最強の剣『全能剣』
「ぐあ………」
羅刹の拳を腹にもろに食らったヴィオラ。瓦礫を突き抜け、砂煙にまかれるヴィオラはもうボロボロだった。骨もバキバキで、魔剣デュランダルも手の届かないところにまで吹き飛んでいってしまった。
「ここまで………強い者は………初めてだ……。」
真っ向から歩いてくる羅刹に視線も向けず剣を飛ばすヴィオラ。時間稼ぎにもならないその攻撃に見向きもせず、羅刹はずんずんと進んでくる。
体に当たる剣は弾かれて折れ、爆発させても傷はつかない。
『無敵』だなんて、どれだけ攻撃手段を持っていようと勝てるわけが無いのだ。
「は………」
羅刹が瓦礫に横たわるヴィオラを真上から見下ろした。
「余を見下ろすか………醜い黒鬼よ……。」
ヴィオラは羅刹の顔面に三本の剣を叩きつける。羅刹は防ぐ動作もせず立ったままだった。
「ふん………余が、何者かの前に膝を着くなど……考えたこともなかった………。」
羅刹が鉤爪を伸ばして腕を振り上げる。狙うはヴィオラの首。その腕力なら1発で首が吹き飛ぶだろう。
ヴィオラは笑い、羅刹を見上げて呟いた。
「お前は、余が出会った人間の中で最も強い。……誇るのだな。」
最後に投げやりに言い放って、ヴィオラは目を瞑った。首が飛ぶ感覚はいつ来るのだろうと考えた。
世界で最も強い王は今、1人の鬼に完敗した。
「……………?」
しかし、いつまで待っても首を飛ばされる気配はなかった。ヴィオラはゆっくりと目を開け、羅刹の方を見上げた。そして、予想外の光景に目を見開いた。
「ヴィオラ殿にとって、貴殿が最も強い人間なのなら………」
一人の少女が、美しい黒い刀身の刀で羅刹の攻撃を受け止めていた。
長い白髪を1つ結びにして、そこまで背丈が高くないにもかかわらず、その背中には大きな存在感があった。後ろに立つものに絶大な安心感を与えるような、不思議な感覚だ。
その人物、斬嵜暁は振り返って二っと笑って言った。
「ヴィオラ殿。拙者がこの鬼を斬れば、最も強い人間は拙者に更新されるでござるか?」
「…………。」
その笑顔に何かを感じた訳では無いが、ヴィオラは自分が瀕死なこともあり、縋る思いで頷いた。
「あぁ。余を超える、世界最強はお前としよう。」
「うむ!!では、本気を出すでござるか。」
鞘を投げ捨て、羅刹の攻撃を弾き返し、刀を深く構えて叫ぶ。
「父上の言う、世界最強の剣士に!!」
力強く刀を握りしめる。すると黒色の光が暁を足元から包み込む。瞳と髪は黒く染まり、その場の空気が一瞬凍りついた。
「拙者と『真剣』、とくと見るでござる!!」
黒い魔力がぶち上がり、天を突き上げるほどまで登り上がり、大量の魔力が暁の中から溢れ出す。
その魔力は4つに別れて、それぞれを刀を象り始める。そして、暁の後ろには4本の黒い魔力を纏った刀が浮き上がるように漂い始めた。
「天下五剣」
暁が呟くと、刀に纏われていた黒い魔力がひび割れて砕け、その中からはシンプルな、あまり特徴のない刀が姿を現した。しかし何故だか、それぞれの刀はヴィオラにはとてつもなく神聖なものに思えた。
簡単に手を出していいものでは無い、未知の恐怖を感じた。
「童子切安綱、三日月宗近、大典太光世、数珠丸恒次。」
後ろの刀は、暁の意志のままに動き、空を飛ぶ。暁は手に持つ刀を見つめて最後に言う。
「そして、鬼丸国綱!!」
父からさずかった刀。全てが暁は物理的ではないが、その刀にはなにか大きな重いものが詰まっているように感じた。
「征くぞ!!拙者の『真剣』はぁ!!」
暁が鬼丸国綱を掲げる。他の4本も鬼丸国綱に刀身を合わせ、それぞれの刀身から金色の魔力が漏れだした。
瞳をゆっくりと閉じてから開き、羅刹を見上げて笑う。
「『全能剣』。」
その瞬間、暁を中心に強い光が当たりを包み込んだ。
「な、なんだ………!?」
ヴィオラが目を隠す。そして光が無くなり、視界が元通りになってヴィオラが暁をみると、
「ッ………」
その暁は羅刹ですら怯んでしまうほどの覇気を纏っていた。姿や魔力は違わずとも、雰囲気が圧倒的な何かなっていた。その神々しさに、まるで神を眺めているような感覚だった。
暁はゆっくりと目を開け、真っ黒な瞳で羅刹を見据える。
羅刹はすぐに立ち上がり、鋭い鉤爪で暁を狙う。全く避ける動作のない暁に声をかけようとヴィオラが口を開こうとした瞬間、
「…………なッ!?」
暁が、羅刹の顎を自身の小さな膝で思いっきり打ち上げていた。
その結果になるまでの工程が全く見えず、ヴィオラは訳が分からず混乱する。
羅刹はそのまま遥か高くまで打ち上がり、先回りした暁が顔面を蹴り飛ばした。ダメージは無いのだろうが威力は強く、羅刹は遥か遠くに吹き飛んで行った。
「し、少女剣士………」
暁は浮かんでいた。ヴィオラは高い場所から動かない彼女を見上げる。
すると、彼女はヴィオラの方へ視線を向けると、ゆっくりと空から目の前に降りたってヴィオラに手を翳した。何をするのかとヴィオラが目を見張っていると、ヴィオラは全身から痛みや苦しみが全て消え去ったのを感じた。
まさかと思い腹を見ると、折れて外にはみ出ていた肋骨がなく、元の位置に戻っていた。擦り傷から内臓破裂まで、全ての傷が修復されていた。
「これは………」
「これが、『全能剣』でござる。」
輝く刀を握りしめ、暁はヴィオラに言う。
「見ておいて欲しいでござるヴィオラ殿。まぁ、見えないかもしれぬでござるが………拙者は間違いなく、世界最強になったでござる。」
暁は光を超える速度で羅刹を追う。何故暁にそんな絶大な自信があるのか、ヴィオラには分からなかった。だが、それも当然だ。暁は今、神にさえも負けない自信がある。何故なら、
『全能剣』は、今この瞬間までに発現した『真剣』の能力全てを扱えるというものだったからだ。