正式任務
ヴィオラの前から飛び去ったあと、快斗はベリランダの元に戻り、魔法陣を展開してもらう。行先はエレスト。あの4人組を連れていくためだ。
「あんた、『鬼神因子』入れただけでそんなに強くなるのね。」
「俺も想定外だよ。ここまで強くなるとは思ってなかった。」
ベリランダも、外にいた零亡も破壊するすべがなかった、『鬼人の国』を覆っていたドームを、『鬼神因子』を取り込んだ快斗は草薙剣の一振るいで破壊してしまった。
羅刹が封印されたおかげか、はたまた力で破壊したのか。定かではないようだが。
「でもいいの?因子、あの四大剣将に使っちゃって。」
「いいんだよ。もう使い道もなかったからな。」
「重複できるのなら他の誰かに使う手もあったんじゃない?」
「なんだよ。使っちまったの、不満なのか?」
快斗の問に、ベリランダは少し俯いた。ベリランダのような魔術師にとって、神の因子という魔力の塊は実に興味深く、二度と手に入らない超貴重品だった。
だから少し躊躇してしまうのだろうが、使い道は快斗が決めるものなので、ベリランダに異論という異論はない。
「あんたが決めたことならいい。」
「そうか。」
ベリランダの答えに快斗は笑って返した。ベリランダは目を逸らして、無言で『瞬間移動』を発動させる。周りの景色が変わった。
赤い絨毯。灯る松明。大きな窓。エレストの王の間だ。
「よし。ただいま、って……」
「え。」
そのエレストの王の間で快斗とベリランダは目を見開いた。
快斗が想定していたのは、あの4人がなにかしらしながら待っている景色だったのだが、実際は何十人という『侵略者』の人々とあの4人組。そして金色槍を持ったルーネスが整列していた。
「思ってたんと違う。」
「同感。」
驚く2人に、ルーネスがいう。
「お帰りなさいませ。驚かれたかと思いますが、皆様カリム様方同様、戦場に赴きたいと申しております方々です。」
「えっと……『不死』が言ってたことは完全無視するってこと?」
「最初は私も止めておりましたが………話しているうちに私も行きたくなってしまって……」
「なんだそれ。」
ルーネスが恥ずかしげに身をよじる。確かにあちらにいる妹が心配なのはわかるが、女王が国を空けておいて良いものかと快斗は心配になった。
「ご心配は無用です快斗様。この国の管理は、彼女にお願いすることになりました。」
「彼女?」
「はい。そこで眠っておられるお方です。」
「あ………」
王の間にある机に突っ伏して死んだように眠っているナナミを見て、快斗はご愁傷様と心の中で手を合わせた。
快斗は初めてのルーネスのわがままに、それほど妹が心配なのかと思った。
「さぁ行きましょう快斗様!!私、快斗様の勇姿をこの目に焼き付けたく……!!」
「どうやら違ったらしい。」
呆れた快斗は頭を抑えてやれやれと首を振る。
「ベリランダいいのか?てか出来るのか?こんな人数連れてくって。」
「舐めてもらっちゃ困るわね。私を誰だと思っているの。この程度余裕よ。余裕。」
そう言ってベリランダは小さな胸をドンと叩く。小さな背中なのに随分と心強く見える姿に、快斗は笑った。
「でもこの人数で何も考えずに突っ込むのも意味がねぇしなぁ……。」
「相手はかなり強い。攻撃を乱れ打ちして動きを封じてる合間に爆撃に耐えられる『不死』が攻撃してるみたいね。」
ベリランダが目を閉じて言う。きっとなんらかの魔術で高谷達の視点と自身の視点を繋げて状況把握しているのだろう。
「なるほど。攻撃で封じてるって、相当動きが俊敏なのか?」
「あの鬼の子よりは遅いけど、『不死』は追いつけないようね。ヒバリはまぁ、攻め手というより防御役みたい。」
ヒバリの『蓄積剣』は攻防どちらにも用いることが出来る汎用性が高い『真剣』。しかし放てる斬撃にも限りがあるため、連発するのは避けた方がいい。
振るった剣の量にも差はあるだろうが、防御にずっと使い続けることは出来ないだろう。
「ここの全員を活用するには………相手が攻撃ない状態を作り出して、俺らが一斉に攻めて殺す?」
「自然にって言うか、それが普通だけど、ここの人達じゃ太陽神の動きを封じるなんて無理な話よ。」
高谷達ですら攻撃を与え続けて動きを阻害するレベルの敵を、一般兵や冒険者の寄せ集めの『侵略者』達に止められるとは、ベリランダは思わなかった。
が、快斗は何かを思いついたようににやりと笑った。
「いや、大丈夫だ。」
「何がよ。」
「あるんだよ。ここの人間で太陽神とやらの動きを封じる方法がよ。」
快斗は指を鳴らして全員の目を自身へと向けた。
「作戦会議だ。1回しか言いたくないからみんなよく聞けよ。『侵略者』の、正式任務だ!!」
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神は人間を支配、または罰を与え殲滅する。人間の圧倒的上位互換であり、能力値も知能も人間では到底及ばない。
もちろん人間から神へと進化する者、いわば『人神』もいるにはいるが、その者達はあまり神の中では格は高くない。
アテンは天使からの進化だった。天使からの進化は、上位になることが多い。だから何人も人間達に逆襲されて無ざまに果てていく人神達を見て、アテンは非常に滑稽に思っていた。
あんなに弱い生物に、神が負けるはずがないと。
結局のところ、それは違うとアテンはやっと理解する。
自身の仕える先である聖神に行かされたこの世界で戦って、人間の底力に驚かされた。相手が特殊な能力を持っているということもあるが、想像以上に厄介なことに変わりはなかった。
何故ここまで強く抗えるのか、アテンは戦っていくうちに理解したのだ。それは仲間がいるからだと。背中を預けられる友がいるからだ。
そう、つまりはこう解釈すれば良いのだ。
虫は群れることで互いを守る。なれば、その小さな防壁を簡単に崩せるほどの力で捩じ伏せれば良い。
神は人間に負けない。これは不可侵の絶対的真実なのだから。
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現在、太陽神との戦いの戦況は、高谷達が大幅に劣勢に回っていた。
「がらァ!!」
地面に四肢をついて人間の動きを捨て、這ってでも懐に向かう高谷を、 アテンの『陽剣』で容赦なく切り捨てる。
左腕を捨て、右に持っていた『心剣』で攻撃するが、当たらず躱される。斬撃が山を裂く。時が止まったのかと思うほどに、アテンの動きは速かった。
「がっ!?」
振り下ろされた拳が背中に直撃。背骨が砕けて地面に突き落とされる。
曲がった体が短時間で無理矢理へし折られて、体への負荷は最大になった。血を吐いて、普段よりも遅い回復にイラつきながらも地面をかけ出す高谷。背骨が砕けても走れるのはその部位だけを重点的に直したからだ。
「せぇあ!!」
「えい!!」
アテンの左右から鎖とライトが飛び出すが、溢れ出た炎によって弾かれた。先程までとは強度が違う。
「飛べ。」
「くっ!!」
アテンがライトに手を軽く振るう。瞬間、舞った火の粉が淡く光り、大きな爆発を起こす。咄嗟に小手でガードしたおかげで大怪我は免れたが、右膝を少し火傷してしまった。
地面に着地するが、少し踏み外した。その瞬間、『陽剣』がライトの両足を膝下から切り飛ばしていた。
「か………」
「ライトォ!!」
「クソッタレ!!」
ヒバリが飛び出し、高谷が手首を切ってライトを回復させようとするが、アテンはライトの首根っこをつかみあげて人質のように捕らえた。
「クソ………」
高谷とヒバリの足が止まる。迂闊には近づけない。ジリジリと音を立てて、掴まれているライトの首筋が焦げていった。
「あぁ……っ!!」
「ライト!!」
高谷が思わず踏み込んだ。地面が割れる。超高速の弾丸のように高谷がライトを掴んでいる腕目掛けて拳を突き出した。
が、アテンはそれ以上の反応速度で高谷の動きを感知し、熱量を増大させた。ライトの火傷は首から広がり、大きな痛々しい傷が出来上がる。
そして、首から炎が吹き出した。
「やめろォ!!」
更に空気を蹴って加速するも間に合わない。掴まれている箇所は焼かれすぎて皮も肉も燃え尽きて背骨が丸出しになっていた。
高谷は見た。両足と首の大怪我でも、ライトは泣かずに戦っているのを。
「離せ。」
「む………っ!!」
瞬間、涼しい風が吹いたかと思うと、ライトとアテンの間の空気が裂けて刃となり、アテンを突き飛ばした。
掴まれていた腕が外れて、ライトが落ちる。
それを優しく、ヒバリが受け止めた。と、高谷は思った。
「あ………?」
が、見上げた時に見たヒバリの姿は、高谷が思っているものと違った。
長く美しい黒髪は、透き通る神聖な白髪となり、深く落ち着いていた黒瞳も、今は爛々と光る真っ赤な瞳になっていた。
「高谷殿。頼めるか?」
「も、もちろん。直ぐにでも。」
高谷は手首を切り裂いてライトに飲ませた。
『不死』状態の高谷の血よりかは回復がいささか遅いが、それでも両足は失われることなく元に戻り、首から拡がった火傷も完全に治癒された。
「酷い怪我だ。」
治癒されていくライトを眺めて、ヒバリは顔色を変えずにそういった。
それからゆっくりとアテンの方を見た。アテンと視線が合う。アテンは飛んでヒバリの首を折ろうとした。
だが、アテンの胴体が斜めに大きく斬られるほうが速かった。
「なっ!?これは………」
吐血し、久々の大きな怪我に表情を歪めたアテン。ヒバリはアテンに体を向け、小さく息を吸うと、アテンを見下ろして言った。
風龍剣よりも鋭い明確な殺意を持って。
「私の弟を殺しかけたこと、絶対に許さない。」