捨て国
「まさか、こんなことになるとはな。」
「…………。」
「我が国の王都まで失うことになるとは思わなんだ。」
「…………。」
「少なからず思い入れがあるから、我は辛いぞ。」
「…………。」
「聞いているのか、セルティア?」
ゼルギアの独り言のような呟きに全く反応しないセルティア。その様子を怪訝に思ってゼルギアが顔をのぞき込む。
「聞いていますわよ………私も感傷に浸っているのですの。あぁ、色んなことがあったなって。」
「………今まで、よく生きのびたものよな。」
「神様のお告げが来るまでは、ある程度平和でしたけどね。」
「忘れもしないぞ。我と貴様が対峙したあの時の………」
「あの出来事はそんなに貴方の記憶に焼き付くものでしたの?」
「悪いか?」
「………いいえ。私も同じですもの。人生で1番、色濃い記憶ですわ。」
2人はそんな他愛のない話をしながら、城壁の上を歩き続ける。王都の中には、大量の隠れた爆弾と、国民に返送した兵士や戦士が沢山いて、それらが全く異常のない日常を演じていた。
「これに引っかかってくれるんでしょうか?」
「さぁな。こればかりは祈る他あるまい。興味をなくしてエレストに直行なんてことも有り得るがな。どちらにしてもここには来るだろう。」
「………寂しくなりますね。あれだけの人々がいなくなるなんて。」
「爆弾は今ある資源をありったけ詰めたものだ。爆発すれば国は消える。だが仕方ないだろう。あの爆弾は自動で爆発するようなものではないからな。」
「これを、仕方ないと考えていいのでしょうか……。」
「要らぬ情を彼らに向けるものでは無いぞ。奴らも覚悟を決めてこの場にいるのだからな。」
「…………そうですわね。」
冷酷に言い放つゼルギアに、駆け足でセルティアがついて行く。
その先には城壁の上で外を見ている魔術師達がおり、快斗がいつこの場所に来るのかを事前に皆に伝える。
「どうだ。」
「多分、来てます。」
「………来てるか。」
「えぇ。嫌なことにね。多分あれはエレストガン無視でこの国に突っ込んできますよ。なんせ歩かないで走ってますからねぇ。」
やけにつまらなそうに呟くのは、巨大な帽子を被っている小柄な少女だ。年相応ではない魔術の才能と、何故か上手く捌ききってしまった大量の仕事の成果のせいで彼女、ナナミは今この死地にまで運ばれてきてしまった。
「はぁ………なんで私はいっつも貧乏くじなんですかね………」
ナナミは顔に手を当てて己の不覚を悔やむ。まさか師匠であるベリランダから行けと命令までされるとは思っていなかった。
余生をエレストの城の中でゆっくりと楽しもうと考えていたのに、早死しそうなこんな場所に連れてこられるなんて想定外。
「まぁ、私の人生なんてこんなものなので、これは想定内想像範囲外ですけどね。この世界に来てからは変わって欲しかったですけど。」
よく分からない言葉で己に言い聞かせ、ナナミは残念そうに天を仰いだ。
「死ぬことをあまり怖がっていないようですわね?」
「んー?私ですか?まぁ、1回経験してますし、ね。」
ナナミはそんなことを言いながら城壁に寝そべってごろごろし始めた。伝えるべきことはゼルギアに伝えたので、ナナミの仕事は一旦ここまでだ。
「ご苦労だったな。魔術師。」
「えぇ。剣士様方も頑張ってください。」
それからの展開は早いもので、ゼルギアが指示を出し、国民に返送した兵士達が戦闘態勢に入る。もちろん、爆弾はあくまで最終手段。出来るだけ戦士達で対抗する。
魔術師達が天空に結界を展開する。これは空からの攻撃に対応するためだ。
「さて、準備は整ったな。」
ゼルギアがそう思った時、セルティアがゼルギアの腕を掴んだ。
「なんだ。」
「………可能性は低いですが………生き残りましょう。」
「………ふん。昔のような失態はしない。」
ゼルギアはセルティアの腕を振り払い、腰部から青剣を引き抜く。彼は振り返り、不安げな顔をしているセルティアに笑顔を向ける。
美形を歪めて無邪気に笑うその姿だけは、セルティアが知る昔のゼルギアその人で。
「今度は守り抜いてみせるさ。セルティア。」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
『さぁて、目の前にはセシンドクロス王国王都があるけれど………随分静かだね………待ち伏せとかしてるのかな?』
リアンが思案する。快斗はそれに付き合わず駆け足の速度を緩めることをしない。
『もしかして、快斗君に悟られないように兵士達を変装させてるのかな?なるほど、僕が快斗君に命令を出してるなんて分からないから、快斗君を騙す作戦をとったわけか。』
遠くでリアンが笑っている声が快斗に聞こえる。リアンは人間達の必死の抵抗に口角を釣りあげ、面白げにその光景を見つめる。
『それが無意味に終わった時、彼らはどうするか、楽しみだね、快斗君。』
そう快斗が言われた時には、快斗は前の三国と同じように天空から落下していた。
『さぁ、見せつけてやりなよ。人間と天使の差ってやつをさ。』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
空からひとつの光が降ってくる。国民に扮装した兵士達が各々の隠された武器を意識する。
そしてその光は王都のど真ん中に直撃する、寸前で結界に防がれた。が、5秒ほど光は留まったあと、結界を破壊して王都内に落ちてきた。
が、勢いは失われ、落ちてきた光は徐々にその明るさを失い、最後に残ったのは快斗だった。快斗は比較的周りの家の中でいえば1番高い家の屋根に降りた。
「戦闘開始ッ!!」
誰かがそう叫んだ。その瞬間、兵士と戦士達は一斉に快斗に魔術なら飛び道具やら斬撃やらを放った。
それら全ては快斗に簡単に弾き飛ばされ、その余波で屋根上にいた人々の体が上と下に両断される。
撒き散らされる臓腑に目もくれず、快斗は目の前の人間を殺しにかかる。
それぞれ決して弱くない強者達。かつて快斗が冒険者のギルドから追い出された時に狙ってきた冒険者もいた。
一斉に飛び掛る彼らはこちらに全く目を向けない快斗の脳天に懇親の一撃を叩き込もうとして、その瞬間ばらばらに体が崩れ去った。
かけ出す快斗を、誰も止めることが出来ない。見えないほどに速い斬撃に、強い魔術。魔術師全員で放った攻撃も1発の斬撃で易々と切り裂かれ無に帰す。
駆ける足の速さも異常で、さながら風がふきぬけるよう。そしてその風を感じた時、既にその人の命は失われている。
気づく前に首を飛ばされ、臓腑をまき散らし、四肢を失って、心臓を突かれ、眉間を撃ち抜かれる。仲間のその惨状に気がついて逃げようとしてももう遅い。痛みが襲ってくる前に、死がもの凄い速度で人間達に追いつく。
ただの虐殺だった。
力量差を覆すことは出来ず、数の暴力も、個の暴走を留めることは出来ずに押し切られてしまう。
巨大な炎魔術。速すぎる斬撃。次々と放たれる『魔技』。家を破壊し、地面を抉り、命を蹂躙する。無差別に与えられる死は、もはや一種の作業のようだった。
「これ程とはな…………。」
「……………。」
苦い顔で惨状を見下ろすゼルギア。彼は目の前の、今にも飛び出しそうなセルティアの肩を掴んでいる。セルティアは両手で口を押え、次々に上がる悲鳴と血飛沫に涙し、嗚咽を漏らす。
「かつての大戦と同じだ。平和ボケしたか?」
「………してませんわ。この身は、既に死しているはずの身。今更怖気付くことなんてありませんわよ。」
口で言っていることと表情が訴えていることは真逆だったが、ゼルギアはそこは指摘しなかった。
「まだ我らが出る時じゃない。分かっているな?」
「もちろんですとも。」
ゼルギアが城壁の上を走り出す。セルティアもそれに続く。その間、振り返っては快斗の虐殺を見ていたが、その殺し方は殺しを楽しむ様子も、憎悪があって殺しているわけでもなく、単純に目に入ったから殺しにかかっている。
「ッ………!!」
快斗が草薙剣を大きく横に薙ぎ払う。暴風で斬撃が飛び、建物を貫通して遥か遠くにまで余波が舞う。人々は巻き込まれ、されど諦めることなく立ち向かう。
地中に埋め込まれていた魔晶石の爆弾。それが快斗の攻撃によって掘り起こされた。
兵士達が地面に魔力を流し込む。魔晶石の中に留まる魔力量がキャパオーバーしてオーバーヒート。すなわち爆発が起こる。
巻き上げられた魔晶石は強い刺激を受けて快斗に降り注ぎ、連鎖を起こして爆発の威力を強める。
そこに間髪入れず魔術が放たれ、快斗は袋のネズミ状態。しかし、直ぐに爆発音が少なくなり、魔術による炸裂音も消え去った。
兵士達が困惑したその時、皆の上半身と下半身がズレて落ちた。一瞬にして約50名の命を快斗は奪い去った。
残った兵士達は果敢に挑む者と、怯えて遠くからの援護だけに徹する者へと別れて行った。
しかし前衛に立つ者達は何故か一瞬にして殺られている。何故かと思って援護側の人々が見てみると、快斗は草薙剣を鞘に収めていた。
舐めてかかっているのではない。剣を持つ意味が無いのだ。
身体中を『消滅』の力で覆っている。そのため、兵士達が突っ込めば突っ込むほど、快斗に触れた部位が消え去るので自爆になる。そして快斗は魔術も打撃も聞かないからだになったので、歩くだけでも人を殺せるのだ。
「ッ!!」
快斗が途端に走り出すと、兵士達は1歩下がるか横にズレて躱そうとするが、快斗が走る速度と兵士達がズレる速度では圧倒的に快斗が勝る。
一直線上に死体を量産し、そのまま援護組に突撃。混乱して散り散りに逃げる魔術師達の顔を片っ端から殴っていく。
もっとも殴ると言っても拳が当たった場所から消え去っていくので実際肉の抵抗はなく、ただ腕を振るう感覚と何ら変わらなかった。
捨て身で攻撃を当てようと奮闘する人、逃げて行ってしまう人、もう攻撃手段がないと悟って動かなくなる人。快斗の周りの人々はこの3種類に別れて行った。
快斗は慈悲もなく、平等に人々を殺し回る。殺して殺して殺して、そして、いつの間にか快斗の周りには誰もいなくなっていた。
「…………。」
そう思ったが、快斗は微かに魔力の反応がした方向を見てみると、逃げていた人々がそこに一挙に集まっているのが見えた。
その位置の城壁の上には、誰かがたっている。
王都は広い。故に中心地からは城壁の上にいる人物の正体までは見えなかった。
快斗は下に集った人々を見る。逃げ出そうとしているのかと思ったが、どうやら違うらしい。城壁に向かって突破しようとはしておらず、快斗の方を睨めつけて動かない。
虐殺を命じられた快斗は何も考えずにそこに向かおうと体を向ける。全身に『消滅』を纏っている間、快斗が何者かに傷つけられることは決してない。
そう考えた時、快斗の口端から血が滴り落ちた。
「?」
不思議に思っていると、全身を覆っていた『消滅』が掻き消えていた。どうやら限界だったらしい。まだ『消滅』が開花してから間もない。ここ数日で酷使しすぎたようだ。
なので快斗は一旦『消滅』を抑え込み、兵士達の方へと駆け出す。
「流せぇ!!」
誰かが叫ぶ。
兵士達は待っていたとばかりに壁に手をつけ、壁まで手が届かない人は壁に触れている人と手を繋ぐ。全員が魔力を壁側に押し流し、壁に一瞬で大量の魔力が集中した。
その直後、快斗が兵士達に辿り着く寸前で、壁が轟音を立てて爆発。破片が飛び散り、爆発に巻き込まれた兵士達が肉塊となって宙を舞う。
そして落ちてくる破片を一気に押し流すように、大量の水が津波のように押し寄せてきた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「隣接している池がある。そこには大量の水生魔獣がいる。それをぶつけろ。」
フレイムが提案した案を、セルティアは快諾できなかった。
「それでは城壁に穴を開けると?」
「そうだ。どうせこの量の爆弾を仕掛けるのだ。王都は捨てたような物よ。奴を止めるためには惜しむべきものではない。」
「それは、そうですが………」
セルティアは悩んでいた。この王都自体を捨て去る案自体を出したのはゼルギアだ。正直誰も思いつきもしない案だったし、反対派もいた。それはセルティアとヒバリ。
エレジアは全く反対しなかったし、ゼルギアは言わずもがな、国王であるフレイムでさえ反対しないことにセルティアは驚きを隠せなかった。
そしてその次の日、反対派だったヒバリが意見を覆して賛成派に回った。こうなればセルティアも頷くしかなく、泣く泣く承諾した案だった。
「奴の前で何かを惜しむ時間すら見せては駄目だ。お前なら分かるだろう?セルティア。」
「………分かっていますわ。」
会議でセルティアはそう言って、納得したように見せていた。が、あれから考えれば考えるほど、この案は納得したくなくなった。
全ての記憶があそこにあって、それがわかるゼルギアも壊すことに賛成で、セルティアは悲しみでいっぱいだった。
「浮かない顔だな?セルティア。」
「当たり前でしょう。………私の、たった一つの王都ですもの。失われるのは悲しいですわ。」
「それもそうか。」
移動中の会話。セルティアがずっと憂いに満ちた表情をしていたので、ゼルギアは彼女に声をかけた。
「あと、もう少しだったというのに…………」
「何を今更………そんなもの、全て解決したあとにすればよかろう。」
「だって、あなたの夢でしたのに………」
「いい。あの美しい街並みも、華やかな国民の笑顔も、全てが終わったあとに、また取り戻せる。」
「…………取り戻せるからと言って、失っていい訳ではありませんわ。」
セルティアは涙を流しそうなほどに思い詰めていた。ゼルギアは困ったように頭を掻いた。それから大きなため息をついて、
「セルティア。我が目指した物を忘れたか?」
「え?」
「我が目指したのは、父上のように素晴らしい世界を築き上げることだ。なんの恐怖もなく、他愛のない会話で溢れかえり、喜びに満ち溢れた穏やかな世界。しかしな、幸せや平和は、何かの犠牲の上に成り立つものだ。この世界自体の平和だって、我らの祖先が奮闘して勝ち取った奇跡だ。」
ゼルギアは馬車の外を見る。広大な大地。生い茂る緑。所々で休む動物達。穏やかな風。青い空と白い雲。ゼルギアが最も好きな、快晴でも曇りでもない、なんてことのない日の天気。
「セルティアよ。我は美しいものは嫌いではない。見ていて飽きぬものはあればあれほどいい。」
「…………。」
「しかしな、我が求めたのは美しさに拘り続ける哀れな凡骨ではない。我が求めたのは、平和そのもの。つまりは美しくともそうでなくとも、人々が笑えるほどの余裕がある世界ならそれでいいのだよ。つまり、我が夢を叶えた暁には、豊かで和やかな……親しみやすい国を作る。そのための犠牲と思えば、安いものだ。」
「…………変わっていますわね。貴方って人は。」
「ふん。昔からだろう。」
ゼルギアの言葉にセルティアの肩の荷が降りる。気分が楽になった。これも昔から馴染みがあるからかもしれない。
「いいですわ。貴方の意見を尊重して、手伝ってあげますわよ。」
「あぁ、よろしく頼むぞ。それと、その汚らしい鼻水は拭いておくんだな。」
「ッ、そういうのは直接言わないでオブラートにいってくださいまし!!」
「無理だろう。」
怒声とのろけた声を聞いて、昔から彼らの傍に仕えていた兵士達は笑う。そして思うのだ。随分と大きくなったものだと。
泣いてばかりだった妹と、生意気に人に突っかかる兄
この兄妹はいつまで経っても仲がいい。その関係が、ずっと続いて欲しいと、願うばかりだった。