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罪深い男の想像話  作者: 病み谷/好きな言葉は『贖罪』
《第一章》 怒る彼は全てを殺し尽くす
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音が何もしない。静かな場所。風もなく、あるのは寒さと暑さの2つのみだ。


振り返ると、遥か遠くに先程まで自分がいたであろう世界が見える。世界全部が見渡せるほど距離が遠いのに、太陽神アテンの存在感はここにまで届いてくる。


月にいる、サリエルのところまで。


「急がなきゃ。」

「キュイ!!」


腕の中にキューを抱え、サリエルは自分が封印されていた扉まで飛んでゆく。


空気がないため抵抗がなく、地上よりもスイスイと進む。地上なら1時間かかりそうな距離でも、ここでなら10分で進むことが出来た。


「速く、速く……!!」


焦るサリエルは、自然と腕に力が入ってしまい、中のキューが苦しそうに「キ、ュゥ~」と鳴くまで気が付かなかった。


脳内によぎるのは、鬼のような姿に変化した高谷と、その首に両手を回し、愛おしそうに高谷にくっついたままの原野の怨念。


あれがいいのか悪いのかサリエルは判断しかねるが、高谷が原野を嫌がっている素振りもないし、原野も高谷に害を及ぼそうとしている訳では無いようだった。


自ら怨念になってまで、高谷を助けたかったのだろうかと考えると、サリエルは胸が痛くなる。


自分が守ろうと思っていた人物が、今は自分を守っている。それに、いなくなったと思ったら直ぐに現れた原野のおかげでサリエルの役目がなくなってしまった。


そもそも原野がいなくなったからあの歌を歌ったというのに、立ち直ってくれたかと思えばサリエルではなく原野に未だくっついているのは、サリエルとしても不本意だった。


(ッ!?)


そこまで考えてふと思う。何故自分は原野に嫉妬しているのだろうかと。


平和ボケして恋愛ごっこでは始めるつもりなのかと自分を叱責する。


「駄目よ駄目。今はそんなこと考えている場合じゃないもの。」


冷静さを取り戻し、サリエルは加速する。翼で羽ばたきながら、ようやく見えてきたサリエルの封印されていた場所に向かう。


「ッ、何!?」


その途中で、サリエルは妙な寒気を感じた。背後からぞわぞわと嫌な感覚が迫ってくる。


振り返ってみてみると、黒い手が何重にも重なり合いながらサリエルを追いかけていた。


魔力の質は快斗のものによく似ている。悪魔の黒魔力そのものなのかもしれない。しかし今にも消えそうなその魔力は、必死にサリエルを追いかけてくる。


そしてそれが、誰の残骸なのかはすぐに分かった。過去、エレストにてサリエルよりも前に召喚された魔獣。


「ニグラネス……」


快斗に貫かれ、長きに渡る封印からようやく死を遂げたニグラネスの残骸。それがどういう訳か、サリエルを執拗に追いかけているのだ。


「何をしたいのか知らないけれど、邪魔するならあなたも敵だよ!!」


『天の鎖』が出現し、凄まじい速度で残骸の中心を穿つ。が、残骸は器用に分裂し、降り注ぐ鎖の猛攻をくぐり抜けて行く。


「く………」


残骸はどんどん速度をあげながらサリエルの攻撃を躱し、遂にサリエルの真下にまで追いついた。サリエルはその残骸が自身に攻撃を仕掛けてくると思い『天の鎖』を構えた。


「………あれ?」


が、残骸はサリエルを狙うことなく、そのまま通り過ぎていった。その方向は、サリエルの残りの力が封印されている扉だ。


「キュイキュイ。」

「…………行ってみるか。」


首を傾げつつ、サリエルは封印の扉の真上まで飛んできた。その扉は1度開いた形跡はあるものの、再び扉は強い力で閉じられたままだった。


そして、それを先程の残骸が、必死にこじ開けようとしていた。


「ニグラネス……分かってるの?」


サリエルが求めていたものと、その障害をあの状態でしっかりと判断できているのが不思議だった。


遥か昔、それこそサリエルが神側から『神殺し』へ移ったときからの友達だったが、死して尚、サリエルを助けようとしてくれているニグラネスにサリエルは胸を痛めた。


「あなたは……あなたを殺した人達の中に、私も入ってるんだよ?でも、いいの?」


聞こえていないはずなのに、サリエルはわざわざ声を大きくして残骸に語りかける。もちろん、残骸は聞く耳も答える口も持っていないので淡々と扉をこじ開けていく。


「前は仲良かったけど……今はそれこそ裏切っちゃって……あなたは許してくれるの?」


腕が触れられるほどの距離まで降りて語る。扉に張られた濃い魔力壁を残骸は吸い込み、消してゆく。


張られた魔力は神聖魔力。ニグラネスの残骸は暗黒魔力。浄化されつつある残骸は、その数を少しずつ減らしてゆく。


「あなたは、裏切りの天使まで救おうとしちゃうの?」


過去の罪をまだ自分で許しきっていないサリエルは、残骸にそんなことを尋ねた。


サリエルは、人生の分かれ目と言っていいその日を、思い出していた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


とある世界にて、サリエルは阿修羅とともに『神殺し』の襲撃を待ち構えていた。


その世界は日本風な建造物が立ち並ぶ美しい都が中心となった豊かな世界だった。緑が世界を彩り、沢山の動物達が自由に暮らしていた。


しかし、人間だけはそうではなかった。


「………。」


ある1点。山が3つたつ土地のど真ん中に、人間の死体の山が出来上がっていた。ゴミ処理場のように死体が放置された場所には決壊が張られており、死体を取り囲んで他の動物が入ってしまうのを阻止していた。


「なんなんですか。これは。」

「それはここの天使達に聞け。」


サリエルは死体の山を見て、阿修羅にイラつき気味に問いかけると、阿修羅はサリエルの問いを聞かずにさっさとその場を去ってしまった。


「この世界の汚物を排除したって報告だったけど………これは………」


サリエルは天使としてそれなりに高い地位にあった。髪に匹敵する力を持つ天使の一族、その血を少しだけ引いた天使なのだ。


最高神からは『天の鎖』まで授けられ、サリエルの実力は他からはとても高く評価されていた。


そんなサリエルは、この世界を管理していた天使に下されていた命令の内容を知っていた。それは、この世界の不純物を排除すること。


てっきりサリエルは『神殺し』のような異物を排除するのだと思っていたのだが、実はそれは人間の事だったらしい。


神々の間で人間を生かしておくか否かという議論が度々行われている中で、サリエルは人間生存派だった。


最高神の意向は増えすぎたら減らすという曖昧なものだったが、この世界から人間を殲滅することはないだろうとサリエルは死体の山を見て思っていた。


「可哀想に……」


積み上げられた死体達はどれも目を見開いて痛みに嘆いた表情をいている。中には幼子も混じっており、内臓が露出するほど激しく体を切り裂かれた跡があった。


ここ担当の天使は人間殲滅派だと聞いていたが、ここまで過激だとはサリエルも思っていなかった。


いつしかその天使に罰を下そうと、サリエルはそう思った。その瞬間だった。緊急事態を知らせる魔力波動が響いたのは。


「ッ!!」


この時のサリエルの音と同等の速さを誇る。その波動を感じてから1秒も立たぬうちに、サリエルは陣営に戻っていた。


「来ましたか!?」

「あぁ、油断するなよ。」


阿修羅は既に6本の刃を構えていた。その視線の先には真っ黒なゲートのようなものがあった。


そのゲートから、サリエルは大量の悪魔達が侵入してくるのかと思ったが、出てきたのは3人の人物達だった。


その3人の間で会話はなかった。ただそのうちの1人、白髪の少年がこちらを睨みつけた瞬間、周りの天使達が死んだのはサリエルにとっても予想外だった。


「えっ!?」

「気をつけろ!!」


阿修羅の一喝にサリエルがハッとする。サリエルの背後には既にその白髪の少年がいた。


「くっ……!!」

「うぜェ。」


『天の鎖』を出現させ、超至近距離で少年を穿ったとサリエルは思った。が、1泊遅れてサリエルが感じたのは強い衝撃と痛みだった。


「ッ!?」


サリエルは言葉を発することが出来なかった。首元を押えられ、地面にたたきつけられているのだということに気がついたのはその時だった。


「ぐっ!?」


額を踏みつけられ、サリエルは立ち上がることが出来なかった。視線をめぐらせると、阿修羅は他の2人と戦闘をしているが、圧倒されるのも時間の問題だろう。


たった3人に、約2000ほどの天使の陣営が壊滅し始めた。


「死ね。」


白髪の少年は巨大な獄炎の塊を出現させると、後ろから追撃してくる天使達を完璧に消し去ってしまった。


あまりに呆気なく、一瞬で形成が傾いたことに、サリエルは不満を口にする。


「な、何を………」

「?」

「私達を殺して……何がしたいの!?」

「あ?」


白髪の少年は、サリエルを見下ろすと、鋭い視線でサリエルの瞳を貫く勢いで睨みつけた。


「人間をなんの見境もなく殺すお前らに、私らを殺すのはなぜなんて、意味がわからないな。」


サリエルは少年のその言葉を聞いた瞬間に、先程見た死体の山を思い出した。


そして少し、少年の言うことに何かの理念を感じた。


「あなたは、人間を救うために戦ってるの?」

「あ?」


戦場のど真ん中で、自身を一瞬で圧倒した目の前の少年は、サリエルの質問に首を傾げた。今度は怒りの感情はなく、単に疑問の念を浮かべていた。


あの酷い惨状を踏まえて、天使達を殺しに来たのだろうか。もしかしたら、この少年はこんな惨状を何度も見てきたのだろうか。


その少年の瞳は派手な色だというのに、真の色は真っ白だった。


「人間は、生きるべきだと思う?」

「あぁ。俺はそう思う。」


少年は普通の声色で答えた。サリエルの問になんの疑念も抱かずに、真っ直ぐに答えた。


サリエルはその少年の存在感に、何か惹かれるような感覚があった。


その瞬間、サリエルは人生の分かれ目を体験することになるのだった。

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