ。草薙剣が引き抜け、開いた傷口から血が一気に吹き出した。
「『壊身超我』!!『壊身超我』!!」
自身の足を剣で貫くリーヌ。2回魔術を唱えた瞬間、口から吐血してリーヌの体から力が抜ける。それでも快斗は油断せず、即座にだらんと落ちた首を切り飛ばした。
残りはベリランダのみ。隻腕の彼女に勝ち目はない。そう思って振り返った快斗の頬に、闇でできた釘が突き刺さり、そのまま下に下がって首をかっ切ろうとする。
それに驚く様子もなく、快斗は冷静に釘を引っ掴んで握りつぶす。
「ふぅ………もう、嫌な置き土産してったわね。」
ベリランダが浮かび上がる。彼女の言う置き土産は、リーヌが死ぬ直前に放った『壊身超我』。
実はリーヌが与えるバフの効果は、リーヌ自身のステータスに依存する。リーヌのステータスが高ければ高いほど、与えられるバフの効果もアップする。
元々のバフでも十分な程に強いのだが、『壊身超我』で強化されていたリーヌが放った『壊身超我』は、尋常ではないほどの苦しみと引き換えに、とんでもない力をベリランダに与える。
今のベリランダは、世界の半分を魔術で埋め尽くすことだって出来るような気がした。
「『千雷槌』!!」
先程の10倍の威力の雷が炸裂。快斗に降り注ぐ。今までは無視していても大丈夫だったが、10倍の威力となれば流石に放ってはいけない。
快斗は超高速で走り出す。ベリランダの周りを駆け回り、翻弄しようとしてみたが、ベリランダがしっかりとこっちを認識していたので、意味が無いと察する。
「見えてるわよ、このハエ虫!!『万空』!!」
真下に超重力。快斗が引き寄せられる。そして落ちてきた雷が快斗に直撃。重力に吸い寄せられて、快斗は雷が消えるまで苦しみを味わう。
更に追い討ち。
「『万空』!!『万空』!!『万空』!!」
快斗の後頭部。右手。左足の先に超重力を作り出す。すると快斗の体は4方向に強く引っ張られ、胴体ががら空きにある。
「ッーーー!!」
快斗が声にならない雄叫びを上げて四肢を引き戻そうとする。それを許すベリランダではない。
「堕ちろ!!『黒彗星』!!」
闇を纏った黒い小さな彗星が、超高速で快斗の鳩尾に直撃。貫通はしなかったが、あばら骨は何本か逝ったようだ。
もちろん1個ではない。手、足、頭、胴体に絶え間なく『黒彗星』が堕ちてくる。
流石に嫌になったのか、快斗が堪らず『魔技・巨獣の咆哮』で全てを弾き飛ばし、地面を蹴ってベリランダに踵を振り下ろす。
が、ベリランダには当たらない。短距離転移を繰り返し、快斗を翻弄する。
皆が繋いできた快斗へのダメージがここで効いてくる。
「私が、最後のアタッカーになってあげるッ!!」
快斗が『死歿刀』を放つ。氷で防ぎ、風と炎で挟み撃ち。相性のいい2つの属性は互いの威力を上げて快斗を確実に傷つけていく。
と、魔術の乱行の隙間から草薙剣が投げ飛ばされた。ベリランダは剣を躱す。と、背後に『転移』した快斗が出現。本気の快斗の斬撃は、今のベリランダには見えない。
なので、上へと転移する。
戦闘は空中戦へともつれ込む。
「『四天鳳』」
雷、氷、炎、風の属性で出来上がった4体の鳳が快斗に向かう。快斗は四体を捌きつつ、確実にベリランダを狙う。
繰り返される超高速空中戦。目の前から迫る風鳳を捌けば、後ろから雷と炎を撃たれ、背後にも気を使うと真下から氷が打ち上げてくる。
空中では見る方向が増える。普段遠くから遠隔で魔術攻撃をするベリランダの方が、有利だった。
それでも快斗も徐々に飛ぶ速度を上げ、『転移』を繰り返してベリランダに近づいた。
草薙剣が黒い炎を纏い、『死歿刀』がベリランダの目の前で放たれた。が、その斬撃が到達するよりも速く、四天鳳が十字に交差し、四大元素のバリアを張って斬撃を完全に防ぐ。
バリアはそのまま快斗の方へ飛んでいき、快斗を通過する。瞬間、4つの属性が快斗の体を包んでダメージを与えた。
「これが、最強の魔術師の力よ。」
鳳がぶつかり合って強い魔力の塊へと変化。それが長い長い龍の形を象って、暗い空を支配するような輝きを魅せた。
「『神戒龍』!!」
大幅に強化されたベリランダの『神戒龍』。最早空を蠢くこの巨大魔術を止めることはできない。
「天野快斗。落ちなさい。」
『神戒龍』が落ちる。快斗は逃げようとしたが、『万空』がいくつも発動して逃げられなかった。
『神戒龍』が快斗にかぶりつき、眩い輝きを放つ。『悲願』が発動し、赤い花びらが舞う。それが龍と快斗を飲み込んで、人1人入るくらいの球体を作る。それはゆっくりと地面に向かって落ちていき、優しく地面に墜落した時に、バリンと音を立てて崩れ落ちた。
その中から傷だらけの快斗が転がり落ちた。
瞬時に作り出された異空間にて、『神戒龍』の直撃を向けた快斗。体をピクリとも動かさない。
「これで倒れてくれてたらいいんだけど………」
ベリランダは髪をかきあげてそう言った。超戦闘、ベリランダの人生で1番大きな戦いだった。『神戒龍』を出したのも、人生でこれが2回目だった。
疲れにため息を吐く。直後に凄まじい痛みが全身を襲う。『壊身超我』の反動は大きく、全身がつったように痛む。
が、それでも油断できるときでは無いので、ベリランダは注意深く快斗を見下ろす。
と、快斗の指が微かに動いたのが見えた。
「ッ!!まだ生きてるのね!!」
魔術を展開する。これが最後の魔術であることを願いつつ、ベリランダはトドメを快斗に確実にさそうとした瞬間、
「え?」
視界の上半分が紫色で染まりあがった。何かと視線を上げてみれば、世界を覆い尽くしていたあの炎が津波のように押し寄せて、高い城壁を乗り越えて入り込んでこようとしていた。
それは、避難していた非戦闘住民達がいる方向へと一直線に向かおうとしていた。
「クソッタレよぉお!!『氷結断壁』!!」
広いエレストの城壁の上に、高く高く氷の分厚い壁ができあがり、炎を食い止める。維持するのはもちろん、放つのだって大変なその魔術を、ベリランダは1人で支える。
してやられたとわかっていて、それが遅いということも分かっていた。
だから、胸を簡単に貫かれたことに、ベリランダはなんら驚きもしなかった。
「あ………はぁ………」
草薙剣に貫かれ、力が抜けるベリランダ。それを見つめる快斗の瞳に感情の色はなかった。
あまりに快斗に集中しすぎて考えていなかった。あの炎が迫っていることも忘れていたし、そもそもあの炎の速度を快斗が変えることが出来るかもしれないという可能性すら意識していなかった。
完全なる失態。幸いベリランダの作り上げた氷の壁は死してもなお残り続けるが、ほんの数分で崩壊するだろう。そう思って首を傾けてみると、もうほとんど崩壊していた。
数分も持たなかった。
『壊身超我』の効果も切れた。
ベリランダの、敗北だった。
ベリランダは奥歯を強くかみ締め、短い足を伸ばして快斗の頬をトン、と蹴った。
「この、卑怯者。一生、怨むわ。」
快斗の腕が見えない速度で動いた。ベリランダは切り刻まれているのは理解しつつ、その痛みが不思議と訪れないことを少しありがたく思いながら、その生に幕を閉じたのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
「快斗様。」
轟轟と炎に崩れ落ちていく王城の中。王の間では、ルーネスが快斗と2人きりで立っていた。
既に戦った後だった。金色槍は『消滅』の力を使えるようになった快斗によってへし折られ、炎の中へ投げ捨てられた。
「あの時、私に警告を下さって、ありがとうございました。」
ルーネスは深々とお辞儀をする。快斗はそれを黙って見つめている。
「あなたが好きです。愛しています。これ以上ないほど、感謝も、敬愛もしています。………どうか、この声が届いていますように。」
ルーネスが願って胸の前で手を合わせる。快斗を前に目を閉じて、ゆったりと祈りを捧げていた。
快斗は草薙剣を握りしめ、ルーネスに近づく。ルーネスは怖がりも怒りもせず、ただ柔らかく微笑んで、目の前に来た快斗の頭を撫でた。
「どうか、お元気……」
最後まで言葉を言わせる前に、快斗はルーネスを粉々に切り裂いた。落ちた肉体を貪るように炎が集る。快斗はそれを見届けもせずに、城の中にある最後の生体反応の元へ向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「むむ。その気配は快斗さんですね?」
ベッドの上で両目を布で隠したヒナは、呑気にそんなことを言った。
耳は聞こえているので、死ぬ侍女達の声も、炎の音も聞こえているはずなのだが、ヒナは快斗を怖がっていなかった。
「いや、全然怖がってますよ。ほら。」
ヒナは布団をまくり上げて見せた。するとそこには、大きなシミがあった。独特の匂いを放つそれは、尿だった。
つまりは怖くて思わず漏らしてしまったのだ。
「殿方に見せるものではなりませんね。お嫁に行けません………行くところもないですけど。」
「…………。」
快斗が草薙剣を振り上げた。ヒナは殺気を感じ取ると慌ててベッドから飛び降りた。
「ちょっちょこストップストップ!!切り刻まれるのだけは嫌なんです。」
快斗の振り下ろす腕の動きが止まる。ヒナはその様子に頷くと、テクテクと快斗の横を通り過ぎて行った。
目が見えていないので、壁伝いだ。もちろん焼けた壁を何度も掴んで熱い熱いと嘆いた。だがそれでも、後ろを着いていく快斗はヒナを斬ることはなかった。
「あ、ここ、王の間ですか?」
ヒナは大きな扉の前につくとそう言った。快斗はその扉を黙って開ける。ぶわっと熱い空気が流れ出て、ヒナは「うわぉ」と声を出す。
「師匠もここで死んだんですかねぇ。」
ヒナは感慨深そうにそう言いながら、燃えゆく王の間の前に立っている。快斗も隣で立って沈黙している。
「快斗さんは見逃してくれないでしょうし、最後に、この景色をこの目で見てみましょうかね。」
白い布を取り外す。それから何度か頭を横に振って、ヒナを前を向いた。それからゆっくりと、本当にゆっくりと瞼を上げた。
そして、何にも入っていない、瞳があったであろう穴をかっぴらいてこう言った。
「わぁ、やっぱり何にも見えない!!」
言い終わると快斗がヒナの背中を蹴り飛ばす。抵抗力の全くないヒナの体は簡単に吹っ飛び、炎の中へ。
しかしヒナは悲鳴をあげることも無く、ただ静かに炎に抱かれて死んで行った。おそらくヒナの死体がある場所は、ルーネスの肉片が散った場所だろう。
快斗は踵を返し、新たに現れた、最後の生体反応のするほうへと向かう。
もう、他に誰も、この世界にはいなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~
絶望も、悲しみも、憎しみも、何も無かった。あるのはただの虚無。何も感じず、何にも興味引かれず、何にも導かれない。
導られぬまま、ヒバリはふらふらと炎を避けながら歩いていく。
途中で沢山の死体を見た。見知ったものもあった。
炎に包まれた城壁内外を見て、王城の中にいるもの達以外死んだのだろう。ライトが死んだということを、ヒバリは受け入れるか入れないか以前に、意識していなかった。
城の中は炎で支配されていた。まだ残っているかと思ったが、そこら中に落ちている死体や肉の破片を見るに、中の人間達も殲滅されたのだろう。
仕方なく、方向を変える。炎はどんどんと迫ってきており、ヒバリの逃げ場所もなくなっていった。
虚ろな瞳。それは快斗がしていたものと同じ。
もう、悲しすぎて、悲しめなくなった。
「………ここは。」
そんなこんなで歩いていると、ヒバリは王城の中庭に辿り着いた。決して鮮やかとは言わぬとも、薄い穏やかな色の花を沢山こさえた中庭。
よく、ヒバリが剣の素振りをしていた場所。
何かと思い出のあるこの場所。咲いている花々は、世界の危機なんてまるで知らないかのように、めい一杯の力で咲き誇っていた。
こんな時に、とは思わず、ヒバリは久しぶりに花の前にしゃがみこみ、その小さな花弁を優しく撫でた。ほんの少し花が喜んでいるように見えて、ヒバリは薄らと微笑んだ。
と、後ろから足音が聞こえた。
振り返ってみると、そこには白髪の少年が立っていた。全身のほとんどが黒色で統一された不思議な服装で、瞳は虚ろな殺人鬼。
手に持つ血のついた草薙剣が何よりの証拠。
その少年、天野快斗にヒバリは向き直り、立ち上がった。
しっかりと目を合わせる。その虚ろな瞳に。
そして、快斗の足元で踏みつけられた、白い花を可哀想に思った。