終焉の幕開けだ
「やってやる!!」
快斗が近づいてくれば近づいてくるほど、海人の無意識に震えが大きくなる。
「せい。」
やる気のないように感じる声と、振るわれた草薙剣から見えない斬撃が飛んだのは同時だった。
炎の波に飲まれて、海人の体がぶっ斬れる。今度はちゃんとくっついて、海人は死を回避した。やはり『消滅』のついていない攻撃では回復は可能なようだ。
「あぁもう!!面倒だな!!」
海人は片足で飛び上がり、残った片腕で快斗の顔面に拳を振り下ろす。快斗は片手でそれを受け止めて引き、胴体を蹴りあげる。
岩の柱を貫通して天高く海人が打ち上がる。
「『死歿刀』」
宙に浮く海人に斜め上に移動した快斗が斬撃を放つ。
一閃に留まらず、その鋭い斬撃は千を超える数だ。海人は地面に散らばっていた血を刃にして追撃を打ち落とそうとする。
が、炎は波の如くぶつかる血の刃の数々を一瞬で焼き尽くして消し去り、何事も無かったかのように海人の体を切り裂き、そのまま地面にまで墜落して大爆発を起こす。
「うぅ………」
体がぐしゃぐしゃになり、内臓も骨も粉砕された。痛みは少ないとはいえ感じるので、これほどの大怪我を追うと、流石に声が漏れてしまう。
だが、海人はそれでもいいものを得た。
「なる、ほど……?」
再生した時、海人のくっつかなかった腕が再生していた。炎の斬撃に押されている時に、岩の柱にくっついていなかった腕を叩きつけて腕をもいでいたのだ。
パソコンの動作に異常が起こると再起動するのと同じように、治らないのなら更に壊して最初から作り直す。
今回はそれで解決した。
「なら………」
海人は再生しなかった足を掴んでもぎ取ってみた。すると、足は簡単に元に戻った。
「そっか。そういう事か。」
海人は足がくっつかなかった理由を理解した。斬られた足は肉を消されて切り離された。それは質量保存の法則を無視して物体を消し去った結果。
足は草薙剣が通過した分の足の肉や骨を失い、帰ってきた足と断面が違うのでうまくくっつかないのだ。
くっつけるよりそのまま再生させて方がいいんだと気がついた。
「やっと自由だ。」
海人は立ち上がり、手を握っては開くを繰り返す。思い通りに動く事を確認し、深く息を吐く。
「快斗、君は本当に、険しい道を進む気になったんだね。」
「あぁ?」
小さくつぶやく声が遥か遠くにいる快斗に聞こえるのは、快斗の近くに『怨念』が飛んでいるからだ。
快斗の肩は今少し重い。溢れ出る魔力が『怨念』を弾き飛ばしてしまうが、唯一快斗に触れられる『怨念』があり、それが原野だ。
全体重をかけて、と言っても体重はないが、原野が引き連れている『怨念』を全て快斗にのしかけて体を重くしている。
海人の声は原野からも発せられ、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚も共有。彼らは一心同体なのだ。
『うぅぅぅぅううんん!!!!』
唸る声が快斗には聞こえる。悪魔は人間の負の感情に敏感なのだ。
快斗の魔力の中で動けるのは、自信を保つ強い感情がある故だ。多くの場合、『怨念』は憎悪や寂しさといった感情によって保たれる。
これらの感情は案外簡単にブレるもので、ちょっとの出来事で揺らいだり消え去ったりしてしまう。
しかしこれらとは違うベクトルの、そう簡単に消え去ることの無い感情がある。
それは『愛』である。
原野の持つ、海人に対する愛が消え去ることは一生ない。どんな荒波に晒されようとも、『怨念の女王』である原野は海人を愛することをやめない。
原野は生きる全てを海人に委ねて、ただひたすら、健気に海人を奉仕する。原動力は無限。終わることなき呪いともいえるそれは、原野を永遠に縛り続ける。
海人はそれを哀れにも思わず受け入れて、利用する。
親友を殺すために、恋人を犠牲にする。
「俺を倒す先の世界で生きるのは苦労するだろう。」
「なんだと?」
「どこまでも、俺は俺じゃなくても君を追い詰める。」
「意味がわかんねぇぞ。」
「今は関係ない。………この世界を破壊する勢いで殺し合おう!!」
『えぇい!!』
海人の叫び声に原野が反応して空中に真っ白な大腕が何本も出現し、快斗を取り囲む。
地面では全身を真っ赤な甲羅に覆われ、顔の半分までマスクのように包まれた海人が、そんな快斗を見上げていた。
「さぁ!!終焉の幕開けだ!!」