『消滅』は消える
ディオレスが八岐を切り裂いた時、狂神も存在が危うくなるほどの危機に陥っていた。
「ぐぎぎぎき!!」
片足が無くなった狂神は、残った片手と片足で跳ねるように移動する。
エレメロが使う『消滅』のおかげで、狂神の『分解』はほとんど機能しなくなった。
何物にも関係なく平等に『消滅』させる。『分解』の力を持ってしても、それには抗うことが出来ない。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………」
だが、非常に強い神力であり、またエレメロ自身の神力ではないこの能力は、身体にかかる負荷も尋常ではなかった。
エレメロの体は、徐々に消えつつあった。
「流石だ兄さん………こんな力を、制御していたんだから。」
苦しさで動くことも出来ない。もしエレメロ単体で狂神と戦っていたとしたら、動きに制限があるゆえ、負けていただろう。
エレメロはそれを理解していたからこそ、快斗と高谷を呼んだのだ。高谷は自分から来たので呼ばれた訳では無いが。
「逃げてんじゃねぇ!!」
「逃がすわけないよね!!」
弱々しく逃げる狂神に容赦なく快斗と高谷が攻撃をする。彼らが奮闘し、その合間に『消滅』をぶち込む。
これがエレメロが考えた狂神対策だった。
これだけ上手くいくせいで、逆に不安にも思えてきたが。
「いつまで持つかな……彼も、私も………。」
「馬鹿野郎。倒すまで持たせんだよ。」
膝を着いて荒い息をつくエレメロ。そのすぐそばに着地した快斗がそういった。
「なんて、俺が言っていいのかどうかって話だけどな。」
「…………君は、兄さんとはあまり似てないな。」
「知らねぇやつに似てるって言われたって嬉しくねぇしな。それでいい。それより、体透けてるよな。『消滅』の副作用的なやつか?」
「元々私のじゃないからね………神力は大抵、全てのものをなになにする、みたいな能力なんだけど、これは本人には効かないっていうのが大体なんだ。でも、私が今使ってるのは兄さんのだからね。慈悲深い能力だけれど、やっぱりエセ神が使うと使いこなせないね………。」
快斗はそういうエレメロを見下ろして眉をひそめた。
「なぁ。お前もしかしてこのまま消えたりすんじゃねぇだろうな。」
「否定は出来ないな………私はもうこれ以上『消滅』を使えば助からない………いや、もう助からないかな。」
「なんか………呆気なさ過ぎないか?お前はそれで………いいのかよ。」
「君にとってはそうかもしれないね。でも私とディオレスにとっては、長い長い人生の最期なんだよ。」
足を震わせながら快斗の体に掴まりながら立ち上がる。
「本当はここで死ぬのはとても惜しいよ……でも、私はここで死ななければならないんだ。」
「なんで……だよ。」
「悪い意味じゃないよ。私が病んだわけでもない。ただ、この力をあるべき場所に戻すために、私は死ぬんだよ。」
「怖くないのかよ。」
「1度自分から死んだ君が言うのかい?あの時は驚いたね。」
「必死だったからな………でも、お前は死ぬんじゃなくて消えるんだ。………俺が体験したのとは、また別だろ。」
「君は優しいのかな。会ったのはたったの3回なのに、もう情が湧いたのかい?」
「美人に情が湧かない男なんていると思うか?」
「ハハハ。確かに、私は絶世の美女だからね。」
軽口に笑うエレメロには、悲しさも寂しさも感じ取れなかった。
遠くでは轟轟と轟く音が響く。その方向を見ると、巨大な炎のドームのようなものが出来上がっていた。
「ディオレスも終わらしたみたいだ。私ももう、終わらせよう。」
エレメロは快斗から体を離し、力強く足を着いて真っ直ぐ立ち上がる。手に持っていた本も既に消え去った。消えゆく中で、エレメロは颯爽と笑う。
「快斗くん。私の最後の願いだ。あの醜い狂神を、空高く打ち上げてあげてはくれまいか。」
「最後の願いかよ。そりゃ、聞かねぇっていう選択肢はねぇなぁ!!」
快斗は草薙剣を投げ飛ばした。高谷が1人で戦っていた所に草薙剣が割り込み、快斗が『転移』する。
「オラ高谷打ち上げるぞ!!」
「打ち上げ?了解!!」
快斗の短い説明に、高谷は頷いて狂神の顎を強く蹴りあげた。ガチっと音がして、折れた歯が狂神の口からいくつもこぼれ落ちた。
「あぐぐぐががぁぁ!!!!」
顎の痛みに揉めく声と怒りが混じった狂声を放ち、狂神は『分解』を再始動する。
視線を向けた時点で危ないと分かっている2人は、狂神が叫んだ瞬間に周りを走り出す。
「へっ。」
快斗は笑い、草薙剣に獄炎を纏わせて駆け回りながら狂神を何度も何度も刻む。
視線は空中で回転しているため定まらず、快斗を捉えることが出来ない。
「グルァッ!!」
その隙に高谷が重たい一撃を打ち上げるようにしてぶち込み、狂神が吹き飛んでいく。更に快斗が真上に先回りして、狂神の顔面に踵を落とす。
「神って聞いて焦ったけどなぁ!!」
「思ってたよりもずっと弱いね!!」
「んん、がぁぁあ!!」
狂神は怒ったように顔をぐるんぐるんと回して我武者羅に『分解』を発動する。
「いいのかそんなんでよぉ!!」
快斗が草薙剣で狂神の目を狙う。それに勘づいた狂神は手で目を隠した。
しかし快斗は止まらずに容赦なく草薙剣を振り下ろし、狂神の指を切り裂いて右目を抉った。
「んぎっ!?」
「もうボロボロだな………高谷もう決めるぜ!!」
「出来るだけ合わせるよ!!」
地面に狂神を蹴り飛ばして叩きつける。バウンドして跳ねた狂神を、快斗が高谷の方に蹴り飛ばす。
「ごめんね。痛めつけたいわけじゃないんだよ。」
高谷はそう言って拳を握りしめた。
「『無限の攻撃』。」
無数の拳が狂神の体を隅々まで攻撃する。真正面からの攻撃は狂神の視界に入るというリスクがあるが、高谷は再生出来るため関係ない。
「はぁあ!!」
最後に高谷が会心の一撃で狂神をまた打ち上げる。
狂神は力をふりしぼり、拳を振り上げて空気を踏み、高谷の頭を砕こうとした。しかし高谷は狂神ではなくその後ろを見続けて動かなかった。
「なぁ?無限があるなら零もあっていいと思わねぇか?」
そんな狂神に他愛ない雰囲気で話しかけた快斗が草薙剣に魔力を貯めて飛び出した。
速度は既に狂神を超えている。草薙剣の刃に全魔力を込め、快斗は地面を蹴って飛び上がった。
振り下ろされる狂神の腕。そこを狙った斬撃が放たれる。
快斗が高谷と一緒に生み出したもう1つの技。それが、
「『原点の猛攻』」
凝縮によって無色になった魔力が鋭い草薙剣を更に鋭く強靭にして、快斗は振り抜かずに肘の時点で斬撃を止めた。
勢いが乗った攻撃は瞬きよりも速く、見事に狂神の残りの腕を切り飛ばした。
「あ…………」
最早ここまで来るともう狂神に悲鳴をあげる余裕はない。
高谷が心臓部に手を突っ込んで心臓を握りつぶし、その肉と血が変形して『心剣』を形取る。快斗は草薙剣に獄炎を纏わせ、地面に強く踏み込む。
2人は一瞬だけ視線を合わせると、ほんの僅かに頷いて、久しく2人で技を放った。
「『崩御の剣』!!」
「『死歿刀』!!」
「「『交われ、どこまでも鋭く』」」
蒼い炎と紫の炎、2つが綺麗に交わって、狂神の胴体に深々と切れ込みを入れた。
内臓も肋骨も綺麗にバツ印に切れて、狂神は力なく吹き飛んでいく。
「き、ぎぁぁぁああああ!!」
だが最後のあがきとばかりに力を解放。凄まじい魔力が渦巻いて狂神を取り囲む。
竜巻のように出来上がった魔力のドリルを、狂神は残った足で蹴り飛ばそうとした。
「大丈夫かな?快斗。」
「もう俺らの仕事は終わったさ。」
その様子を見て不安がる高谷だったが、快斗は顎で左側を指したあと草薙剣を鞘に収めた。
「ぎがぁあ!!」
狂神は快斗が草薙剣をしまったのを挑発だと受け取り、その竜巻のようにうねる魔力の塊を蹴り落とそうとした。もちろん、その魔力の塊にも『分解』の力はある。
が、それを成すことは無かった、というより、出来なかった。
「ありがとう快斗君。いい位置だよ。」
狂神から見て右側から軽い声が聞こえた。
狂神がそちらを見ようと首を向けた時、既に目の前には、エレメロが真っ白な剣を持って構えていた。
「ばいばい。神のなり損ない君。」
「あ、まっ」
瞬間、快斗にも高谷にも全く見えない速度で剣が振るわれ、その剣は狂神の体に触れても摩擦を感じさせない動きでするりと肉を裂き、粉々に切り裂いて消し去った。
キラキラと粒子のように死体が輝き、やがて風に押されて完全に無くなった。
「あぅ………」
体を保てる限界を超えて、エレメロが落ちてくる。
それを見て快斗がギリギリの所でエレメロを受け止めた。
その体は、死ぬほど軽かった。