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罪深い男の想像話  作者: 病み谷/好きな言葉は『贖罪』
《第一章》 怒る彼は全てを殺し尽くす
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延命

「ぁぁ……あ……」


目の前から光が消えた。余りに大きすぎる負荷がかかる。もともと白かった瞳が灰色になり、視力が著しく低下する。


耳も聞こえない。臭いも感じない。しかし口の中の血の味だけは鮮明に感じられた。


喉が枯れて声が出ない。ふらふらと揺れたあと、暁は静かに地面に倒れた。仰向けになり、空を見る。と言ってももうどこにどんな色のものがあるかということしか分からないが、それでも暁は空を見上げていた。


未だ消えていないドーム。近づけば喰われ、破壊もできない厄介なこれは、羅刹を倒せば消えてくれると思っていたので少し残念だった。


いや、封印しただけなので死んではいないのかもしれない。


暁は、羅刹の最後の言葉を思い出した。


『絶巧』。それは羅刹の口から出た賞賛。忌々しい敵からの賞賛など無視してもバチは当たらないが、暁は何故かその言葉がとても嬉しかった。


斬嵜一族が積み上げた全てをぶつけ、そして今、それが儚く散り始めている。


「は………」


腕が動かない。首をゆるりと動かしてみてみると、手はもはや人間の手ではなく、手の形をした灰だった。


指先は熱を持っているのか淡く光っている。そして光がより一層強くなったかと思った瞬間、指が崩れた。

ボロボロと崩れて、それが手首まで到達。そのままどんどん上に上がってくる。


分かっていた。『封印剣』によって命が消費され、『全能剣』による負荷が体を壊す。これで死なないなんて不可能だ。


もう『真剣』すら扱えない。脳が死にかけで、単純思考しか出来ない。


暁は清々しい気分だった。父と全く同じような死に方だからだ。親子揃って、あの鬼に殺されるとは滑稽な話だ。


暁は笑う。なんだかすごく眠かった。目を閉じる。すると頬を何かが伝った。


きっと涙だろう。やり残したこと、やりたかったこと、全部思い出して、全部諦めた。それらは全てくだらない事だから。


でも、1つ。1つだけ、どうしても諦められないことがあった。


「最後に……流音にぃ……」


父が死んだあとも逞しく育ててくれた彼女に、どうしてもお礼が言いたかった。後悔が、暁を泣かせているのだ。


「少女剣士!!」


誰かが駆け寄ってくる振動が伝わる。目が見えないので、頭だけそっちに向けた。その人物はどうやらヴィオラのようで、暁をそっと優しく抱き上げると凛々しく言った。


「………貴様は、間違いなく世界最強の剣士だ。余が認める。」

「あぁ………拙者……は……最強………」


目を閉じたまま、首を出来る限り動かして暁はその言葉を復唱する。いつも通りなら跳んで喜ぶシーンだが、流石に限界なのでそれは出来ない。


ヴィオラは暁の頭をゆっくりと撫でて、抱き寄せた。


「少女剣士、いや、斬嵜暁よ。余はお前の戦いを最後まで見ていた。お前は、偉大なことを成し遂げた。それも、この世界史上1番大きなことをな。」


声が震えていた。泣いているのだろうか。暁にはヴィオラの震えが伝わっている。だが泣いているかどうかは分からない。


「ッ。」


と、暁の聴力が完全に消え去った。どういう原理なのか、もう鼓膜が完全に壊れたようだ。ちゃくちゃくと体は死へと向かっていく。


「貴様は死ぬのだろうか。腕は……もうダメそうだな。」


そんなことは知らず、ヴィオラは暁がまだ生きると信じて治す方を考える。いや、死ぬことは分かっていても否定したかったのかもしれない。


暁の頭を出来るだけ近づけて、ヴィオラは暁と目を合わせる。微かに口角があがるのが見えた。


それが、いつも見せる歪んだ笑顔ではなく、心からの笑顔なのだと、暁には伝わった。


ヴィオラは目を閉じると、息を吸って、今暁が1番欲しいであろう言葉を口にする。


「よく、頑張ったな。」

「ッ。」


耳は聞こえないのに、なんでかその言葉だけは伝わった。後悔でほろりと泣く程度だった悲しみや怖さが、噴水のように溢れ出した。


「拙者……がんばっ、……て、倒し……ござ、るよ……父上……も………みて、くださっ、て………ござ、ぅ、ぁ………?」


崩れてもうほぼない腕を空に向ける。涙が溢れて、留めることが出来ない。死への恐怖が、暁を年相応の少女へと引き戻す。


それはとてもあの羅刹を倒した少女には見えなかった。が、こんな時はこれでいいとヴィオラは思った。


「拙者……だれ、より、つよ………ぅて、勝って、がざる、………よ………いち、ぞくでぇ……1、番で、……ござ……ぅ!!」


泣き笑いで叫ぶ。その姿がどうしようとなく悲しくて、ヴィオラでさえ瞳を潤ませるほど切なかった。


「父上ぇ………流、音ぇ………ど、こに、ござ、………ぉう…かぁ………?」


愛する人々を探し求め、狭い範囲でもがく。もがけばもがくほど、彼女の体は崩れてしまうのに。


「あい、たぁ………い………よぉ………」


会ってありがとうと言いたかった。育ててくれてありがとう。愛してくれてありがとう。面倒見てくれてありがとう。色々なことを教えてくれてありがとう。強くしてくれてありがとう。


まだまだ話したいことが沢山ある。語り事が沢山、お礼も言いたい。また一緒に寝たい。夜通し話を聞いては話をして、もっと全力で笑いたい。


もっと、未来を生きていたい。


「いやぁ………」


暁はもう、14歳の少女だった。死を恐れる。小さくて悲しい少女。成す術がないヴィオラは、暁を抱きしめて咽び泣くのみ。暁を少しでも不安にさせないように全身で温めた。


と、突然バリンと音が響いてドームが崩れた。空のいちばん高いところから唐突に。それが何によるものなのか、ヴィオラは空を見上げてもわからなかった。


目の前に、黒い魔力の塊が着地するまでは。


「ッ。」


その魔力は少しずつ解け消え去る。繭のように濃密に練られた魔力の中からは白髪の少年が姿を現した。


ヴィオラは目を見開いた。死んだと報告を受けていた少年、天野快斗がそこにいたからだ。


「貴様、何故……っ!?」

「あぁ、あんたはあれか……『剣王』だっけ?天野快斗だ。よろしくな。」


快斗は軽くヴィオラに挨拶をすると、しゃがみこんで暁の顔を覗いた。涙の跡と表情で、暁が今思っていることは容易に想像できた。


この場所の惨状、そして強い魔力の残り香。相当な無理をしたのだろう。暁を優しく撫でて快斗は微笑む。


「お疲れ様。もう、寝ていいぞ。」


暁はその言葉に首を振る。快斗はその気持ちがわかった。死んだ時、自分はどんどんと落ちていく感覚があった。寝てしまったら、もう戻れないかもしれないという不安があるのだろう。


そもそもこのまま放置していては、崩壊が進んでどの道死んでしまう。


しかし大丈夫だ。快斗がここに来た理由は、暁を死なせないようにするためなのだから。


「これをやるよ。これがあれば、少なくとも俺とは繋がっていられる。お前は死なない。消えたりしねぇよ。」


快斗の胸から『魔神因子』が取り出された。淡く光るそれを、快斗は優しく暁の胸に押し当てた。


不思議なことに、『魔神因子』はなんの抵抗もなくストンと落ちるように取り込まれた。エレメロの慈悲なのか、はたまた暁に適性があるのかは分からない。


因子は暁に染み渡り、その強い魔力で大量の生命力をもたらした。因子も消えたがる訳では無い。宿主が死にかけるなら、出来る限り生かそうとする。


暁の瞼が少しずつ閉じ始め、やがて目を閉じて深い眠りについた。その時には、崩壊は二の腕の半ばで止まっていた。


因子によって悪魔にはなってしまう可能性はあるが、暁なら大丈夫だろう。快斗はそう信じて立ち上がり、踵を返す。


「貴様、どこに行くつもりだ。」

「あぁ、ここみたいに規格外の強さのやつがもう1箇所にいるんだ。そっちの手助けに行く。あまり時間をかけたくないんでな。もう行くぜ。暁を守ってくれよ。」


そう言って快斗は翼を生やし、飛んでいってしまった。壊れたドームは少しずつ崩れ始めている。その穴から快斗が外へ飛び出した。


ヴィオラは快斗を見届けたあと、暁に視線を落とす。暁と寝顔は安らかだった。息も安定している。心音もある。両腕は失ったようだが、命に別状はないようだ。


先程までの恐怖はないようで、今は安心した雰囲気がある。寄り添える何かが自分の中にできたのだろう。ヴィオラは安心して大きなため息をついた。


「全く、余がいるというのに、不甲斐ない……。」


瓦礫のど真ん中で、世界最強の剣士を抱える『剣王』は、誰にも聞こえない呟きを零したのだった。

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