『消滅』の弱さ
「諦めて死ね!!」
海人が地面を殴る。赤い斬撃で切れた地面が隆起し、凸凹の特殊フィールドを形成する。
「この地形じゃ、俺の方が有利じゃねぇか?」
快斗が岩々の隙間を飛び回りながらそう言う。破壊して進むバーサーカータイプの海人より、鋭く狙うアサシンタイプの快斗のほうが有利なのはひと目で分かる。
それを海人が分からない訳もなく、単に凸凹にしたいがためにした訳ではなく、狙いがある。
そう快斗は分かっている。ただ、言ってみただけだった。出来るだけ会話したかったから。
「有利なのは、どっちかって?そんなの俺に決まってるじゃないか!!」
海人は手首を噛みちぎり、血を垂れ流す。その勢いを増して、そこら中を血塗れに変える。
「あぁ……なるほどな……。」
察した時にはもう遅い。岩にこびりついた血は刃を形成。液体のそれは岩の隙間を縦横無尽に動き回りながら快斗に刃を振るう。
液体故に、割れ目や小石にこびりついて跳んでくる。気配も感じにくく小さくて速い。追い込まれたのは快斗だった。
「しゃーねーか。殺ってやるよ!!」
草薙剣を握りしめる。今頼れるのはこの刀と『消滅』の力のみだ。
鎌や刀、剣に手裏剣、ナイフに弓矢。ありとあらゆる形に変化した血の刃が快斗を狙う。駆ける快斗をそう簡単には捉えられないが、延々とその攻撃が絶え間なく続くとなると厄介だった。
「そんなことで逃げられるとでも!?」
「逃げてんじゃなくてお前を追ってんだよ!!」
岩を蹴りあげ、破片が弾丸のように飛ぶ。それを斬り裂いて、草薙剣に『消滅』の力を付与する。
「もっとあの魔女みたいに飛ばしてみたら?」
「残念。これが俺流だッ!!」
必ず消し去る力が付与された斬撃は一種の絶対切断。どんな障壁も貫通する。岩などの小細工では通用しない。
右肩から左脇腹に刃が抜ける。血が吹き出した瞬間に傷は癒えて消える。快斗の脇腹に海人の蹴りが直撃し、快斗は吹き飛んで岩に隠れる。
「無意味だって言ってるじゃないか………でもまぁ、それぐらいしか、やることないのか。」
手首から吹き出た血が大斧を形成。海人は両手でそれを持つと、何を狙うでもなく横一線に斧を振るった。
「ッ!!」
岩を貫通して斬撃が飛ぶ。素早く鋭いその斬撃は、快斗の体をも簡単に斬り裂くほどの威力がある。
快斗に向かってくる斬撃のスピードは音速以上。何かを判断する前に、快斗はその場で少し跳ねた。
斬撃が足元を掠めて地面を抉り飛ばした。エレストの半分ほどの地面が半円状に切り抜かれ、上にぶっ飛んだ。
「は…………」
神の御業にしては小さく、人間にしてはデカすぎる天変地異。長い岩が生えた平らな地面の面が空中で逆さにひっくり返り、真上から快斗と海人に迫る。
「意味わかんねぇな…………」
圧倒的すぎる成長。生物を卓越した海人の技量に快斗は驚愕する。
降ってくる巨大岩にどう対処しようかと快斗が考えていると、四方八方から血出できた武器が回転しながら快斗に殺到した。
「クソ!!考える暇もねぇか………ッ!!」
切って砕いてもその武器達は再生する。なので快斗は『消滅』の力を惜しみなく使って武器を消し去っていく。
こうしている間も上からは隕石のごとく巨岩が落ちてくる。逃げる選択肢は武器達の猛攻によって消え失せた。ならば次なる選択を考えるべきなのだが………
「あいつ、マジか……ッ!!」
「そぉ~れッ!!」
海人は自身も巨岩の範囲に入っているというのにそれを無視して斧を振り下ろした。威力の高すぎる斬撃が空気を切り裂きながら飛んでくる。
「く、ぉぉおお!!」
『消滅』が炸裂。周りを囲む武器を文字通り一掃。飛んできた斬撃を受け止めるのではなく『消滅』で打ち消した。
草薙剣を真上にぶん投げ、『転移』。空中で姿勢を正し、草薙剣を構えると、快斗は全力の一撃を巨岩に放つ。
「『原点の猛攻』」
強烈な一撃が岩のど真ん中をぶち抜いた。凄まじい轟音をたて、嘘のように岩に大穴があいた。隠れていた太陽の光が降り注ぎ、海人は瞼を閉じてあけるを繰り返す。
残ったのは少し大きめな岩の破片のみ。快斗は翼を生やし、その場に留まって海人を見下ろした。
「全く………君も規格外じゃないか。」
ばらばらと落ちる破片。海人はそんな中で快斗を見上げたままそう呟いた。
小さな血の武器を生成。快斗を目掛けて飛ばす。が、返ってきた攻撃に全て消しさられる。
「『死歿刀』!!」
黒紫の炎が血の武器を蒸発させ、海人本体に落ちる。それを海斗は大斧で防ぎ、弾き飛ばす。
「うーん、快斗はなかなか攻めてこないねぇ……。」
と、ここで海人は疑問を口にした。戦闘開始から今の今まで、快斗が決定打をなかなか放ってこないことに、海人は首を傾げた。
いや、実際常人なら死んでいる攻撃を何度も受けているのだが、海人には無意味だっただけのこと。
極論を言えば、海人の全身を包むほどの巨大な『消滅』の力を放てば、再生などする前に海人自体を消し飛ばせるのだ。快斗が『消滅』を使い始めた時にその可能性が過った。が、快斗はそれをしてこなかった。
それどころか、『消滅』の力を常時使うことすらしない。今の『死歿刀』だって、『消滅』の力があれば海人の半身は消え去っていたはずだ。
断言出来る。快斗なら、これを理由なしにするはずがない。頭は回る方なのだ。この程度のことなら思いつくはずなのだ。
なら、何故しない?それはとても簡単な事だ。
「つまり、しないんじゃなくて、出来ないんだ。」
真上で留まる快斗をもう一度見上げる。『消滅』の力をまだ完全には使いこなせて居ない様子の快斗。強力な力もその程度なのなら、海人に勝機はある。
いや、ほぼ確実に海人が勝てるだろう。
快斗が無策で突っ込んでくる訳では無いだろうが、それでも海人は乗り越えられる気がしている。
「なんだ。やっぱり君は貧弱だよ。」
太陽と重なる快斗を、海人は嘲笑った。
不思議なことに、太陽に重なる彼が、海人には悪魔ではなく天使に見えた。