探り道
「ふぅ………」
大量の舞い散る砂煙の中から、下半身をなくした高谷は腕だけで這って抜け出した。
「早く行かないとなぁ……」
遠くの方で誰かの走る音が聞こえる。それから地響きや熱風も吹いてくる。快斗だけじゃなく、他にも誰かが戦っているのだろう。
「面倒だ……」
仰向けになり、むき出しの腸を手で弄びながら考える。
「あんなに一瞬で粉々にされたら近づけもしないしなぁ。どうすれば……」
頭に手を乗せ、目を閉じて考えたあと、ゆっくりと目を開けた。そして高谷は驚いた。そこには高谷のことをしゃがみこんで見つめている狂神がいたのだ。
「………マジか。」
何ともなく、ただ高谷は急にそこに人が現れたことに笑った。狂神はその姿を不思議そうに眺めたあと、ゆっくりと口を開いた。
「君も狂ってるぅ?」
「さぁ?どうだろうね。」
「ねぇねぇそれ何?赤いね。面白いもの?オモチャ?」
「内臓はオモチャではないかな。」
狂神は高谷の手に握られている腸を指さして楽しげに笑った。高谷は少し困った顔をすると、上半身と下半身の境目の部分に腸を押し込んだ。
「楽しい?」
「ん?」
「ここは楽しい?」
狂神は高谷に不思議なことを問うてきた。本当なら死ぬ確率の方が高いはずの神との戦いで、こんな質問をされると思っていなかった高谷は少し戸惑ったが、少し考えてから答えを出した。
「楽しくないよ。これからまだ俺にはやることがあるんだ。死んじゃったらそれも出来ないからね。」
「なになに?なにするの?」
「それは君が死んでからのお楽しみさ。」
高谷の下半身が再生していく。同時に『血獣化』も発動。赤く硬い甲冑が全身を覆っていく。
「今から俺は君を殺す。」
「キャハ。」
狂神はピョンと立ち上がると、そのまま兎のように地面を蹴って高谷から距離をとる。
「君。」
「ん?」
「すっごい楽しそう!!」
「…………。」
大きな声で狂神はそう叫んだ。高谷はその言葉に一瞬思考が停止した。そのあと少し間が空いて、高谷はニヤリと口元を歪めた。
「あぁ、楽しいかも。いや、楽しくないわけがないか。」
高谷は背伸びをしたあと、体を解してから狂神を見据えた。一見隙だらけに見えても、実際は好きな時にどんなものでも分解してしまう。しかし、それに対しての恐怖は、高谷にはなかった。
「君を殺して始めよう。俺の物語を。」
高谷がそう言って構えた瞬間、狂神が獄炎に包まれた。
「逃げんなテメェ!!」
「キャハハハハ!!」
砂煙の中から草薙剣を振り回しながら快斗が現れ、狂神を巻き込んで吹き飛んで行った。獄炎が晴れると、その場には狂神ではなく快斗が立っていた。
「ッ、高谷!!」
「うん!!無事だよ!!」
高谷は不審な笑顔をやめて、いつも通りの声色で快斗の傍に駆け寄った。
「あいつ、『分解』が能力だってよ!!高谷の『不死』には関係ねぇみたいだけどな。」
「なるほどね。だから一瞬で無くなったのか。」
風によって砂煙が無くなって丸見えになった地面を振り返って高谷は納得する。穴と地面の境目がハッキリとしていて、突然現れた穴のように見える。
「あいつマジで足が速い。エレメロ曰く動きを封じれば活路があるらしい。俺は攻めるのが得意だが拘束は苦手なんだ。高谷なら出来るだろ?」
「拘束だね。了解。」
『魔技』でなら拘束も出来るだろうが、怨力を使う技は発動に時間がかかる。あまり現実的ではない。それに能力的にも、快斗を攻め手に高谷がタンクするのが1番いいのだ。
しかしそれでも今回は高谷でも上手く戦えるか怪しい。
「俺の血も一緒に分解されるせいで、液体の血よりも動かすのが難しいんだ。自滅と一緒に拘束は難しいかも。」
「じゃあ、俺がお前を斬ってやる。俺の攻撃ならちゃんと血、出るだろ。あいつごと斬ったって高谷は死なねぇもんな。」
「とにかく狂神に攻撃をってことだね。」
快斗が頷く。
「それじゃあ、気合い入れて行こう、か!!」
快斗が少し前に出てから回し蹴りを真後ろに放つ。そこには移動してきた狂神が居て、快斗の踵をがっしりと受け止めていた。
「キャハ!!」
「ォルァァッ!!」
狂神に拳を叩きつける。きちんとした手応えが来る前に、高谷の拳が木っ端微塵に散り散りになる。そこで狂神はそれで高谷の勢いは収まると油断した。
「オラァ!!」
肉が分解され、指の骨が消え、肘の骨が露出した時に、その骨が狂神の首筋を切り裂いた。初めて狂神に攻撃が通った。
「キャッハ!!すごいや!!」
攻撃された当の本人は嬉しそうに首から流れる血を手に付けて見て、狂神は面白いものを見たかのようにはしゃいだ。
いや、面白いものだった。狂神にとっては。
血というものは見たことがあるが、自身から流れたのは初めてだった。
「痛い!!痛いなぁ!!やったぁ!!」
「『死歿刀』!!」
獄炎の斬撃が狂神を狙う。炎が分解されて消えるが、同時にそれに紛れるようにまた高谷が攻撃を仕掛けてくる。
分解されても届くまで止まりはしない。
「ぐっふ!!」
「せぇあ!!」
右肩に突き刺さる高谷の骨。それもすぐに分解されるので、その前に高谷は左足を軸に回転して狂神を蹴り飛ばした。
といっても、蹴った時に当たったのは肉でも骨でもなく、『死者の怨念』だったが。
「『怨念』は、分解されない、のか?」
未知数。だがここで当たったのは偶然と考えるべきだと高谷は判断した。1度だけでは確証に持っていくには少ないからだ。
「離れろ!!」
快斗が高谷を引っ掴んで持っていく。狂神は痛む箇所を抑えて笑い続けるだけで追ってこない。
「『怨念』は当たるかもしれない……あとは捨て身特攻ぐらいしか出来ない。」
「それだけ分かったら十分だろ。あいつまだ遊んでるだけだからな。本気出されたら俺らなんて一瞬で粉々だ。」
「そうか………そうだよね。」
高谷は振り返る。傷口を抑えるだけで狂神は傷を再生させない。いや、出来ないのかもしれない。みんながみんな、再生能力を持っているというわけではない。
あれだけ強い結界のようなものに守られているのだから、再生能力がないほうが快斗達としては嬉しいのだ。
「傷は与えた。一旦様子見しよう。」
「そうだね。」