絶巧
もうどれほど前だっただろうか。羅刹には仲間がいた。神をも凌駕するほどの力を持つ仲間達がいた。
その中でも、羅刹は常に1人の少年と勝負を繰り広げていた。
名は覚えていない。羅刹は人の名前を覚えるのが苦手だった。
少年の足は有り得ないほどに早かった。光程度の速度だと嘯いてはいたが、実際は時間すら飛び越えるほどの速度を誇っていた。
彼が持つ俊足しかり、『神力』しかり、彼は羅刹とは正反対の特徴を持っていた。故に、2人はどちらが上かを競い合っていた。
仲間のリーダーである白髪の少年は、それを面白そうに眺めて、賭け事をしていることもあった。
2人とも何度も戦ってはいたが、勝敗が決まることは無かった。
相手の少年の能力は、羅刹の『無敵』を貫通しうる強力なものだった。それに加えてその速度に羅刹はとても着いては行けなかった。
なのでその不利要素をチャラにできるくらいの技を覚えようと羅刹は必死だった。
その結果、得ることが出来た技がある。
羅刹が使う『魂』の技。その最終奥義だ。
ある時、彼が尊敬する白髪の少年が言った。人の恨みや憎しみや愛情は、時も場所も概念さえも貫く強いものであると。それこそ、神でさえ止めることが出来ないほど強力だと。
それを羅刹は信じ、それに基づいてこの技を作った。
その名は、『破滅魂・時飛ばし』。
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「殴るという動作をする時を消し飛ばし、殴ったという結果のみを残す………拙者の『真剣』を超えるほどの技でござるか。どおりで……」
『全知剣』により羅刹の記憶を覗いた。その技の効果を知った暁は震える。その技は『時停剣』と同等の能力を持っている。どちらの技も、攻撃される動作が見えない。厄介さは同じだ。
羅刹の腕の近くにヒビが入る。時を止める能力に慣れ始めてしまっている。すぐに飛びずさり、『時停剣』を解く。
「この『真剣』はとどめの時にしか使えないでござるね。」
冷静に呟いて、暁が分身してかけ出す。『変力剣』で踏み出す力の量を引き上げ、速度をあげる。飛びかかって斬撃を放つ。その数は4つ。
が、そのうちの2体の暁はいつの間にか潰され、1人の暁は傷つく覚悟で斬撃を受け止められ、本体である暁は顔面を殴られた。
衝撃が抜けて地面にが窪む。その勢いのまま回転し、飛翔する。羅刹の周囲を飛び回り、天空まで登りあがって、鬼丸に炎を纏わせる。
「『火炎陣・飛炎斬』!!」
巨大な炎の斬撃が羅刹に迫る。魔術によって放たれた斬撃にも、『絶斬剣』の効果は上乗せされる。
羅刹は斬撃を体を捻って躱す。瓦礫が燃えて谷ができ上がる。
暁が地面に落ちる前に羅刹が鉤爪を落とす。暁は腕で受け止めることなく、他の4本の刀で受け止める。
『弱明剣』で脆くした肉体に刃を振るい、肉は裂けたが腹筋に強い力が入ったことにより、刃が止まる。
「むっ」
羅刹は動きが一瞬止まった暁の頭を引っつかみ、地面に強く叩きつけようと振り下ろす。が、その前に出現した2体の分身体が羅刹の腕を『怪力剣』で強化された脚力で蹴りあげた。
骨にダメージが届き、ボキボキと音が出たが折れはしなかった。が、このまま掴んでいるのは危険だと判断して羅刹は暁から手を離した。
「せぇぃあ!!」
地面に片手をつき、その回転力で羅刹の顔面を蹴り飛ばす。2体の分身は刀を振り下ろす。羅刹は斬撃のダメージを無視して刀を掴みあげ、その剛力をもってへし折った。
そのまま分身の顔面を殴り飛ばして消し飛ばした。
「ぐっ!?」
暁は地面に頭が叩きつけられ、衝撃で回転しながら転がっていく。その方向に羅刹が先回りして、暁を蹴りあげた。
そして自身よりも高く飛び上がる前に『破滅魂・時飛ばし』で暁を落とす。
地面と腕で挟み撃ちされ、暁の顔面は血だらけになる。が、暁もやられっぱなしではいられない。
地面でバウンドし、腕で叩き落とされる瞬間に『透身剣』で攻撃をすり抜けて羅刹を飛び越える。
「せぇぇい!!」
地面に降り立つと同時に超高速で斬撃を放つ。羅刹の大きな背中に大量の切り傷がつく。あまりに高速で、攻撃を受けたあとの背中からは摩擦で起きた熱によって蒸気が上がる。
が、羅刹は怯むことなく振り返ってそのまま拳を振るう。天下五剣全てを重ねてガードするが、それでも暁は地面を削りながら吹き飛んでいく。
追撃をやめることなく、羅刹は固い拳を叩き込みながら暁を追いかける。鬼丸以外の天下五剣で拳をガードしつつ、反撃の隙を伺うが、攻撃の量が多すぎてその隙がない。
「んくっ!?」
防ぎきれず、天下五剣が散る。その拍子に刃の先端が右肩を抉った。
すかさず羅刹が暁の腹に拳を捩じ込み殴りあげ、先回りして顔面を殴る。勢いを殺しきれず、暁は砂煙を上げながら転がっていく。身体中に擦り傷ができた。
「ッ、たぁぁあ!!」
地面を蹴りあげた。地面が窪む。暁の怒りの蹴りが羅刹の画面を穿つ。鼻が折れ、血が吹き出した。瓦礫に突っ込んで煙をあげる。
「手を止めることはないでござるぞ!!『火炎陣・炎岸迅』!!『土石陣・地割れ』!!」
鬼丸を振り抜くと、地面が大きな崖ができ起き上がる前の羅刹を落として炎で穿つ。近くにいたヴィオラは激しい戦いにその場を離れる。
「全く、規格外だ!!」
そんなことを皮肉そうに呟くヴィオラ。何が起こっているのかも分からないので参戦もできない。ここは弱者として潔く逃げようと決断した。
「やぁあ!!」
割れた地面の奥底に、暁と羅刹が落ちたと思った途端、更に地面を砕いて暁が突き上げられた。地面の中に落ちた炎が爆発したのか、高温になった岩が弾け飛ぶ。
それら全てを貫通する羅刹が殴った空気が暁に向かって放たれた。
「チッ!!」
飛び散る地面の破片を足場に、飛んでくる空気を躱し続け、先読みされて放たれる空気を躱すために分身を駆使したり飛翔したりしながら徐々に距離を詰めていく。
「たぁあ!!」
そしてようやく地面にたどり着いた暁は全力を持って地面ごと羅刹を切り裂く。バラバラになった石ころが跳ねる。
『変力剣』によってその石ころ達にかかる力とその向きを変えて羅刹の眼球に向け、弾丸のように放った。『無敵』の羅刹にその攻撃は通用せず、石ころは砕けて粉塵となる。
一瞬視界が封じられた羅刹。その隙を狙って暁は天下五剣それぞれに『火炎陣』、『氷結陣』、『暴風陣』、『雷鳴陣』、『水流陣』を発動。5つの属性の斬撃が、羅刹に叩き込まれようとされていた。
羅刹は、地面の暁が駆ける振動と足音と勘で場所を見定め、拳を落とす。その攻撃は『未来剣』によって予知していたため、暁は体を回転させて躱すことが出来た。
「せい!!」
何度目か分からないほど叫んだ掛け声。無駄でも何でも声を出して自身に喝を入れる。斬撃の威力は劣らず、『怪力剣』、『絶斬剣』は常に発動。さらに暁の固有能力で属性付与の斬撃は、どれが『無敵』を貫通しても大ダメージだ。
羅刹もそれが分かっているので、珍しく左足で暁を蹴りあげようとしてきた。暁は体の体勢を横に傾け、それを難なく躱し、左脇腹に5つの斬撃を叩き込んだ。
「いけぇぇええ!!!!」
なんと全ての斬撃が『無敵』を貫通して内臓が飛び散った。痺れ、濡れ、凍り、燃えて、風に切られる。内側からの響く痛みに、羅刹は悶絶する様子なく暁の首根っこを掴みあげる。
「まず………ッ!!」
何も対策をしていない暁はこれはマズいと鬼丸でガードする。羅刹は暁の後頭部をつかみ、もう1つの拳と挟み撃ちするように叩きつけた。
それは鬼丸のガードをへし折るように跳ね除け、暁の顔面は見事に陥没してしまう。鼻が折れて、顔の骨がひしゃげ、大量の血が吹き出した。
完全なる致命傷。羅刹は追撃をやめることはなく、そのまま今度は暁の小さな体に強力な膝蹴りをいれた。
くの字に曲がる暁。内臓破裂に肋骨が何本も折れてぐちゃぐちゃの内臓に突き刺さる。とてつもない痛みに、暁が表情を歪める。
流石に限界だった。体がもう持ちそうになかった。
そう、この分身の暁には。
「ッ!?」
羅刹が拷問のように攻撃していた暁が煙となって消え去った。瞬間地面が突き破られ、真下から本体の暁が炎を纏った拳を羅刹の顎に打ち込んだ。
会心の一撃。『弱明剣』と『怪力剣』によってダメージを増やそうとした。当然『絶斬剣』ではないのでダメージは入らないが、体勢を変える程度のことは出来た。
「行くでござるよォ!!」
「「「おおー!!!!」」」
掛け声とともに、4体の暁が地面から飛び出し、同時に羅刹を蹴りあげた。重たい羅刹の体が、初めて暁に打ち上げられた。
「りゃぁぁああ!!」
暁は全力で分身体を増やす。地面が次々と生み出される分身で埋め尽くされ、そしてそれぞれが本体の暁と全く同じ力を有している。
それらが一斉に飛び出し、刃を羅刹に振るおうとしてきた。
流石にマズいと感じた羅刹は、空中で体勢を整えて魔術を発動する。
その魔術の名は『壊滅魂・滅球』。羅刹を中心に超重力の空間が展開され、入ったら最後、強すぎる重力に耐えきれずに粉々になるという代物だ。
飛び込んできた暁達はどんどん塵とかしていく。なんとかこれで凌げそうだと、羅刹が一瞬安堵したその瞬間、
「おおお!!」
左足の踵に痛みを覚えた。見ると、真後ろにいた暁に横一線に腱が切られていた。立つことが出来ず、羅刹が跪く。
何が起こったのかと混乱したが、すぐに辺りを見て気がついた。そこに大量の暁の姿はなく、ましてや滅球でさえも発動されていなかった。
つまりあれは幻。『夢幻剣』による幻覚だった。
羅刹の腱を切った事で羅刹は移動が困難になり、立つこともままならない。出来るだけ切った時の弊害が大きい部位を狙ったのだ。
だがまだ右足が残っている。羅刹は地面を蹴って打ち上がり、宙で回転して暁を蹴り飛ばした。
吹き飛ぶ暁に、魔術を持って追撃する。
次は『死滅魂・恐喝』。いくつもの超重力の玉が放たれ、瓦礫が次々と粉になっていく。
駆け抜ける暁はそれらを躱しながら羅刹の周りを走り続ける。距離を詰め、やっと羅刹の目の前まで来ることが出来た。
羅刹はすぐそばで恐喝を発動するが、『絶斬剣』によってそれごと切られてしまった。が、それが分かっていた羅刹は恐喝が切られると同時に暁に強烈なタックルをお見舞した。
咄嗟の判断で暁は鬼丸でガードしたが、鬼丸を持っていた左手の親指はあらぬ方向を向いて折れ曲がった。
歯茎から血がふきでるほど強く歯を食いしばり、何とか痛みに耐える。
「ッ!!アァァアアア!!!!」
踏み込み、耐えて、怒りや憎しみや、その他全ての感情を、痛みを無視してぶつける。父を殺した恨み。街の人々を消した怒り。今まさに自分を殺そうとしてくることに対する苛立ち。
憎くも畏怖の念を抱くほど強いこの鬼を、暁は何としてでも殺す。だから、止まらなかった。
「拙者はぁぁあああ!!!!」
「ッ!?」
重く硬い羅刹の体が、小さな暁に押し返された。完全に体勢が崩れ、戻すには高く跳ねすぎた。宙にほんの一瞬だけ浮かんだことによる小さな隙を、暁は見逃さない。
突きの姿勢に入り、羅刹の眼球を狙い目とする。羅刹もそれが分かったのか、直ぐに目を閉じようとした。
眼球だけなら無理でも、瞼を挟めば『無敵』である程度凌げると思った。
しかし、その前に刃は眼球を貫いていた。
それは羅刹でも絶対に見えない速度の突き。『時停剣』による時間停止によって、突きの動作は完全に見えなかった。
右の眼球が潰れた痛みに悶え、羅刹は暁を突き飛ばそうと、右腕に魔力を集めて振るった。
『未来剣』で見据えた未来によって躱すことに成功。地面を叩いた羅刹の右腕にすかさず刃を振るい落とした。
「断てぇ!!」
『弱明剣』、『絶斬剣』、『怪力剣』、『変力剣』。4つの『真剣』によって超強化された斬撃に、残りの天下五剣が加わる。
それは山をも簡単に両断できるほどの鋭い斬撃だった。
関節の1番柔らかい部分に刃を落とし、力を込める。少しずつ肉が切れ始め、血が吹き出し始める。
「ォォ!!」
羅刹はやられっぱなしではなく、暁に抵抗する。『無敵』は貫通できていない。それでも少しでも多くのダメージを与えようと暁は本気で鬼丸を落とす。
が、この戦いは羅刹の勝ちだろう。これ以上圧をかけても切れる様子はなく、羅刹の力はどんどん強まっていく。ここは離れるのが1番の選択肢だ。
もし暁が、『蓄積剣』を使えなかったとしたら。
「ッ!?」
羅刹は見た。暁の背後から、何十万とも見える斬撃が、右腕に向かって落ちてくるのを。
「斬れぇぇぇぇ!!!!」
バァンと音がして、大量の血が吹き出した。暁は目に焼き付けた。硬い硬い羅刹の右腕、あの日父を殺した腕が、無様に宙を舞い地面に落ちるのを。
「ッ!!」
羅刹が暁を蹴り飛ばした。地面を転がり、しばらくして体勢を整える暁。目の前の巨躯は右腕を失い、その出血量からして長くは戦えないだろう。
羅刹が左手を握りしめる。それが最後だと、暁は察した。
左足を前に。右足で体を支える。鬼丸を構え、今持ち得る全ての、否、無限の魔力を鬼丸に込める。
羅刹は左手が裂けて血が出るほど強く握りしめる。そこには紫に輝く不思議な魔力が集っていた。
それこそ星を貫く程の超威力の最強の拳。かつてこれを耐えた神はそうそういなかった。
「喝ッ!!」
「ッ!!」
両者構え、地面を蹴った。羅刹は高く跳んで隕石のように真上から。暁は直ぐに地面に立ち真下から。
羅刹は全てを賭けた拳に願いを込める。この少女を殺せますようにと。まるで七夕に願い事を書くかのように。
しかしそれを叶えるのは神でも悪魔でもなく自分だと分かっているから、彼は地震が放てる最高火力の拳を、この最強の少女剣士に叩きつける。
「『撲滅魂・陥落』。」
拳が迫る。暁に走馬灯が見えた。父との思い出。流音との日々。悪魔との遭遇。羅刹との決戦。全ての記憶がありありと浮かぶ。
まるで死ぬことが決定したかのような状況に、暁は笑う。なんせ、暁は勝つつもりでいるのだから。
「父上、ご覧あれ。これが、貴殿の愛した娘の最後の技。」
時を止める。羅刹が止まるが、ほんの一瞬で『時停剣』は突破される。そんなの、ただの時間稼ぎなので十分だったが。
「はぁぁぁああああああ!!!!」
鬼丸を振り上げ、全属性、全魔力、全身全霊をかけて振り下ろす。
『時停剣』で時を止める。
『絶斬剣』で確実に切る。
『変力剣』で力の量を引き上げる。
『蓄積剣』で今までの斬撃を全て放つ。
『弱明剣』で全体を弱点にする。
『怪力剣』で腕と足の力を大幅に上昇させる。
『未来剣』で未来をみる。
『全知剣』で全てを理解する。
『飛翔剣』で体を軽くして動きをはやくする。
『夢幻剣』で羅刹の気を逸らす。
『透身剣』で攻撃を躱す。
『分身剣』で攻撃を複製する。
『五神剣』でこれら全てのステータスを引き上げる。
そして最後に、
『封印剣』で、命と引き換えにこの鬼を鬼丸の中に封印する。
「ふ………」
走馬灯は確かに死ぬ者にみえる世界。勝っても負けても暁には死が待っている。
時をも忘れ、暁はただ浸っている。父がかつて使った『真剣』。それを受け継いだ重みと嬉しさ。
やっと会える。大好きだった父に。そう思った。
その瞬間だった。
『最後まで気を抜くな。最強の剣士よ!!』
「ッ!!」
踏み込む。地割れする。体が痛む。周りが見えない。息ができない。それでも暁は、全てを信じて鬼丸を握りしめる。
『いけぇ!!我が愛娘よぉ!!』
「激励、感謝でござる。」
最後は静かに。この世界で暁は、誰よりも速く刀を振り抜いた。
斜め一閃。それで勝負は着いた。
ほとんど全ての『真剣』が重複することによって生まれた最終奥義。その名は、
「『暁』」
空間が割れる。力が抜ける。何か強い力が羅刹を鬼丸に引っ張っていく。『陥落』は暁に当たることはなかった。
吸い込まれる最中、羅刹は立った。暁もそれを見た。そして、羅刹はゆっくりと口を開いてこう言った。
「絶巧」
それが、暁の見た、
『神殺し』メンバー。
『無敵』の羅刹の最後の姿だった。