待たせたな
炎が降り注ぐ。雨よりも多く、雹よりも強く、地面にたたきつけられるかのように落ちてくる。
足が再生したライトを背負った高谷は、戦場を駆け巡りながら躱し、ヒバリは『蓄積剣』ではなく、自前の斬撃で炎を弾く。
後ろのエレジア達は完全に蚊帳の外。今はサリエルが防壁を作って守っている。
「弟を傷つけられた程度でその怒りようか?心が狭いぞ人間。」
「違うな。貴様の頭が逝ってるんだ。」
ヒバリが跳ぶ。動作が緩やかで見えない。ヒバリが動く度吹く風が意識をかきみだす。目の前の敵ではなく、無理矢理思考を鈍らせる。
集中ができない。アテンはヒバリの素早くも滑らかな動きに翻弄され、上手く攻撃も防御もできない。
そのヒバリの効果はまるで、
「淫乱魔のようだな。」
「私が淫乱だと?」
アテンの言葉が尺に触ったようで、ヒバリの『蓄積剣』が大量に降り注ぐ。一撃一撃が重たいが、アテンの『陽剣』の前にヒバリの斬撃は無意味に砕かれていく。
それを分かっているから、ヒバリは足をゆるりゆるりと地面に馳せて移動し、隙をついて剣で突く。
その動きはまるで、ダンスをしているかのようだった。
「天野から教えてもらった足運びだ。私の体術と引替えに教授された。」
快斗はブレイクダンス以外にも、社交ダンスなど幅広いダンスを得意とした。ダンスは普段しない動きが多いため、ステップなどが戦闘に活かされ易い。
それを快斗は冗談ながらにヒバリに言ったのだが、あれこれ話しているうちにヒバリが本気になってしまったので仕方なく教えた。
なので正しくは『された』ではなく『して頂いた』だ。
「しッ!!」
ダンスの応用で軸足を意識するようになった。回転は速くではなく鋭く。どっしり構えるのではなく受け流すように軽く。体重移動によって、蹴りや斬撃は一風変わった強いものとなる。
攻撃がアテンに当たる。アテンは気にせずヒバリを斬ろうとしたが、思いのほか蹴りの威力が高く、吹き飛んでしまった。
「ふぅ……ッ!!」
駆け出したヒバリはそよ風だ。見ることが出来ないほど速く静か。影が薄いのだ。なので姿を捕えることが出来ず、斬り裂かれてしまう
だがそれはあくまで視覚での話。アテンは目を閉じても敵の位置程度は把握出来る。
「『破熱小球』」
小さな太陽が、正面からくるヒバリに飛ばされる。
「『秘技・死風数多』」
風龍剣が高速で振るわれる。太陽と正面からぶつかり合い、少々押し合いながらも、ヒバリがそれを突き破って押し入ってきた。
が、その瞬間には既にアテンはもう1つの太陽を真上からヒバリを押しつぶすように放っていた。
直に太陽を掴んで押し当てる。姿勢を低くしていたヒバリは、その重圧には耐えづらい姿勢だったが、風龍剣で太陽を流して地面に落とし、その威力に乗ってヒバリが回転。アテンの下顎を踵でぶち抜いた。
「その程度か?」
「ほざけ。」
ヒバリが煽るようにアテンに言うと、ヒバリのすぐ目の前に炎の球体がいくつも出来上がった。それら一つ一つが凄まじい光と熱を放ち、ヒバリは目くらましを喰らわぬよう目を閉じて飛びず去ろうとするが、アテンはヒバリの顔面を引っ掴んで地面に押し付けた。
アテンは熱に対してダメージなど受けないので、ヒバリはその間じわじわと熱に焼かれていくことになる。
が、ヒバリの力量も舐めたものでは無い。
アテンの腕を掴み、ゆっくりと持ち上げた。アテンが意外そうに目を見開く。
「これほどの力が?」
「私に触れるな。私が触れることを許したのは、ライトと天野だけだ。」
アテンの腕をおしのけ、強く蹴り飛ばして距離をとる。火の槍が何本も放たれるが、既に駆け出しているヒバリには当たらない。
また、旗のすぐ側をボールが通り過ぎると風で揺れるように、風と一体化したヒバリは槍の風圧を感じて自然と体が躱す。
アテンが立つ地面が赤熱化する。熱により脆くなった地面を蹴り飛ばし、熱い破片が大量に放たれた。
「『奥義・太刀筋一刀』」
風を纏った風龍剣の一撃に破片は全て吹き飛ばされ、飛ぶ斬撃がアテンの胴を薙ぐ。
炎によってかき乱され傷は付けられなかったが、ヒバリは勢いを殺さずに進み続けることが出来た。
ヒバリが風龍剣を振るう。風が意識をかき乱すせいでなかなかアテンは動くことが出来ない。
「せいっ!!」
アテンを蹴り飛ばす。風に乗って先回り。蹴りあげて、蹴り落とし、蹴りあげては蹴り飛ばし、蹴りあげて蹴りあげて最後に竜巻を真上から叩きつける。
地面が大きく窪み、爆風によって地面が持ち上がる。
「ふん!!」
地面を殴り、てこの原理で跳ね上がった地面の端をつかみあげ、アテンが大きな地面の破片をハンマーのようにヒバリに振り下ろす。
ヒバリは風によって回転し、風を乗せた一閃の斬撃で地面を真っ二つに切り裂き、貫通してアテンの胸部まで切り裂いた。
「ごぉは………!?」
アテンは予想外の大怪我に吐血し、イライラと苛立ちながら落ちゆく地面に乗って叫んだ。
「人間のくせに、調子にのるな!!」
地面の破片もヒバリ達も全て押しつぶすほどの大きさの太陽が、空から隕石のごとく落ちてきた。落ちる破片を溶かして消して、空気を熱で燃やす。
ヒバリは地面を踏みしめ、風龍剣をその太陽に向かって振り下ろした。
太陽の勢いが少し弱まる。
「くぅ………」
ずっしりとくる、今までで1番重たいと思うほどの質量がある太陽に、ヒバリは押される。
『蓄積剣』の斬撃が飛び出し、風龍剣を後ろから押していくが、それでも太陽を受け止めるのがやっとだ。この太陽が地面に落ちれば、フレジークラド王国は壊滅する。
それを防ぎたいヒバリだったが、アテンはそれを許すほど甘くなく、受け止めて動けないヒバリにアテンが熱線を放とうとする。
「終われ人間。」
が、その瞬間、向けられた腕を蹴りあげられ、軌道がズレた。
「なっ。」
「姉さんの邪魔をするな!!」
光の速度で追いついたライトが、本気で怒った顔でアテンを睨んでいた。ウザがったアテンはライトを簡単に処理しようと炎をだすが、ライトが周りを駆け回ってなかなか攻撃が当たらない。
「邪魔なのはお前だぞ人間が。」
「お前は世界の邪魔だ太陽神。」
ライトにそんな言葉を放ったアテンの脳天が蹴り落とされる。それは空中から回転して落ちてきた高谷の踵の攻撃によるものだった。
「ライト。ヒバリさんの邪魔をさせるな。」
「分かってます!!」
2人はアテンに間髪入れず攻撃を繰り出し、太陽から距離を離す。
「「ヒバリさん!!」」
「『剣聖』!!」
サリエルの鎖で作られた防壁、エレジアの魔力が籠った岩の壁、さらにヒナの連射攻撃が何枚か太陽を押し上げる。ヒバリへかかる負担は減ったが、それでも大変なのに変わりはない。
「最後まで頑張って!!」
「………あぁ。分かっているさ!!」
そんな事実に心が少しだけ折れかけたが、サリエルの一声に目が覚め、ヒバリの顔に余裕が見て取れた。
風龍剣が緑色に光る。そこに黒い魔力も加わって威力と強度が増し、禍々しい魔剣へと進化した。
地面に強く踏み込み、魔力を高める。太陽を真っ二つにする勢いで突っ込んでいく。
「フッ!!ハッ!!」
「せい!!やぁ!!」
「ち……鬱陶しい!!」
出来るだけ激しく攻撃をして時間を稼いでいた高谷とライトだったが、アテンの炎の壁に阻まれ生まれた小さな隙に、大きな拳で殴られ吹き飛んだ。
アテンは見下ろした。太陽を少し押し返し始めている人間達の姿を。
「『命をかけて駆け抜けろ』!!」
リーヌが叫ぶと、ヒバリ達皆に強力なバフが着いた。攻撃力が大幅に上昇し、太陽が動き出す。
「太陽を、斬る日が、来るなんてな。」
何度か考えたことのある、太陽を斬るという偉業。ヒバリは今、それを実現させようとしている。
風龍剣をもつ腕は熱で川が破けて生身が剥き出しになっている。力を込めるだけでも痛いのに、ヒバリは風龍剣を離さないどころか、ずっと変わりなく圧力をかけてくる太陽に耐えている。
他の皆もそれは一緒だった。アテンは非常に不愉快で仕方なかった。
歯ぎしりをし、怒りのままにヒバリ達に叫んだ。
「何故!!何故貴様らは、そこまでかけるのか!!人間のくせに!!弱小種族のくせに!!」
癇癪のような叫び声に、ヒバリが笑う。
「人間?弱小種族だって?」
ヒバリが進む。太陽が後ろへ進む。ヒバリが進む。太陽が後ろへ進む。
「私は既に人間ではない。」
まるで皆が買えなかった限定グッズを自慢するかのように楽しそうにヒバリは叫び返した。
「私は悪魔だ。」
瞬間、ヒバリのすぐ横を1本の刀が通り過ぎた。
「そうだな。」
紫の刀身と、美しく刻まれた文字。誰かの魔力が強く根付いている。それをみて驚愕も怯えたりもしたが、今は、それですら信じてやろうとヒバリは思った。
その瞬間、その場にはいなかったはずの誰かさんが出現した。その人は太陽に向かって剣を振り、そしてその直後、太陽は綺麗さっぱり無くなった。
「なっ!?どういうことがばぁぁ………」、
そんな異常事態にアテンが驚き切る前に、反動はしっかりとアテンの体を蝕んだ。
魔術や体術全てが同等な力でぶつかり合うと、互いに反動がいく。しかし、その反動すら相手にしか与えない強い能力を持った者がいる。
そして、それが出来るのはただ1人。
「天野!!」
「快斗様!!参上!!待たせたな!!」
そう言って、久々に快斗は草薙剣を握りしめて、先程名付けた『真剣』、『絶守剣』によって皆を守ったのだった。
自分では長く書いたつもりなのに後で読んでみたら意外と短かったりする。