これが始まり
脅威はついに過ぎ去った。世界中に蔓延した邪気や殺気が一瞬にして消え去り、人々は体の震えが止まりとてつもない安堵感に何人も地面にへたり混んだ。
ベリランダもその1人だ。ヒバリ達の面倒を見つつ、自身の体の中で渦巻く気持ち悪さを耐えていた彼女は、海人の消滅と同時に血の影響が消え去ったことでようやく一息つけていた。
「はぁ~~~楽になったぁ~~~」
得体の知れない強大なものに押しつぶされるような理不尽はもうない。安心感がどっと押し寄せて力が抜けて、へなへなと地面に座った。
「ん………」
ヒバリが目覚めて起き上がり、それに続いて倒れていた人々も皆立ち上がり始めた。
海人は死んだ訳では無いが、それでも快斗がどうにかしてくれたのだろう。そうベリランダは自分で話を終わらせて、混乱状態の人々をまとめに行く。
「姉さん………」
「あぁ。天野がやってくれたんだろう………高谷殿を。」
未だに海人が敵だと決めることは難しかった。今まであれだけの事を共にして戦ってきた仲間であったからこそ、受け入れ難い。
しかし現に彼はサリエルの心臓を引き抜いて殺している。彼女もまた大事な仲間であり、仲間を弑したとなれば彼は敵と考えるべきなのだが、
「……信じたくはありませんね………」
やはり快斗との親友であっただけに、皆夢なのではないかと疑ってしまうほど、嘘のような時間が流れた。
「まぁ、取り敢えず、快斗さんに聞きましょう。そういうのは。」
珍しく冷静にヒナがそう言って、皆は部屋を後にする。どこに向かうでもなく、彼らは王城の外へ出て快斗の帰還を待っていた。
「快斗さんが来たら、なんて言えばいい……?」
ライトがヒバリにそう尋ねた。ヒバリは難しい顔をして考えた。
先ず、快斗がどんな顔をしてかえってくるか分からない。悲しい顔か、喜んだ顔か。そんなのその都度態度を変えて受け入れればいいのに、何故か皆は考えてしまう。
「いいじゃないですか。そんなの。今は快斗さんが勝った……のは分かりませんが、それを喜びましょう。こっちが嬉しくしたらあっちも嬉しくなるでしょう?」
ヒナはまた皆にそういった。ヒナの能天気さが、今は救いだった。
「考えても仕方が無いか。」
「キュイ!!」
そうヒバリが言った。ライトがそれに同意して、ルーネスも頷いて、ヒナはスキップをして、キューはヒバリの頭の上で鳴いた。
誰もが厄災は去ったと、そう思った。
「?。あれは………」
空から、1つの流星が落ちるまでは。
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「……………」
閉じた地獄の門。その上で全身の疲れのせいで動けない快斗が寝転がっていた。
門は少しずつ消えつつあり、もう快斗が乗っているところ以外はほとんど見えていなかった。
それと同時に、力を使い果たした快斗は気絶仕掛けていた。意識が朦朧として、視界がどんどん狭くなる。
体が重く、傷も痛み、息も小さい。快斗は瀕死の状態になっていた。
「………ヒバ、リ………」
愛しい恋人の名を口にして立ち上がろうとするも、体が動くことはなく、這って進むことすら出来なかった。
「ぁ………」
小さな声を上げて快斗は目を閉じる。眠気が強い。一気に意識が暗闇へ落ちていく。
その時、
『起きてッ!!』
「ッ!?」
『駄目ッ!!そっちに行くのは………くッ!?』
誰かに頬をはたかれ、ハッと目を覚ます快斗。右を向いている首、その目に映るのは誰かの足。
細くも綺麗で女性のものと思われるその足は、物凄く強い力が込められているのがわかった。
何をしているのかは分からないが、快斗はそれ以上のことより眠気に勝てずにいる。
『連れて……行かせないよ!!』
何かを、言っている。上を向いて、何かを言っている。
誰に向けられた言葉なのかは知らないが、快斗に知る術もないので、諦めた。
『ッ、駄目だよッ!!今寝ちゃ駄目ぇぇ!!!』
高い女性的な声にそう言われても、快斗が目覚めることは出来なかった。
何かに物凄く強い力で捕まえられたから。
「天野快斗!!」
別の声が聞こえた。また女の声だった。誰かと顔を上げると、ピンク髪のネガだった。
ずるずると引き上げられる快斗。彼女は必死の形相で彼を追いかける。
「止まれッ!!止まるんだ!!」
そうは言っても、快斗にはとどまる術がない。
「クソッ!!この、邪神がッ!!」
「失礼だな。僕は清き存在なのに。」
そんな言葉を最後に、快斗は意識を失った。
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「終わった、で、ござるね。」
「ううぅ………なんとも恐ろしい時であった………」
「女帝殿はいささか怖がりにござるな。」
「妾は警戒心が強いだけじゃ。臆病者と一緒にするでない。」
「そういうことにしておくでござる。」
『鬼人の国』の人々は、厄災の消失に大いに歓喜した。零亡と暁も、同じ気持ちだった。
これでようやく、安寧が訪れると。毎年事故や災害はあれど、この年ほど忙しい年はなかった。神のお告げや、悪魔の到来。地下の帝国の攻撃に、太陽神戦争。
とてつもなく大変だった年の最後がようやく訪れる。
そう思った時、ふと、暁の目の前は光に包まれた。
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「…………あ?」
体の痛みもダルさも疲れもすべてなかった。目の前がすっきり晴れて、前が見えた。
そこは一言で言えば『白』だ。真っ白な天井に、真っ白な床に、真っ白な柱に、真っ白な壁。
そして目の前には、光り輝く透明な宝石で出来上がった椅子に座る白い男がいた。
「君は、今は悲しいかい?」
「今は………?」
その男は快斗に問うた。光で包まれたその男が、快斗には見ることが出来なかった。
「悲しい………親友を、失ったんだぜ。」
「自分のせいで、ね。」
「…………。」
「君が彼を不幸にしたから、君が不幸にされ返されただけだ。」
「…………。」
「被害者ズラかい?笑わせる。自業自得というものだよ。」
「…………俺は、俺が信じた道を進む………。」
「それは彼も同じだ。彼の信じた道を絶やしたのは君だよ。」
「…………それは、」
「非を認めろ。天野快斗。彼は君さえ居なければ、もっとマシな方に生きれたかもしれない。」
「…………。」
「元より、君なんて誰にも求められちゃいない。僕も彼も、そしてこの世界にいる皆にとって、君は必要ない存在なんだよ。」
「…………ぁ。」
言葉一つ一つで心がズキズキと痛み、呻き声が出てしまう。
その言葉は全て正しくて、否定しようがなく、しかし受け入れ難い。
言うなればそう、嫌な言葉だった。
「いてもいなくても、変わらない。必要とされてない。いなくても問題ない。そんな君が、主役にでもなった気でいたかい?」
「………俺は、邪魔なのか………?」
「邪魔だよ。このままじゃいけない。必要とされないモノから、邪魔な厄介モノにされてしまう。」
「………どうしたらいい?俺に、どうしろってんだよ………もう、全部終わっちまったあとなんだよ………」
「大丈夫。」
悲観的に言葉を返す快斗。親友を失ったショックから、彼は冷静さを失っている。
そんな彼にかけられる、慈悲深い優しい声。
「僕に、君の身を委ねて。そうしたら、君は邪魔なモノじゃなくなる。穏やかに、誰にも煙たがられることの無い世界に、君を連れて行ける。」
「………それが、いいのか………?」
「最善さ。」
白い綺麗な手が、差し出された。
快斗は両手で顔を抑える。どうしたらいいかなんて分からないのに、体はそれを望んでいるかのように重たく痛くなってきた。
楽な方に行けば、それも消える。快斗はそう思った。
立ち上がり、階段を何段か登って、その手を見つめる。透明にすら見えるその手に、快斗は自分の手を重ねようとする。
「待てッ!!」
後ろから声が響いた。しかし直ぐに掻き消える。この場所ではその声も無力であった。
そして、快斗はその手に自分の手を重ね合わせた。
「うん。それでいいんだ。天野快斗。」