カス
『消滅』にも弱点がある。快斗はそれがバレたことを、笑う海人を見て悟った。
「クッソ………俺が弱ぇからな………」
実際は、これは『消滅』の弱点ではなく、快斗の弱点なのだ。単に、まだ完全に使いこなせていないだけ。
前の使用者は分からないが、エレメロがしたように、『消滅』を剣に象って放つことだって本当ならできるのだ。
快斗は自身が触れているもの、あるいは体の表面上にしか『消滅』の力を発揮できない。
これが伸びるのか伸びないのかは快斗にも分からないが、少なくとも、海人を詰ませるまでには行かない。
「はぁ………はぁ………」
荒い息に肩が揺れる。快斗は『消滅』の力を随時発動することすら出来ない。海人の猛攻を退けるためにかなり使った。これのせいで快斗は既にかなり消耗していた。
「だが、まだまだだ。」
快斗はまだ『極怒の顕現』を使っていない。まだ本気を出している訳では無い。
海人はどうだか知らないが。
「はぁ………ずっと飛ぶなんてさぁ。」
飛び続ける快斗を見上げていた海人はそう呟いて大斧の真ん中を膝で蹴ってへし折った。真ん中で折れたそれぞれが、小さな斧に変わる。
「ズルいよ。」
海人が地面にふんばって飛び上がった。その瞬間、地面がひび割れた。1秒足らずで海人は快斗に辿り着いた。
「速いな全く。」
快斗は跳んでくる海人に草薙剣を投げ飛ばした。『転移』を知っている海人はそれが眉間に刺さるのを無視して快斗本体に斧を振り下ろす。
「しゃらっ!!」
快斗は手のひらに『消滅』を付与し、海人が振り下ろした斧が自身に到達する前に横から叩いた。斧の刃が消える。海人はもう一本の斧を今度は草薙剣に振り下ろした。
柄に直撃した斧によって刃が回転し、海人の眉間から脳を貫通して刃が上がり、回転して快斗の右手指の間に刃が直撃した。
「ッ!!」
快斗が驚いて目を見開くよりも速く、快斗の首を蹴り飛ばして地面に斜めに落とした。地面に直撃した快斗が砂煙をあげる。
「やっぱり、俺の方が、」
海人が笑う。
次の瞬間、砂煙の中で強大な魔力が出現し、砂煙を掻き分けて黒い光が飛んできた。
海人が瞬きする前に、快斗がその首に『消滅』を付与した草薙剣を振るっていた。快斗の右目は既に黒く染まり、それを中心に十字架が描かれていた。
しかし、その鋭い斬撃は鋭いが故に海人の首の肉を一瞬で削ぎ落とした時、海人の肉はすぐにくっついた。
「強いんだね。」
快斗に膝蹴りをかます海人。快斗はそれを左手で抑え、そこを軸に回転して足で脳天を蹴り落とす。
脳みそをぶちまけて海人がぐしゃりと地面に着地。肉塊が飛び上がり、再び人体を形成。真上を見上げると、快斗の猛追撃が沢山降り注いでいた。
「はッ!!その程度なの!?」
海人が何を蹴りあげるでもなく足を振り上げる。空気が掻き分けられ、衝撃波が追撃をはじき飛ばした。
直後、その衝撃波を突き抜けて快斗が落下。振り上げられた海人の足を草薙剣で地面に縫いつけた。
「速っ。見えなかった。」
快斗は拳を握りしめ、海人の体を殴りまくる。1発1発で山が吹き飛ぶレベルだ。拳は肉を跳ね飛ばすのではなく貫通して穴を開ける。
突き抜けた波動が地面に穴を開ける。1秒にも満たない時間での『乱撃』だったが、海人の体はその半分以上を失っていた。
再生。すぐさま元に戻る体。骨も血も肉も全て元に戻る…………寸前で炎が焼き尽くした。
「『暗澹』」
紫に輝く炎が肉を灰に変え、骨が焼け焦げて崩れる。
それは永遠に再生し続ける海人を、永遠に燃やし続ける炎。先の未来に希望を持たせない。希望なんてあってはならない。快斗は海人に、そうあってほしいと切に願う。
が、叶うことは無いだろう。海人は地面に縫い付けられた足を引っこ抜き、その場から飛びず去る。離れれば炎は届かず、見事に海人は全身再生を果たした。
「はめ技なんてずるい──」
やっと目覚められたと嘆息する海人が話終わる前に、快斗は草薙剣でその体を斜めに斬り裂いた。体が重力に従ってずり落ちる。
それだけでは飽き足らず、快斗は海人の顔面を殴り、地面に叩きつけて砕いた。
残った体が翼を生やして飛び上がる。快斗もそれを追う。体は今までよりも早く再生し、海人は苦笑いをうかべる。
「話す猶予もくれないか。まぁ、そろそろ飽きてきた頃だし、勝ってからじゃなきゃ安心できない。」
両手足が赤い硬質な物体に覆われる。鉤爪が出来上がり、翼をはためかせ嗤う海人は宛ら、本当の悪魔に見えた。
それを追うのは、真っ黒な翼を生やした白髪の悪魔で。
「君はどっちかって言うと、天使って感じだけどねぇ!!」
「黙れクソ野郎!!」
海人の踵が快斗の草薙剣の斬撃に直撃、する瞬間に切り落ちた。
『消滅』が発動していた。ここから先は必ず斬られると海人は覚悟する。落ちた足は空中で引き返し、もう一度くっついた。
海人は甲羅を纏った腕を快斗に突き出す。快斗の草薙剣に真っ二つに絶たれるが、刃をぬけたところで再びくっついて拳が刃をすり抜ける。
顔を逸らし、ダメージを減らしたが、それでも勢いは殺しきれず、岩を貫通して吹き飛ぶ。
先回りして快斗を攻撃しようと海人が快斗の背後をとる。が、それを察知していたのか、快斗は草薙剣を後ろに構えて岩場を踏み、逆に勢いを乗せて回転。海人の防御を消し去って上半身と下半身を切り離した。
海人がくっつく前に、今度は縦に回転してかかと落とし。顔面に快斗のかかとが直撃し、地面に落ちる。
それから下半身を粉々に切りさこうとしたが、
「ぐっ!?」
下半身だけがひらりと回り、快斗の斬撃を受け流して同じように地面に蹴り落とした。
「ふぅ、体を捨てることだって出来るんだよ。」
下半身から肉の繊維が吹き出し、それが大量に連なって上半身が出来上がる。
「クッソ!!」
地面に墜落した上半身は海人の体ではなくただの肉片に変わっていた。
「止まってちゃ死ぬよ?」
海人の声に快斗はその場を飛びず去る。その瞬間に地面から血出できた巨大針が突き出した。
肉の破片の血溜まりからは腕が生え、それぞれが青い炎を放出。地面に着火して火の海になる。
逃げ場が直ぐに無くなる。飛び上がればいいのだが、その選択肢は海人が簡単に潰す。
『崩御の炎』が空中を舞い、竜巻のように渦巻いて快斗にかぶさろうとする。地面からの追撃と空からの挟み撃ち。
「チッ!!」
舌打ちをした快斗の抵抗虚しく、快斗は炎に飲まれて爆発。岩の隙間をまるで水が流れるかのように青い炎が流れて大地を焼き尽くす。炎は爆発の勢いでその戦場のみならず、猛スピードで世界に拡がっていく。
「こんなんじゃ死なないよねぇ!?」
仄かに闇を照らす炎に向かって海人がそう言った。青い炎の中に快斗の気配は確かにある。それがその場から動かずにじっとしているのが不思議だったのだ。
徐々に爆煙が晴れ、地面が剥き出しになっていった。すると、青い炎の中で地面に草薙剣を突き刺し俯いていた。
地面に降り立つ海人。体は炎で焼かれても問題ない。
近づくにつれ、それが何かを狙っているものではなく、本当に疲労でそうなっているだけだった。
「体力、思っていたほどになかったね。」
「………1人で神に挑んでんだぞ………」
「弱音を吐くのかい?ここまで来て情けないね。」
「お前には、言われたくねぇ………」
快斗は頭だけを上げてそう言った。海人はそんな快斗に笑みがこぼれた。なんだか、彼を掌握したような感覚だった。
歩み寄り、快斗の顎を優しく持ち上げる。互いの顔が近づく。炎に照らされた互いの顔は、両方の額に汗が滲んでいた。
「もう、終わりにしたいよね。」
「この戦いを、か?」
「違う。この世界をだよ。」
「…………何がいけなかったんだよ。」
「いけなかったのは君だけだよ。俺は君が殺せられたら結構気分が晴れる。」
「だったらそれだけでいいだろ。」
「姉さんが望んだのはそんなちっぽけな事じゃない。彼女の破壊衝動は俺が引き継いだ。」
「…………そんなにそれを追い求めて、何があるってんだよ」
快斗が睨みつける。まっすぐ視線が交差する。海人の瞳には、罪悪感という感情を感じられなかった。そこにあるのはただの歓喜。
まるで、聞いて欲しかった話を質問されたかのような、そんな表情で海人は言った。
「何も無い。何も無いから目指すのさ」
海人は微笑む。
「何も無くまっさらなこの世に、何もかも消えて真っ
白に色抜けた世界に、俺が新たなモノを創る。赤い世
界で満たし尽くす。俺の空虚と、姉さんの憎悪が、そ
れで埋め尽くされるはずなんだ。穢れた世界も、鮮や
かな世界も、みんなあるから美しい。俺は嫌いだ。何
も無くなって欲しい。美しいものを見ると気分が悪く
なる。壊したくなる。平らに、そう、もう手を加えた
って変わらなくなってしまうぐらいに。みんな平等
に、無差別に、無慈悲に、平らな世界となるべきだ。
俺は信じてる。姉さんと同じ。俺が言っていることを
否定するなら受け入れる。人によって考えは違う。捉
え方も考え方もね。人間の嫌なところだ。俺は否定し
ない。その必要すら感じない。だって、否定する前に
それを壊してしまえばいいのだから。それは否定では
なく肯定でもない中立。俺は悪じゃなく、善でもな
い、曖昧でかつ明瞭な、みんなの概念になりたいん
だ。俺が創るであろう、新たな世界の人間の、ね。そ
れはいわば恐怖であり、憎悪であり、歓喜であり、信
念であり、願いであり、怒りであり、そして悲しみで
もある。」
大きく深呼吸をして、海人は再び口を開いた。
「教えてあげるよ快斗。この世界には絶対悪というものは存在しないんだよ。そのモノが悪かどうかなんて、誰も決めちゃいけないんだ。他でもない、そのモノ自身以外が、ね。」
海人は優しくそう言った。その言葉に快斗は俯いた。草薙剣を握りしめる力は抜けていない。この距離であるなら今にでも海人を真っ二つに出来る。
でもそれをしないのは、今の言葉が、快斗の頭の中を何度も何度も反響するように響いているからだ。
口が覚えている。体が覚えている。魂が覚えている。なのに、快斗が、『天野快斗』が覚えていない。
一体、誰の口癖だったのだろうか。
「………そうか。お前は、そっちに、行くんだな。」
快斗はそう言ってゆっくりとふらつきながら立ち上がる。海人は面白そうに快斗を見つめ、笑ったままだ。
「俺が言っていることを否定する?」
「しない。」
「どうして?」
「それは………」
決意は最初から決まっていたのに、随分と遅い始まりだった。
「俺が………」
長く続くだろうか。短く終わるだろうか。
どっちだっていい。みんなを救えるのなら、どっちでもいいはずだ。
間違ってない。何も間違ってない。
傷つくのは、お前だけで十分なんだろ?
「お前と同じ考えだからだ。」
「ぁえ?」
予想外の返答に、海人が素っ頓狂な声を上げて固まった。脳がそれを信じるか否か、また、それを受け入れるか笑うかのどれを選ぶかを判断していたのだろう。
だから、隙ができた。
「しッ。」
気がつけば海人の目の前に快斗は居らず、振り返ると後ろにいた。と、両腕の感覚が消えて軽くなった。斬られたのだと分かった。
「こんな会話の流れだけで俺に勝とうっての?」
そう言いながら余裕そうに落ちた両腕を戻す海人。快斗はその言葉に振り返り、口を開いた。
「別に。もう会話も必要ねぇよ。俺とお前は、同じ考えを持って、別の捉え方をした人間だ。ぶつかりあったってなんも生まれねぇし、こんな争いするのも馬鹿馬鹿しい。」
快斗はまた前を向いて、歩き出した。
月が沈む方とは真逆の方向に。
「何が言いたいのかさっぱりだ。」
「つまりは、もう躊躇はしないってことだ。」
「へぇ?」
「もうお前を友人とも知人とも思わない。ただの人間だ。」
「絶交か。悲しいな。ずっ友だと思ってたのに。」
「一方通行だ。矛盾野郎。」
どうせ殺せない癖に、べらべらと喋るものだと、海人は思った。
「じゃあこっちも躊躇なく殺しちゃおっかな!!」
海人がそう叫び、地面を踏みしめて快斗に飛びかかろうとした。
その時、
「………あれ?」
快斗も誰も、何もしていなかったというのに、海人の足が勝手に裂けて、海人はその場に崩れ落ちた。