神戦
「ふむ……アテン駄目だったか。」
輝く椅子に座る白銀の光に包まれた男、聖神は肘を着いてつまらなさそうに虚空を見つめている。
「ね。君はどう思うかな?」
聖神はそちらを見ることなく、左の十字架に縛り付けられた女性にそう問いかける。
しかし女性は口を開くことは無かった。口を開く必要も無いし、開くこと自体出来ないのだから仕方がないことだが。
「『天野快斗』は生きたまま、か。」
聖神は女性に歩み寄り、その上顎をくいと挙げた。
「う………」
「可哀想に。僕に無駄に関わらなければこうはならなかったのにさ。」
女性は涙を流しながら聖神を睨むような視線で見つめた。屈辱的なのか、はたまた単純に痛みに悶えているのか。
「あーあ。そんなに頑張って意味ないよ。もう、寝てしまえばいいのに。」
聖神は女性が必死に抵抗し、魔力を使用し覚醒しようとしているのを察知した。女性の頭から1本の角が生え伸びて、全体的なステータスが上がる。しかし、この縄をほどけるほどの体力も力もない。
それがあまりに不憫で仕方がなくて、聖神は溜息をつきながらその角をひっつかむ。
「ッ!?」
「悪い鬼は退治しないと、ね?」
聖神が手に力を込める。女性は角に、重圧がかかる感覚を覚えた。
「んぁぁああ!!ンンンん!!っっ!!」
「暴れない。」
「んぐん!?」
角を守ろうと頭をブルブルと振るう女性の土手っ腹に聖神が拳をねじ込んだ。心にまで響く打撃に、腹を殴られたというのに脳を揺さぶられるような感覚さえあった。
「んあ………あぁああぁ………」
「ごめんね。君の命なんてこれっぽっちの価値しかないから。」
泣いて願う女性の意志を無視して、聖神は見事にその立派な角をへし折って見せた。
「あああぁぁぁあああ!?!?」
「痛い、みたいだね。」
「ぃ、あぁぁああん!!ぃあぁぁああん!!」
「うるさいなぁ。」
聖神は腰の鞘に納めていた聖剣を引き抜いて、躊躇いなく女性の首を跳ね飛ばした。理由は、女性の痛がる声と表情が不愉快だったから。
「はぁ………汚れちゃった。」
聖神は床に飛び散った血を白炎で焼き尽くしながら考え事をする。死んで行った女性と、その前に考えていたことを思い出す。
と、そのふたつが結びついて、聖神の中で1つの答えが出た。
「…………それだ。」
聖神は、笑ってから椅子に腰かける。
「先ずは生き残るんだよ。『天野快斗』。」
天から、『天野快斗』を監視するために。
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「着いたぞ。」
「んお。ここは?」
ゲートをくぐり抜け、快斗と高谷、そしてネガが地面に降り立った。
快斗が辺りを見回す。そこらじゅう岩だらけで緑が少ない。地面も土ではなく砂、というよりかは灰のようなものだった。
「?。おかしいな。」
「どした。」
「前に来た時は緑豊かな土地だったんだが……たった数年でここまで変わるものなのか?」
「ねぇ、あれ見てよ。」
周りの風景に違和感を覚えたネガが考え事をしていると、高谷がある山脈の一角を指さした。
高い高い山脈の上に、小さな点が3つ動き回っているのを見つけた。ハエのように見えるそれはきっと生き物だろう。
それが誰だか判断しようと、快斗が目を凝らした瞬間、
「かがめ!!」
「ッ!!」
はるか遠くだと思っていた、その点同士がぶつかり合っている場所から超高速で斬撃が飛んできた。快斗がしゃがみ込んだすぐ上を通り過ぎた。
岩に囲まれたここも、斜め一閃切り裂かれてそこらじゅうの岩が崩れ始める。落ちてくる岩を避け、3人はその場を離れる。
「あれで間違いなさそうだね。」
「えっぐいな、あっちまで全部切れてやがる。」
「もう戦闘開始だと思え。奴らがどんなタイミングで攻撃してくるかは予想しきれない。」
山々が崩れていく景色に快斗が感心していると、ネガが叱咤して前を向かせる。地面を蹴って、たまに飛んでくる攻撃を躱しながらその点の位置にまで飛んでいく。
と、1つの点が地面に叩き落とされるのが見えた。
「あれは……どっちだ?ネガ。」
「………ディオレス様だ。2対1のようだな。」
「な、卑怯な。」
「神の戦いに卑怯も何も無い。勝ったものが正義だ。」
そう言うネガは振り返ることはない。ディオレスが心配で仕方がないのだろうか。そう思った快斗は翼を生やし、狙いを定める。
「見えた。でっかい鎌を持ってるやつがディオレスを追い詰めてる。」
「どっちを担当するの?」
「俺と高谷はもう一個の方、ずっと遠距離から攻撃してるクソ野郎をぶっ殺す。接近戦に弱いみてぇな希望的観測で突っ込む。」
「だったらいいね。」
「いいよな?ネガ。」
「………あぁ。そちらは任せる。だが油断するなよ。きっとエレメロ様もどこかにはいるとは思うが………」
ネガは少し考えたあと、振り返って言う。
「どんな状況でも、自分の能力が必ず発動すると思うな。神は皆それぞれの神力を持っている。それこそ、『不死』が発動しない、もしくはそれ以上のものがあってもおかしくは無いということを忘れるな。」
「「了解。」」
2人には頷き、快斗が狙いを定めて飛んでいく。高谷はどちらに行くか迷ったが、神と戦うというのなら快斗が心配だったので快斗について行くことにした。
「どこかでエレメロ様に会うだろう。その時は迷わず頼るんだ。あの方は私以上に神々に詳しい。」
「わ、分かりました。」
高谷の背中にそう叫ぶネガに、高谷は振り返って理解したと伝える。
そして、2人が遠くに向かったあと、ネガは指の間接をならし、首を鳴らし、伸びをし、それからディオレスがいる方向を眺めた。
ディオレスは疲弊しているのか、押され気味なのは間違いない。先程までは2対1で何日も戦っているのだから仕方がない。
「さて、どうなる。この戦いは。」
ネガはこの戦闘が、あまりすべきでは無いものに感じていた。神を返り討ちにするならまだしも、ディオレスの勢いも殺しにかかっているものだった。
神を殺すことによって、全世界へと宣戦布告するような気がするのだ。
隠すことはもちろんできず、殺った後にすぐに神々が攻めてくる可能性だってある。
「嫌な予感だな。」
1人で悩みつつも、ネガはディオレスを救出しにその場に向かうのだった。