彼と出会うまでの日
「なんで………何も、してないじゃないか………」
ディオレスはずっと、1人で抱え込んでいた。視界に入るのは薄暗い石の壁と鉄格子。ディオレスは石壁の隙間から生えた小さな草が咲かせた1輪の花に話しかけるぐらいしかやることがなかった。
「お前は………光がなくても咲けるんだね……」
ディオレスは花弁をさすって話しかける。
「こんなに暗くても、よくそんなに華やかになれるな………」
完全に自信をなくしたディオレスは悲観的になることしか出来ない。子供は理不尽に悪と決め付けられると全てを自分のせいだと勘違いしてしまうことがある。
ディオレスは正にそれだった。
「ごめんなさい………許してください………」
何が悪いのかも、何に対しての謝罪なのかも分からず、しかしディオレスは頭を下げ続けた。
それから5日間。飯が送られることは無かった。いくら角の効果で生命力が強くとも、成長期にここまで栄養不足では衰弱してしまう。
「ぅぅ………」
水分は、雨の水滴が外と繋がっている鉄格子の隙間から滴るのを舐めてどうにかなった。しかし腹は満たされない。
ディオレスは本当に限界を迎えていた。
「たす、けて………」
鉄格子に向かって手を伸ばして外を見る。誰も歩いてくる気配もない。ディオレスはそこで動けなくなり、遂に倒れ込んでしまった。
そして悟った。ディオレスにはもう二度と、飯が送られることは無いと。
飯を食べなくては死ぬことぐらい馬鹿でも分かる。だから普通なら死んでは行けない人間には飯が与えられる。そうなるのならばディオレスには一生飯が送られることは無い。
だって死んだ方が好都合なのだから。
「あぁ………そう、か………」
あまりに理不尽。角が嫌われるのも、石ころや罵声をあびせられるのも、こうして監禁されるのも、全ては生まれた自分が悪い。
ディオレスはそう考えて、最後の力を泣くという行為に使う。
「ごべん………なざい………」
地を這い、鉄格子を掴む。もう意識はほとんどなかった。
「誰に謝ってるんだい?」
「………ぇ?」
と、ディオレスが目を閉じかけた時、鉄格子の先に、細い足首が見えた。見上げると、そこにはディオレスと同じくらいの背丈の男の子が立っていた。
「大丈夫?どこか苦しいところは………」
「ああぅ………」
「わぁ、すごい痩せてるじゃないか!!ちょっと待ってね、今食べ物を………」
その男の子は自分の首にかけていた鞄からリンゴを1つ取り出してディオレスに差し出した。
「おっと、かぶりつく力もないのか。可哀想に。ちょっと待ってね。」
男の子はリンゴを両手で掴んで半分に裂く。それからまたそれを半分に割って細くしたリンゴをディオレスの口にねじ込んだ。
「あ……む、あむ………」
ディオレスはリンゴを弱った顎で噛みちぎり、何度も何度も咀嚼して、あっという間に飲み込んでしまった。
「も、もっと………」
「あはは。大丈夫。慌てなくてもまだあるから。」
男の子は優しく笑って残りのリンゴを全てディオレスに渡した。ディオレスは夢中で咀嚼し、全てを平らげてしまった。
「あ、りがとう。」
「どういたしまして。君の名前は?」
「ディオ、レス………」
「あはは。かっこいい名前だね。僕の名前はダイ。気軽に呼んでね。」
ダイはそう笑って言うと、ディオレスに言う。
「ねぇ、まだ、お腹すいてるでしょ?もっと食べたいよね?」
「うん。」
「よし!!それじゃあ、食べ物を盗んでこよう!!」
「え………」
ディオレスには、その言葉の意味が一瞬分からなかった。
「盗むって………そうなことしたら嫌われる………」
「あー、そっか。うん、大丈夫だよ。もう、嫌われてるから。」
「え………?」
「ほら。」
ディオレスの目の前にダイが屈む。その顔を初めて見て、ディオレスは驚愕した。
琥珀色の両目に、亜麻色の髪の毛。そして、その優しげな顔立ちに似合わぬ2本の折れ曲がった赤い角が、生えていた。
「僕も、君と同じ人だよ。」
「そう、なんだ………」
「だから安心して。僕は君を虐めたりしないよ。」
ダイはそう言って立ち上がると鉄格子を蹴り飛ばした。パリンと音を立てて、鉄格子が簡単にへし折れて、ディオレスが通れるほどの穴ができた。
「行こう。ここにいる必要は無いよ。君は悪いことなんてしてないんだから。」
「う、うん……」
ダイに手を引かれ、ディオレスは檻を抜け出した。出口に向かうと、ディオレスは嗅いだことない匂いを感じた。
「わ………」
そこには、大量の血と肉の破片が散らばっていた。
「これは、ダイがやったの?」
「本当はやりたくなかったんだけどね。君を助けるためだったから仕方がなかったんだ。」
ダイは頬をかき、苦笑いをしたあと少し俯いた。
「こんな小さな子供が、大人2人を片手で殺せるなんて怖いと思わないかい?」
「こ、怖い……。」
「でしょ?でも実際僕がこうして手を汚したことを、この死体を、君は見てもさほど驚かなかった。」
「う、ん……」
「僕らは残虐なんだよ。」
ダイはそう言って歩き始める。手を繋いだまま、ゆっくりと歩いていく。森の中へ。
「きっとこの残虐さと圧倒的な身体能力のせいで、僕らはみんなから嫌われているんだ。」
「で、でも……」
「うん。僕らはそんなことをしたくて生まれた訳じゃない。確かに襲われたら返り討ちにするけど、ね。」
ディオレスは首を傾げる。
「でもそれってさ、どっちが悪いんだろうね。」
「………だね。僕も言ってて思ったよ。でも、そうだなぁ………」
ダイは考えてから言う。
「うーん。まぁ、僕らは僕らが正しいと思ったものが正しいんだよ。」
「でも、他の人はそうじゃないよ……?」
「人間は信じたものが正義だからね。人それぞれの正義があっても悪いことじゃないさ。」
ダイが駆け出す。ディオレスも久しぶりに地を駆ける。
「君の正義はなんだい?ディオレス!!」
「ぼ、僕は………」
森を抜けると、小さな湖が見えた。周りには沢山の木の実がなった木々が生えており、湖の中には小魚が泳いでいた。
初めて見た景色だった。何もかも新しく見えた。美しく見えた。大して面白くも無いものに、ディオレスは魅力を感じていた。
「僕は、僕が好きな事が正義かな。」
「あはは。いいじゃないか。僕と同じだ。」
ダイが言うと、ディオレスがダイと目を合わせる。じっと見つめ合い、それからクスクスと笑いが起きて2人で大きく笑った。
これが、ディオレスの初めての友達との出会いである。