快斗始動
重い頭痛が残ったままだ。暗い場所からいきなり引き上げられた。深海魚が地上に釣り上げられたかのように、目玉が飛び出そうなほど頭が痛かった。
それも徐々に引いていき、やがて痛みは消え去った。痛みは安堵に変わり、そしてその痛みによって彼は自身が生きていることを実感した。
「んぁ。」
瞬間、思考が澄み渡り、感じ取れる魔力の気配の膨大な数が流れ込んだ。北東と南西、特に北東に強い殺意と魔力を感じた。
頭を抑え、体を起こす。ぼやける視界はゆっくりとピントがあい、自分のいる場所がはっきりと分かった。
所々の穴から月明かりが差し込む、小さな教会。そのど真ん中で、自分は大量の花の中に眠らされていた。
まるで死人を弔うための棺のようだ。実際、彼は今の今まで死人だったわけだが。
花を出来るだけ踏まないようにして立ち上がり、棺から飛び降りる。傍においてあった紫色の刀を手に、教会を出る。
周りには人の気配はなく、静かに皆休んでいるようだった。時計を見ると今は深夜1時。この時間なら大抵の人は寝ているだろう。
しかし、やはり城と城壁は未だ光が点っていた。世界中は戦争状態だと聞く。やはり城には国を管理する役割がある。そりゃ、徹夜で作業なんて当たり前なのだろう。
城に向かって適当に歩いていく。途中、夜だと言うのに賑わっている商店街があった。賑わっていると言っても、周りの場所よりかは賑やかなだけで、人の数は少なかった。
近道なのでそこを通ると、果物屋の店主っぽい男が無言でリンゴを投げてきた。ありがたく受け取ってかぶりつき、空っぽの腹に流し込む。
やがて城のすぐ傍にまできた。すると、目の前からふらふらと今にも倒れそうな少女が歩いてきた。
「…うぅ~……眠いぃ………」
薄ら眼で歩く彼女は、こちらの存在に気づくことなく歩み続け、ぶつかってしまった。
「……ぅあ、すみませぇぇ……」
「んなに眠いなら歩かずそこらの公園で寝ればいいのによー。」
少女はひょいと持ち上げられ、名を聞かれる。
「嬢ちゃん名前は?」
「ナナミです………」
「そうか。保護者は?」
「私のこと、子供だと思ってませんかぁ?」
酔っ払いのような態度のナナミは、自分が子供扱いされたのが嫌だったようだ。
「あなたこそ……私と同じくらいの歳でしょぅ……」
「何を見てそれ判断したんだよ。」
「だって声がガキっぽいし、背が割と低いし、髪がなんか白いしぃ……」
「俺の声ってそんなガキっぽいのか?背が低い奴は大人でもいるし、髪が白いのは子供の要素じゃねぇだろ。」
「うるさいですねぇ……白髪の少年君……ん?白髪の少年……?」
白い髪と呟きながらその髪を掴んだナナミは今まさに閉じかけていた瞼をカッとこじ開けてこちらを見た。
赤と青の瞳と、視線が交差した。
「おーまいがー。」
「どこで知ったんだその言葉。」
「もういいです。今日はお腹いっぱいなんです。」
「あ?」
「『剣聖』とかベリランダ様とかもういいんです。ここに重ねて死んだはずの悪魔復活とかもういいんです!!」
「お、おぅ……」
ナナミは我武者羅に叫び散らかして、キッとこちらを睨んで言った。
「城にベリランダ様が居ますよ!!『天野快斗』さん!!」
「お、おう!!ありがとう!!」
眠気に正直な少女に気圧されて、快斗はそそくさとその場を離れ、城へと向かうのだった。
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「どこで戦ってんすか!!」
「教えてください!!」
「そこに行きたいんです!!」
「こ、これはあまり一般人には教えられないことなのです。大変申し訳ありませんが、お引取りを……」
王の間で仕事中だったルーネスに、小さな災難が降り掛かっていた。
尋ねてきたのは4人組の冒険者だった。名前は、カリム、イン、ノヴァ、トリックという。
やっと終えて山積みにしてあった仕事の書類を叩いて、カリム達は引き下がることがなく問い続けた。
「サリエルさんとヒナさんも行ってるんすよね!?」
「僕らの恩人なんですよ!!助けてあげたいんです!!」
「うーん………」
「はぁいはいそこまで。」
困り果てたルーネスを見かねて、窓からベリランダが飛び込んできた。
「女王。戦力が多いに越したことはないんじゃない?」
「ですが………あまり人を増やすなと、高谷様からの願望でして………」
「サリエルさんはもう戻ったみたいだし、ヒバリさんも立ち直ってそこに向かった。結構余裕もでてきたと思う。ここで一気に大量戦力でかかってもいいんじゃない?」
「で、ですが………」
「女王頼んます!!」
「この通りですから!!」
カリム達はその場に誰よりも綺麗な土下座をして見せた。あまりのスムーズさに擁護していたベリランダも少し引いた。
「確かに私達からは余裕そうに見えます。しかし、高谷様方から直接聞くほどのことが出来なければ、この方達を向かわせることは認められません。これは世界の命運を左右する戦い。高谷様の願望もあり、私は反対致します。」
「女王………」
「理解して頂きたいです。あなた方と同じ想いを持つ戦士達は沢山いるのです。高谷様はこの国の英雄。恩を返したいと思う人々も多いわけです。この私だって、大切な弟子が戦っているのです。今すぐにだって向かいたいのですから。」
ルーネスは金色槍を撫でて切なそうに呟いた。
「理解して、頂きたいです。」
「………クソっ。」
カリムが本当に悔しそうに歯を食いしばった。彼の仲間も同じような反応だった。その思いを汲んでやることが出来ないことに、ルーネスは強い罪悪感を感じる。
「せめてあなた方の面倒を見きれるほどの戦力を持つ方がいれば良いのですが……」
「私だけじゃ守りきれはしないと思うし……」
2人して悩む。カリム達も確かに自分らが守られる立場であることを自覚している。今すぐに向かいたい気持ちを抑えて、諦めるという判断をせざるを得なかった。
その少年が来るまでは。
「んじゃ、俺が行くわ。ルーネスさん。」
「………ぇ?」
「は?」
ルーネスがその声が聞こえた瞬間に勢いよく頭を上げた。ベリランダも、カリム達も、皆が王の間の入口に視線を向けた。
そこにいたのは白髪の少年。みんなの悪魔。改めて言うとしようか。その名は、
「よ。天野快斗。ただいま参上ってな。」
「………ほ、本物、ですか……?」
「…………間違いない。変そうでもなんでもない。本人よ。間違いなく!!」
ルーネスは信じられないとベリランダに快斗が本人かを確認する。ベリランダはこれ以上ないほどの集中力で快斗を解析して、変装系の魔術の気配もないことを確認した。
つまりは紛れもなく本物。生き返ったのだと、ルーネスはそう分かって思わず立ち上がった。
「快斗、様………!!」
「夜だけどおはよう。さっき起きたばっかなんだ。」
「快斗様!!」
ルーネスは飛び出し、快斗を強く抱きしめた。豊満な胸で、快斗のお気に入りの体で抱擁する。
「あったけぇ。久々に感じるわ。人の体温。」
「何度だって味合わせます。あなたの為ならなんだって………何度だって………」
「泣くなよ。今はルーネスさん女王だろ?世界は戦争中だ。感動の再会ムーブは終わったあとにしようぜ。」
「ッ………そう、ですね。」
涙を拭って、ルーネスは快斗を離さずに振り返る。
「ベリランダ様。彼らを快斗様と共にあの場所へ。」
「え、えぇ。分かった。」
ベリランダが快斗を離さないルーネスに少し戸惑いつつも、『瞬間移動』の魔法陣を展開する。
と、そのベリランダを一旦快斗が止めた。
「ちょっと待ってくれ。ベリランダ。」
「ッ、何?」
「その戦場はここからどっちだ。北東か、南西か。」
「え、南西だけど………」
「南西………南西か。分かった。ならその前に俺と一緒に北東に飛んでくれないか。」
「え、なんで?」
「南西はまだ持ちそうだ。俺はそっちより北東の方がギリギリの戦いをしている気がするんだ。多分、そろそろ頃合いだ。」
「そっちを助けるってこと?」
「いんにゃ、なんて言うんだろうな……。」
そう言って快斗は悩むが、すぐに笑って嘯いた。
「そうだな。助ける。助けるんだ。」
常にいつも心に刻み込まれていた信念。快斗のものではなく、この体に強く、新たな魂にまで影響を与えるほど強く刻み込まれた言葉。
その言葉を半分信じて半分信じない。エレメロの話から推測するに、いつかは快斗もそれに染まるかもしれない。
だから快斗は、この言葉を丸呑みすることはしたくない。
だが、それでもそれ以外の強さを持つ言葉を快斗は思いつかなかったので、それを使うことにした。
「傷つくのは、俺だけで十分だ。」
死んでるうちに何があったのか。ベリランダはそれを探りたい気持ちを抑え、『瞬間移動』先をアテンの場所から『鬼人の国』に変えた。
「じゃあ行くわよ。」
「おけ。」
魔法陣が光り出す。移動する前に、快斗はカリム達に振り返った。
「あんたら、ヒナとかサリエルとかと仲がいいんだな。」
「ま、まぁまぁまぁ、仲はいい方、だと思う。」
「そうか。じゃあ、助けたいのは当然だよな。」
快斗はにっと笑って言った。
「ちょっと待ってろ。直ぐに戻るからよ。」
光が王の間を包む。快斗は最後に必死に嬉しさを押し殺すルーネスに満面の笑みを見せて、ベリランダと共にその場から消え去った。