大丈夫
「ルージュ。」
「………はい、姉上。」
王城のルーネスの寝室。ルーネスはそこに呼んでいた妹と対峙していた。
「私は否定しません。姉上が望んでしたことなのでしょう?」
「あら、思っていたより素直に許してくださるのですね。」
ルージュの隣に座ってルーネスがそう言う。ルージュはルーネスを直視せず、両手を組んだり離したりして落ち着かない様子だった。
「心配していない訳ではありません。………心配しかないです。」
「そうですか。」
「私だって行きたいんですよ………高谷様が敵になって、私まで内側から侵され、天野様が滅入ってしまうのも理解はできるのですが………やはり国が燃えるほどの行為は、しょうがないで済ませられる問題ではない。」
「ええ。」
「それは天野様だって分かっているはずです。これが高谷様を倒したことの代償であったと言うことを、私は願っていますが………姉上も分かっているのでしょう?そんなことは無いって………」
ルージュの言葉にルーネスは少し苦い顔をする。核心を突かれたというか、分かっていたことを改めて口にされると驚く。
見透かされているというよりかは、誰もが最初に気づくことだ。
「分かりませんよ。快斗様は今、意識を失っているのかもしれません。」
「ですが、ヒバリ様の言う限りでは斬嵜様と交戦中だったのでしょう?今もそうだとは限りませんし、斬嵜様方から連絡が来ないということは………」
「悪く考えすぎるのもよくありませんよルージュ。私は信じて期待して願っているのです。快斗様が、今は快斗様ではないということを。」
それは快斗に意思がないことを願うということ。
「現実は非情ですよ。」
「たまに気が向いてくれることもありますよ。」
「姉上は運が悪い。」
「最近は運を貯めていました。」
「…………本当に、天野様が敵になっていたとしたら。本気で殺しにくるとしたらどうするのですか。」
「出来る限り逃げます。」
「出来なかったら?」
「死ぬでしょうね。」
「何故そんなに、冷静なのですか、姉上。」
「何故でしょうね………」
ルージュとの問答で、ルーネスはなんとなく察していた。ルージュはこの場所で、どうにかしてルーネスを止めようとしているのだと。
良い妹だと思ったが、同時に悲しかった。理解しているのなら、そうであって欲しかった。止められないと分かっているなら、背中を押して欲しかった。
ルーネスはそれでも、止まりたくない理由がある。
自分でもよく分からない。曖昧でモヤつくような………しかし確実にそこにあるその希望を、ルーネスは追い求める。
「私は快斗様に会うことを楽しみにしているのかもしれませんね。」
「そのためだけに、死んでもいいと?『剣聖』様を向かわせて快斗様を無力化させたあとに話すのでもいいじゃないですか………」
「ヒバリ様には戦わせられませんよ……彼女にも、怖いものはありますよ。」
「怖いもの、ですか?」
「快斗様が言っていました。彼は海が怖いらしいのです。海洋恐怖症?とも言っていました。それは昔に心に大きな傷を残すような衝撃があったからだと言っていました。それをトラウマと呼ぶようです。ヒバリ様にもございます。あなたも覚えているでしょう?彼女が、1度彼を殺してしまっているということを。」
「あ…………」
「正確には、彼が殺されにくるということを。」
嫌なところで身を投げ出してしまう快斗は、過去にヒバリを最低限の傷だけで助け出した。その代わりに受ける大傷で快斗は死にかけた。
他人の為とは言わずとも、快斗は大切な人のためになら命を軽々しく差し出してしまう。
それは快斗ではなく、ヒバリの心に深い傷を残してしまった。快斗はもう何度もそれを許したと言ったし、ヒバリも割り切ったようには見えているが、やはりどこか心でそれを痛がる。
繰り返させたくも、思い出させたくもない。ルーネスが出来る限りの気遣いと、会いたいという欲望が重なり合った。それだけのことだ。
だがルーネスは少し他人から尊敬や信頼をされすぎたようで、中々周りが納得してくれない。
ルーネスにとってそれは、嬉しくも悲しくもある誤算であった。
「ですから、私が最適なのですよ。」
「それならライト様のほうが………」
「確かに彼の方が足が速いですが、それを超える速度で攻撃してきた場合、ライト様を失うことになります。ヒバリ様にとっても、この世界としても、それは避けたい事案です。戦力が削がれるのは避けるべきですから。」
快斗の攻撃を避けられない時点でもう快斗を抑えることは出来ないが、若い者をできるだけ長く生きさせるのが、年上の役目というものだろう。
「………もう、思いつく言い訳がありません。どうか、私を許してくださいませんか?」
「許さないと言ってもどうせ行くでしょう。姉上は。」
「あら、よく分かっているじゃないですか」
呆れてしまったルージュは、何を言っても変わらないと悟った。いや、最初から分かってはいた。言ってみただけ、というやつだ。
「私がもし戻ることがなかったら………ルージュ、ヒバリ様を軸に、快斗様を無力化してください」
「はぁ、どうして、姉上は悪い方向のことを話すのですか………」
「?」
「生きて帰ってきた時に何をしたいのかを考えた方がいいじゃないですか」
「………それはそうですね……では、私は女王をやめます」
「………そう、ですか」
「そして、ルージュを女王に仕立てあげたあとに隠居致します」
「………それ、本気で言ってるんですか?」
「さぁ?どうでしょう」
「はぁ………姉上」
嗜めるように言うルーネスに、ルージュが注意する。張り詰めていたわけではなかったが、それでもさっきより空気は緩くなった。
それからルーネスとルージュは2人きりで楽しく会話を弾ませた。夕食も寝るのも、同じ部屋に2人で一緒だった。
朝になるまで、意外にもルージュがルーネスから離れようとすることは無かった。
「結局、あなたもまだ姉が恋しいのですね」
ルーネスは寝付いたルージュの頭を撫でてそう呟いた。ルージュを起こさないくらいの、小さな声で。
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「ふむ…………」
暗い夜の空の上に、剣と共に浮かぶヴィオラが、紫色の光を放つ方向をじっと見つめていた。
それは遥か遠くで燃え盛る地面。平らな草原を、紫色の炎が容赦なく灰に変えていく。
そしてその炎は少しずつ、ヴィオラの背後にある『竜人の都』に迫りつつある。
そして、そのぼんやりと見える光の真ん中に、小さく黒い影が見えた。その影がこちらに向かっていることも簡単にわかった。
炎の光が徐々に横にも広がっていく。それは世界の内側を目ざしているように見える。外側からゆっくりと世界を燃やしていくように見える。
「………」
ヴィオラは紫色の炎に照らされる影を睨みつける。それはその影をどう倒すのかを考えているのではなく、その影からどう市民を守ろるかを考えている。
なぜなら、ヴィオラは羅刹と戦った時と同じ感覚を、その影を見て感じていた。いや、羅刹以上にひしひしと感じる。肌がピリつく感覚だった。
いわゆる負け確。そんな感じだった。
「…………ちィ」
ヴィオラは光から目を逸らし、大きく舌打ちをして自国に引き返して行った。
花粉症えぐくて鼻で呼吸できない。