最強の神力
距離をとった2人は、駆け回りながら狂神を観察する。
彼は未だ血を眺めて動かず、2人もそろそろ攻撃を仕掛けようかと悩んでいるところだった。
快斗は首を回して後方を見る。高く盛り上がった地面にエレメロが本を読みながら立っている。何をしているのかは分からないが、それが単なる暇つぶしの読書でないことは快斗でも分かる。
「どうしてやろうか。」
快斗はエレメロが神力を発動するための下準備をする時間を稼げと言われた。この調子なら時間を稼ぐのは容易かもしれない。
そう思った途端、
「快斗!!」
「………あ?」
強く名前を呼ばれ振り返ったとき、高谷は飛び上がっており、快斗の両足が消失していた。
「あ、べぇ。」
「馬鹿!!ちゃんと敵を見て。」
倒れる前に高谷が掴んで引き起こし、瞬時に血を飲ませる。足が再生し、快斗はまた自力で走り出す。
「全く急だな。」
「呑気にしてちゃ駄目だよ。」
「すまん。」
狂神は血に飽きたのか、こちらを目で追っている。視線には闘志が宿っており、殺す気は十分にあるようだ。
「一撃だけ、ぶっぱするか。」
快斗は高谷の影に一瞬隠れたあと、狂神の真上に向かって草薙剣を投げた。狂神の上に来たところで『転移』し、手のひらに獄炎を集中させる。
「『ヘルズファイア』!!」
超巨大な獄炎の塊が勢いよく落下する。狂神は真上を見上げ、分解を発動させようとした。
「させるかッ。」
高谷が飛び上がり、踵を強く地面にたたきつけた。地面が割れ、ヒビが狂神の足元にまで伸び、狂神が体制を崩して地面に倒れ込んだ。
倒れる際に自身の周りの分解の結界によって地面が分解されては困るので、一時的にその結界を解いた。
その僅かな一瞬に、獄炎が墜落した。
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巨大岩の真上に乗るエレメロは、快斗が放った獄炎が渦巻いている光景を見て、感傷に浸らずにはいられなかった。
「なんて、美しい………」
かつて魔術を極めようとしていただけに、魔術に関してはうるさい彼女だが、やはり快斗の、いや、その体が放つ魔術は、エレメロから見ても完璧だった。
否、エレメロはその体が放つ魔術こそが完璧なのだと断言した。
エレメロから見ればそれ以外の魔術は、その体が放つ魔術の劣化版であり、自身が放つものもまた、そうだった。
どこまでも容赦のない炎。それはその後ろに守りたいものや、その先に取り返したいものがあったからこそ生まれていた炎。
それは炎。それは感情。それは憎悪。それは美。
誰よりも彼を敬愛したエレメロは、その全てが美に見えてならなかった。彼女にとってそれは、たまらなく愛おしい、この世でたった一つのものだった。
「兄さん。」
本を開いた。そこには今の自分よりも少し大きめに書かれたエレメロの文字がびっしりと詰め込まれていた。
何度読み返したか分からない。もう何年も、その本を手放せないでいる。
忘れてはいけない。忘れてしまっては勿体ない。忘れてしまったらもう二度と手に入らない。忘れてしまえるわけがないが。
「ふふ。」
口元を抑えて笑う。エレメロは本をポンと閉じると、自分の異空間にそれを置いた。
天高く両手を掲げ、喝采を浴びるかのように笑う。そのエレメロの姿は、この戦場には似合わない、華やかなものだった。
「始まる。いや、続く。そう、兄さんの願いは滅びはしない。」
空にいくつかの透明の氷柱が出来上がる。
「快斗君!!高谷君!!」
エレメロは叫ぶ。下の2人は名前を呼ばれて振り返った。
「絶対に、当たっちゃダメだよ。」
両手を下げ、そのあと右手を挙げて狂神を狙う。快斗と高谷は互いに顔を見合せ同時に頷くと、その場から離れていった。
(聞き分けが良くて助かるな。)
逃げていく2人の背を見てそう思った。
獄炎が晴れる。その中からは、右手を火傷したのか、右腕を抱え込んでいる狂神の姿があった。
その狂神はエレメロの姿を見ると、先程までと同じように飛び上がって笑った。が、直後動かなくなったかと思うと、今までにないほど殺意をむき出しにして全身の周りに『分解』の結界を張る。
「そんなんじゃ、意味ないよ。」
エレメロは腕を振り下ろす。1本の氷柱が飛び出し、一直線に狂神に向かう。
それは『分解』の前にまで到達し、そして、そこらじゅうの山や地面と同じようにそれも分解させられるも思われたその時、
「………?」
狂神の左側が急に軽くなった。目を向けると、そこには肘から先の左腕が存在しておらず、足元に手首から上の左手が落ちていた。
「きゃぁぁぁああああーーー!!!!!!」
甲高い悲鳴がその世界中に響き渡る。思わず耳を塞いでしまいそうになるほど耳に響いた。
「ない!!ないない!!腕ないない!!」
狂神は騒ぎ立て、痛みに悶絶していると言うよりかは、腕がごっそりと無くなったことを怖がっているんだろう。
血がドバドバと流れ出る左腕の傷口を無視して、落ちている左手を拾い上げ、くっつくはずもないのに左腕の傷口に手首を押し付ける。
だが、それでは明らかに腕の構造上、部位が足りなかった。
「なんで!!なんで!!足りない!!足りない!!」
何が怖いのか、狂神はずっと怯えながら腕を地面に叩きつける。まるで癇癪を起こした子供だ。
「おい、見たかよ高谷。」
「うん………しっかりとね。」
快斗と高谷は遠くからその様子を見ていた。その光景はあまりに意外なものだったからだ。
何故かというと、エレメロが放った氷柱のようなものは『分解』すらされずに一直線に狂神の左腕を貫通した。
「なんだあれ……」
「ぶつかって吹き飛ばしたわけでも、力で押しきった訳でもない……」
それがただの魔術ではなく、なんらかの神力であることは2人とも理解していた。だが、その光景を見ていて、2人はその神力の効果を信じられないでいた。
狂神が絶対の安心を置く『分解』の結界。それをなんのモーションもなく簡単に突き破り、あまつさえ左腕まで消し飛ばした。
しかし、そのどの出来事にも衝撃が伴っている様子はなかった。
そう、それはまるで、
「無視……消したみたいな………」
2人はその神力の名前を思い浮かべた瞬間に震撼した。2人とも同じことを考えており、しかもそれは正解していた。
「ふふ。」
エレメロは笑う。
「見たかい?これが、この世に存在する最強の神力の1つ。」
エレメロは大きく息を吸って、長い長いためを置いたあとに、その神力の名前を口にした。
「『消滅』だ。」