起きるまで
「…………うん?」
真っ白な神殿の中で、聖神は下界で発生した邪悪な魔力の存在に首を傾げた。
前ぶれなく現れたそれの正体が分からなかったからだ。
聖神でさえ、身が硬直するほどの邪悪さ。ただ事ではないことは一目瞭然だった。
すぐさま下界の様子を確認する。この魔力の発信源にまで迫るとそこには、ケタケタと笑う高谷と傷だらけの快斗がいた。
すぐ側にはネガが瓦礫に埋もれて気を失っていた。突如として起こった出来事に、聖神でさえも混乱した。
が、すぐに冷静に判断する。
見えている立ち位置的に、魔力の発信源は高谷という男だ。楽しげに快斗を傷つけるあたり、なんらかの理由で裏切ったようだ。
あるいは、最初から仲間ではなかったのかもしれない。
放っておくことは出来なかった。これだけの脅威、放っておけばすぐに自分も神々の立場も危ういと思った。
それほど、この高谷という男が爆弾のような危険な存在に昇華したということだ。
と、ここで聖神の思考が一瞬止まった。
「…………そうか。」
快活に殺戮を楽しむ高谷と、絶望して立ち上がるのでやっとの快斗。2人を見て、聖神は考える。
高谷というこの男なら、『天野快斗』を殺すキッカケになるのではないかと。
聖神は手を出すことをやめた。それは今じゃないからだ。もっといいタイミングを狙い、確実に『天野快斗』を殺す。
その体を、取り返すために。
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「なん、で………お前は………!!」
傷だらけで、吐く息も荒い快斗は、力を振り絞って立ち上がり、目の前の親友に叫ぶ。
高谷、いや海人は、笑顔で首を傾げた。
「なにが?」
「なんでこんなことするんだよって、聞いてんだよ………何があって、変わっちまったんだよお前は!!」
「変わるも何も、俺は最初からこうするつもりだったもの。」
「ッ………」
「逆にさ、快斗はこうならないと思ったの?確かに世界を巻き込むなんて大それたことをするのはあれだったかもしれないけど、君を殺しにかかるくらいは予想が着くだろう?」
「…………あ、?」
「…………まさか、本当に俺が快斗を許したと思っていたの?」
海人に問われ、しかし心当たりがない快斗は疑問の声をあげた。その快斗の様子に海人は心底呆れて、ため息をついた。
「やっぱり君は………」
呟きの途中で駆け出し、海人は快斗の首に指を突き刺して自分の顔の傍にまで快斗の顔を寄せる。
「最低だよね。」
「げほ………あぁ……?」
指を引き抜く時に首を掻っ切られ、回し蹴りが快斗の頭に直撃。意識が吹っ飛び、空中に吹き飛んだ快斗の体には力が入っていない。
その体に容赦なく、海人は連撃を叩き込み、地面に突き落とした。
地面が大きく割れて、大きな衝撃がエレストを揺らした。
「君がどれだけ馬鹿なのか、俺には計り知れないな。頭はいいと思っていたのに。それとも、もう常識とか人間の思考とか忘れちゃった?悪魔とか意味わかんない種族になって、道徳心とか無くしちゃったのかな。」
意識を失っている快斗は答えられない。
「ほんっとに、反吐が出る。俺は君が大嫌いだ。今すぐにでも引き裂いて殺してやりたい。いや、今すぐにでも?………出来るじゃないか。」
海人は気がついたと手を叩いて、快斗の頭を引っつかみ、引き上げる。
首を切られたせいで出血量が尋常ではない。放っておいても死ぬだろうが、それでは満足出来ない。
とことん最後まで、絶望を味合わせたい。出来る限り、苦しませて殺したい。
だから、ここでは死なないで欲しい。もっと酷い死に方をさせるために。たとえ、彼が、従兄弟であったとしても。
「うわっと、」
と、快斗を掴んでいる腕にピンク色の光線が直撃した。刃のように鋭い光線は海人の腕を簡単に切断。快斗が一瞬自由になったタイミングで、飛び出したネガによって快斗は回収される。
「おい………待ってよ………どこにいく………」
切断された腕は意識する前にもう治っていた。
それよりも快斗を抱えて逃げるネガが鬱陶しく思えて仕方がなかった。海斗は歯噛みし、それからゆっくりと歩き出した。
正直急ぐ必要はない。歩いていけば、いつかは追いつける。
快斗と退治した際、予想通りネガも快斗側について海人と戦闘をしたのだが、結果は散々だった。ネガは弱かった。海人からしてみれば。
『破壊』という神力は、あらゆる物質、物体、生命を破壊する神力であり、海斗の『不滅』とは相性が悪い。
警戒にも値しなかった。放っておいたって、海人は死なないんだから。
「はぁ、はぁ、はぁ………!!」
頭から流れる血が止まらないネガ。ぼんやりとする視界の中で、走る方向はエレストとは逆方向だ。
皆のほうに海人を近づけたくない。出来ればエレストを出てもっと遠くにまで連れていきたい。
快斗も死なせる訳には行かず、かといってエレストを見捨てることも出来ない。急展開な厄災に、ネガは歯噛みした。
「守るぞ、私は。ディオレス様のように!!」
快斗を背中に回して背負い、更にスピードを上げる。背後から迫る殺気を感じた。距離が縮まっていると分かったからだ。
「まぁ待ってよ。皆から俺を離そうって魂胆なんでしょ?」
が、ネガの本気のスピードにも、海人は簡単に着いてきた。ネガとて神。本気で走ればエレストの端から端までなら10秒足らずで届くのだが、海人はさらにその上のようだ。あるいは、無理をしても体が持つからそうしているのかもしれない。
「俺から皆には直接攻撃するつもりは無い。今のところはね。」
「………貴様は、なんだ……神にでも唆されたか。」
「神?………いっちゃえば、神様なのかなぁ。俺にとっては神様だからそうかなぁ。」
曖昧な返答を返す海人。
「まぁいいや。快斗が死ねばそれでいい。俺の目的はそれだよ。世界を壊すのは二の次だ。」
「ふ、簡単に言う………神の実力は、ついさっき体感したはずだが?」
「神の貧弱さは体感したよ。みすぼらしく死んだあの2人も俺にとっては敵じゃない。」
「…………みすぼらしい、だと?」
振り返って睨みつけるネガ。海人はへらへらとネガを挑発する。
「炎に巻かれて灰になった鬼の神様かぁ。呆気ないというかなんというか、やっぱり弱く見えちゃうよねぇ。」
「ディオレス様を……侮辱するのか!!」
超回転する腕輪。ピンク色の魔力刃がチェーンソーのように海人の体を引き裂いた。内臓が巻き込まれ、外へと引きずり出される。
口元から血と内臓の破片が吐き出されるが、海人はなお笑っていた。
「貴様、痛みを感じないのか………」
「痛みなんてとうに慣れたよ。心地いいとは行かないけど、あったって支障はない。死ぬことなんて、もうないんだから。」
先程までなぜ生きているのか疑問に思うほどの重体だったというのに、話し終わった時にはもう全て元通りになっていた。
『不滅』。絶対的な自信を持つ海人の神力。ネガの『破壊』では到底越えられない。どうすればいいかなんて、ネガには分からない。
ただ今は、ディオレスの残した遺言が頼りだった。
守れという言葉に、ネガは命すらかけられるほどの自信がみなぎる。
「く…………」
だが勝ち目が見えない戦いをするほどネガも馬鹿ではない。こんなところで驚異が生まれるなんて想像もしなかったが、それでも勝ち抜いて快斗を守らなければならない。
逃げてもいい。最終的な目的は、『最高神』の討伐。それが叶うのならば、周りの敵なんて後で捌けば問題は無い。
だが、海人を放っておくのは危険すぎると、ネガの本能が叫んでいた。
そして、快斗もそう思うだろう。なんせ、想い人を含めた友人や戦友が、海人によって内側を蝕まれているのだから。
「…………。」
ネガは気絶した快斗を見る。必死に考えて、今ネガが頼れる力は快斗が持つ神力、『消滅』しかない。
この男を倒すには、殺すには、存在自体を消さなければ無理かもしれない。
ネガはそう感じた。
「………いいだろう。こんな愚骨だが………私も少し、ディオレス様の真似事でもしてみようか。」
腕輪を解放。右輪と左輪を回転させて構える。海人は感心したように「へぇ」と呟いた。
「勝てないのに挑むんだ。」
「向かうべき道に、私は進む。それにどんな壁があろうと、超えていくしかないんだ。」
「壊れないし、空を突き破るくらい大きな壁は、神様だって越えられない。俺っていう壁はね。」
両者不敵に笑う。ネガはディオレスを真似を、海人は強者の優越感によって。
果たして、
ネガの負け試合は、いつまで続くだろうか。