剣の王
金色に輝くデュランダル。その刃が夜の闇を切り裂くように振り下ろされる。
光が斬撃となり、それに続いて沢山の剣がその切っ先を向けて敵に迫る。
「……………。」
その矛先にいる敵、天野快斗はその光を避ける素振りも見せず、そのまま光に向かって手を向ける。
すると光は快斗の手のひらに到達した瞬間、夜の闇に溶け込むように真っ黒になって消え去った。それは快斗から染み出した闇が光を一瞬にして飲み込んだからだ。
それ以外の剣は快斗に触れることすらなく、握りしめられた草薙剣の斬撃によって粉々に切り裂かれた。
「見えないか…………」
ヴィオラには快斗の腕の位置が少し上がったように見えただけで、草薙剣が振るわれる動作を全く見ることが出来なかった。
「ふっ!!」
飛び上がるヴィオラ。暗い空を埋め尽くす雲と同じ高さにまで登り上がる。快斗は追うことなく、下からじっとヴィオラを見上げていた。
ヴィオラはそれをありがたく思いつつ、片腕を空に掲げる。その腕を中心に剣が円状に沢山並べられ、空を埋め尽くす。
『無限魔力』によって際限なく剣を作り出せるヴィオラは、我慢することなく全てを剣で埋め尽くす。
一つひとつの剣に金色の魔力が纏わりつき、その剣が1つ墜落すれば、家が10個は吹き飛ぶ威力だ。
それが何千何万と空に展開され、それらが一斉に快斗に切っ先を向ける。
「『流星千万剣』。」
金色に輝く剣の流星は、空にその軌跡に光を残して進む。その様子は言葉では表せないほど幻想的な景色だった。
しかしその金色の流星群に汚れが染み付いた。それは快斗が放つ黒い斬撃。流星群と真っ向からぶつかるその斬撃は、光を飲み込んで侵食してどんどん大きくなる。
弾丸のような速度の高熱の剣も、斬撃に触れた瞬間に溶けるように歪んで飲み込まれる。
「規格外だな……!!」
規格外なヴィオラが快斗をそう評するのも無理はない。どれだけ強い魔術をぶつけても、それを飲み込みながら飛んでくる斬撃を放たれたら対抗しようがない。
物理で攻めようにも、その前に草薙剣の斬撃によって肉体も剣も粉々だ。近づくことも出来ない。
「だがこれはどうだ!!」
斬撃の範囲外を通り抜けた剣達が快斗に収束する。至近距離に近づいた金色の光は躱すことも捌くこともできやしない。
普通の敵ならば。
「『魔技・巨獣の咆哮』」
快斗を中心に波動が広がる。それが快斗に触れかけた剣を押し返して弾き飛ばす。瓦礫も灰も地面さえも無尽蔵に押し返して、快斗の真下の地面が半球状に抉れた。
快斗は魔力で翼を生成する。その翼は今までの魔力でだけの形だけのものではなく、黒い羽が連なって作り出された、まるで天使のような翼だ。
バサッと広げられたその翼から落ちた羽が宙を舞う。快斗はさっき自分が弾き飛ばした剣達を見たあと、ヴィオラを見上げた。
その瞬間、ヴィオラが肩を震わせた。体の芯がビクンと跳ねた。それは紛れもない恐怖からの震え。ヴィオラが羅刹以外で感じたことの無い感覚だった。
快斗は指を真っ直ぐ前に突き出した。すると舞った羽が揃って空中で止まり、鋭い付け根を天空にいるヴィオラに向ける。
それから快斗がくいっと指を上に曲げると、黒い羽が光のような速さでヴィオラに放たれた。
「ッ!?」
夜の暗さも相まって、小さく細い羽は視認しずらい。
ヴィオラは視認してから避けるのを諦め、自身の周りを剣で囲いながら直ぐにその場から動いた。
が、剣のガードは一瞬で砕かれ、ある程度は避けられたものの、頬と右膝を掠り、最後の1本が左腕の中心を貫通して左腕を吹き飛ばしてしまった。
「あッ………!?」
初めて経験した、四肢の損失。その果てしない痛みに呻き声さえあげたものの、歯を食いしばってヴィオラは耐え忍んだ。
『剣王』たる者、腕の損失程度では悲鳴をあげない。
それこそ、あの刀を持つことが出来なくなった戦少女よりも、今の自分は苦しくない。
「貴様を怨むぞォ!!天野快斗ォ!!」
残った右手でデュランダルを握りしめ、命を使い果たすように魔術を放ちまくる。
「ぁぁああッ!!」
急降下からのデュランダルの斬撃。快斗は全く動かずそれを受け止めるが、衝撃が突き抜けて快斗の後ろの地面がぶち壊れた。
「余と剣の勝負をしようぞ、悪魔!!」
空中を飛び回る2人が何度も何度もぶつかり合う。その度に地面から遠く離れているというのにあちこちの地面が窪む。
振るわれる刃の速度は尋常ではない。空気を重いと感じるほど早く繊細な斬撃の交差。火花が散るほど杜撰な斬撃同士の争いではない。空気が切れる方が先だ。
手数は圧倒的にヴィオラの方が上に見える。彼女自身が持つ刃と、割り込んでくる刃の数は生きている限り無限に等しい。到底快斗が持久戦で勝てる見込みなどないのだが、
「折れないか………!!」
快斗は全く表情も威力も速度も変えることなく、ずっとヴィオラの首を狙う。最初は手数で押し切ろうとしていたヴィオラが、だんだんと押し返され始める。
神の命令を直に受ける快斗には、体力という概念そのものがないように思えた。
大きく草薙剣とデュランダルがぶつかる。その波動で周りを飛んでいた剣が吹き飛ばされ、ヴィオラの腕が衝撃で跳ね上がった。
剣も介入できない。失われた腕のせいで守れるものが無い。ガラ空きだ。
快斗の鋭い斬撃がその空いた体に振り下ろされる。その斬撃を喰らえばいくら鍛えた体でも簡単に両断される。
瞬きすら許されないその瞬間に、斬撃が容赦なく体を斬りつけ、
「しィいッ!!」
なかった。
「くぅあっ………!!」
草薙剣がぶつかる寸前で、大量の剣が急に割り込んだ。まるでそこに一瞬で現れたかのように、その割り込み方は不自然だった。
事実、その剣達は一瞬で現れた。代わりにデュランダルがヴィオラの後ろの方の地面に突き刺さっていた。
『剣王』の能力。剣の王たる所以は剣を自由自在に操れること。それは起動を操ったり作り出すだけではない。
ただ、剣と剣の位置を入れ替えたに過ぎない。デュランダルのキャパシティが大きいが故に、それに匹敵するキャパシティの量分の剣が出現したまで。
しかし大量に出現した剣はヴィオラの手を巻き込んで出現したため、ヴィオラの右手が刃に挟まれてしまい、血を吹き出した。
「死ぬかッ!!」
剣達が超近距離で放たれる。流石の快斗も捌ききれないのか、一瞬で後ろに下がってしまった。
ヴィオラから距離を取るのは得策ではないはずだ。津波のように剣が快斗に押し寄せる。上下右左前後ろ全て剣で包囲され、逃げ場がない。
快斗にとってその状況は辛いものでは無いが。そう、その状況は。
「ふッ!!」
快斗から剣までの距離があっては行けない。何故なら距離があれば逃げるなり技を放つなりで剣の猛攻を防がれる。
ならば自身も巻き込むほど至近距離に剣を配置すれば、快斗は魔術を使えなくなる。故に快斗は近すぎて見えないほどの距離にある剣に囲まれた。
「破裂しろ!!」
魔技で防がれるのを未然に防ぐため、剣を起爆させる。これで快斗は攻撃を確実に受ける。ヴィオラはやっとここに来て快斗に攻撃を当てる手段を得た。
そう思った瞬間、見えていた世界は、ヴィオラが思い描いていたものとは違った。
「…………あ?」
起爆して爆発寸前だった剣。爆風が快斗に当たるであろう瞬間、その剣がこの世界から一瞬で消え去った。
疑問に思ってヴィオラが首を傾げた瞬間、快斗の拳がヴィオラの腹に捩じ込まれていた。
ただの一撃。そしてそれは、この1国を一瞬にして焼け野原と変えたあの攻撃と同じものだった。
「んがっ」
内臓がひしゃげ、肋が砕け、腹からの衝撃が背骨すら粉砕した。口から飛び出す血には、逆流した胃液や潰れた内臓まで混じっていた。一瞬で死に際にまで追い込まれたヴィオラは、その勢いに呑まれて地面に墜落した。
地響きが起き、人間の体の限界を超える衝撃が一身に降り注ぎ、痛みなんて感じられない。
「………ぁ、うぅ………ぁ………?」
もはや人の形をしていないヴィオラは掠れた声を出して目を回していた。
ヴィオラはダメージを与えたはずだった。確実に当たるはずなのだ。それに打ち破ったり耐えるのならまだしも、一瞬で消し去るのは意味がわからなかった。
下半身の感覚は完全に消えうせ、腕も動かない。今のヴィオラに残っているのは、考える頭脳と視覚、そしてデュランダルの感覚のみ。
と、視界の下に、快斗が見えた。その快斗は、今まで戦っていた快斗とは、まるで別物のようだった。
左目は獣のような縦目に、右目は真っ黒に染まり十字架が描かれ、髪色は黒く染っている。
ヴィオラは見た瞬間に悟った。この悪魔に勝てる人間は、この世界には存在しないと。
「は…………」
それと同時に笑いが込み上げた。世界最強だった自分が、拳一撃でひしゃげるなど、笑い話であった。これを成せるということはつまり、その前の戦いは準備運動、いや、遊びだったのだろう。
必死こいて戦っていた自分が滑稽で仕方がない。
手のひらの上で踊らされていた。情けなかった。
初めて、自分を弱者だと感じた。
(『剣王』………余は、剣に愛された者………)
消えゆく意識の中、ヴィオラはデュランダルを操作する。
(余は世界の剣。剣の現身。故に、世界の脅威は余が穿つ…………)
デュランダルに魔力が集まる。無限の魔力が。世界のキャパシティを超えた、イレギュラーな魔力が。
(見えなかった頂きに、貴様を征かせるわけには行かない…………)
デュランダルは切っ先を快斗のうなじに向け、放たれる。
(剣よ………最後に1度だけ、余に従え。)
デュランダルは真っ直ぐ一直線に快斗に迫りゆく。それがもし人間だったのなら、勇気あると言うよりも死に急ぎだと思われる。
確実な死を目の前に突っ込んでいく。剣でさえ震えるほどの絶対的な恐怖に、『魔剣デュランダル』だけは王に従って立ち向かっていった。
行った結果、
(…………あぁ。)
デュランダルは快斗の肉に触れた部分から、まるで違う次元に飛んでいくように消えてしまった。
快斗は歩いてヴィオラの真上に立ち、草薙剣をその眉間に宛てがう。
『「さらばだ。剣の王よ。」』
かけられたその言葉を最後に、ヴィオラの意識はぷっつりと切れた。もう二度と、戻ることは無い。
剣の王は、世界を壊す悪魔の力によって、『消滅』してしまったのだった。
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リアンは1人愁い顔でヴィオラを見下ろしながら、天野快斗を通じて見下ろしながらこう言った。
「さらばだ。剣の王よ。」