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罪深い男の想像話  作者: 病み谷/好きな言葉は『贖罪』
《第一章》 怒る彼は全てを殺し尽くす
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違わぬ苦しみ

ルーネスの表明を受けて、世界は混乱状態に陥っていた。


どの国にも、快斗との関わりが少なからずあるもの達がいる。完全な敵意を向けてくる快斗に向けられる慈悲はもはやなく、世界中の人々は強者達に、主に『剣聖』ヒバリに快斗の討伐を願った。


残念ながら残りの四大剣将は戦力にはならないだろう。戦闘能力のないリーヌと、四大剣将の中では実力乏しいエレジアには、快斗との対面は荷が重い。


神の因子を持ち合わせた残りの人間はヒバリとライトだけ。ヒバリはライトには快斗と戦って欲しくない。


なので必然的にヒバリは私情を押し殺して戦線に立つことになる。そして、エレスト王国の住民は、城の中心地に集められ、セシンドクロス王国の住民達も避難してきた。


世界の残りの戦力を揃える。セシンドクロス王国はもうダメだと判断されて罠を大量にしかれている。


快斗の進行は、『鬼人の国』を始めに1周ぐるっと回って最後にエレストにたどり着くと推測された。ただの憶測で住民を避難させるのかと非難も飛び交ったが、世界を脅かすものは快斗だけではないということを忘れてはならない。


それは『鬼人の国』から広がり続ける紫色の不消の炎。その炎もここ数日で進行速度を上げ、セシンドクロス王国からも視認できるほどに近づいてきているため、世界に残された場所はエレスト王国のみに必然的に限定された。


住民は不安に震え、戦士達は脅威に脅え、兵士達は世界の終わりを悟って諦めているものも多い。


まだ希望はあるとルーネスは人々に言葉を投げかけるが、『剣聖』ヒバリ、その弟のライト、隻腕のベリランダ、四大剣将エレジアではどう考えても戦力不足だった。


フレジークラド王国にいたリーヌと国民もエレストに避難するよう勧告をしたのだが、返事が来ることはなく、その2日後に、フレジークラド王国は炎の海になっていたという報告を受けた。


リーヌの生死は定かではないが、この場に合流することは厳しいと考えた方がいいだろう。


いなくなった『勇者』に助けを求める人々もいる。が、突如姿をくらました『勇者』の目撃情報は全くなく、ヒバリはリアンは死んだものと扱うことにした。


「…………はぁ、」


連日会議の連続でヒバリの精神はくたびれ、国民の不安や避難を聞いて心がすり減り、短期間での鍛錬と激務に追われて体もボロボロになりつつあった。


「姉さ………」


ライトも何度もヒバリに会おうと試みているのだが、仕事と鍛錬が終わるとヒバリはライトが言葉を言い切る前に自室の扉を閉めて閉じこもってしまう。


城内には常に暗い雰囲気が漂うようになり、国民達の不安は伝播し続け、遂に自殺者が出始めた。


初めは嘆く国民達が殆どだったが、確実な死が近づいてくるような感覚に、兵士達も完全に生きる気力をなくして自ら命を絶つ者が続出した。


精神ケアは治癒術師や盲目となったヒナの笑い話でギリギリ保っている。が、それでも止めきれていないのが現状だ。


このままでは滅亡を免れることは出来ず、それどころかその前に内戦でも勃発するのではないかと言うほど人々の心は荒みきっていた。


「ヒバリ…………」

「…………ん、エレジアか。」

「大丈夫?」

「問題ない。」

「………それ、用意していた答え。」

「…………。」


セシンドクロス王国国王フレイムや女王ルーネス、ゼルギアとセルティア、エレジアにライトにベリランダにヒバリを集めて毎日開かれるようになった会議の休憩時間、自室で休もうと会議室を出たヒバリにエレジアは声をかけた。


ヒバリは虚ろ眼でエレジアの問いかけに答えるが、その発言とは裏腹に、目の下のクマや気力の無さが際立って、正常な状態ではないことは明らかだった。


しかし会議は進み、誰もヒバリをいたわるようなことはしない。何故なら、皆同じだからだ。何も『剣聖』ヒバリだけが思い詰めてここまで廃れているのではない。皆悩みに悩んで夜も眠れていないのだ。


ただ、世界最後の戦力と言われるヒバリへの負担が、1番大きいと言うだけの話だ。


「疲れてるなら、今日は寝て。」

「………早めには寝ることにする。会議はまだ終わってない。」

「でも、もう殆ど結論は出てる。」

「…………セシンドクロス王国とそこに配置される兵士を捨てて、天野を止めるという結論で、終わりだと?」

「嫌なのは凄くわかる。でも仕方ない。あの悪魔は本当に人を不幸に………」

「天野に非はない。」


エレジアがいい切る前にヒバリが視線も向けずに食い気味に言い放った。ヒバリが自分の感情任せに他人の意見を捻り潰すなんて珍しい。ヒバリが追い込まれている証拠だった。


「そう思うのは、当然。だってあなたは、」

「恋人でもそうでなくとも、私は彼に罪はないと信じる。彼の意思で行われたことではない。」

「だとしても、彼に非難が殺到することなんて分かってるでしょ?」

「……………。」

「知らなかった、それで犯罪がなかったことにならないように、自分の意思でなくとも、体がその罪を犯しているなら、少なからずその人に非がある。」

「誰よりも苦しんでいると言うのにかッ!!!!」


ヒバリが振り返って激昂する。その際に殴った壁がひび割れて破片が飛び散った。エレジアはそんなヒバリに少し驚いたが、その感情を奥にしまって話を続ける。


「お願い、分かって。あなたの彼を想う気持ちも、傷つけたくない気持ちも分かる。悪くないと否定したい気持ちも。………でも、他の人が許さない。」

「ッ…………」

「辛いと思う。でも世界のために、止めるの。彼が世界の悪だって割り切って………前の、魔獣戦見たいに………」

「…………出来る、と、思うか?私に………」


ヒバリは疲れきった表情でエレジアにそう吐き捨てる。今までエレジアが見たことも無い、ヒバリの翳のある顔。彼女も既に、限界を迎えていることがありありと伝わってきた。


「身を投げ打って私を救ってくれた彼を………私をとめてくれた彼を………敵だと思えと………?」


腰を落とし、壁に寄りかかるヒバリ。


「何度も決心して、そう思おうって割り切ってきた。だが出来ないんだ。………そうしたくたって………な。」

「………でも、それじゃダメ。出来なくても、ならなきゃならない時はある。」


食い下がるエレジアに、ヒバリは視線だけを向ける。


「悔しいけど、私は弱い。あなたのように因子も持ってないし、強い力がある訳でもないし、卓越した技術がある訳でもない。………出来ることなら私があなたの代わりをしてあげたい。でも出来ない。」


エレジアは顔を自分の両手で覆ってそう呟いた。憂いに満ちたその声に、ヒバリは目を見張ってエレジアを見上げる。


「…………私の姉が、行方不明なの。」

「…………そう、だったな。」

「『勇者』も、私の姉も、今まで頼れた人が、急にいなくなって、土台が元から崩れ落ちたみたいに、安定しなくて、不安になって、夜も寝れなくて、少なからず私にだって責任があって、重圧があって………私は、力があるのになよなよしているあなたが、鬱陶しい。」

「…………。」

「戦えるんだから、渡り合えるんだから…………行ってよ。」


両手の隙間から垣間見えた悲顔。無口な彼女の口から抑えきれなくなった鬱憤が地面に吐き出されて、それに引っ張られるようにエレジアが膝から崩れ落ちた。


彼女も決して弱者ではない。しかし快斗やヒバリの次元には全く着いていけないのも事実。故に、ヒバリは無意識にエレジアは無責任に、何も知らないでヒバリに戦場へ赴けと言っているように見えていた。


が、違った。彼女も彼女なりの考えがあって悩みがあって、不安がって悔しがって………それを押し殺してヒバリの背中を押そうとしていたのだ。


もしかしたら、辛く思っているヒバリの気持ち関係なしに、世界の存亡なんて言って押しつぶしにかかってくるかもしれない。


しかしそれは酷く見にくいように見えて自然の摂理であった。生きるのに必死になるのは、生物として当たり前で、縋れるものがあるのなら遠慮なく縋り付くのが人間。


ヒバリにとって嫌で嫌で仕方がない苦渋の決断も、この世界の住人にとっては救いの光になりうるのかもしれない。


ならば、ヒバリは剣士として、『剣聖』として、世界を守るのが正解なのではないか。


『傷つくのは、俺だけで十分だ。』


あの少年が言うことは、何故だかヒバリの脳内によく響く。世界の苦悩と戦い、ヒバリの過ちを一身に受けて、尚笑いかけてくれたあの少年が、今は立派に見えてならなかった。


だからって、その立派な姿を追おうとは思えなかった。


そして思い出すのだ。最初に考えた、あの方法を。


「…………はぁ。」


ヒバリはもう何度目か分からないため息をついて、思いついてしまった手段に賭けることにした。


「エレジア…………」

「なに。」

「私は………戦えるかどうか分からない。」

「……………。」

「ただ、私以外が、それを望むなら、私は………天野の前に立とうと、思っている。」

「ッ…………」

「それから、今日は、もう休もうと思う。自室で、明日の朝まで眠らせてくれ。それと、セシンドクロス王国を捨てるという作戦は………決行してくれ。」

「いいの?」

「それが、最善だと、私が思った。私は、賭けてみる。」


そう言い残して、ヒバリはゆっくりと立ち上がると、壁に手を当てたまま、自室まで覚束無い足取りで進んで行った。


その背中を見届け、エレジアは立ち上がる。


「…………何もかも、君のせいだから。」


この場にはいないその人に悪態をついて、エレジアは会議室へと戻って行った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~


鉄格子に囲まれた少年は、俯いて静かにしていた。


前に鉄格子があるのは分かるのだが、それ以外のことを認識することが出来ない。


彼を拘束する神は、その少年を見下ろしながら口元を不敵に歪めている。


聖神リアンは『天野快斗』がどのような反応を示すかは興味はない。あるのは、彼がどれだけ自分を責めるのかどうか。つまりはどれだけのダメージを食らうのか。


世界の結末と『天野快斗』の結末。比較するまでもなく、リアンは『天野快斗』の結末を見ることを望む。


世界なんてどうでもいい。人間の苦しみなんて聞きたくない。


「ふむ………」


白髪の少年は、今も尚世界を壊し続けている。リアンの命令に背くことなく、ただただ真面目に。


それが何だか、昔の彼に似ているような気がして、虚しくて。


「何を考えているんだ。」


リアンは自嘲して白髪の少年に命ずる。


草木が生い茂っていたフレジークラド王国を焼き尽くした後、次に向かうのはセシンドクロス王国。


「向かってくれるかな?『快斗』君。」


親しみを込めて、リアンはそう白髪の少年に命ずる。


少年は頷くこともせず走り出す。白髪の少年が動く度、鉄格子で囲まれた少年が反応して鉄格子をガタガタと揺らし始める。


「往生際が悪いね。君は本当に………でも、安心してくれ。もうすぐで、君の最後が訪れるから。」


この声が届いていないことなんて分かってはいるのだが、リアンは自己満足のためにその少年に言葉をなげかける。


それから顎に手を当てて考えるような素振りをしながら、リアンは仄暗い影を残して、小さく呟いた。


「怨むことは許さない。なんせ、君と過去のあの人が受ける苦しみなんて、比にならないほどなんだから。」


その言葉は他の誰でもなく、リアン自身の心に響き渡った。


そんな小さな呟きでさえ、下界には影響あるのだから、神というのは本当に末恐ろしいものだ。

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