彼に会える日まで
「いっつァ!!」
頭を叩かれた痛みに目を白黒させたディオレス。直ぐにその場から飛びず去り、頭を振ってその頭を叩いたであろう人物を睨む。
先程にディオレスを切りつけようとしてきた人物が、剣の持ち手で殴ったようだった。
「てぇなテメェ………て、あ?」
痛みにイラついてその人物に敵意を向ける……よりもディオレスは自身の周りを気にした。
見回して一周。どの方位にも、武器を手に持った人間達がディオレスを睨んで立っていた。
「どう言う、ことだ………?」
「やっとだなぁ。やっと手に入った。」
「ッ……」
混乱しているディオレスの真上から嬉々とした声がかけられた。見上げるとそこには、ディオレスが見たことの無い生物が浮かんでいた。
「あー、天使を見るのは初めてかい?ディオレス君?」
白く大きな翼を生やした人間、のような見た目の神聖生物、天使。それはディオレスの目の前に降り立つと、空中に何かを描いた。
丸い形に三角形が入っていて、その線の隙間に、ディオレスが読めない言語がつらつらと書かれ、最後にパリンとそれが割れた。
瞬間ディオレスの体が急激に重たくなった。
「あぐっ!?」
地面に顎をぶつけ、起き上がれなくなったディオレス。天使はご機嫌な様子でディオレスに近づいていき、しゃがみこんでからディオレスの髪の毛を掴んで頭を持ち上げる。
「あー、いい目をしてるねぇ。」
「んだ、てめぇ………」
「君が欲しいんだ。君の体が欲しい。渡してはくれないかな?」
「あぁ?」
「説明してあげなよ、ローナ。」
ディオレスの髪を掴んでいる天使、ローナは後ろからの声に振り返った。そこにはもう1人天使がおり、呆れた様子でローナとディオレスを見ていた。
「ふふふ。ええっとね、私達は階級が低いのよ。だから寿命があってね、それを回避するには強くて幼い人間の体が必要なんだよねぇ。君は適任だよぉ。」
ローナは楽しげにそんなことを言ってディオレスの頭を振り回す。ディオレスは乱暴なその扱いにイラつき始め、動かない体を必死に動かそうと悶える。
「活きがいいね。その子は。」
「でしょ?でもリリアにはあげないもん。」
「要らない。私はそんな汚らしいガキより綺麗な女性の方がいい。私は強さなんかに拘らないの。」
リリアと呼ばれた天使はローナの行動に呆れたようにそっぽを向いた。
「でもこんないいものを持ってくるなんてねぇ。頑張ったねぇ、ダイ君?」
「…………あ?」
ローナはディオレスのはるか後ろに向かってそういった。それは先程ディオレスがあの刃物を持った人物を睨みつけた方向だった。
「…………。」
「おぉい、……てめぇ、ダイ、なのか?」
「…………。」
「何とか言えよクソ野郎………」
そうは言うものの、ディオレスは振り返らなかった。その、自分が思っていることが現実になるのが怖かったからだ。
「…………。」
相手は喋らない。それはディオレスの思う通りダイであるのなら心遣いであり、違うとすれば話す価値もないと一蹴している。
ディオレスは後者であって欲しいのだが、その願いも天使に簡単に踏みにじられた。
「どうして喋らないのダイ君。君は晴れて自由の身さ。私達の許しを得なくとも喋っていいんだよ。」
「………あぁ。」
小さな言葉と共に後ろの人物はローナの後ろに移動した。そして頭に着けていた仮面を片手で掴んだ。
ディオレスの顔色がどんどん悪くなった。見たくない現実に目を閉じようとしたが、間に合わない。
「…………あ、」
「………僕はこっち側なんだ。ディオレス。」
仮面を外した、ダイが淡々とそう述べた。ディオレスはあまりに沢山のことが1度に起きて混乱したままだ。
「てめ、そんな格好………それに、その剣は……」
「…………僕のお気に入りさ。」
ディオレスが見る剣を持ち上げてダイが言う。
「いい誘い方だったねぇ。よく頑張った。約束通り、心臓の呪いは解いてあげるよ。」
ローナはダイの心臓部に手を当て、それから何かを握りつぶすように手を握りしめた。ダイの体が一瞬震えた。
「これで……やっと…………」
ダイは重荷からやっと開放されたかのように呟いてその場にしゃがみこんだ。ローナはそれを見ることなくディオレスに視線を戻した。
「さぁ、ダイ君の働きに感謝して、君の体をもらお
う。」
「どういう、ことだァ……?なにをしやがるッ!?」
「君の魂を破壊する。痛いけどそんなの関係ないからね。」
ディオレスの背中にローナが手を当てる。瞬間、ディオレスの全身が壮絶な痛みに襲われた。
「ぐ………ぁぁあ………」
目をかっぴらき、ディオレスが痛みに悶絶する。が、自由に動かせない腕が少し震えるくらいで、それは痛みの感覚を無視する要素には弱すぎた。
「く、そぉぉ………」
「魂つよーい。抵抗力強いね。」
引き剥がすのに苦労しているのか、ローナは強さを増す。するとディオレスの体に襲う痛みもまた増える。
「ぉぉぉ………」
あまりの痛みにディオレスが気絶しかける。視界がどんどんぼやけて行き、力が抜けていく。ディオレスは最後、気絶しそうな瞬間に口を開いた。
「ダァ……イ……」
「うん。大丈夫。」
「え?」
ディオレスの声にダイがいつものように答えると、ローナの心臓部に躊躇なく剣の片方を深々と突き刺した。
それは背中から全面まで貫通しており、ローナの心臓は確実に潰れていた。
「あ、うぇ………?」
「ッ、ダイ……貴様、」
「だ、ダイ?」
「…………。」
訳が分からず血を吐きながら倒れるローナ。それを見て表情を強ばらせたリリア。重圧と痛みが消え去り、ボロボロで見上げるディオレス。
その真ん中でダイはしばらく黙ったあと、ディオレスの腹に手を回して、
「掴まって。ディオレス。」
「……おう。」
「ダイ!!クソ!!」
ダイがディオレスも見たことの無いような力でディオレスを担ぎあげ、その場を後にする。激怒したリリアが魔力弾をいくつか放ったが、ダイはそれを軽やかに避けて、囲んでいた人々を上手くすり抜けた。
人々はこの状況を予想していなかったのか、慌ただしく騒ぎ立て、ダイの逃げる時間が増えていく。
「ダ………イ…………」
「ごめんねディオレス。今は休んでて。」
ダイは今度こそ気絶して四肢をだらんとしたディオレスに語りかけ、村を駆け出していく。
「クソ!!人間め!!なんで卑劣な!!」
リリアが騒ぎ立てる人々と見事に欺かれたことに怒り心頭で、周りの人々を魔力線で一薙。全員首から上を無くして死亡した。
「使い物にならん。全くこれだから人間は!!」
リリアは落ちている死体を乱暴に蹴り飛ばした。跳ね上がった死体はまたリリアの目の前に落ちてぐしゃりとひしゃげた。
と、ゴトっと硬い音がして、リリアは一瞬首を傾げた。と、その死体が淡い光を放つのを見て、額に青筋を浮かべた。
「あのッ、チビ人間ッ………」
言い切る前に、死体から光が炸裂。他の死体も連動して光を放ち、一気に上昇した温度が急激に膨張した。
そして、ダイがその村が見える丘の上に登った頃には、その村と周辺の林は、炎の海に飲まれていた。