新たな神力
「お前!!」
「ふ」
咄嗟に駆け出して高谷を蹴り飛ばす快斗。受身をとった高谷は地面を掘り上げながら遠くへと飛ばされた。
「おい!!サリエル!!」
快斗は動かないサリエルの体を持ち上げる。サリエルは四肢と頭をだらんと下げた状態で動いてくれない。目は開いているが、そこに光が灯っていない。
「マジかよ………」
「く………!!」
サリエルを抱えて硬直した快斗を高谷から守るようにヒバリが剣を構えて高谷の前にたちはだかる。
「何を………貴方は何をしている………!!」
「向かうべき道へ。俺は神になる。何者にも負けない神に。」
「言っている意味が、理解できないぞ。今まで我々と一緒にいて……特にサリエル殿は貴方の想い人であろう!!何故こうも容易く壊せる!?」
「想い人って、昔から俺が好きなのは姉さんだけだよ。」
高谷は少し考え込んで閃いたように言った。
「あぁ、原野も好きだよ。俺を肯定してくれたからね。」
彼にしか見えない少女が今どんな表情をしているのか、ヒバリには想像もつかなかったが、せめて悲しんでいて欲しかった。
「彼女も、貴方の狙いを知っていたのか?」
「話す前に見られちゃったけどね。」
「………何故そんなに、いつも通りなんだ、貴方は!!」
「変わる理由がないから、かな。」
高谷が優しく微笑んでそう言った。瞬間、ヒバリの風の斬撃が高谷の胴を斜めに深く切り裂いた。
「無駄だよ、こんなの。」
「く………!!」
一瞬で回復した高谷にヒバリが歯を食いしばる。
「やるな、ヒバリ。」
「ッ、天野………」
「あいつはお前じゃ、殺せねぇよ………」
ヒバリの肩を掴み、快斗がゆっくりと立ち上がる。
「神になるってなんだ。どういう意味だよ。」
「誰にも負けない神になる。何があっても、負けない神様にね。」
「同じ言葉繰り返してるだけだ。意図が伝わらねぇ。大体なんのために、神になるってんだよ!!」
「姉さんのため。いつかまた、会うために。」
「あぁ?」
高谷の言っている意味がわからない快斗。余裕綽々と構える高谷に快斗が更に追求しようとしたその時、
「がは………」
「あ?」
突然、後ろにいたヒバリが血を吐いた。よろよろと地面に跪いた。
「あぐ!?」
「ぶ………」
「げほ………」
ライト達も同じように倒れた。まるで集団感染症にかかったかのように。
「おい………何したんだ!!ヒバリ達に何しやがった!!」
「あれ?」
高谷は周りで倒れ込んでいるヒバリ達を見渡し、そして唯一立っている快斗を見て、首を傾げた。
「なんで、立っていられるの?」
「あぁ?」
「おかしいな。快斗も大分俺の血を飲んだと思うんだけど………」
「お前の血………おい、まさか!!」
快斗が思い立ったかのように顔を上げると、すぐさま地面を蹴りあげて高谷の首筋を切りつけた。それでも高谷はよろけもしなかったが。
「今すぐにやめろ………どうなっても知らねぇぞ………。」
「やめる?無理だよ。これをやめたら時間がかかってしまうじゃないか。」
「解除しろ………頼むから……解除しろ!!」
快斗が必死に懇願する。その様子を見て、高谷は不敵に笑った。
「内側から、俺の血がみんなの体を攻撃している。」
「知ってんだよ!!」
「この条件は簡単で、体内に俺の血が入れば良いだけなんだ。」
「だから………」
「だから俺は率先してみんなに回復薬として俺の血を配った。でも、おかしいじゃないか。」
「なにが……」
「なんで快斗は倒れない?君にだって、何度も何度も俺後を飲ませているはずなんだ。」
高谷は少し考えたあと、快斗の頬に指を突き刺した。
「っつ!?」
「………これは………?………なるほど。そういう事か。」
高谷は快斗の胸を蹴り飛ばして距離を離す。
「ねぇ、快斗。君の親戚に、姉が死んだ人はいないかい?」
「………はぁ?」
唐突に出てきた言葉に狼狽える快斗。困惑しながらも、脳内に浮かんだのは1人の人物。
「従兄弟……俺の従兄弟だ!!姉が死んでどっか行っちまったって………なんでお前はそれを知ってんだよ!!話したこと、あった、か?」
快斗は頭を抱える。消えた従兄弟。連絡がつかなかった従兄弟。遥か昔に別れて、もうあまり顔も声も覚えていない。
だが、下の名前は覚えている。そう、その名前は快斗にとって非常に印象的だった。
「高谷………お前の下の名前はなんだ……」
「氏名のことかな。」
「フルでもいい。答えろ。」
快斗の目に殺気が混じる。草薙剣を握る力が強くなり、カタカタと震える。自分から答えを聞いているのに、体は聞くことを拒んでいるから。
「これまで一緒にいて、気にしてなかったんだね。俺は初めて会った時………いや、再開した時は驚いたのにさ。」
「…………。」
「運命って言うか、神様のいたずらっていうのかな。まぁ、実際そうだったのかもしれない。今の俺なら、それを確かめに行くことだってできるけど。」
つらつらと言葉を並べる高谷。時間稼ぎとかそういうものではなく、単に話したいだけのようだった。
「答えろよ!!それでお前への対処が変わる!!」
「誰であろうと、変わらないであって欲しいけどね。」
高谷は微笑んで、ゆっくりと口を開いた。
「俺の名前は、高谷海人。海人だよ。ねぇ、快斗。君はこの名前を聞いて、俺をどうし………」
「ぶっ殺してやらァァァあああああぁぁぁ!!!!!!」
「あ、え?」
高谷が話終わる前に、快斗が雄叫びを発しながら高谷を細切れに切り裂いた。ばらばらになって地面にくずれおちる。
これで死んだとは思ってはいないが、快斗はとにかく、ヒバリやみんなを高谷から一刻も早く離したかった。
「………ふふ。ありがとう快斗。この痛みで俺は次の段階に進む。」
血溜まりの中で残った口だけを動かして言う高谷。
「1から体を作り直す。体を壊す時は一瞬で切り崩してくれる人がちょうど良かったんだ。快斗がやってくれて嬉しいよ。」
肉が盛り上がり、融合して、グチグチと音を立てながら骨や神経を生み出す。
「あぁあぐ、ぐぐぐぅ…………」
体の中に埋まっていた力が解き放たれる。邪神、魔神、鬼神の力を手に入れて、最後にサリエルから抜き取った血を吸い取って天使の力も少なからず取り込んだ。
とうにそれは高谷ではない。存在は別のものへと進化する。
『頑張れ!!頑張って!!』
傍では手を叩いて原野の怨念が高谷を応援している。
不格好な肉の塊になってしまったこの男を。
大きすぎる重圧。苦しすぎる痛み。全身を襲う不安感。それは人間にしか訪れない『苦痛』。彼は神になることによって、それらを一挙に克服するのだ。
「ああ…………ガガガ………ぶ………ごぉあ!!」
血を吐き悶え、この先に味わうはずだった苦しみを、この一時に全身で受け止める。
肉塊はやがて大量の血を吐き出しながら萎み、膜のようになって張りをなくした。
そしてその中には、人型の何かがいた。
それは高谷であり、しかし前とは違う。1つ上に昇ってしまった、悲しい男の末路である。
「あああ………」
「ッ………クソ!!」
呻きながら膜を引き裂いて外側に出てきた。快斗はヒバリを抱え、ライト達を叩き起す。
「起きろ!!立ち上がれ!!しにたくなきゃあなぁ!!」
「ぐぅ………」
だが彼らは皆、立ち上がることすら出来ないようだった。内側から全身をずっと攻撃されているのだ。どれほどの苦しみか、計り知れないだろう。
「クソ………」
「キューイ!!」
快斗がどうするかと思案し始めた瞬間、その頭に何かが飛び降りた。放たれた声に頭の上にいる動物を持ち上げて見てみると、
「キュー!!」
「キュイ!!」
「ナイスタイミングすぎる!!」
快斗はキューに、皆を『異空間』にしまうように頼んだ。キューは全員を自身の中に取り込むと、快斗の指示で城に戻るために駆け出した。
「頼むぜキュー………みんなを守ってくれ。」
「あぁぁぁああぁぁ…………… 」
ずっと呻き続ける高谷。全身真っ赤な血で染め上げられて、服が無くなって裸だった。半目で空を見上げながら、何かを求めるようにもがいている。
感情が消え、上の空。何もかも、人間から引き離された状態。しかし神ではない。そう、今は神と人間の間なのだ。
本当ならここで、快斗は高谷を全力で殺すべきだった。
流れゆく雲。爛々と輝く太陽。この惨劇には似合わないのどかな風景に、高谷は思い出す。
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「あなたもきっと、呪われるよ。狂うよ。イカれるよ。死ぬよ。何もかも壊すようになるよ。私よりも酷く惨く。良かったね。そうなるのが、今だよ。」
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「だよね、姉さん。」
感情は戻る。浮かび上がった風船が割れて落ちてくるかのように突然。
「滲め。」
染み込んでいく。全身を包む血が、体内に取り込まれていく。両手も両足も胴体も顔面も、『血獣化』のように硬い甲冑に包まれ、胴体には斜めに大口が出来上がる。
「はぁぁ………」
ため息のように高谷が息を吐く。快斗は草薙剣を構えて高谷を見据える。だが体が震えていて上手く戦闘モードに切り替えられない。
仲間だったからか、単なる恐怖か、それともそのどれでもなく、体の奥底に残っている魂の残骸が、目の前の神を殺せと叫びまくっているのか。
「快斗ぉ………」
「ッ…………」
「俺を止めてみてよ。この………『不滅』の高谷をさぁ!!」
高谷が天空を見上げて仰け反るようにして大きく叫んだ。その声だけでエレストの住宅が崩れて更地になる。強すぎる力が、この世界の耐久値を大きく超えている。
もしかしたら、ディオレスが生まれてからというもの、この世界はそろそろ寿命だったのかもしれない。
「ハハハハハ!!俺は絶対に負けない男になる!!この神力の前に………『不滅』の前には、誰も俺に太刀打ちできない!!」
新たなに生まれた神力。高谷が自ら沢山の力を集めて出来上がった歪な力。1から作り上げることを諦め、今ある『不死』を強化した。
その名は『不滅』。何があっても、高谷が死ぬことは無い。封印も、術も、何もかも効かない。一種の無敵である。
「俺に対抗してみなよ、快斗ぉ!!」
「ッ、クソッタレ!!」
勢いよく跳んでくる高谷。快斗は目を凝らしてその動きを捉える。避けることを放棄して、1歩踏み出し草薙剣を振り下ろす。
快斗の剣技もヒバリ並にまでは鋭いはずなのだが、快斗の斬撃は高谷の顔面を包んでいる甲冑に少し傷をつけただけに留まった。
「くぅ…………」
草薙剣で押さえつけるように高谷に重圧をかけ続ける。せめて、この国からはこいつを出さなければ、そう考えていた。
ここで殺し合いをしたとして、勝てる見込みも何も無い。
「はぁあ!!」
「わぁ。」
大きく力を入れて高谷を後方にはじき返す。それでも高谷は笑みを浮かべたまままた駆け出してくる。
快斗は息をのみ、草薙剣を構えて、高谷を捉える。
親友を殺す覚悟を決めるまでは、まだ少しかかりそうだった。