苦難のその先へ
「ハハハ。懐かしいなぁ。」
「何を思い出したのかな?」
炎の中でディオレスは軽快に笑った。燃えゆく体に痛みを感じているというのに、ディオレスは全く怯まない。
八岐に向かって笑いながら歩み寄っていく。八岐は動けないが故に焦りを感じる。
「俺ァもう長くねぇ。俺が殺るって決めたからにはお前の命も長くはねぇがなァ。」
「そんな仮想の話をされてもねぇ。私がそうなるとは限らない。」
ディオレスはゆっくりと足を引くと、今までにないほどの速度で『腐蝕』の粒子を蹴飛ばした。その瞬間に、粒子の壁にぽっかりと穴があき、炎が雪崩込むように侵入して八岐の足を焼き焦がした。
「ッ…………」
「もう止まらねぇぜ。正直、エレメロに会えなくなるのは惜しいけどなァ………いや、あいつも『消滅』を使ってやがるんだから結局は会えなくなるのか。」
八岐は鎌を振り回し、粒子を撒き散らしながら炎の中から脱出した。
「ダイが俺を生かしてくれたおかげでなぁ、俺ァもう数え切れねぇくらいの幸福を得た。お前が死んで手に入れた『暴れん坊』も、今となっちゃいい副産物だと笑える。…………お前の死は無駄じゃなかったぜ。」
炎が消え、ディオレスの角に収縮する。全身の内側から炎が湧き出し、角はさらに伸びて根元からは血が吹き出した。
角の根元だけではない。目や耳、鼻や口、全身の関節から血が滲み出てくる。その代わりに、ディオレスの力はどんどん増えていく。
地面が裂け、大地が悲鳴をあげるように揺れる。
地震が起きた。
「君の本領は、ここからってことかな?」
「世界は俺を異物として感じ取ったみてぇだなぁ。地震程度で俺は止まらねぇよ。いや、隕石だろうがなんだろうが俺はもう止まらねぇ。どうせここでくちる命なんだ。てめぇぐらいは道ずれにしねぇと、今までのマイナスとプラスが釣り合わねぇだろ?」
「私を殺すことが、この世にとってプラスであると?」
「そう言ってやってんだよ。この野郎。」
大剣を握りしめてかけ出す。1歩だけ。たったそれだけで八岐の目の前にまで跳んできていた。
蹴った地面は崩れてクレーターのように大きく窪んだ。最早それだけで攻撃なのではないかと思うほどだ。
「くっ!!」
咄嗟に鎌を前にガードするように突き出した。瞬間、物凄く強い衝撃が鎌を通じて伝わってきた。
体のそこにある恐怖心から鎌を離すことが出来ず、衝撃が骨を伝って全身に蔓延し、脳を震撼させて内側にも外側にもダメージを与える。
直後、目の前の景色が一変する。
「かは………。」
先程まで立っていたのは山奥の地面だったのだが、今は辺り一面海しかみえない海面に立っていた。
たった1発で、まるで瞬間移動したかのように感じる位にまで吹き飛ばされた。
「オラオラ止まんじゃねぇぞォ!!」
海の上を縦横無尽に駆回るディオレス。大剣をに重さを感じないほど腕力が上昇し、1回海面に踏み込むだけで海底まで衝撃が届き凹む。
力量はやはり神。だがその本性は、
「俺ァ止まれない、『暴れん坊』だァ。」
ボウと音を立てて炎が炸裂。突然太陽のような温度が出現したせいで海が蒸発。大規模な水蒸気爆発を引き起こした。
「ぐ、何が何だか………」
「わからせる前にぶっ潰す!!」
爆発や轟音、ディオレスの叫び声も相まって八岐は体勢を整えられない。『腐蝕』で切り抜けようと粒子を広げても、『焼却』の炎に掻き消されてしまう。
「オラァ!!」
「ッ!?」
ディオレスの一声に続いて振るわれた大剣の斬撃。それは身を翻した八岐のすぐ横を掠め、そして遥か下にある地面を見えなくなるほど遠くまで崖のように割ってしまった。
そして割れた地面からは溶岩が吹き出し、地面は灼熱地獄へと落ちる。『焼却』の炎も混じったその溶岩は、ディオレスをサポートするように八岐に襲いかかる。
「はぁあ!!」
『腐蝕』によって溶岩が朽ちていく。流石に危ないと思った。
直後、土手っ腹に無視出来ないほどの強い衝撃が伝わった。
「ぐほっ」
「へっ」
鼻で笑うディオレス。溶岩に集中しすぎて、八岐はディオレスを見失っていた。いや、ディオレスのことも警戒していた。そしてこうなった。つまり、全神経を向けなければ認識すらできない存在になったのだ。
ディオレスというこの鬼は。
「そっか。君はもう止まらないんだね。」
「止まれねぇんだ。残念なことにな。」
「あぁ。残念だ。君を簡単には倒せないまでも、私1人で対処出来ると考えていた私が甘かった。」
地面に両足で着地する八岐。溶岩や炎で脆くなった、海底だったその地面は八岐を支えきれずに崩壊するが、『腐蝕』の粒子が足場となって八岐は立ち上がった。
ディオレスは溶岩の真上に立った。足がジリジリと燃えるが、そんな感覚はとうになかった。『焼却』の副作用で体がもう既に燃え始めているからだ。
「ならば私も、全身全霊で君にぶつかろう。後輩だからと舐めるのは、もう辞めるよ。ここからは、君を神敵として、反逆者として認めて葬る。」
「出来たらいいなぁ。八岐よォ。俺の最終奥義知ってんだろォ?」
「もちろん。ぶつかると言ったからには真正面から向かうさ。特攻してくる君を止められる奴は、最高神を除いて他には居ないと言われている。私が止められたら、ちょっとした伝説ができ上がる。」
「そんなもののために、お前は命を投げ捨てるのかよ。」
「そうさ。誰かに褒められたり称えられたり頼られるのが好きだ。向かうべき道は、こっちなんだよ。私は、自分は間違っていないと信じているからね。私からすれば、そんなもの、なんて言うほどの価値じゃないんだ。君もあるだろう?もしくは、君にはなくても君の知り合いには、そういった奴がいたはずだ。」
「…………いたなぁ。俺の大親友がそれだった。」
こんなぶっきらぼうで礼儀もない男になったディオレスを、心の底から信じて助けて友達になろうとした男、ダイ。
ディオレスが彼を忘れたりすることは決してない。
いつだって彼は、ディオレスにとっての正義であるから。
「ダイ。見ててくれよ。お前と同じ場所にゃあ行けそうにはねぇが、その背中を追える日が、やっと来たなんてなぁ。」
炎がディオレスを包む。歯を食いしばる。どこまでもどこまでも、炎がディオレスを熱くする。
人生で、2度も助けられたディオレスは、その2度分のお礼を、ここで果たすことにした。
「ハハァ!!かかってきな!!ディオレス!!」
『腐蝕』が広がる。燃えていた地面は乾いて固まり、かと言って硬い訳ではなく、風が吹いただけで簡単に崩れるほどに風化した。
鎌が唸りをあげる。粒子がこれ以上ないほどに染み込んで、それは宇宙一凶悪な武器となる。
「あぁ、向かってやるさ。お前と一緒に………」
体を反らせて叫んだ。
「あの世になァ!!!!このクソカス野郎がァ!!!!」
ディオレスが踏み込んで飛ぶ。生命の全てを持って、ディオレスは大剣に炎を集め、最後に噛み締める。
目の前の八岐は笑っている。ディオレスにしか意識を向けておらず、周りが見えていないようだ。だがそれでいい。
強者というものは、真っ向から相手を捻り潰せるものだ。
「『儑腐』。」
「『我武者羅』。」
連撃で振るわれる鎌。一撃一撃の速度はディオレスの目にも見えない速度だった。切り裂かれれば最後、1秒と経たず傷口から全身まで腐ってしまう。
そんなの、今のディオレスが負ける理由になどならないが。
「しゃぁあああらァァァァァあああ!!!!」
大剣を両方とも、縦横無尽に振り回し、どんどん八岐を追い詰めていく。我武者羅にどこまでも、ディオレスは何があっても止まらない。
「ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!」
「りゃぁぁぁあああああああああああ!!!!」
ぶつかる大剣と鎌。速度は鎌の方が上だが、力は圧倒的に大剣が上。いくら速さで勝っていたって、一撃一撃が大地を割く超斬撃なら、攻撃よりも防御に回る他ない。
「う、ぐぅぅううう!!!!」
一進一退だった2人だが、次第に八岐が押され始め、遂に彼女は1歩後ろに下がってしまった。
この瞬間、もう、勝敗は決したと言っても良かった。
「がぁぁぁあああらぁぁああああああ!!!!」
ディオレスが進むと八岐が下がりながら攻撃を受け続ける。2人が進んだ道は大量のクレーターや裂け目、溶岩湖に地震が起きた。
本当の暴走。鎌でガードする腕も潰され、骨が砕け始め、徐々に『腐蝕』の粒子も『焼却』に押され始めた。
「く……何故、何故!!」
何度も何度も粒子を炎に被せても、炎が粒子を突き破ってくる。
「手数なら私が上のはず、なのに………」
「神力同士の争いで勝つのは手数が多いからじゃねぇよ。」
「何………!?」
「勝つのは、信じてるやつだ!!自分も、正義も、友達も!!仲間も!!力も!!何もかもで何でもいい!!とにかく何か、お前よりも強く信じてるやつが勝つんだ!!概念は強く信じられている方が上だ。神力も同じでなァ!!」
八岐は目を開けられない。あまりに責められすぎて、声を聞くので精一杯だからだ。
「つまりはてめぇ!!負けてるってこたァなぁ!!俺よりも信念が弱ぇってぇ事なんだぜ!!」
「なっ………」
「お前はもう、負けを悟ってやがる。その諦めがある時点で、俺に負けるのは決定事項だってことだぁ!!」
炎が炸裂する。地上が火の海に。空が煙の闇に消える。
地面がえぐれ、地震で大地が割れて、生物が死んで、植物が燃えて、空気が震撼する。
「がァららららららららららららららららぁ!!!!」
「ぐ、ぉぉおお!!!!」
必死で抵抗する八岐だったが、もう遅い。少し守りから攻めに体勢を変えた瞬間に、八岐の右腕はディオレスに切り飛ばされていた。
「あぐっ」
痛みはなかった。いや、痛みなんて感じてる場合ではなかった。
「ああああああああぁぁぁ!!!!」
鎌を片手で支える。が、既に骨が砕けてひしゃげた腕だ。粒子を持ってしても、支えきれるわけが無い。
「オラオラァ!!がぁぁあらぁぁぁあああ!!!!」
いつの間にか2人は元の位置にまで戻ってきていた。山を貫通して走ってきたので、その場所まで戻ってくることは簡単だった。
そして、八岐はここに来て目を開いた。
「狂神!!」
「あーい!!」
男の声がして、ディオレスの頭上に男が現れた。狂神だ。
八岐はそれに歓喜したようだったが、同時に驚愕もしていた。
狂神は涙を流していた。既に片腕と片足を失っていたから。
「たぁすけてぇぇええ!!」
「それは、こっちのセリフで……」
「逃がすかよ!!オラァ狂神!!」
泣きながら今まさに追い詰められている八岐に助けを求める狂神に、飛んできた草薙剣に『転移』してきた快斗が鋭い蹴りを入れる。
狂神はその威力で吹き飛び、どこかへといってしまった。
ディオレスはそれを見届け、八岐の助けが居なくなったと安堵した。
これが八岐の狙いだった。
「ええい!!」
「ッ!?クソ!!」
鎌を器用に振り回し、ディオレスの死角から左腕を貫いた。瞬間、ディオレスの左腕が腐って落ちた。
「さぁ!!これでどっこいどっこいだ!!」
「あぁ!!そうだなぁ!!」
2人の斬撃はそこでぶつかり合い続ける。とてつもない集中力で防ぎ攻め続けた。
八岐の体には無数の切り傷ができあがり、炎で傷口が痛々しく焼き焦がされる。ディオレスの体は炎で包まれているので『腐蝕』は受けないが、『焼却』の反動でどんどん体が炭とかしていく。
どちらも瀕死。そして、先に勝負に出たのはディオレスだ。
「くらぇやぁ!!」
強く1歩踏み込む。八岐は横凪に鎌を振るった。ディオレスは凄まじい反射神経で体をかがめて斬撃を交し、バネのようにしゃがんだ反動で起き上がり、八岐の最後の腕を、遂に切り飛ばした。
「ッ………。」
「しゃあ!!」
そのまま回転して、ディオレスは八岐の体に最後の一撃をぶち込もうとした。
が、後ろを向いている瞬間に、ディオレスは八岐の強い殺気を感じた。
八岐は片腕を吹き飛ばされるのは計算に入れた上で、粒子で先に巨大な斧を作り出し、粒子で出来た腕で振り下ろしていた。
明らかにディオレスが回転するより速い。
つまり、
「私の、勝ちだァ!!」
ディオレスが全身に力を込めて速度をあげようとする。が、炎に蝕まれた体はもうこれ以上の速度は出せなかった。
脳天に振り下ろされてくる斧には間に合わなかった。
そしてディオレスは諦め、攻撃を受けてでも、せめて一撃入れると覚悟を決めた瞬間、
「………あ、れ?」
八岐の粒子の片腕を、ピンク色の光線が貫いて弾き飛ばしていた。
ディオレスは目だけを視線の行ける端まで向ける。
そこには、涙を流しながらこちらを凝視しているネガの姿があった。
「………へっ。たまには女らしい顔するじゃねぇか。」
捨てられないこの瞬間。ディオレスは沢山の手助けを受けて、勝利を掴み取った。
「がぁぁらぁぁああ!!!!」
炎のハンマーにも見えなくもないほど炎が凝縮された大剣が、八岐の体を斜め一閃に切り裂いていた。