幸
「ふっ!!」
「ッッ!!」
飛び上がる海人。空中から落ちる快斗。草薙剣と海人の鉤爪がぶつかり合い、衝撃波で同高の岩の塔が全て破壊された。
『えぇぇぇえええええいい!!!!』
前触れなく白腕が現れ、快斗がハエであるかのように叩き落とそうとした。
「ぁあッ!!」
海人の腕を切り裂き、そのままの回転で迫る白腕を全て切り裂いた。
海人から目を背けたことで出来上がった一瞬の隙に海人の腕は再生され、拳が快斗を強く撃ち抜いた。
地面を転がりスライディング。草薙剣を地面に突き刺して勢いを消し止まった。
「『崩御の落炎』」
『怨念』が海人の周りに展開され、翳される。青い炎が継ぎ足され、巨大な炎の塊が出来上がる。それが1つではなく、10個近く放たれ、遠くから見れば綺麗な流星にも見えるだろう。
「『クロスファイア』」
十字架の形をした獄炎が、宙を快斗の意思にそって自由自在に飛び回り、降り注ぐ崩御の炎を打ち消していく。
「押しつぶす。」
背中から翼が生えた海人は、原野に命令し、『怨念』の雨を快斗に降らせた。
1本1本が腕。手のひらには鋭い牙が生えた口がついている。
「『死歿刀』」
獄炎の斬撃がそれらを消し去ろうと迫るが、腕についた口が獄炎を一瞬で平らげ糧にしてしまい、消し飛ばすどころか、増強させてしまった。
魔術が無意味だと分かると、快斗は腹に手を当てる。
中で蠢く『怨力』。『怨念』に満ちたこの場所で、快斗の『別腹』の満腹度は最骨頂に達していた。
「『魔技・怨念の濁流』」
快斗の足元から大量の腕が波となって進む。降ってくる腕は『怨力』を食うことは出来ず、無惨に握りつぶされていく。
快斗は海人目掛けて草薙剣を投げつける。海人は飛んでくる刃を首を傾けて躱す。
真後ろに快斗が出現することはわかっている。攻撃をしようと振り返った時、もう快斗はそこにいた。
「がァッ!!」
「ォおッ!!」
海人のパンチと快斗の斬撃が交差する。真っ直ぐにぶつかり合う攻防が続き、反動が互いの体を突き抜ける。
筋繊維がぶちぶちと切れて血が吹き出し、関節に痛みが訪れる。お互い口端から血が流れ落ちるほど内側に損傷を受けた。海人は回復するから問題ないが、快斗は内まではカバーしきれない。
「だからって止まっかよォ!!!!」
海人の拳に刃がぶつかる瞬間、快斗の腕の筋肉が爆発。拳を刃が躱して腕を削ぎ落とした。
「なっ」
予想外の攻撃に隙ができる。その隙を見逃さず、海人を蹴り飛ばす。
地面を転がり、岩に激突。爆煙が吹き上がり、岩の破片が海人の体を押しつぶす。
「ふぅぅうう!!!!」
翼で滑空し、高速で迫る快斗。岩に挟まれた海人は『怨念』で岩を弾き飛ばし、地面を強くふみしめる。
流れ落ちた血が反応して、地面から鋭い刃が飛び出した。
「オラァ!!」
草薙剣を地面にぶつけて走る。何度か体に血の刃が突き刺さるが、快斗が止まることは無い。
火花が散り、血の刃が途切れた時、海人は快斗の想定外の動きに対応出来ず千鳥足になった。
ように見せかけた。
「なんてね!!」
快斗の大振りの刃をひらりと躱し、『怨念』の拳で快斗を殴り飛ばす。岩の壁を貫通し、快斗が吹き飛んでいく。
「反撃開始ィ!!」
海人が楽しげに叫び、飛び上がろうとしたその時、目の前に十字架の獄炎が落ちた。
「は………」
「弾けろ!!」
先程の崩御の炎を打ち消した十字架はまだ残っていた。
十字架は海人の至近距離で大爆発。空を撃ち抜く爆炎が、全てを飲み込んで消し去る。
それを、海人が内側から飲み込んだ。
「がァァああらァァァァァ!!!!」
胴体が斜めに裂け、大きな口ができ上がる。それと同等以上の口を持つ『怨念』が大量に発生し、爆炎を内側から飲み込んでいく。
快斗が飛び上がり、海人に迫る。爆炎を飲み込み終わった海人は、飛んでくる快斗の斬撃を受けた。
「ふぅうッ!!」
右肩から心臓部まで降りた刃を両手で引っ付かみ、固定。快斗の動きが一瞬止まる。
「食らっておきな!!」
自身の胸の口と『怨念』の口を快斗に向けて大きく開ける。そこから飲み込んだ爆炎が光線となって快斗に直撃した。
「クッソ!!」
地面に墜落し大爆発。ジリジリと高温の光線が地面を溶かし、最早火なんて生ぬるいと思う程の高温空間が出来上がる。
『怨念』が殺到し、快斗を抑え込む。その間、海人が受けた傷を再生させようとしていたその時、
「うぐっ!?」
腹を貫き、遥天高くまで海人は打ち上げられた。
「『魔技・穿つ闇柱』」
『怨念』を突き破り高く聳え立つ闇の塔は、海人の腹を貫通して空へと押し上げた。
快斗は再び飛び上がる。何度も何度も空に向かって草薙剣を投げ飛ばし、『転移』して加速していく。
「『崩御の鉄槌』!!」
「『死歿刀』!!」
2色の炎が交わって炸裂する。それが空でいくつも起こり、まるで花火のように散っていった。
かつては同じ敵に放たれ互いを助けるように交わった炎は、今や互いを傷つけるために歪に交差していた。
「ああぁッ!!」
「ぉおおッ!!」
青い炎が紫の炎に押され始める。原野も『怨念』によって快斗自体に攻撃を仕掛けるが、本気になった快斗の速度に原野ではついていけない。
炎を躱し、打ち消し、流し、時には受けて突き進んでいく。
「クソッ!!」
快斗が海人のすぐ側にまで近づいた時、至近距離で炎が放たれた。2人を『怨念』が囲んで、それぞれの手のひらから同じように青い炎が吹き出す。
受ければ精神にダメージが届く。肉体は焼け焦げ、精神は炙り尽くされて戦闘どころではなくなるだろう。
だから海人は油断した。この状況からは逃げ出すことは出来るかもしれないが、自分には刃は届かないと。
死なないという自身の能力に、彼は知らず知らずのうちに慢心を抱いていた。
故に、それは戦況を一気に傾ける。
「ふぅ………」
熱い空気を吸い込み、一瞬だけ快斗はこの場から意識を切り離す。どんどんと下へ下へ落ちていき、たどり着いた場所は『消滅』を得た場所だ。
目の前の黒い小さな木。そこには2つの赤い木の実がなっていた。
1つは鋭い牙の口が、もう1つは本が描かれていた。
快斗はそれを見つけると、惹かれるように木の実をもぎ取って口に入れる。味は美味しくなかった。
不味いこの実を全て食べるのは気が引けたが、快斗はそれでも食べるべきだと鼓舞する魂に従ってそれを口にした。
やはり、美味しくなかった。
どの実も、どれだけ噛んでみても味は変わらなかった。
まるでそのものの悪い所を抜き取ってかき集めたような、加えて鉄のような味、すなわち血の味が色濃く感じられた。
気がつけば全てを平らげ、快斗は血を吐いた。血は真っ白な世界に染み込んで、目の前の小さな木が成長した。
先程まで快斗の腰までぐらいにしか無かった木が、一瞬にして快斗を僅かに越えるまでに背が伸びた。
その木の幹に触れると、快斗の手を、誰かが握り返したような気がした。その違和感に首を傾げた時、その世界はゆらゆらと歪んで崩壊する。
時間だ。そういって快斗を素っ気なく外に追い出すように、世界は動き出した。やることは終えたので、快斗も出ようとすると、最後に一瞬声が聞こえたような気がした。
『愛してるよ、兄さん』
快斗はふっと笑って、振り返ることなく進む。
「俺はお前の兄じゃない。天野快斗だ。」
優しく包み込むような女性の声にそう返して、快斗の意思は現実に戻る。
瞬きすら出来ないほど、短い時間だった。
「くッ!!らぁあ!!」
意識が覚醒すると同時に腹の底に力を込める。勢いを止めることなく、快斗は炎の中に隠れる海人に突っ込んでいく。
「焼け落ちろ!!」
海人がそう叫ぶ。炎は容赦なく快斗にのしかかる。が、それは彼自身を傷つけることなく、どこかへと消えてしまった。
「なっ………」
炎は完全になくなっていた。それは他でもなく、彼の『消滅』と言う力の効果で。
「らァ!!」
快斗は刃を振るうでも殴るでもなく、海人に体当たりをした。炎を消されたことで困惑した海人に触れた快斗の体は、海人の体を消し去りながらそこを突き抜けた。
「はばぁっあ!?」
驚きの声に重なって吐血した。体の大部分が失われ、バランスを失った海人は空中に留まることが出来なくなった。
「クソ………」
海人が振り返って空を飛びまわる快斗を睨みつけた。と、快斗がこちらを向いて手を向けた。何かと海人が警戒した瞬間、真下から凄まじい気配を感じた。
「な、なんだ? 」
下を見るとそこには、恐ろしい鬼の顔が彫られた巨大な扉が在った。そこは、先程快斗が草薙剣を突き刺していた地面だった。
「あれは………!!」
海人がその扉がそこにあるということの意味を悟った瞬間、真上から凄まじい重圧が海人を穿った。
「………快斗!!お前!!」
激高する海人に、快斗は向き合わない。もう覚悟は決まっているはずだ。今元親友の顔を見て覚悟が揺らぐのが怖くて快斗は顔をあげない。
無視するのが気が引けたのか、本心なのかは知らないが、快斗は大声で、一言だけ海人に言い放った。
「地獄に堕ちろォ!!!!」
その瞬間力が強まった。受けている海人の腕の甲羅が、弾けて血が吹き出し、どんどん下へと押し下げられていく。
扉が大きな音を立ててゆっくりと開く。その中からはこの世で1番辛い世界の悲鳴が鼓膜を震わせる。
海人は理解する。そこに堕ちれば二度と出られないと。
「くぅ、ああぁああぁあぁぁぁぁああああ!!!!」
消された肉の断面から腕が生えのび、そこら中の岩や地面に腕の鉤爪を引っ掛けて扉の寸前で海人が止まる。
快斗は草薙剣を握りしめる。ここが正念場。止まることなく攻め続けなければならない。
大事な友のため。愛する人のため。確かにいたはずの大切な友を誰も行きたがらない世界に突き落とす。
「高谷ぃいい!!」
「快斗ォぉお!!」
地面から生えた血の腕が沢山快斗に迫る。鋭い斬撃が血の腕が切り飛ばされる。硬い甲羅を『消滅』の斬撃が突き抜け続けて、快斗は止まらない。
もう、快斗を海人は止めることが出来ない。
そう、海人には。
「原野!!」
『任せてぇえ!!』
海人の心臓が鳩尾を突き破って飛び出し、『心剣』を象る。それを原野が引っ掴んで飛び上がり、快斗と正面衝突する。
青い炎と大量の血が突き出された『心剣』にまとわりついてドリルのように回転する。赤と青が混ざってそれは紫の炎へと変わった。
『「『羅血薄憂竜胆』!!」』
海人と原野の声が重なる。2人の想いが結びつきあった技だ。愛と希望で作られたこの一撃は、星を貫通するほどの威力がある。
しかし、今にも竜胆が快斗を貫きそうな距離にあるというのに、快斗は止まらずに進む。
原野も最早、敵だったから。
「死守剣!!仕事しろ!!」
草薙剣の斬撃が竜胆にぶつかった。その瞬間、海人の最後の懇親の一撃は掻き消され、その威力を無に帰された。
『「………あれ?」』
2人の声が重なる。跳ね返った反動によって地面にしがみついていた腕が弾け飛び、原野の体は原型を留めることが出来ずに崩れ落ちた。
「しゃぁらぁあ!!」
快斗が足場を蹴って『心剣』にたどり着く。崩れていく原野が必死にそれを取り戻そうと手を伸ばしたが、快斗には勝てない。
「終わりだ!!」
快斗が『心剣』を蹴り飛ばす。回転しながら吹き飛んだその剣は、皮肉なことに海人の心臓部に突き刺さって海人を扉の中に押し込んだ。
そして致命的な隙が出来上がった。
「喰らえ。」
草薙剣を引き、静かに冷酷な視線で海人を見下ろす快斗。『怨力』が凝縮された草薙剣が黒く光り、技の準備は完了した。
この時、海人はなんの抵抗もしなかった。したらどうにかなっていただろうに、何故だかしなかった。その理由は単純明快だった。
快斗を認めて、羨ましがって、好きになって、憧れて、かっこよく思って、強いと思った。越えられないものだと、諦めてしまったのだ。
「『魔技・絶望の一閃』。」
一直線に放たれた極光は、まるで天から落ちた黒い柱。それは海人を貫いている『心剣』の柄にあたって海人は完全に扉の中に押し入れた。
未練タラタラな現世に、海人は最後に手を伸ばす。涙は流れていなかったが、寂しさを感じていた。
閉じていく扉。その先には草薙剣を振り切った快斗が見えた。そして目を見開いた。彼は性懲りも無く、また涙を流していたから。
「どこまでも他人思いなんだから。」
呆れて呟き、笑った。それは作り笑いでも愛想笑いでもなく、心の底から湧き出た笑みだった。
「………さよなら。」
見えなくなる快斗に、聞こえないとわかっていて海人はそう口にした。と、海人の首周りがふと暖かくなった。それが、抱きついている原野の腕だと分かって、海人はほっとした。
「原野………」
『大丈夫。私はいつだって高谷君の味方。どこまでも、いつまでも、私はあなたを愛してる。』
「………ありがとう。」
扉が閉まって、そこには何も残らない。地獄に堕ちる幸せそうな2人の姿が次に他人に見られるのはいつになるだろう。
「………殺して、やれなかったな。」
快斗は最後に、もう居ない敵に対しての未練を口にした。誰にも聞こえないそれは、さっきまで激しかった戦闘場を嘘のように静寂に包み込むそよ風に流されて消えた。
どこに堕ちても幸せな2人をこの世界から追い出して、快斗は1人、親友達に置いていかれたのだった。