ヒバリの決断
「馬鹿!!私を庇ってんじゃないわよ!!」
ベリランダが強く叫び、両目から激しく出血して気を失っているヒナを抱えて岩陰を飛び出した。
呆けて動けないルーネスの場所までベリランダが一瞬だけ『転移』し、ルーネスを掴むと、快斗の足元に巨大な火の玉を放つ。
快斗はそれを即座に踏みつぶし、刃を振り下ろす。そしてベリランダの左腕が切り飛ばされてしまった。
「くぅううっ!!」
痛みに歯を食いしばりながらも、ベリランダはルーネスと背後に短距離転移をした後に、兵士とヒナを巻き込んで『瞬間移動』をしようとする。
が、その速度よりも快斗が剣を振るう方が速い。快斗は真っ直ぐベリランダを見据えると、草薙剣を横薙ぎに一閃。見えない斬撃が飛び、一同を一気に切り飛ばせるほどの大きさのそれはベリランダが顔を上げる前に目の前に来た。
それを1人の兵士が身を投じて皆を守った。その斬撃の勢いがあまりに強く、心臓まで切り開かれた上半身が反動でチェストのようにパッカリと切り口が開いて血が吹き出した。あとの二人が残りの斬撃から女性一行を腕で守る。
「ッ………ごめん!!」
ベリランダがそう言うと、兵士は少しだけ振り返って笑みを向けた。ベリランダはその兵士を置いて、残りの5人と共にエレストに飛んで帰った。
「…………。」
ほぼ即死した兵士は大の字になってその場に仰向けで倒れた。快斗はその兵士の傷口から見える、鮮やかな血に埋もれた真っ二つの心臓を眺めた後、穴が空くほどの力で肉体を踏み潰した。
『大丈夫なようだ。良かったよ。君の体はできるだけ傷つけたくないからね。』
リアンがそう呟く。快斗はまた無言になって、何事も無かったかのように歩き出す。
向かう方向はフレジークラド王国。冒険者が屯する野心国。
『そう、それでいい。君は勝手に苦しんで死んでくれればそれで、ね。』
リアンの声に快斗が反応することはなく、快斗は夜明けの太陽に照らされながら、次の殺戮場所へと向かうのだった。
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ベリランダ達が帰ってからは凄まじい勢いで物事が進んだ。
片腕を失ったベリランダは治癒術師達が全力を持って治癒しているらしいが、もう腕が戻る見込みはないらしい。
ルーネスは少し病んでいたが、それでも約束通り敵対してきた快斗を世界の敵として認知し残っている他国にその宣言をした。
また『鬼人の国』に調査しに行っていた『侵略者』達が帰還し、その国の状況をありありと伝えた。
既にその国は紫色の炎に包まれており近づくことすら出来ず、『遠目』で確認したところ国全体が炎で埋め尽くされていたのでもう『鬼人の国』は消滅しているとのことだった。
その言葉に皆が戦慄する中、『侵略者』達は更に最悪なことを言い出した。
それは、炎は何を持ってしても消すことが出来ないということ。
世界を包みつつある炎は、水をかけても消すことが出来ず、暴風魔術で真空にしても炎は勢いを止めなかった。それどころか地面や草だけでなく水や空気でさえも焼き始めているらしい。
「消えない炎、か………」
ヒバリは窓の外を眺めて呟いた。既に外は夜になって暗くなり、月光が穏やかに城下町を照らしている。
「消えないってことは、いずれ世界中を包み込んで………皆死んじゃうんじゃ…………」
ライトは怖くて震え上がっているようだ。そんなライトの手に被さる手がある。
「大丈夫じゃないですかね………快斗さんを正気を戻せばいいと思いますよ。師匠が抱きついた時も、一瞬だけ自我を取り戻したという話もありますし。」
そう陽気に言い放つのは、ベッドに寝転んでいるヒナだ。ヒナは両目を隠すように白い包帯が巻かれており、もう取り返しのつかない傷を負ったことを表明するかのような状態だった。
実際ヒナは自慢の視力を完全に失い、今は人の手を借りないときちんと歩けない。
そんな状態でもヒナは持ち前の明るさを捨てることはない。1番悲惨な傷を負ったというのに元気に振る舞う様は、炎や『鬼人の国』の参上を聞いて気分が落ち込んでしまった兵士達を奮い立たせた。
ヒナの存在が、皆の励ましになりつつあった。
「あなたはいつまでもそのままでいて欲しいな。」
「私は死ぬまで騒ぎ続けますよ。そういう生き方でしたし、それで皆が元気づけられるなら、私はいつまでも元気でいます。」
「凄いですね………僕にはできない………」
「まぁ適材適所ってやつですよ。ライトさんには足が早いっていう長所がありますし!!」
「長所、かなぁ………?」
ライトは頬を書きながら苦笑いをしていた。が、それでもヒナと会話して少し気分が楽に放っていたようだ。
2人の様子を見て、ヒバリは微笑んでいた。こんな団欒とした時間が続いてくれればいいと思った。
そして、この場に快斗が居たらいいなとも。
世界の敵となってしまった快斗の存在をヒバリは心配する。ヴィオラと暁の死を受けて、世界は最後の戦力である残りの四大剣将と『剣聖』に最後の希望をかけていた。
ヒバリは皆を救うために恋人を斬らなければならないということを心の中では嫌がっていた。
しかしそんなことを言っている場合ではない。何はともあれ世界の敵を『剣聖』が擁護することは出来ない。
ヒバリは快斗が何故世界中を敵に回すようなことをしているのか分からない。ルーネスが行って想いを伝えても変わらぬ意向。それが理解できないのだ。
一瞬だけ自我を取り戻したという話がある。それはつまり快斗は自分の意思で動いている訳では無いということだ。そのことだけは安心していた。
しかしそうなると次は誰が快斗を操っているのかという疑問が頭をよぎる。
あの高谷海人を倒すほどの力を持っている快斗が、そう簡単に他人に操られるようなことにはならないとヒバリは思う。
ヒバリを救い出し、救済者を潰し、人災を退け、魔獣を倒し、世界を救い、遂には神すら殺してきたあの快斗が、ヒバリが誰よりも好きなあの男がこんなことになるなんて、相当なことがあったに違いない。
(一体何が………高谷殿の死が原因で精神的に弱っていたところを狙われた?そもそも高谷殿は死んだのだろうか………彼は不死身の体を持っているが………いずれにせよ、この世界の人間には到底なし得ないことだろう………となると………)
考えられた選択肢はたった1つ。神という存在。
『神殺し』を名乗る集団や、この世界にデスゲームを強制した神の存在もある故に、神の存在は人々の精神的な拠り所から世界を弄ぶ害悪へと成り下がっている。
もし、性格の悪い神が存在しているのだとしたら、本当に神が、神たる能力を持っているのならば、快斗を操って世界を1つ壊した程度、何も不思議ではなかった。
「…………いや、愚問だな。」
しかしヒバリはそれ以上考えても意味が無いと悟り、その晩はそれを考えることを諦めた。
そして同時に、ヒバリはこれからすることを決断する。
『剣聖』として、ヒバリとして、彼に恋する乙女として、ヒバリは快斗のこの蛮行に、終止符を打つ。
そう決断したのだった。