不幸
「場所、分かったわよ。」
朝、出発の準備をしていたルーネスに、ベリランダがそう言った。ルーネスは寝起きのベリランダの寝癖を気にしつつ、それがどこであるかを聞いた。
「昨夜、竜人から連絡があったの。紫の炎が世界をつつみつつある。その先頭に、天野がいたって話。炎と天野は、竜人達の国に向かって歩いているらしいわ。竜人の女王も、あなたの行動の結果を聞いてから攻撃をするらしいわ。」
ベリランダはルーネスにそう伝え、「早く準備なさい!!」と言って、派手な寝癖を残したまま、ルーネスの寝室を出ていった。
ルーネスは未だ寝ているルージュの頭を撫でて、寝間着から戦闘着へと着替えを終えてから馬小屋へと向かった。
そこには、昨日話した兵士が先に馬に股がっていて、ルーネスは礼儀正しくお辞儀をしてすれ違う。やはりその兵士は苦笑していた。
「行きますよ。」
馬に乗り、ルーネスが馬小屋を飛び出す。そのまま城門まで駆け抜け、そこで待っていた人々に顔を合わせる。
「朝ごはんは食べましたか?」
「食べてないわよ。時間ないんだし。」
「私は食べましたよ!!」
「食べないと育ちませんよ?」
「あんたも食べてないでしょ。」
他愛もない話をしつつ、一行はエレスト王国を出発する。ルーネスを先頭に、後ろでベリランダとヒナが同じ馬に乗り、その左右に兵士が2人ずつ着いている。
「向かう場所はどこなんです?」
「竜人達がいる国よ。その国の『剣王』から連絡があったのよ。」
ヒナが振り返って聞くと、ベリランダは淡々とそう述べる。
「?。だったら、ベリランダさんの『瞬間移動』で飛べるんじゃ?」
「出来たらしてるわよ。今日その話を聞いた時にそうしようと思ったんだけどね…………」
「なんです?…………まさか、」
「そう。魔法陣が破壊されてるの。これは多分、竜人の守りが突破されているってことよ。」
ベリランダは顔を顰めた。実は竜人は個々の戦闘力が他種族に比べて低い。竜と聞けば硬い甲羅を纏う戦闘狂のイメージだが、そうではない。
竜人のいる国が国として成立するのは、世界最強枠の『剣王』のヴィオラの存在のおかげである。
確かに竜人もある程度の戦闘力はあるのだが、大量殲滅にも単体撃滅も1人でこなせるヴィオラは言葉通り一国分の力がある。
それが打ち破られれば、竜人達は直ぐに殲滅されるだろう。
「それってヤバくないですか?」
「だから急いでんのよ。馬で走るのが1番早い。一応各国にはもう伝えてあったから、そう簡単に潰されるとは思わないんだけど………」
「『鬼人の国』の魔法陣の反応がなかったこともあったので、心配ですね。」
未だ確実な『鬼人の国』の情報はない。『侵略者』に向かわせており、そこの情報は待ちだ。
「果報は寝て待てとは言いますが……」
「嫌な予感しかしないわね。」
一行は他の国の心配をしつつ、一直線に目的地に進む。
果たして、彼女らに他国を心配する余裕があるのだろうか。
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時は少し遡る。
「ヴィオラ様、戦ですか?」
「あぁ。だが貴様らは出る必要は無い。余が行く。」
鎧を準備させ、『魔剣デュランダル』を腰に装備するヴィオラ。今はまだ月が高い位置にある。ヴィオラの見立てでは、あの炎を纏った影がこの国に到着するのは次の昼頃だ。
だが国の近くで戦闘をすると、広範囲特化型のヴィオラの攻撃が国にまで及んでしまう。
なので国から遠くにいるうちに打ち倒す。
「余1人で凌げるかは分からん。余が苦戦した場合は合図を出す。その時はあの戦少女か『剣聖』を呼べ。あれらは余に次いで実力がある。」
「は、はぁ………」
珍しく敗北した場合の対処を伝えるヴィオラに、従者の竜人達は心配そうな表情をする。
その竜人達に振り返り、ヴィオラはふっと笑うと言う。
「心配するな。余が苦戦することはあれど負けることは無い。お前らは守る。大切な国民であるからな。」
その言葉に安心するとは行かぬまでも、彼女が悲観的でないだけで従者達まで悲観的になることは無かった。
女王としての役目まで、ヴィオラはきちんとこなす。
「さて、征くか。」
「ヴィオラ様に、神の御加護があらんことを。」
「ふん。神如きの加護などあってないようなものよ。余は余の力で勝つのみだ。」
従者の祈りを少し笑って、ヴィオラが城の1番上、そこにある飛び立つ用の巨大窓から飛び立った。
振り返ると、最後まで見送る従者が見えた。強さを分かっていれど、やはり心配性な国民の心の弱さは、ヴィオラにとって課題でもあった。
「さて、奴を潰すか。」
ヴィオラはそう呟き、その影が来ているであろう方向を見た。そして、視界の奥に広がる紫色の光を目指そうと思った。
「………ん?」
それが、奥にあると思っていたのに…………
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「彼女なら、そうやって皆を守ろうとするよね。」
聖神リアンはそう呟いて、『天野快斗』を操作する。
歩かせずに飛ばせて急激に速度をあげる。
「心配させないより、心配できなくさせる方が簡単だよ。」
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「ッ!?」
ヴィオラが天を見上げた。その時にはもう遅い。
上空に感じた強い殺気は、ヴィオラが視線を上を向けるのと同時にすぐ横を通り過ぎた。
そしてそれは止まることなく、さながら隕石のように地面に激突する。ヴィオラですら寸前で気がついたこの事態に、一体どの竜人が気づけるというのだろうか。
神とは非情なり。誰にでも平等に、苦を与える。
「まっ………」
ヴィオラが手を伸ばすよりも早く、激しい閃光が国を包み込む。城も人々もヴィオラでさえも、その広がる爆発から逃れることは出来なかった。
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「は…………」
ここまでが残っていたヴィオラの記憶。そして今、彼女がいる場所は、彼女も記憶にない場所だった。
そこらじゅう炭と灰だらけ。木でできた家は焼け落ち、石造りの建物は吹き飛び、人々は跡形もなく消え去った。
目の前にあるものは全て形を留めているものの、触れば壊れるものばかり。守るべきものが先に壊されてしまった。
「……………。」
頭から流れる鮮血。口端から零れる嗚咽。体の節々から上がる悲鳴。そして脳内に響く爆発音。
真っ赤な髪を持つヴィオラの視界も心も全て、今は真っ赤に染っていた。
「ぁ、ああぁ…………」
「ッ」
と、目の前に見える瓦礫の山から誰か知らない竜人が転がり落ちた。運よく爆風から身を守れたらしい。
「あ、あんた、ヴィオラ様かい?」
「…………そ、そうだ。余はヴィオラ。この世界最強にして、この国の女王だ………」
「ご無事かい!?良かった。女王が生きていればまだ何とかなるかもしれねぇ!!」
その竜人は体に目立った外傷がなく、ヴィオラに駆け寄ってきてその傷を見る。
「ひでぇ傷だ。俺は回復魔術は使えねぇ………医者がいりゃあいいんだが………」
「………ふ。この程度の傷、幾度となく経験してきた。心配は要らん。早く逃げるがいい、名も知らぬ竜人よ。ここは危険だ。」
「何言ってんだ女王!!そんな傷じゃ出来ることも出来ねぇよ!!肩貸してやっから、あんたも避難するぞ!!他国の連中が助けに来るまでな!!」
気のいいその竜人は、親切にもヴィオラを助けようと手を差し伸べた。ヴィオラはその手を見て拳を握りしめた。
この竜人にだって家族がいて、その家族が生き残っていないことも分かっているはずなのに、こんな意味のわからない厄災があったのに、未だ他人に手を差し伸べられる優しさがあった。
悲しさも辛さも全部我慢してここに立つその竜人を、ヴィオラは尊敬する。自身より弱いものを守るのが役目だと信じてきたヴィオラは、無意識に国民である竜人達を、自分より弱いものだと決めつけていたような気がした。
そして今、それは違うのだと気がついた。
力ではなく、違う方面での強さを、しっかりと育んでいたのだと、そう実感した。
「…………手を借りてもいいか?」
「借りろ借りろ!!無理してんなよ女王!!」
その竜人はヴィオラの言葉に、国民だと言うのに国民らしからぬ態度でヴィオラに接する。図々しくも痛む手を引く竜人の態度も、今のヴィオラに気にする余裕はない。
それほどまでに弱っていた。
故に、
「あぅっ」
横から激突してきた影に気が付かなかった。名も知らない竜人は咄嗟にヴィオラを押し飛ばした。ヴィオラは情けなく尻もちをつき、素っ頓狂な声を上げる。
そして視線を下から上にあげた時にはもう、目の前の竜人は人の形をしていなかった。
体のど真ん中を何かが通り抜け、そこだけが消えたかのように削り取られ、大量の血をばら撒きながら地面にぐしゃりと落ちた。
呆気に取られるヴィオラ。そして背後にその竜人を殺めたであろう人物の気配を感じとった。
初撃で大怪我を負わせられ、真後ろに来るまで気が付かないほど弱ってしまったヴィオラは、背後の気配に背筋が凍りついた。
最強と豪語していた自分がこうも追い詰められるとは思っていなかった。
「くぅ…………」
歯を食いしばり、痛みという悲鳴をあげる体を無理やり起こして立ち上がる。そして振り抜くことなく、背後に剣の雨を降らした。
気配は一瞬にして剣の雨の範囲外まで移動する。
1国を1発で破壊できるほどの強さを持つならば、手加減なんて考えてはならない。最初から本気で叩き潰しに行くほかない。
『魔剣デュランダル』を引き抜き、その輝く刀身に祈るように額を当て、ヴィオラは振り返る。背後にいるはずの人物はその場にいなかった。
「ッ!!」
真上から落ちてきた鋭い刃に反応し、『魔剣デュランダル』で受ける。足の骨から嫌な音が響いたが、気にしない。
今はそれより、国民を殺された復讐が先だ。
ヴィオラがその影と目を合わせる。左右で青赤の瞳。白い髪。黒い装束。紫色の輝く刀。
魔力で何となく分かっていたが、改めて敵がそれだと分かると残念な気持ちだった。勝てやしないと先に思い知らされた。負け試合なんて、楽しいわけが無い。
それでも、もう後には引けないが。
「『竜刃彩華』!!」
国が一瞬で消えたことに絶望した弱々しい国王は、不幸なことに世界の敵と1体1のタイマンをすることになってしまったのだった。